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Re: B29と竹槍と火叩き

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Pan

通常 Re: B29と竹槍と火叩き

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2
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2005/1/29 1:02
Pan  常連 居住地: 大阪府  投稿数: 59
引用:
竹槍訓練は女学生もやったと耳にしたことがあったような気がしましたので、一回り(12才)年上の、近所に住む友人に聞いてみましたところ、

一人はその頃、平壌の女学校にいた人で、学校では経験はないけど、「国防婦人会」(一般家庭の主婦)がやっていたとのことでした。
  必ずしも全国一斉にやった訳ではなさそうですね。 学校や地域に熱心?な方がおられたところがやったようです。 
  家族の人数は多かったですが、竹槍を持っていたのは私一人でした。
  中学生男子の剣道と同じように、女子の長刀《なぎなた》は必須《ひっす=必ずやる》だったと思います。
引用:
もう一人は京都の女学校にいた人で、学校ではやっていないけど、町内会ではやっていたと思うとのこと、町内会では、その他、竹竿に藁をつけた火叩きでの火消し訓練や、バケツリレー(水を入れたバケツを、火元までリレーする練習)などもやっていたそうです。

1944年頃か、終戦間際のことですね。
  私も1944年の3月までは京都市内にいましたが、その時点では竹槍の話は無かったように思います。近くに竹藪《たけやぶ》はありませんでしたが、後で聞くと物干し竿《ものほしざお》で作ったようです。

  隣組でバケツリレーや火叩き《ひたたき》の訓練はやっていましたね。 各戸に大きな水槽も置かれました。
  小学生でしたがバケツリレーには参加しました。  これは後で役に立ちました。

  田舎へ移ってから戦況は悪化しましたが、そのような訓練はありませんでした。 その代わり裏の土手の下に横穴式防空壕《よこあなしきぼうくうごう》を掘りました。  防空と言うよりも、敵が来た時ここに隠れていて襲撃するためと聞きました。 祖父が掘っていましたが私も手伝いました。
 1m余り進んだところで敗戦になりました。

 火叩きは追って作り、写真を貼ります。 

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