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海州西公立中学校解散の日 高橋 甲四郎 1 みどりのかぜ<第39巻>より つづき

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通常 海州西公立中学校解散の日 高橋 甲四郎 1 みどりのかぜ<第39巻>より つづき

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2016/7/29 13:06
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

つづき

 やがて午後の七時になって皆が舎監室に集まってきた。しかし、正午に聞いたラジオと同じように雑音が多く、ほとんど聞き取れなかった。ただ、ポツダム宣言を受託するというところだけはわかった。やはり降伏したような解説だった。
 日本は負けた。
 これからいったいどうなるのか? 学校は?朝鮮は?
 さしも賑やかなこの寮も、死んだように静まり返って、ひそひそ話がきこえるだけだった。今晩だけはトンボの見回りはなかった。点呼が終わり、床に就いた。うっとおしい暑い夏だった。床に就いても、とりとめもなくあれこれと考え、眼がさえて寝つかれなかった。一夜明けると、いつもの朝に戻った。朝食を済ませて、いつものように、各分隊ごとに列を組んで登校した。学校では何事もなかったように、平常通り朝礼があり、予定の試験が開始された。先生たちは昨夜のニュースには一言もふれなかった。どうやら大したこともなく、今まで通りの生活が続けられそうでほっとした。だれかが言ったように対等講和で戦争が終わったというのが正しかったらしい。

 その日は午前中の試験だけで午後からの作業や教練はなく帰れた。われわれにとって素晴らしい出来ごとだった。これから少し楽になるぞと却って嬉しくなった。

 ところが翌朝になると、学校周囲の様子が少し変わったことに気付いた。遠くの海州町方の (海州西公立中学校は、北朝鮮の海州の町はずれにあって、その『翠明寮』は、中学校から一キロぐらいのところにあったと思う)空がざわめいているのである。われわれの学校や『翠明寮』は一里離れていたが、異様な空気が学校の裏山向こうの海州の町からこだまして伝わってきた。しかし、それが何であるか分らないまま登校した。海州の町のほうから登校してきた学生たちも、いつものように隊列を組んで登校してきたが、みんなの表情はこわばっていた。
 「日本は負けた」
 「朝鮮は独立するそうだ」
 「無条件降伏らしい」
 「朝鮮人が白服で独立騒ぎをやっている」と、海州の町から登校してくる者たちが、町の様子を伝えてくれる。すっかり昨日の様子とは変わっているらしい。
 朝礼の時間が来ても鐘は鳴らない。空席が目だった。いつものと違った重苦しい空気に包まれていた。一部の朝鮮人学生を意識して沈黙しているのだ。この重苦しい空気を破るように、突然朝鮮人の金丸が、朝鮮唄を歌いだした。怒りの視線が金丸に集まった。金丸はそれをしり目に、ゆうゆうと教室を出て行った。朝鮮人学生の民族意識は、終戦近くになるにつれて露骨に現われてきた。
 数に勝る日本人学生だったが、どうしたことか、日本人学生の腕白者は減り、終戦の年にはついに少数の朝鮮人たちが幅をきかすようになっていたのである。
 学校内でも、時折朝鮮語で話しあうのを耳にして、屈辱を感じたものだった。二、三年前だったら、顔の形が変わるほど殴られただろうにと、忌々しい思いを何度かさせられた。金丸の唄はわれわれに最大の侮辱を与えた。そして日本の無条件降伏を象徴した。どうしようもないことだった。
 校長の話があるというので校庭に集合した。朝鮮人学生たちは目くばせをして別行動をとり、校庭には一人も出てこなかった。校長の話は、思った通り学校解散の挨拶だった。

 暑いながらも、仙山貯水池(毎年の冬場にはスケート兢技で賑わっている)から吹いてくる風は涼しかった。ゲートルをまいていない足は解放されたように軽かった。真夏の太陽に映えている海州西公立中学校の真っ白い校舎は、いっそう美しく感ぜられた。しかし、国旗掲揚台には、朝鮮の旗が誇らしげに翻っているではないか。朝鮮人学生に占拠されたらしい。忌々しい気持ちで何度か振り返った。
 「元気でなあ」と、まだ『翠明寮』に残っている学生たちにもう一度大きな声で言って手を振り、柳が繁っている坂道を降りて行った。

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