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Re: 目黒の無線電信講習所 ブーゲンビリア

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通常 Re: 目黒の無線電信講習所 ブーゲンビリア

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2012/8/16 5:42
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 satyan様

 ブログのご紹介をいただきありがとうございました。
 「アジア鎮魂の旅」さっそく拝読させていただきました。
 戦場での体験を思い出し、文章にしたためるという作業は、たいへんな苦痛と勇気を伴うことだと想像いたします。
 父の亡き後、同期の方々をお訪ねしてお話を伺ったことがありますが、誰しも本当に辛いことは生涯口には出さず、お腹にしまったままなのではないかと感じました。

 父は、南支→仏印→タイ→マレー半島→シンガポール→スマトラ、終戦はメダンで迎えました。戦時中の話はほとんど口にしませんでしたが、晩年は、警備のためマラッカ海峡に浮かぶ孤島パンダン島にいた時の、のどかで美しい風景をとても懐かしがっておりました。日本に帰る気がしなくなるくらいだったそうです。そして、どんな思い出があるのか、ブーゲンビリアの花が好きでした。今でも12年目の鉢植えを私と母で育て続けています。

 私自身も、マレーシアへ父の散骨と慰霊の旅を計画しておりましたが、仕事や生活の事情でやむをえず断念したままとなっております。いつの日か、父の見た風景を確かめに行きたいと思っております。

 貴重な記録をありがとうございました。

引用:
ブーゲンビリア様 初秋の候お元気でお過ごしの事と存じます。私が戦後に抑留されていた赤道直下の島 「レンパン島」につきまホームページ ( http://user1.matsumoto.ne.jp^s.naga )しては 私の拙いブログをご覧下さい。又戦後半世紀を経て再び訪れた レンパンの写真はホームページに載せてありますので併せてご覧戴けましたら幸甚です。
ブログ ( http://alps-satyan.cocolog-nifty.com/ )

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