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Re: うさぎ狩り

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ほのぼの

通常 Re: うさぎ狩り

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2005/10/30 17:36
ほのぼの  半人前   投稿数: 33
かれいさん

地球一周遅れの 亀レス です。
が、ほのぼのの拙ホームページのエッセイ欄に、下のような文章が、ありましたので、関連する話題として、up させていただきました。 御笑覧《ごしょうらん》下されば、幸甚《こうじん》です。

 ☆★☆葉山 兎追いしあの山☆★☆

洛北曼珠院《らくほくまんじゅいん》の近くに、葉山と言う小高い丘のような、小山が横たわっている。
私が子供の頃、この山でも、松茸がとれた。土地の人達が集まって、葉山の稜線《りょうせん=尾根》近くで、松茸すき焼きなど、楽しんでいた情景が、懐かしく思い出される。冬になると、うっすらと、この山にも雪が積もる。昼頃になると、雪は消えてしまうのだが、この葉山にも、野兎がいた。

私が、小学校一年生の頃、この葉山で、修学院小学校の全校生を動員して、兎狩りをしたことがある。上級生や若い先生達は、葉山の稜線近くに、長い網を張り巡《めぐ》らした。我々小学生は、葉山の麓の道に一列横隊に並び、めいめい竹や棒の小枝を持って、「始め!」の合図と共に、一斉に「ワー」とかけ声をあげながら、尾根筋に向かって、まっすぐに攻め上るのだ。みんなが一列になってないと、飛び出してきた兎が、隙間《すきま》から逃げ降りてしまうので、それでは意味がない。だから、先駆け《さきがけ》は絶対禁止である。

皆は半時間ほどで、尾根筋に出た。逃げ上がった兎が網に引っかかっているその姿を見るのを、楽しみにしていたのだ。だが、兎は一匹も捕《と》れてなかった。それでも、楽しかった。我々一年生は、わいわいがやがやと、はしゃぎながら、学校に帰った。
上級生達は、続いて、次の山の尾根で、今一度、兎の捕獲を試みると言うことであった。

次の日、学校に行くと、その収穫、兎3匹のなめし革《注》が、理科の実験室に、展示されていた。兎の皮は、戦地の兵隊さんの防寒帽になるのだ、と言うことであった。
一年生には、その後、お椀《わん》一杯の、兎汁が給食された。私達にとって、給食と言うものの最初であった。
昭和13年《1938年》の、或る冬の日のことであった。
                                           (1999.01.29)
注 なめし皮=動物の皮を薬品で処理し腐敗を防ぎ柔軟性弾性などをつけたもの

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