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南十字星を仰いで 田多章雄

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2012/12/15 9:34
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 はじめに

 スタッフより

 この投稿(含・第二回以降の投稿)は「電気通信大学同窓会社団法人目黒会」の「CHOFU Network」よりの抜粋です。
 発行人様のご承諾を得て転載させて頂いております。

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 昭和21年10月はじめ、異国の地ジャワ島ジャカルタのタンジョン・プリオク港作業隊で、荷役という重労働作業に明け暮れていた私に、突然「移動演芸隊の音響係をやれ」と作業隊長の鈴木陸軍大佐から下命された。
 「陸軍上等兵タダユキオは明日から移動演芸隊の勤務につきます!」
 直立不動で、隊長殿に申告した。ジャワでは末だ、軍の組織が厳然と生きていた。
 その夜、明日から演芸隊の一員になれるかと思うと興奮と緊張で、作業隊宿舎である波止場倉庫2階のコンクリート床に敷いたアンベラ1枚の寝床の上で、一睡も出来ず港の夜が明けた。

 迎えのトラックに乗せられ走ること30分、ジャカルタ郊外にある移動演芸隊に着いた。
 ジャガタラ作業隊の敷地に建てられた椰子の葉で葺いた屋根、アンベラ造りの約60坪位の一棟で、そこが演芸隊の宿舎兼稽古場だ。

 

 治(おさむ)移動演芸隊

 治(第16軍の略称)移動演芸隊とは、終戦をジャワ島で迎え、日夜、重労働作業に服していた残留日本人約5千人の労苦を少しでも慰めんがため、各抑留所(作業隊)を巡回慰問するもので、第16軍司令官の発案、連合軍承認のもと編成された。

 軍隊に入る前、役者、漫才師そして大道具や小道具を作るに適した建具職人などで各作業隊から選抜され、隊長以下30余名の兵隊からなる演芸隊だ。
 脚本及び演出は、雨宮恒之陸軍中尉(クマヨラン飛行場作業隊副官、戦後に東宝映画の重役になられた)隊長村石大尉・マネージャー勝田準尉の劇団幹部の面々だ。
 音楽はクラリネット、トロンボーン、ドラム、アコーデオン、ギターの5人編成の小楽団で、中に元軍楽隊員もいた。
 台本に基づき、稽古が始まった。最初に本読み、立ち稽古、手づくりのカツラや衣装をつけての本稽古と雨宮中尉の真剣そして巧みな指導で順調に進む。
 私は、稽古を横目にアンプ(オランダフィリップス社製で戦利品らしい)や照明機器の整備に励んだ。


舞台造り

 作業隊の空き地で日没から野外公演されるので、その日の朝から演芸隊の中から10人位(裏方専門は私だけで、あとは皆、役者兼務)がトラックに木材、幕、大道具、小道具、衣装、楽器や照明・音響機器などを満載し、荷台の上に揺られながらジャカルタ市郊外の作業隊へ赴いた。

 舞台造りが始まる。丸太や角材を藁縄で縛って組立て、ドンゴロス(麻袋)を裂き、つなぎ合せた中幕、袖幕、引き幕などを張り巡らして格好をつける。
 私は、それと平行して、照明、音響機器の設置と配線をした。
 舞台天井の上手から下手に針金を張り、それに滑車を取付け紐を適して先端に手作りのマイク(電話機の送話口を利用・カーボン型マイクロホン)を吊り下げた。

 マイクの感度が悪く又野外公演の為、台詞や歌声が場内後方まで通らないので、出演者の動きに合わせてマイクを上下左右に移動し、口元に来るように舞台袖の所で操る様にした。
 開演1時間前に舞台が出来上がった。マイクや照明のテストをする。調子は上々だ。舞台裏で早めの夕食をとる。その頃から役者や関係者が楽屋に入る。
 手元にあったレコード・洋楽の「ボレロ」歌謡曲の「泰の娘」「花の広東航路」を前景気で流す。
 日も暮れ、南国の涼しい夜風が吹き、夜空に南十字星が輝き出した。照明で闇の中に、明るくぽっかりと舞台が浮かび上がる。
 やがて始まる移動演芸隊の歌や舞踊そして芝居などを楽しみに兵隊さん達が続々と集まって来る。


 開演

 「作業隊の皆さん!毎日重労働作業、ご苦労様です。内地帰還の日まで頑張って下さい!今夜は、皆様の労苦を少しでもお慰めするために移動演芸隊がやって参りました…」
 村石隊長の挨拶にはじまり、楽団演奏にのって幕が開けられた。空き地の草むらに座り込んだ千人余りの兵隊さん達の万雷の拍手が夜空に鳴り渡る。
 女性に扮した金山伍長と岡本軍曹のデュエットで流行歌「旅の夜風」、西村上等兵の漫談「近藤勇」、オペレッタ「歌う弥次喜多道中」、伊藤軍曹が主役をつとめる時代劇「男の花道」など次々と繰り広げられて行く。
 私は、舞台の袖で出演者の動きに合わせてマイクの紐を操りながらアンプの調整と効果音を出す為のレコードを回した。
 観衆の兵隊さん達は、昼間の作業の疲れを忘れて笑い、涙した。 特に艶(あで)やかで美しい金山伍長の女装には、女気の全然なく抑留生活の長い兵隊さん達の中から、ため息が洩れ望郷の念にかられた。3時間にわたる熱演が続けられ南国の夜は更けて行く。

 移動演芸隊は、各作業隊で歓迎され、重労働作業で毎日汗を流した兵隊さん達の心を癒す事が出来た。3回にわたる巡回公演も昭和22年初春をもって終了し、隊員は原隊に復帰、内地に帰還した。
 演芸隊解散に際し、馬渕軍司令官から隊員に頂戴した「達磨(だるま)の墨絵」が居間にかけてあり、ジャワでの唯一の思い出の品である。
 これを眺めるにつけ、寝起きを供にし、各作業隊を巡業した演芸隊の人達の顔や、そのときの様子が浮かんでくる。
 夢は遠い昔にタイムスリップし、二度と戻らぬ青春時代に思いを馳せ、ひとり感慨にふける。
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