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Re: 引揚点描 斉藤恒毅氏の記録(北朝鮮)

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西のちゅうさん

通常 Re: 引揚点描 斉藤恒毅氏の記録(北朝鮮)

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1
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2006/3/21 1:02
西のちゅうさん  新米   投稿数: 1
私は満鮮《まんせん=満州と北朝鮮》国境の傍の北朝鮮側茂山で終戦を迎えました。
国民学校《戦時中の小学校》4年生でした。終戦から半年間の避難生活は大変でした。
斉藤さんの文にあるように、数千人居た収容者が一冬で殆《ほと》んど
死んでしまいました。生きて還《かえ》れたのが不思議なくらいです。
あれから60年経ち、私も70を越しました。少しずつ苦しかった思い出を書き残して置きたいと思うようになりました。
時折、新聞やテレビで脱北者の報道で茂山らしき映像を目にするたびに思うのは国交が開けたら彼の地で無くなり、葬儀もなく穴に投げ込まれた妹たちの終焉《しゅうえん=死に臨む》の地にいってやりたいです。
また、茂山から一人で日本に帰りついた友、寺田穂積さんを探しています。

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