タイトル | : オバアチャン・バイバイ 5 |
投稿日 | : 2005/01/16(Sun) 17:53 |
投稿者 | : マーチャン |
それまでは、吉本興業的な介護の毎日でした。
毎朝「ささえさん、オッハッ」といってオバアチャンを起しました。
「ーーー障子が明るくなってきた、早く起きぬと遅くなる。着物を着替えて帯をしめ、手水を使いにいきましょう。きれいになったらお早うと、朝のお礼をいたしましょう」と一緒に歌いながら朝の支度をしました。
それが終わると朝食です。ミルクティー、ヨーグルト、バナナ、マーチャン特製のカボチャのパンケーキ、葡萄パンがお気に入りのメニュー。
お盆に載せて「はーい、ささえさんの、おいしい、美味しい朝ごはんですよ」といいながら運びました。
でも、この日は、目を開けてくれません。
紋次郎兄も来てくれて、従姉妹や故人の孫など、当日から翌日にかけて順次応援に来てくれました。町内自治会の役員さんも3人きてくださいました。
それでも、葬儀委員長兼雑役婦は大変です。
葬儀屋さんは「庭の洗濯物干し台を移動させてもよろしいでしょうか」「庭木の枝が邪魔になるので切らせてくださ」などなどと言いにきます。
従姉妹や、故人の孫やその連れ合いなどからも「お茶の葉っぱはどちらですか」「トイレットペーパーの予備はありますでしょうか」などなどと聞かれます。
おまけに「燃やすゴミ」の回収日であれば、その準備など日常的な仕事もこなしていかなくてはなりません。
一番大変だったのは、電気の問題です。
お通夜の日、家の周りの照明をするのに30アンペアでは不足といわれてしまったのです。
日曜日にもかかわらず東京電力は来てくれましたが、我が家の場合「50アンペアにすることはできません。ただし、その時間帯だけ、ブレーカーが飛ばないように、バイパスしておきます。その時間帯は、念のため、エアコン、電気カーペット、電気ポットなどは使用しないでください」といわれてしまいました。
寒い日だったのに。