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海州西公立中学校解散の日 高橋 甲四郎 1 みどりのかぜ<第39巻>より

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - | 投稿日時 2016/7/16 6:36
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 はじめに

 この記録のメロウ伝承館への掲載につきましは、
 投稿者のご了承をいただいております。

 メロウ伝承館スタッフ

―――――――――――――――――――――――

 海州西公立中学校解散の日 高橋 甲四郎 1 みどりのかぜ<第39巻>より

 みどりのかぜ<第39巻>より

 海州西公立中学校解散の日   高橋 甲四郎 (緑風会 会員)

 古い日記の中から海州西中学校解散当時の模様を書いたのがありましたので、多少加筆、訂正して同封してみました。
 これは終戦の年の大晦日に、当時を思い出しながら綴ったもんで、曖昧なところもありますが、かなり正確に書いたつもりです。登場人物はすべて仮名です。
 現代の感覚からすれば、ずいぶん乱暴な対韓感情ですが、当時としては、こうした気持ちもあったろうと思います。
 現在、(戦後二〇年ぐらいからだろう)私は職業柄韓国人と毎日接していますが、すっかり考えが変わっています。

 八月の太陽がじりじりと照りつけて、地下足袋の底が焼け付くようだ。サボることしか考えていないわれわれには、よけい暑いのかも知れない。
 「A!、何をしておるかッ」トンボ(寮の監督教師のあだ名)の怒鳴り声が落ちた。思わずショベルを動かした。それもほんの五~六回申し訳的に動かしただけで、トンボがあちらに去って行くと、作業をやめて腰をおろした。とたんに「作業止め」の鐘が鳴り、ホツとした。続いて終礼。あとはそれぞれで列を組んで下校していった。

 私がたどりつくのは『翠明寮』であった。この寮では毎晩誰かがなぐられるか、毎晩誰かが賄い荒しをやっていた。鉄拳と空腹だけが支配している寮であった。
 『翠明寮』に着くと、すでに常連の伊崎、梅野、中原たちは二階に上がって花札をやっていた。「子ざんこだ」「松、桐、坊主だ」とねつがこもっていた。ポケットから五十銭札がのぞき、表情も真剣だ。勝てばこの五十銭札でアンパンにありつき、それだけ腹がふくれるのだ。

 その横で見ていた数人の一年生の一人が突然小声でつぶやいた。「先生が来ました」。それを聞
いた伊崎が一年生に命令した。「上がってくるかどうか、下りて見張れ」。一年生が、二~三人バタバタと降りて行ったとき鐘が鳴った。
 「全員作業の服装で玄関前に集合ッ」。トンボの声だ。皆の顔が曇った。「チエツ、明日は試験だというのに」と舌を鳴らして手際よく花札を片付けて集まった。トンボは例の目をくりくりさせて、集合し終わるのを待っていた。小隊長が、集合した旨報告すると、トンボは言った。
 「君たちも知っているとおり、日本の現状は食糧増産に力を注いでいるのである。われわれ学徒も、聖戦遂行のために‥‥作業始めッ」。それぞれに鍬、ショベルを持って指示された畑で作業についた。

 正午に近くなった頃、突然「重大ニュースがあるから、舎監室の前に集合ッ」の声がかかった。いまごろ重大ニュースとは何だろうといぶかりながら集まった。
 「ロシアに宣戦布告をしたんだろう」「何でもいいや。作業よりはましだ」と小声でささやきあった。
 トンボはじっとラジオを見つめたまま身動き一つしない。「ただいま‥奉読します」雑音でほとんど聞こえなかったが、米英ソ支に対する宣戦布告の大詰めのようでもあった。大詔奉読がおわった。トンボは静かに我々のほうに向きなおった。眼には涙さえ浮かべ、ただならぬ表情であった。

 「ただ今放送があったように、停戦の大詔が発せられた。諸君も寝耳に水であったと思う。しかしわれわれは、詔証書に仰せられているように、新日本建設へまい進しなければならない。学徒として各々その本分を励み、決して軽薄な行動を取らぬよう、己を謹んで、もっぱら国体護持につとめなければならない。では作業を続行する」
 皆は呆然として作業にとりかかった。ラジオ放送は雑音が多くてよく聞き取れず、トンボが言った意味もよくわからなかった。友人と話しあって、ラジオのニュースの意味や、トンボが言った意味などを確かめたかったが、トンボが目をぎょろぎょろして監視しているので、それもできず、ひたすらショベルで畑を耕し続けた。
 「作業止め」の号令で、解散すると二分隊に集まった。皆は思い思いに話し始めた。
 「日本が負けたのか」
 「そんなばかなことがあるものか。シンガポールだって南方の島だってまだ占領しているんだぞ」
 「関東軍も、連合艦隊も健在なのだ。トンボは勘違いしているよ」
 「いやニュースの様子はどうも変だぞ。降伏したのじゃないのかな」
 「降伏じゃない。戦争が終わったのだ。これからは対等な立場で講和条約を結ぶのだ」
 先ほどまで花札に夢中になっていた連中が、ああでもない、こうでもないとくりかえしていた。
戦争が終わったことだけはたしかで、あと(午後)は七時のニュースの解説を待つことにして、それぞれの部屋に戻って、自習を始めた。しかし、とても勉強する気になれなかった。すると、下級生の一人が不安そうに尋ねてきた。
 「Aさん、日本は負けたのですか」
 「七時のニュースの解説まで待て。あまり心配せずに勉強しろ」と、たしなめるように言ったので、黙りこくってしまった。

 ―――つづく
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2016/7/29 13:06
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

つづき

 やがて午後の七時になって皆が舎監室に集まってきた。しかし、正午に聞いたラジオと同じように雑音が多く、ほとんど聞き取れなかった。ただ、ポツダム宣言を受託するというところだけはわかった。やはり降伏したような解説だった。
 日本は負けた。
 これからいったいどうなるのか? 学校は?朝鮮は?
 さしも賑やかなこの寮も、死んだように静まり返って、ひそひそ話がきこえるだけだった。今晩だけはトンボの見回りはなかった。点呼が終わり、床に就いた。うっとおしい暑い夏だった。床に就いても、とりとめもなくあれこれと考え、眼がさえて寝つかれなかった。一夜明けると、いつもの朝に戻った。朝食を済ませて、いつものように、各分隊ごとに列を組んで登校した。学校では何事もなかったように、平常通り朝礼があり、予定の試験が開始された。先生たちは昨夜のニュースには一言もふれなかった。どうやら大したこともなく、今まで通りの生活が続けられそうでほっとした。だれかが言ったように対等講和で戦争が終わったというのが正しかったらしい。

 その日は午前中の試験だけで午後からの作業や教練はなく帰れた。われわれにとって素晴らしい出来ごとだった。これから少し楽になるぞと却って嬉しくなった。

 ところが翌朝になると、学校周囲の様子が少し変わったことに気付いた。遠くの海州町方の (海州西公立中学校は、北朝鮮の海州の町はずれにあって、その『翠明寮』は、中学校から一キロぐらいのところにあったと思う)空がざわめいているのである。われわれの学校や『翠明寮』は一里離れていたが、異様な空気が学校の裏山向こうの海州の町からこだまして伝わってきた。しかし、それが何であるか分らないまま登校した。海州の町のほうから登校してきた学生たちも、いつものように隊列を組んで登校してきたが、みんなの表情はこわばっていた。
 「日本は負けた」
 「朝鮮は独立するそうだ」
 「無条件降伏らしい」
 「朝鮮人が白服で独立騒ぎをやっている」と、海州の町から登校してくる者たちが、町の様子を伝えてくれる。すっかり昨日の様子とは変わっているらしい。
 朝礼の時間が来ても鐘は鳴らない。空席が目だった。いつものと違った重苦しい空気に包まれていた。一部の朝鮮人学生を意識して沈黙しているのだ。この重苦しい空気を破るように、突然朝鮮人の金丸が、朝鮮唄を歌いだした。怒りの視線が金丸に集まった。金丸はそれをしり目に、ゆうゆうと教室を出て行った。朝鮮人学生の民族意識は、終戦近くになるにつれて露骨に現われてきた。
 数に勝る日本人学生だったが、どうしたことか、日本人学生の腕白者は減り、終戦の年にはついに少数の朝鮮人たちが幅をきかすようになっていたのである。
 学校内でも、時折朝鮮語で話しあうのを耳にして、屈辱を感じたものだった。二、三年前だったら、顔の形が変わるほど殴られただろうにと、忌々しい思いを何度かさせられた。金丸の唄はわれわれに最大の侮辱を与えた。そして日本の無条件降伏を象徴した。どうしようもないことだった。
 校長の話があるというので校庭に集合した。朝鮮人学生たちは目くばせをして別行動をとり、校庭には一人も出てこなかった。校長の話は、思った通り学校解散の挨拶だった。

 暑いながらも、仙山貯水池(毎年の冬場にはスケート兢技で賑わっている)から吹いてくる風は涼しかった。ゲートルをまいていない足は解放されたように軽かった。真夏の太陽に映えている海州西公立中学校の真っ白い校舎は、いっそう美しく感ぜられた。しかし、国旗掲揚台には、朝鮮の旗が誇らしげに翻っているではないか。朝鮮人学生に占拠されたらしい。忌々しい気持ちで何度か振り返った。
 「元気でなあ」と、まだ『翠明寮』に残っている学生たちにもう一度大きな声で言って手を振り、柳が繁っている坂道を降りて行った。
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