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絵日記による学童疎開600日の記録 (2)

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えー

通常 絵日記による学童疎開600日の記録 (2)

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1
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2005/10/14 20:56
えー  新米 居住地: 岐阜  投稿数: 5
 疎開生活 初期

 準備期間が短く、しかも他の学校のようにお寺や宿屋のような屋根のある場所での生活ではないので、寝る場所のみ近くの農家などに分宿したが、朝起きると先ず農園(疎開学園)まで歩き(離れている宿舎の場合は20分ぐらい)洗面をするところから1日の生活が始まる。

 3度の食事も勉強も全て戸外なのである。はじめのうちは食事をする椅子《いす》も机もなく、地面の上にじかに座っての生活であった。

 昭和19年(1944)から20年(1945)にかけての冬は、例年になく寒く食料も充分ではない、幼い子どもにとって過酷な日々がはじまるのである。
 警戒警報・空襲警報が頻繁に発令されるようになるのは11月に入ってから、初期はまだ穏やかな日記が多い。防空壕は男子高学年の生徒と先生が5ヶ所に掘った。

地面でご飯







先生のお給仕







地べたで食事







地べたで食事








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