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[No.159] 京のおばんざい 投稿者:男爵  投稿日:2013/01/11(Fri) 11:58
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京の「おばんざい(御晩菜)」とは
 「おまわり」と「おぞよ(御雑余)」を包括する言葉である。

「おまわり」
 むかし、馳走を大皿に盛って会食者に取り回してもらったところからきた言葉。
 季節が移りゆくさなか、旬の食材が次々と出まわってくる。京都の女性は旬のものを逃がさず取りあげて、調理に工夫をこらし、日々の食卓を豊かにしてきた。

「おぞよ(御雑余)」
 「あしたからてんてこ舞いやから、おまわりをつくれへん。何か日のもつおぞよを炊いとかんならん」と母は言う。
 おから、ひじき、千切り、お豆さんの炊いたん等の安上りのおかず、ときに当座しのぎのおかずが「おぞよ」である。

ということで
12月、1月、2月の
京のおばんざいを少しずつ紹介してみましょう。

参考資料
  秋山 十三子 (著)
  大村 しげ (著)
  平山 千鶴 (著)
   京のおばんざい―四季の味ごよみ
http://www.amazon.co.jp/%E4%BA%AC%E3%81%AE%E3%81%8A%E3%81%B0%E3%82%93%E3%81%96%E3%81%84%E2%80%95%E5%9B%9B%E5%AD%A3%E3%81%AE%E5%91%B3%E3%81%94%E3%82%88%E3%81%BF-%E7%A7%8B%E5%B1%B1-%E5%8D%81%E4%B8%89%E5%AD%90/dp/4838103050


[No.170] Re: 京のおばんざい 投稿者:男爵  投稿日:2013/01/12(Sat) 06:24
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> ということで
> 12月、1月、2月の
> 京のおばんざいを少しずつ紹介してみましょう。

12月の巻

むしずし
 南座の表に顔見世のまねきが上がって、お朔日(ついたち)は初日。
十二月に入ると、時雨はみぞれとなって、雨まじりに重たい雪が降る。
よく晴れた日は、よけい冷える。京都の町に底冷えがはじまる。
 このころになると、おすしやさんでは、むしずしが始まる。
店の先においた蒸籠からゆげが立ち、それはむしずしができたというしるし。

 むしずしはたいてい錦手のきれいな器に入っている。
ふたを取ると、あたたまった酢の気が急にたち上って、むせそうになる。
すしめしの上にいっぱい錦糸卵がのせてあって、味の濃い甘辛のしいたけ、
あなご、えび、ピンク色の魚のおぼろ身、グリーンピースもぱらぱらと。
すしめしの中には、きくらげがきざみこんである。
ご飯にはしいたけの煮汁がしみこんで、全体に甘口のおすしである。

寒さのきつい京都には、熱いむしずしは、本当に思いやりのある食べ物だ。

読んでいると、一度寒い京都に行って、むしずしを食べたくなる。


[No.172] Re: 京のおばんざい 投稿者:男爵  投稿日:2013/01/12(Sat) 12:39
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12月の巻

ゆどうふ

 はじめにつけじょうゆをつける。
かつおと、こぶで濃いめのだしを取り、薄口と濃口のおしたじを加え
みりんで甘味をおぎなう。
色は濃すぎず、甘すぎず、たっぷりとおたまわり(小鉢)に入れて
煮えたとうふをつけて食べる。

 つぎに薬味。第一にさらしねぎ。寒に入って葉先は枯れても
ますます柔らかい九条ねぎ。丸のまま薄う小ぐちから切って、水によくさらしたもの。

 第二にもみじおろし。長大根のなかに種をぬいたタカノツメをはさんで
おろしがねでおろす。ピリッと辛い。ほかに火どってもんだ浅草のり、
かつおの炊いたん。七味、一味。柚みそ、ごまみそもよい。

 土しょうが、わさびをおろして、アツアツを生じょうゆで食べるのも
また、さっぱりとおいしい。

 土なべの底にだしこぶを敷き、まんなかにはだし入れ、まわりに角切りの
とうふを入れて火にかけ、ふらふらと浮いてくるのを、すくいあげて食べる。


いやはや、いろんなものを取り揃えている。
料亭で食べるみたいだ。
こんなに豊富な材料や薬味は、我が家では使いません。
素朴なゆどうふでも寒い冬はおいしい。


[No.174] Re: 京のおばんざい 投稿者:男爵  投稿日:2013/01/13(Sun) 06:09
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12月の巻

おかぼ

 冬至の日には、おかぼの炊いたんを食べる。そのおかぼは、台所の天井に
夏の終わりからぶら下げてあった。いまのように、冬でも夏の野菜があるわけでは
なかったから、こうして、残しておいたのである。
 時季にはずれたおかぼは、夏の、あのむっちりとした甘味もどこえやら
べたべたの水かぼちゃに変わっていて、こんなあじないもんはない。
それでも、冬至のおかぼは中風にならんまじないえ、と、いい聞かされて
いやいや食べたものである。それよりも、幼い心は、おかぼを食べたらお正月がくる
といううれしさでいっぱいやった。

 冬至のおかぼは、砂糖をぎょうさんいれて、甘かろう炊きあげる。
まじないというよりも、決まった日に決まったもんを食べんと、きしょくが
悪いだけである。あじないもんをしんぼうしてまで食べることはないと
人さんには笑われるけど。

 当時にはまた "ん" の二つつくもんを、七品食べる。
なんきんのほかは、にんじん、れんこん、ぎんなん、きんかん、かんてん
もう一つはうどんで、昔はうどんのことを、うんどんというたそうな。
人は、運、根、鈍の三拍子がそろうて、はじめて出世するという。
その "ん" にあやかるためで、運がようて根気があって、そして鈍やないとあかん。
鈍は器用貧乏の反対である。

おかぼとは、かぼちゃのことだった。
読んでいるうちに気がついた。
 おかぼ → おかぼ(ちゃ) → おかぼちゃ
なんきんは、かぼちゃのことだとは知っていた。
 かぼちゃは南京からきた? かぼちゃはカンボチャからきた。

冬至にかぼちゃを食べる習慣は全国的。
北海道のかぼちゃはうまい。ここに書かれているような水かぼちゃではない。
北海道の人は、それを栗かぼちゃと呼んでいる。
だから、北海道で育った私は、おいしいかぼちゃと小豆を煮たものを
冬至に食べるのが楽しみだった。


[No.188] Re: 京のおばんざい 投稿者:男爵  投稿日:2013/01/14(Mon) 08:34
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12月の巻

堀川ごんぼと金時にんじん

 京都特産の冬の野菜は、聖護院かぶらに聖護院大根、中堂寺大根、
九条ねぎ、壬生菜、すぐき...など、まだあって、堀川ごんぼもそうである。

 秀吉の死後、聚楽第はさびれて、お堀へは、近所の人がごみを捨てるようになった。
そしてある日、気がつくと、そこにごんぼが生えていた。
太うて、まん中がほんがら〈空洞〉になっているごんぼである。
地名をつけて堀川ごぼう、また聚楽ごぼうともいうた。

 堀川ごんぼは、まん中の空洞へかしわを詰めたり、おさかなのすり身を詰めたりして
焼く。長いままで煮ふくめたのを、輪切りにして盛り合わすと、これは料理めいた
ものになる。

 お煮しめには、ごんぼだけを分厚う切って、じきがつおでからっと炊きあげる。
太うてもやわらかこうて、それに、しこしこと風味がある。
はじめに水炊きをして、やわらかこうなったら、かつおを入れて味をつけるけれど
そのあいだ中、ぷんぷんとにおうている。

 お煮しめにはまた、金時にんじんも欠かせない。上鳥羽あたりで作られている。
赤い赤いにんじんである。金時さんのように赤いので、その名がついているのんやろう。

 このにんじんは、かやくご飯にも、かす汁にも入れるし、おなますの色どりにも、
もみじおろしにもまぜる。真紅の色がはなやいで、だいだい色の西洋にんじんとは
また、別のおもむきがある。

 やお屋さんの店先が、お菜の緑やらおだいの白、にんじんの赤やらで
お花屋さんのように色鮮やかになってくると、それは冬のあかしである。
そして、台所をあずかる主婦にとっても、品定めがしやすい。

 けれど、堀川ごんぼは、もうめったに見かけんようになった。
作る人も、作る場所も減ってしもうて、いまはわずかに洛北・一乗寺のあたりで
作られていると、耳にした。そのごんぼは、もはやわたしたちの暮らしとは無縁の
もので、高級料理の珍味になっている。

 京の土に生まれ育った堀川ごんぼを、もういっぺん、おぞよにしてみたい。


昔たくさんあって今少なくなったものとしては
ニシンやハタハタを連想するが
それは乱獲や気候変動によるのだろうか。

堀川ごぼうがあまり見られなくなったのは
栽培地が宅地化されたりして減ったためか。
あるいは、特殊なごぼうゆえ消費者の関心が少なくなって売れないから
作らなくなったのだろうか。

ここで、
「ごんぼ」とは「ごぼう」のことだが
東北には「ごんぼをほる」という言葉がある。
これは. だだをこねる、ごねるということである。
「わらしがごんぼほる」、「ごんぼほりわらし」とよく言われますが
子どもがだだをこねることをこう言います。

ほかにも東北の方言として
「今日は留守番で とぜんだ」など「とぜん」ということばがあるが
これは徒然草から連想するように
何もすることがない、暇だ、淋しいなどの意味に使われる。
東北以外にも高知や大分県でも使われるという。

とぜんなか (熊本の方言)
  さみしい。退屈だ。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/dialect/3383/m0u/

かつて都で使われた言葉が次第に地方に伝わり
時代がたつとともに
都ではあまり使われなくなったのに、地方に生きている言葉がある。

ほかにも
伊達〈宮城県地方〉の言葉で
  しょうしい  「恥ずかしい」の意味
  漢字を当てると「笑止い」
というのがあります。

これは長野県にもあるみたいです。
http://homepage1.nifty.com/zpe60314/kotobahogen20.htm


[No.194] Re: 京のおばんざい 投稿者:男爵  投稿日:2013/01/15(Tue) 16:23
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> ということで
> 12月、1月、2月の
> 京のおばんざいを少しずつ紹介してみましょう。

1月の巻

三種
 ごまめとたたきごんぼとかずのこのこと、その三品を三種という。
お正月のお煮しめは、それぞれに、おうちの風でちがうけど
三種だけは、どこの家でも作って、お重に詰める。
 そして”組重”と書いたお箸紙には柳箸を納めて、そえておく。

 祝いの膳の前には、お重と、にらみ鯛と、大福茶〈おおふくちゃ〉の用意もして
小皿に三種を取り分けるのは、家長の役目である。
 お重にはほかに、いもぼうやら、黒豆。それにくわえ、にんじん、れんこん、
ごんぼ、おこんにゃ、おやきの炊いたんもきれいにはいっている。
 ごまめは、青うつやのあるもんがようて、いっぺんほうらくで炒ってから
お砂糖、おしたじ、タカノツメの輪切りにしたのもいっしょに、甘かろう炒り上げる。
 ごまめの頭を落とさんように気ィつけて、お正月もんは、ほんに気が張る。

 たたきごんぼは、小指ほどの細いごんぼで、前もって包丁でこすって
四センチぐらいに切っておく。太いところは二つ割りにし、一晩水につけて
アクを抜く。そして、さっとゆがく。たたきごんぼは、パリパリと音で食べるのが
おいしい。白ごまをすり、酢とおしたじを合わして、ごんぼの熱いうちにまぶす。
 おうちによっては酢をやめて、薄口と濃口のおしたじだけで味をつけなさるとこもある。

 かずのこは、もっと早〈はよ〉うからしろ水につけてもどし
薄皮をとってそうじをする。それをちぎって、みりんとおしたじで味をつけ
花かつおをふりかける。けれど、生の塩子のほうが、えぐみがないので
それを好まれる方も多い。


読んでいくと
おしたじとは一般に醤油といわれているものだろうか。
ごまめとは、小さなカタクチイワシの乾燥したもの。
なんだか佃煮のイメージだ。
たたきごんぼとはごぼうの一種だろうか。ごぼうを食べるのは日本人だけと
聞いたことがある。戦時中に欧米人の捕虜にごぼうを食べされたら
後で虐待されたと訴えられたという。こちらはご馳走のつもりだったろうが
相手にしたら食べつけないものを食べされられたと思ったのだろうか。


> 参考資料
>   秋山 十三子 (著)
>   大村 しげ (著)
>   平山 千鶴 (著)
>    京のおばんざい―四季の味ごよみ


[No.216] Re: 京のおばんざい 投稿者:男爵  投稿日:2013/01/17(Thu) 06:18
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> > ということで
> > 12月、1月、2月の
> > 京のおばんざいを少しずつ紹介してみましょう。
>
> 1月の巻

七種がゆ

 お正月七日のお祝いは七種がゆです。
せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ七草。
その一つ一つは、知っているものもあれば、見当もつかないものもあります。
 野の草、畑の菜を七種とりそろえ、おかゆに煮込んでいただくことは、ずいぶん昔からあったようです。
 わたしたちは今、お椀のなかに湯通しして柔らかくしたおもちを入れ、上から熱い葉がゆをついでいただきます。
 お菜が色を失わないように、お椀につぐちょっと手前で、おかゆに散らすのがこつです。
 淡い塩味が、いかにも早春の芽ぶきを感じさせます。うれしいお祝いです。


石井好子:巴里の空の下オムレツの7においは流れる 河出文庫
 この本の中で、石井は、七くさとは七種類の草「七草」と書くのかと思っていたら、「七種」と書くときき、驚いたと書いてある。
本来は、七草かゆではなく七種かゆだったらしい。


[No.217] Re: 京のおばんざい 投稿者:男爵  投稿日:2013/01/17(Thu) 15:34
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> > > ということで
> > > 12月、1月、2月の
> > > 京のおばんざいを少しずつ紹介してみましょう。

1月の巻

 あずきがゆ

 あずきがゆ ではけったいな感じ。
うちらは あずのおかい といいます。
 一月十五日の朝に食べる。ちかごろはお昼に食べるという家も多いらしい。
ふつうの白がゆを炊いて、おおよそ煮上がったところへ、別に柔らこう煮ておいたあずきをパラリと入れ、むらしたもの。
 お椀のなかに小もちをそよそおい、その上から熱いあずのおかいをたっぷり入れて出す。

 そやから、あずきごはんとちごうて、おかゆは赤い色はしていない。まっ白でとろりとしたところに、点々とあずきが散っているのを、お祝いのはなやかな色合いと見たてたわたしらの祖先は、風雅な色彩感覚を持ってはったんやなあ。

 あずのおかいは、そのゆで汁はつかわないので、普通どこの家でも豆を多いめに炊いて、おぜんざいをつくる。
こどもも娘も、「こっちのほうがええわ」
 幼いころ、このおかいさんを食べると、お正月は去〈い〉んでしまうと思い、悲しかった。

白いおかゆに、煮た小豆をパラリとかける。
それでは色もあざやかなままだ。

これを食べるとお正月はお終いと感じるのも、その切ない気持ちは理解できる。


[No.224] Re: 京のおばんざい 投稿者:男爵  投稿日:2013/01/18(Fri) 06:05
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> > > > ということで
> > > > 12月、1月、2月の
> > > > 京のおばんざいを少しずつ紹介してみましょう。

1月の巻

ぶりの骨

 お正月は十五日で松の内がすんで、あとはもうなんでもない普通の日になるのに
二十日をまた骨正月といいました。
 この日はぶりの骨やさけの頭を使って、かす汁をつくったり、お大根と炊き合わせて食べたりしたのです。
 わたしが骨正月をおぼえているのですから、そんなに前の話ではないと思うのに
いまの若い人たちには耳新しい言葉みたい。
 よその国の珍しい習慣みたいな顔つきで聞くのですから、妙な気がしてきます。

 ぶりの骨には熱湯をかけて生ぐさみをぬき、お大根と炊き合わせました。
さけの頭は出刃包丁で割って、それを薄く切って、かす汁に入れました。
 どんなにしても、しょせん生ぐさくて、子ども心に好きではありませんでしたが、これをいただかなかったらほかに食べるものがありませんでした。

 京都の家の造りは、片側が裏までつつぬけの通り庭になっていて、そこにお台所があります。
 天井もなく太いはりがむき出しになっています。上の方に天窓が一つ、そこから光が入ってきます。表から裏までつつぬけのお勝手元には、よく風がとおります。底冷えのする京都の冬には、いよいよ寒い台所です。ですが物はくさらず、天然の冷蔵庫といったぐあいです。

 わたしはときどき、実家の中京の家のお台所を思い出すのです。おくどさんに薪をくべてご飯を炊いているおなごしさんの背のあたりの暗いところに、縄でつり下げてあった塩ぶりやさけのことを。
 それが日とともに短くなって、やがて頭ばかり残るころ、たたきに生ぐさいしたたりのあとがついています。
 少女のころは、それを心の底からうとましいことだとながめていました。
今そんな少女のころも、母がいる中京の家も、なつかしいのです。


前にも紹介したことがあるが
中世ドイツの研究家の阿部謹也先生の文化というものの説明を
もう一度ここに出します。

 故郷の山や海に対する思いがこめられた地名なども、
 ものの名前にすぎないわけでであるが、
 そこには思いがこめられている限り、
 その土地の人だけがそのことばを聞いた瞬間に
 その光景を頭に浮かび上がらせることができるのである。

 その土地の人間にしかわからないという意味で、
 非合理なものや不合理なものを含んでいるのである。

 だれにでも理解し得るというわけにはいかない、その仲間にしか完全にはわからない
 それが文化というもののもつ特性だということである。

 特定の土地に長く住んでいないとわからないような感覚の世界があって、
 それを私たちは文化の世界というふうに一応いっております。

京都の天井の高い家の中、太いはりからぶら下げられた鮭や鰤
冬の台所は寒いから天然の冷蔵庫。

そんな台所の雰囲気は、京都は見たことがないが、新潟県の高田の雁木の家のある開放された家の内部を思い出す。

私も毎年冬になると、海岸の親戚から送られてくる新巻を、庭の物干しに吊したりする。そうすると猫がねらってくるから、二階のベランダの洗濯物干し場に移し替えたりする。

鮭の切り身をとって残った頭は、やはり酒粕をつかって煮て食べたりすが、私はおいしくて冬の楽しみだった。


[No.229] Re: 京のおばんざい 投稿者:男爵  投稿日:2013/01/19(Sat) 09:39
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> > > > > ということで
> > > > > 12月、1月、2月の
> > > > > 京のおばんざいを少しずつ紹介してみましょう。

1月の巻

千切り
 おだいを細くきざみ、日に干した乾物。
山も野も雪におおわれ、青葉も枯れて求められない寒中のための、保存食として、考案されたものと聞く。

 秋から早春までは、やや青みをおびて、しんなりと細く、春もたけるころには黄ばんで、ちりちりに乾く。夏にはない。

 寒い日に、ぶ厚い土なべで千切りを炊く。
はじめサッと流し洗いをして、ゴミを取り、しばらくタップリの水をつけて、ほとびさす。
水気を含んで柔らかくのびてきたら、適当に切り、その水でコトコト煮る。

 だいたいおだいには甘い味があるけれど、日に干した千切りや、切り干しには
もっと滋味深く甘い。
つけ汁をほかさず(捨てず)に、しんみりと炊くうちに、自然の甘味がにじみ出てお砂糖はまったくいらない。

 だしじゃこを入れて煮たのは、ほんのおぞよ。
お吸物のだしを取ったあとの、おこぶとかつおをゴトゴト煮出して、二番だしを取り、それで炊くとくせがない。
 細うきざんだ油あげを入れたり、白まめ(大豆)と一緒に炊いたり、いずれも薄口のおしたじで、うす味に煮ふくめる。


この千切りは大根料理の中では一番食べやすい。
千切りというより、私には、切り干し大根といったほうがわかりやすい。

シーチキンの缶詰の中身と一緒に煮て食べてます。


[No.230] Re: 京のおばんざい 投稿者:男爵  投稿日:2013/01/19(Sat) 10:16
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> > > > > > ということで
> > > > > > 12月、1月、2月の
> > > > > > 京のおばんざいを少しずつ紹介してみましょう。

1月の巻

ひねこうこう
おしわしわの古漬けたくあんを薄切りにし、け出しして煮たものを、京都の人は”おつけもんの炊いたん”という。

 先日、東京の人に食べさしたら
「ひゃっ こればかりはどうも」と、ひとくち食べておうじょう(閉口)しゃはった。

 独特のにおいがあって、切り干し大根ともちょっと違う。おいしいとも、あじないともいいようのない味だが、ふしぎに京都人の口にあう。

 雪も降らず、ただシンシンと底冷えする冬の夜、表を通るげたの音を聞きながら、これでお酒をチビチビのむのが、京都にうまれた男のしあわせという人さえある。

 おこうこは、ていねいに薄切りする。つぎに水に漬けて塩けを抜く。台所のはしりの隅に鉢を置いて、立ったついでに何度も何度もてまめに水をかえる。

 そして、だしじゃこと、種を抜いたタカノツメを入れて、酒塩(さかしお)と薄口をさし、たっぷりのだし汁がなくなるまでコトコトと炊きあげる。

 たくさん炊いて歯にしみるような冷たいのがおいしい。今はやりの即席食品とは似ても似つかないしん気くさい煮物である。

 しかし、ごちそうを食べあきた中年の人たちが、必ずおいしいとほめるのやから、やっぱりぜいたくな京の味だろうか。


残り物も捨てずに大切に食べ物として利用する昔からの知恵。
ヨーロッパの血のソーセージや、ブタの耳やシッポの入ったゼラチンのハムを連想する。
私はごちそうを食べ飽きた人間でないから、この料理は食べたいと思わない。
しかし、一度でも食べてから批評すべきだろうか。


[No.236] Re: 京のおばんざい 投稿者:男爵  投稿日:2013/01/20(Sun) 07:39
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> ということで
> 12月、1月、2月の
> 京のおばんざいを少しずつ紹介してみましょう。

2月

塩いわし
 節分の晩には塩いわしを食べます。まるまるとふとって脂ののった二十センチもありそうないわし。
 それがまた塩からい。子どもの時分は二つと食べられなかったのをおぼえています。このごろでは冷凍の技術が進んだので、あんな塩からいいわしを食べることはなくなりましたが。

 節分にいわしを食べるのは、その焼くにおいがくさいので、鬼、疫病、よろずもろもろの厄が逃げてゆくのだといいます。
 たわいもないけれど、昔の人の考え方がかわいらしくて大好きで、わたしも毎年この日は欠かさずいわしを焼きます。

 この晩はお菜のおむしのおし。年寄りがいなくなったら、白みそをおむしということも消えてしまうでしょう。それに青菜のごまあえをつけ、戦前は、わざわざ麦ご飯を炊いたものでした。

 ご飯がすむと豆まきです。年男か、その家の主人が、「福は内、鬼は外」と声を張って家中豆をまいて歩きます。
 戸も障子もあけ放して、まっ暗な庭の方にも豆をなげつけて、鬼がかけ込まないうちにと、大急ぎで戸をしめます。ぴしゃんという音。おんな子どもの嬌声。それはそれはにぎやかな晩でした。

> 参考資料
>   秋山 十三子 (著)
>   大村 しげ (著)
>   平山 千鶴 (著)
>    京のおばんざい―四季の味ごよみ


節分の豆まきは、日本だけの習慣なのか。中国大陸や朝鮮半島にはないのだろうか。


[No.241] Re: 京のおばんざい 投稿者:男爵  投稿日:2013/01/20(Sun) 16:43
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> > ということで
> > 12月、1月、2月の
> > 京のおばんざいを少しずつ紹介してみましょう。

2月

おいものおかい
 三錠室町聞いて極楽居て地獄
  お粥(かい)かくしの長のうれん

 お店(たな)といわれる中京の大問屋さんは、店構えも立派で人聞きはよいけれど、実際に奉公をしてみると、なかなかつらいもんやったらしい。
 第一、朝はおかいさんで、食べ盛りの丁稚さんは、いつもおなかをへらしてはった。うちうらはそれほどしまつで、そこを隠すように、長のうれんが下がっている。

 それに引き替え、料亭の名がつく朝がゆは、通人さんのお口に合うもんで、一般には縁遠い、ぜいたくなもんやった。旦那衆は、それを召し上がる。

 わたしらはまたわたしらで、霜柱が立つ朝にはおいもを入れたほかほかのおかいさんが食べたい。
 禅宗のお寺でも、朝食のことは粥座(しゅくざ)というて、雲水さんは、お椀に顔が映るような、うすいおかいをいただかはるのやと。これも修行で、黒豆入りやと笑われる。目の玉が映っているというたとえ話である。

 ゆきひらにお米をといで、たっぷりのお水を張り、おかいさんはとろ火でコトコトと炊く。そして、ふきあがったらサイコロに切ったさつまいもを入れて、塩味でさらっと炊き上げる。あんまりかきまわさんように。おしゃもじでかきまわしすぎると、おかいさんはこてこてになってしまう。

 ひねの水菜を細こう刻んで、土しょうがをしぼり、おかいさんにまぶす。おいもの甘味と塩加減のほどのよさ。あたたまるほどに、うれしいなってくる。これも、人生の味やろうか。しんみりと生きる。ひねは古漬けのことをいう。


ところどころ京都の言葉がわからないので、原文のままに紹介しました。
 (メインのテーマに関係のない部分は省略)
この人の文章はあんがい有名で、他の本でも紹介されているから、あとでその本も載せてみましょう。

こういう文章を書ける京都の女性もいなくなり、内容を理解できる女性たちも少なくなっていくということは、書いている本人も他の読者もわかっていたことでしょう。
京都の食文化も、時代ともに変わっていく。日本の社会も環境も変わっていくのだから。


[No.244] Re: 京のおばんざい 投稿者:男爵  投稿日:2013/01/21(Mon) 13:39
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> > > ということで
> > > 12月、1月、2月の
> > > 京のおばんざいを少しずつ紹介してみましょう。

2月

寒ぶな

 海に遠い京都の町では、川魚が重宝されました。そのうちでもふなは寒においしい魚です。寒ぶなとよばれ、寒があけても四月ぐらいまでは子持ちで味がよいとされています。

 寒ぶなを火にかけて白焼きにします。表面がこげる程度でよろしい。これをおなべに入れ、たっぷりの水で、ゆっくり一時間以上下煮をします。とろ火で、落としぶたも忘れないように。煮汁がへってきましたら、汁を捨てます。
 泥くさいような一種のにおいが、川魚の風味なのだという人は、お汁をそのままに残して、お酒、砂糖、しょうゆで味つけをして、十四、五分煮ます。
 火を消したあとは、冷えるまでそっとしておきます。骨や身がやわらかいので、煮ている間もかきまぜてはいけません。また長い時間煮るので、おなべの底に竹の皮を敷くか、小さないかきを入れておくと、こげつかす心配がありません。

 大きなふなをたくさんのおこぶを使って巻いて、半日も一日もかけて炊いたこぶ巻は、上等のお料理です。いさだ豆のように、大豆とこぶなを炊き合わせたふな豆。どれも煮るのに長い時間がかかるけれど、ひまのある火はゆっくり家にいて炊いておくと便利です。

 大きなふなのこぶ巻きは、素人の手に合うものではありません。けれど子ふなを白焼きにして、これをありあわせのおこぶで巻いて、おなべに並べてゆっくり炊きあげると、これが素人のお料理かと思うほど、おいしいのができます。はじめお味つけはうすいめに。長時間煮ているうちに煮汁がへって濃くなりますから。


「いかき」とか「いさだ豆」など知らない言葉が出てくるが、そのまま紹介します。

私もふなを煮たものはどこかで食べた記憶があるが、どこか泥くさいものだった。
やさしい味だった。

京都は海から遠かったから、昔は川の魚も大事にして食べたのでしょう。
どじょう料理もやはり川魚の料理だが、伝統料理として定着していますね。


[No.245] Re: 京のおばんざい 投稿者:男爵  投稿日:2013/01/21(Mon) 14:19
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> > > > ということで
> > > > 12月、1月、2月の
> > > > 京のおばんざいを少しずつ紹介してみましょう。

2月

すぐき

 すぐきは洛北深泥池(みどろがいけ)、上賀茂辺にできるかぶらの一種です。生来、お漬けものになる運命をもっているみたいに、炊いて食べても、さっぱりおいしくないのです。深泥池の近くにわたしは住んでいるものですから、戦争中は生のすぐきを炊いて食べたものでした。お漬けものにすると、身がしまって、あんなにすっきりした味になるのに、炊くとふがいないくらい柔らかになって、歯ごたえがないのです。

 すぐきは秋の終わりにとりこんで漬けこみます。軒の下に樽をならべて、長い棒の先に重石をつり下げて漬ける独特の風景は、雪の降るころの風物詩。わたしが子どものころはすぐきは春先のお漬けものでした。初冬につけたすぐきが自然にすっぱみが出て、でき上がるのが三月ごろというわけ。
 ところが近年はむろに入れ、温度をかけて作るので、お正月前にはもう食べられます。 自然にまかせるのをじこう漬けといいます。これならわたしにもできます。

 かぶらの方は歯形が残るほどの厚さに、茎はできるだけ包丁を入れて細かく切れと教わったことがありました。たしかにこうするのが一番おいしいようです。


京都の名物、すぐき漬け
炊いておいしくないのに、漬けものにするとおいしいすぐき。
やはり、その食材におうじて、食材をおいしくする料理法や食べ方というものはありそう。
先人の知恵と経験をありがたくいただきましょう。


[No.247] Re: 京のおばんざい 投稿者:男爵  投稿日:2013/01/21(Mon) 15:55
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2月

かすじる

 比叡おろしの冷たさに、粉雪までチラチラして「おお寒む」と飛んで帰ったわが家の食卓に、湯気をたてるかすじるのうれしさ。

 京都の南、伏見区は日本でも有名なお酒どころ。裏日本の農村の男衆が、お酒造りに蔵入りして、底冷えの冬の寒造りにせいを出しはる。

 大正のころまでは、新かすができると、造り酒屋の軒先に、直系七十センチもある笹の葉でつくった玉をぶらさげて、人に知らせたそうな。

 にんじんもおだいも千六本に切って柔らこう炊き、酒のかすを細かくして入れ、お揚げの細切りをほうりこんだだけの、ごく簡単なおつゆだが、やはり酒蔵から絞リたての板がすは香りがちがう。

 塩をきかしておしょうゆはひかえめに、決してグラグラ煮返さないこと。

 だしはだしじゃこでも、おこぶとかつおでとってもよい。塩ぶりや塩ざけの頭やアラをこなして、おつゆに入れると、こってりした味が楽しめるけれど、必ず熱湯を通して生ぐさみを抜き、少なめに入れるほうが持ち味を生かしておいしい。

 板がすが固いときは、だしに細かくくだいて、しばらく漬け、すり鉢でざっとすってから入れると早くとける。

 もう近ごろはすべて機械が設備されて、お酒造りも変わったらしいが、わたしの子どもの時分は酒蔵の横を通ると、ゆるやかな、酒屋唄が聞こえてきたものだった。小さな高い窓から光の帯が外へ流れ、そのあかりのなかだけに白い雪が舞っている。長くあとろを引く唄のひびきは悲しくて、子ども心にもせつなかった。


上に書かれてある造り酒屋の軒先の笹の葉でつくった玉のことは
当地では
杉玉といって、スギの葉(穂先)を集めて玉状にしたものである。
今年も新酒ができましたと、造り酒屋が知らせるものであったという。

寒い冬の酒造りの仕事は厳しいものだから、なり手が少ないと聞く。
しかし、杜氏の資格をとれば、ひっぱりだこであろう。


[No.249] Re: 京のおばんざい 投稿者:男爵  投稿日:2013/01/21(Mon) 16:48
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>   秋山 十三子 (著)
>   大村 しげ (著)
>   平山 千鶴 (著)
>    京のおばんざい―四季の味ごよみ
> http://www.amazon.co.jp/%E4%BA%AC%E3%81%AE%E3%81%8A%E3%81%B0%E3%82%93%E3%81%96%E3%81%84%E2%80%95%E5%9B%9B%E5%AD%A3%E3%81%AE%E5%91%B3%E3%81%94%E3%82%88%E3%81%BF-%E7%A7%8B%E5%B1%B1-%E5%8D%81%E4%B8%89%E5%AD%90/dp/4838103050

この本は、あとがきによると
復刻版である。

平山千鶴はあとがきで述べている。

思い返せば昭和三十八年の初冬、大村さんから話が持ち込まれた。
「朝日新聞の京都版にコラムを書かないか」ということだった。

その頃、独身の大村さんは両親を送って、天涯孤独の身になっていた。
そして、朝日新聞京都支局にアルバイトとして勤めていた。
彼女は支局から、何か京都らしいものを一年間書いてみないかと話があったのだった。

「婦人朝日」の投稿作文欄を母体にした京都の集まりの中心であった大村さんは
その仲間の一人である平山に声をかけたということなのだ。

コラムを連載するのは嬉しいことだが、一年間という長さを考えると
二人では荷が重いと考え、もう一人京都の匂いを持った人ということで
作文仲間の秋山さんを誘った。

三人は息のあったところを見せ、昭和三十九年一月四日から、週二回の「おばんざい」の連載がはじまった。

三人はこの欄を、ただのお料理の手引きにしたくないと思った。
戦後急激に変わってゆく町の暮らし、忘れがちになり、消えゆくしきたりも合わせて書きたいと思った。
そして期せずして、しまつで辛抱強いが、妙に醒めて、少々いけずな京おんなの気質も吐露してしまったと、あとがきで述べている。

はじめて単行本になったのは昭和四十一年八月であった。
本は好評で、誰かが「これはいつまでも残る本だ」と褒めてくれた。
そして、今回が四度目の出版となった。

秋山さんは短い病でアッという間に逝き、大村さんは数年の闘病生活の後、亡くなった。自分だけが老いて、この喜びを噛みしめていると書いている。

背景に書かれてある、著者たちの昔の暮らしやしきたりが認められることが
この本の文化的価値を一層高めている。


[No.270] Re: 京のおばんざい 投稿者:男爵  投稿日:2013/01/24(Thu) 19:46
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> >   秋山 十三子 (著)
> >   大村 しげ (著)
> >   平山 千鶴 (著)
> >    京のおばんざい―四季の味ごよみ

大村しげ のことを書いた本を読んだので紹介します。
こういう本を読むと、改めて
大村しげという人の個性が知らされます。

木村衣有子(ゆうこ):ものを食う本、ちくま文庫
 京都に住んでいた頃、街なかの路地にある町家があった。
ぴりっとする雰囲気が漂っていたその前を、用もないのに通りがかっていたものだった。
 ぴりっとする、といっても、もちろん静電気みたいな嫌な感触ではなくて、薬味みたいな、ぴりっである。
 大村しげさんの家やで、とは、同じ学校の誰かに知らされたのだったであろうか。
大村しげは、一九一八年に生まれた。祇園の仕出し屋のひとりっことして育った。
三十歳を過ぎてから随筆を発表しはじめ「おばんざい」という言葉にあらためて光を当てた人だったという。

「京暮し」は一九八〇年代に書かれたエッセイ集で、季節をなぞる生活の知恵が詰め込まれた本だ。
 すべて、文章は口語体だ。京都の言葉で書かれている。
たとえば「千鳥漬」という干し大根の漬け物の出来上がりについて、こう書かれている。
「そのうち、ジをすっくり吸うてしもうて、おだいもおこぶも大きいのびきってしまうと、それは、たいたようにやわらこうなって、だいも漬けただけとは信じはらんぐらいである」
 大村しげの文章は、徹頭徹尾、ほんものの京都の女言葉で書かれていて、だからなめらかに読めるのだ。白々しさがないのだ。

 大村しげの書いた京都に、できれば住んでみたい、今になって思う。
京都に、大村しげに深入りするつもりなどなかった頃の私は、伝統をふりまわす厳格なおばあさんだから書くものもきっとお説教臭いはず、そう勝手に思いこんでいた。
 「京暮し」を読めば、たしかに、かちっと京おんなの模範像というものを示しつつ、ところどころに、とらわれない自由さも垣間見えて、そこから彼女に興味がわく。

「物もので、おうどんは、塗りのおはしでなんぞ、とてもすべってたべにくい。これはもう割りばしにこしたことはのうて、百本が束になっている安物を、がさっとはし立てにさしておく」


大村しげは、一九六四年に朝日新聞京都版にて、秋山十三子、平山千鶴らと
「おばんざい」を連載開始。
「京暮し」を一九八七年、暮しの手帖社から刊行。