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明治時代の中学校の音楽

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2004/5/4 18:06
マーチャン  長老 居住地: 宇宙  投稿数: 358
 亡父の遺品です。
 中学一年生時代の音楽の「ノート」です。

 父は、1893年(明治26年)の生まれですから中学一年は明治39年頃でしょう。

 学校は当時の府立3中、現在の都立両国高校です。
 音楽は、必須科目と聞いています。
 音楽の教科書はなく、先生が黒板に書かれる楽譜を各自ノートに書き写していたようです。
 ちなみに、当時の音楽の先生は、吉丸一昌さんでした。
 (国文学者。のちに東京音楽学校教授。「早春賦」の作詞者)


 ノートは、銀座の十字屋で出している「五線紙ノート」で革張りです。









 裏に一年乙組の若宮君の名前、立派なハンコなんか押しています。


















 まず「荒城の月」です。
 この「はなのえん」の「え」の音符に着目してください。「#」が付いていますね。
 どうやら、これがオリジナルの楽譜らしいです。
 後の人たちが日本調の歌にするために「#」をとったらしいです。









 そうかと思うと、英語の歌もあります。
 多分、英国の子どもの歌でしょう。
 メロディーは「スズメ、スズメ、お宿は」のものです。










 ローレライは題名、作曲者とも、なんとドイツ語です。






 そして「ここはお国を何百里」も教わったようです。









 びっくりしますのは「楽典」というか、音楽理論までしっかりやっていたことです。










 父は、高等教育は受けていなかったのですが、一般教養に関しては立派なものでした。
 中学校の教育の賜物でしょう。
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