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[No.16337] つらくて楽しい添乗員 投稿者:男爵  投稿日:2010/12/28(Tue) 14:31
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インターネットでおもしろおかしく書いていた
セカンドクラスの添乗員のHP

私はしばらく、このHPを見ていて楽しんでいたのですが
そこの記事をもとに本を出版したのです。
稲井未来「セカンドクラスの添乗員」(2003)
この本を図書館で見つけて借りてきました。

添乗員には二種類あって
 定職をもっていて、普段は事務をとっているが、場合によって添乗員の仕事につく社員添乗員
 フリーの添乗員で、仕事があると会社から委託される添乗員
この著者の場合は後者である。仕事は不安定で、給料の保証がない。お呼びがかからないと収入がない。

こんなことまで書いていいのかなと思うくらい
変な(困った)お客さんのことをダシにして本を書いています。

・大きなレストランでも、トイレは二つ、三つしかないところがある。トイレが混み合うのを避けるため、デザートが運ばれてくるころにトイレの案内をする。早めに案内しておくと、支払いが終わることにはトイレタイムも終了する。ところが全員出口に向かって歩き出すとき「ねえ、お手洗いはどこかしら」と何食わぬ顔で尋ねるお客がいる。たぶん、それは仲間との話に夢中になって添乗員の言葉が耳に入っていなかったのだろう。おかげで五分の遅れとなってしまう。

・「預ける荷物の数に変更があれば、必ず前もって連絡してください」とお願いするが、荷物を増やしても減らしても黙っているお客がいる。「荷物が一つ足りない」と走り回っている添乗員を目の前にみながら、荷物を一つ減らしたことを黙っているお客がいる。

・七十代後半の二人組のお客が徒歩観光中にこんなことを言った。「あなた、おんぶひもはもってきていないの」冗談だとしか思えない内容なのに、冗談を言っている顔つきではなかった。「ごめんなさい。持ってきていません」と言うと、突然顔が厳しくなって「もう歩けないわ」と言い出した。

・荷物を少なくしようとするお客は、こんな質問をする。「今から言う中で、あなたが持っていくものを教えて。同じものを持っていってもむだでしょう。おかゆ、薬、ドライヤー、フィルム、お菓子、カイロ」「お客様が個人的に利用なさるものは、ご自分でご用意いただけますか」「でも、いろいろ入れると結構な荷物になるのよ」

・あるとき、レストランで同じ派遣会社の添乗員に会った。その添乗員は、この著者の派遣先とは別の旅行会社に派遣されていた。その会社の場合、食事の時には会社から支給される「しょうゆ」をお客に回さなくてはならない。しかし、この著者の旅行会社ではその必要はない。二つのグループのお客は隣同士に座っていながら、この著者の担当する客たちは、もう一人の添乗員がかいがいしく「しょうゆ」を回していく光景を羨望の眼差しで見ていた。もちろん、著者はその気になれば「しょうゆ」を買ってお客に回すことは簡単だが、余計なことをすると同じ旅行会社のほかの添乗員から点数稼ぎだと思われるから、そういうことはしない。(しょうゆの添乗員は気がきく、そうでない件乗員は気がきかない、お客の評判はそういうことだった)

・「では、お忘れ物のないようにお気をつけてお出かけください」添乗員は出発二日前にお客に対応電話を切った。ところが当日、お客はパスポートを忘れて空港へ到着した。「あなたね、電話をくれたときにパスポートを忘れないようにってちゃんと案内しないから、こんなことになったんしゃない。普通、それぐらいは言うでしょう」ここで、子どものしつけじゃあるまいし、と思ってはいけない。ご家族の方に届けてもらえないかと相談してみる。幸い、お客の家は空港から近いところにあった。出発ぎりぎりのとき息子さんが空港まで車をとばしてパスポートを届けてくれた。とたんに態度が一変する。「あなたのおかげで旅行に行けるわ。いいこと思いついてくれてありがとう。どうなるかと思ったけど助かったわ」と涙をながさんばかりに喜んでくれたお客。自分だけが出国できないかもしれない、せっかく楽しみにして準備してきたのに、そういう思いがお客を最高にいら立たせていただけ。一瞬、著者の心の奥底に「この怖いお客様と数日間を過ごすのなら、パスポートが間に合わない方が好都合かもしれない」という思いがよぎったことを申し訳なく思う。このお客がどうなったか心配していた他のお客たちも「よかったね」と喜んでくれた。今回はみんないい方ばかりだ。


[No.16338] Re: つらくて楽しい添乗員 投稿者:   投稿日:2010/12/28(Tue) 15:38
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> 稲井未来「セカンドクラスの添乗員」(2003)
> この本を図書館で見つけて借りてきました。

・空港カウンターでの受付で、パスポートと一緒に身体障害者手帳を渡される。
 「ここではいいけれども、次の空港からは車いすの手配、お願いね」
 この添乗員は頭の中で、一気に坂道の町に飛ぶ。坂道の先に続く長い階段が目に浮かぶ。打ち合わせでは何も聞いていない。徒歩観光のことはご存じなのか。でも、彼女は大きなリュックを背負い、大きな荷物を持って、確かにここまで歩いてきた。
 あれこれ聞きずらかったので、頼まれたように車いすの手配をする。
 乗り継ぎの空港と到着空港では赤いランプの救急車が飛行機に横づけされ、お客は車いすごと移動する。回りの注目を集め、ヒロイン誕生の光景だ。幸せそうな満面の笑み。その笑顔につられて、この添乗員も幸せな気分になる。
 ところが、空港を離れると、このお客はしっかりと早足で歩き、走る。
 坂道の町でも先頭を切って進む。エレベーターがなかなか来ないホテルでは、階段を駆け上がる。だれよりも元気そう。
 そして、最後の都市で一人だけ延泊することになっている。
 「帰りの日の車いす、ちゃんと手配しておいてちょうだいね」
 見た目だけで判断できない体のこと。疑問は残ったが、何も聞けなかった。
  (気分次第で身体障害者に変わるのだろうか。身体障害者手帳を交付されたことは適切公平だったのだろうかと私も疑問に思いましたよ)

・機内サービスをしているのは添乗員ではない。
 「ちょっと添乗員さん、コーヒー二つ。あっ、砂糖とミルクもね」
 「あっ、毛布持ってきてちょうだい。ちょっと寒いわね」
 「洗面用具とかおもちゃとか、飛行機でもらえるものは何かないの」
 食べ終わったお菓子のゴミを手渡して「これ、捨ててちょうだい」

・シートベルト着用サインが点灯している乱気流の中で「乗務員さーん」と大声でよばれ
 「席を立たないでください」と言う客室乗務員の声を振り切って、お客の席へ行く。
 「揺れるわね、大丈夫なのかしら。パイロットは新人さんかしら。だから飛行機は嫌いなのよ。こんなもの、絶対に乗りたくなかったのに。何とかして」
 何とかしてというのは、著者の添乗員がパイロットにかわって操縦することなのか。

・「コンビニのお弁当の方がおいしいわね。お握りか何かもっていないの」
 このセカンドクラスの添乗員は、機内食が口に合わないお客のために食料はもっていない。持っていても、一人だけのお客に差し上げることはできない。

・添乗員に「座席が狭い。何とかならないものか」というお客。エコノミー料金しか払っていないなら、飛行機の座席は狭いものと思うしかない。
 「お客様が格安コースの中からお選びになったのは、旅行代金が一番安い出発日で、座席はエコノミークラスでございますね。間違いございませんでしょうか」と言えば、きっと怒られるだろう。
 よせばよいのに、ビジネスクラスの様子をカーテン越しにのぞき込み
 「こっちだって高いお金を払っているのだから、せめてあれぐらいにしてほしいわね。そう思うでしょう」
 と同意を求められるが、あちらはもっと高いお金を払っている。

   ーーーーーーーーーーーー

なんだか女性のワガママばかり続いたが
実はこの本には男性のワガママも書いてあります。
海外旅行だけでなく、国内旅行の添乗員たちも
こうしたワガママなお客に苦労させられているのでしょうか。
お客の抗議に口答えしたりすると、会社の上役から注意され、下手をすると次の仕事がまわってこない弱い立場の添乗員。

お客も海外旅行に出かけるのでストレスが溜まるのか、つい思っていることを口に出して、添乗員を困らせ、こうした添乗員の書き物のダシにさせられている。
私も注意しなくては。


[No.16342] Re: つらくて楽しい添乗員 投稿者:男爵  投稿日:2010/12/29(Wed) 08:38
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> > 稲井未来「セカンドクラスの添乗員」(2003)
> > この本を図書館で見つけて借りてきました。

男と女の話です。

「不倫旅行」の場合、お客はひたすらそれを隠そうとする。添乗員はパスポート内容の確認など、お客の秘密を職務上あらかじめ知ってしまう。
そういうお客からは、「自宅ではなく、会社に連絡を」「自宅ではなく、携帯電話に連絡を」という指定がある。
その注意書きを見落として、お客の家に電話してしまうと家庭崩壊になるので、受話器を持つ前に特記事項を再確認する。
女性はよく、彼の名字で呼んでほしい、と言うのだが、男性から、僕の名字でまたは彼女の名字で呼んでほしい、と言われたことはないという。やはり女性の方が気にするのだろう。
著者が失敗したのは、団体チェックインができない空港へ向かう朝、個人チェックインなので、空港では各人に自分の航空券をもっていただく。この添乗員がホテルのレセプションでチェックアウトの最終確認をしている間に、先に航空券を配っておこうと気をきかせたアシスタントが、バスの中で航空券に記載されている名前を読み上げながらお客に航空券を配ってくれた。
当然、航空券には本名が書かれている。だから、それまで彼の名字で呼ばれていた女性が、航空券記載の自分の名字で呼ばれてしまった。他人の名字に過敏に反応するお客は少ないから、たぶん誰も気がつかなかっただろうが、これは大きな反省材料になったという。
添乗員が二人の関係がばれないようにフォローしておいても、どこに住んでいるの、家で二人はどうなのと、お客同士の会話がプライベートな話題になるにつれ、つじつまのあわないことが出てくる。
勘がよくて好奇心旺盛なお客は「あの二人って、本当にご夫婦なんですか」と、こっそり添乗員にきいてくるというから、隣同士になったから何か話さなくちゃと思っても、あまりプライベートな話はしないほうがいい。
(山村美紗の海外を舞台にした推理小説には、やはり男女がこっそり旅行するが、同じホテルに泊まっている客の話から身元がバレていく様子が書かれていた)

夕食後、数名の若い女性客、ドライバー、レストランの人たちと、お酒を飲みながら盛り上がっていた。
ウェイターがお客の一人に「どこか別の場所へ行って、二人で飲まないか」と誘う。
お客もためらいがあるのか「どうしようかしら」と、この添乗員に尋ねる。
添乗員はここで一緒に飲むことを勧めたが、添乗員への相談は単なるポーズで、彼女の心の中では、彼と一緒に出かけることが既に決まっているようだ。
追い打ちをかけるようにドライバーが言う。「大丈夫。問題ないから、行っておいで。楽しい時間を」おやおや、無責任な人。
そこには彼女の姉もいて「じゃ、行ってらっしゃい」と、妹に手を振る。
お姉さんが承知したのだから、もし何かがあっても添乗員一人の責任ではない。
翌朝のレストランで、彼女の姿はなく、お姉さんが一人で朝食をとっていた。
「妹さんはどうなさいました」と尋ねると、一時間ほど前に部屋に戻ったばかりで休んでいるという。
相手は大人だからかまわないが、実は旅行前に対客電話でこの姉妹の家に電話をしたとき、二人は留守で、かわりに母親と話をしたのだった。
母親は姉妹二人でイタリアへ行くことを心配していたが「添乗員さんが女性でよかったわ」と言ったのだ。この母親に対して、ちょっと申し訳ないと添乗員は感じたのだった。
そして観光に出発前、バスに乗り込んできた朝帰りのお客(妹)は言った。
「イタリアの男性って本当にすてきね。ミクちゃんは何回もイタリアに来ていて、イタリア人の恋人とかいるでしょ。私、イタリアに住もうかな。イタリア語、勉強しなきゃ」

四人家族で参加していたお父さんが、小声で言う。
「昨日の夜、変な電話があったんです。昼に約束した女性だと名乗るのですが、僕には心当たりがありません。僕に会うために今から部屋へ来るというのです。間違いだからと電話を切ったのですが、本当に部屋へ来たんですよ。僕は娘と一緒の部屋だったし、女房が隣の部屋にいるからと説明して帰ってもらいましたが」
一人参加の男性をねらって、現地女性がやってくるケースがある。たぶん、レセプションの誰かと裏でつながっていて情報が提供されるのだろうが、家族旅行のお父さんをねらうのはおかしい。
実はこれは理由があった。
この著者の添乗員が、四人家族で二部屋なのに、あらかじめホテルで決められていた部屋割りでは、部屋が離れてしまっていたので、添乗員が部屋の調整をしたからなのだ。
ホテルには部屋を入れ替えたことを伝えたが、それがレセプションの誰かには伝わらなかったのだろう。
初めの予定では、このお父さんの部屋は、女性からの誘いがあれば絶対に飛びつくであろう雰囲気を漂わせた二人組男性客が使うことになっていた。
この添乗員が部屋の調整をしなければ、女性はその方たちを訪ねたはず、そして翌朝、二人組男性客は上機嫌で朝食のレストランに現れたはず。
まずいことをしてしまった、彼女の仕事の邪魔をしてしまった。今晩のこともあるから改めて部屋割りをかえたことをレセプションに再確認したほうが親切かしらと、この添乗員は思った。
ところで、お父さんが本当に言いたかったのはこの後の言葉だった。
「その女性なのですが、本当にきれいだったんですよ。一人で来ていれば、せめて家族旅行でなければ...ちょっと残念なことをしました」
家族参加でよかったのよ、お父さん。
(私も同じようなことを聞いたことがあります。ある国を旅行した時、団長さんの部屋に夜女性の訪問があったという。このときは団長さんは奥さんと一緒でした。最初の予定では、団長さんが一人で部屋をつかい、奥さんともう一人の都庁の衛生関係を退職した女性とが相部屋だったのですが、この高齢の女性に気をつかい、奥さんは団長さんの部屋に来て泊まったのです。翌朝そんな話を聞いて、私はある男性と一緒の部屋だったのですが、私たち男二人の部屋にはそういう話はなかったなあと思いました。たぶん、我々はお金がないとみられたのでしょう)

この章には、添乗先での話ではないが、開放的になる旅先ではこういうこともあるから気をつけたほうがいいという警告を込めた体験談を載せている。
この著者は添乗員になる前に海外のリゾート地で働いていた。世界中からお客が集まり、スタッフも国際色豊か、お客もスタッフも平均年齢が若く、一緒に盛り上がろうという雰囲気が浸透していた。
著者の知る限り、男性スタッフと日本人女性客が危ない関係になることが多かった。
お客は夢のような毎日をすごして帰って行くが、ずっとそこにいるスタッフにとっては日常の光景。お客にとってスタッフは大きな存在でも、多くのスタッフは帰って行ったお客のことをたやすく忘れていく。
もっと内情を暴露すると、仕事が終わってからお客を自分の部屋に呼ぶことはボスから推奨されていたという。
「お客様と仲良くするのも仕事のうちさ。そうすれば、その人はまた君に会いにやってくる。それも一つの営業」と言われていた。
ボスの秘書室には、無料の避妊具が用意されている。
秘書と著者がむだ話をしているところに男性スタッフが入ってくると
「今日はストロベリーの香り? 花の香り? 新しいのもあるわよ」などと、かわいい顔をした秘書があっけらかんと笑顔で言うのだった。


[No.16369] Re: つらくて楽しい添乗員 投稿者:男爵  投稿日:2011/01/03(Mon) 09:17
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> > > 稲井未来「セカンドクラスの添乗員」(2003)
> > > この本を図書館で見つけて借りてきました。

こんどは忘れ物の話です。

時間がないから要点だけメモ書きです。
・「忘れ物をしても手元に戻る確率は大変低い。歯ブラシ一本届けてもらうにしても手数料として一万円くらいかかる。くれぐれも忘れ物をしないように注意してください」と毎回注意しても忘れ物はなくならない。そのつど添乗員は走る。あきれる。怒る。
・添乗員が絶対忘れてきてはいけないものはお客様。夕食後、一行がホテルに到着。翌日も同じバスなので、ドライバーも添乗員もバスの中の忘れ物チェックをしなかった。翌朝ドライバーは準備のためバスへ乗り込むと、何とかバスから脱出しようとしていたお客を発見。このお客は夕食で酒を飲みすぎバスで寝込んでしまったらしい。一人参加で誰も気がつかなかった。
・バスが国境近くに来る。出発前に全員ちゃんとパスポートをもっていることを確認してから国境に向かったのだ。反対車線は交通渋滞。という場面で、一人のお客が添乗員に近づきパスポートをミニバーに忘れてきたことを小声で白状する。いまさら引き返すにしても戻るのは交通渋滞が目に見えている。ホテルに電話してパスポートを確保して渋滞の反対車線をのろのろ運転でホテルに逆戻り。約二時間のロス。しかし、お客は他のお客にも、ホテルにも、ドライバーにも添乗員にも「ありがとう」も「ごめんなさい」もなし。ただ「あったあった」と言うだけ。つい添乗員もわざと、手配会社にする携帯電話で日本語で大声で叫ぶ。「お客様がパスポートをホテルにお忘れになり二時間遅れることになりましたが、時間調整はできませんか」
・けさ出発したホテルのクローゼットにジャケットを忘れてきたお客、つぎのホテルはクーラーがききすぎてジャケットの忘れ物に気がついた。添乗員は明後日から二泊するホテルに届けてもらうよう手配したが、そのホテルに着いても届いていなかった。出発までに届くという添乗員の説明に「それじゃ困るのよ。ここに届くと言ったのはあなたでしょ。いつ送ったか、いつ着くか確認してちょうだい」とくってかかるお客は、ここは日本のような迅速サービスはしないイタリアだということを理解していない。当然ホテルに電話すると「昨日送った。そんな大事なものを忘れる方が悪い。これだけサービスしても不服なのか」と機嫌が悪い。翌日に届いたジャケットを受けとるのに送料を払わなければいけないということがお客には理解できないらしい。送料を払わなければ受け取れないのだと添乗員に言われ、しぶしぶ払うお客だった。
・一人のお客が、当然のせりふのように言う。「ガイドブックをお昼のレストランに忘れてきた。届けさせてくれ」いったい誰が届けてくれると思っているのか。この分では誰が届けてくれたとしても、チップどころか手数料すら払ってくれそうにない。「今日のフリータイムにタクシーでご自分でとりにいってくださいませんか」と言ってみるが誰かにとってきてもらうのがあたりまえと考えているらしい。でも、お客なのでほおってもおかれず、この添乗員は機転をきかせ個人的に現地の会社の社長と会う約束を思い出して、それに便乗してガイドブックを持ってきてもらうことにする。みんなの前でガイドブックを受けとったお客は、社長にも添乗員にも感謝の言葉はなく、家族に「ここまでわざわざ届けに来るとはな、なかなかやるじゃないか、この会社は」と言う。こうして礼儀正しい日本人神話は崩れていくと書いてある。
・いよいよ帰国という空港で、お客が青ざめた顔で走ってきた。「かばんを盗まれたんです。パスポートも財布も全部入ってるんです」トイレの個室にバッグを置き忘れたのに気づいてす急いで引き返したがなかった。その個室から人相の悪い女性が出てきたから盗まれたのだという。「落ち着いて考えてみてください。ほかの場所に忘れてきたとか、思い違いがあるかもしれませんから」「そんな大切なこと、間違うはずないでしょう。盗まれたんです」案内所には落とし物の届け出はなし。係員は添乗員にいろいろ質問してくる。しかし、本人でないから答えられない。ふりかえると盗難と騒ぐお客の姿はなく、少し離れた場所で他のお客たちとこの事件の話をしている。そんな場合ではないはず。係員はあきれ顔と添乗員に同情顔。「なくなったのは私のバッグではありません。お客様がいらっしゃらなければ係員の質問に答えられません。私から離れないでください」と言って係員ともに空港内の警察の所に行くと、またしてもお客が姿を消す。とうとう添乗員はこの困った婦人客のご主人に頼んで、夫婦二人が添乗員から離れないようにする。男性警官は女子トイレに入られないので添乗員が問題のトイレ個室に入ってバッグがないことを確認する。そうこうしているとき「チャペルに忘れ物があった」と女性警備員がバッグをもって入ってきた。「そうでしたわ。この部屋は何かなと思って、入ってみたんです。そうしたらお祈りをする部屋だったので、お祈りをしていたんです。すっかり忘れていましたわ」 だから、他の場所に忘れてきた可能性はないかと聞いたのに。