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Re: トンボをとる

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KANCHAN

通常 Re: トンボをとる

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3
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2004/7/8 20:03
KANCHAN  新米   投稿数: 2
私の「トンボの思い出」です。

幼稚園のころ、私は東京都足立区の梅田町というところに住んでいた。二軒長屋の我家の裏には原っぱが広がっていて、その先は一面の田んぼだった。 
裏の原っぱは私たち子供のかっこうの遊び場であったが、この原っぱでのもっとも印象的な思い出は、秋口のある時期に頭上を飛んで行くヤンマトンボの大編隊であった。夕焼けの空を飛んで行くヤンマトンボの大群を見ようと、私の両親も近所の大人たちも皆、原っぱに出て空を見上げる。ヤンマトンボの飴色に透《す》けて見える羽根がとても美しかった。
ヤンマは体が大きく、結構高いところを飛んで行くので、普通の虫取り網では、届かない。網の柄に竿を継《つ》ぎ足して、やや低めを飛んでくるやつを待ち構えるのであるが、なかなか捕《つか》まえられない。時にナーヤンとよぶメスが捕まえられると、私たちは大喜びである。このトンボに紐を付けて、頭の上でくるくる回すと、トコヤンとよぶ雄がかかってくるのである。そこを網で押さえる。
ナーヤンは「おんなヤンマ」の略であったろうか、グリーンの身体に尻尾《しっぽ》が茶色で大変美しい。トコヤンは「おとこヤンマ」の略か、同じく緑の身体で、腰のところに水色の帯がついていて、尻尾は黒である。いずれも身体がしっかりしていて、手に持つとブルンブルンという振動がたまらない感触である。
ところで当時は、もっとすごいトンボがいた。オオヤマと呼んでいたが、おおヤンマの意味であろうか、ヤンマより一回り大きく、身体は虎のように黒と黄色の縞模様である。このトンボは単独で行動し、大人の背丈くらいの高さのところを、ゆうゆうと飛んで行く。めったに停まらない。
ところがあるとき、私は一人でトンボ採りに出かけると、原っぱの先の、田んぼにつき出た小さな木のさきに、一匹のオオヤマが停まっているのを見つけたのである。
私は心臓がどきどきした。網を持ってそっと近づいて行った。オオヤマは動かない。狙《ねら》いを澄ませて網を振ったが、手元が定まらず、間一髪で逃げられてしまった。残念であった。
翌日私は、あのトンボが又あそこに停まっているような予感がした。行ってみると案の定、昨日と同じ木の枝に停まっているではないか。私は気持ちを落ち着けて、さっと網をふるった。採れた!
あのときの、オオヤマの力強いブルンブルンという振動の感触は、今でも忘れられない。
次は私が小学校高学年になってからの思い出である。
そのころ私は群馬県の桐生《きりゅう》市に住んでいた。私たちは桐生川や渡良瀬《わたらせ》川で泳いでいたのであるが、時に電車に乗って数駅先のプールへ行くことがあった。当時桐生市にはプールらしいプールがなかったのである。そのプールも川の水を引いていたのだと思う、水は濁っていてプールの底は見えないような代物であったが、それでも川に比べると、泳ぐ実感があって楽しかった。
夏休みも終わりに近づいたある日、私は、プールから駅への帰り道で、頭の上を飛んでいる大量の赤とんぼを見た。そしてそのとき突然俳句が出来たのである。
「秋ちかしもっと泳げと赤とんぼ」
別に私に歌心があったわけではない。夏休みの宿題に俳句を作るようにという課題があったので、なんとか2・3句作らねばならず、その必要に迫《せま》られてのことであった。しかし私としては、ゆく夏を惜しむ気持ちを表現した傑作が出来たとうれしくなった。
しかしその句を先生に提出して、返してもらったときには、まるが一つついていただけでなんのコメントもなかった。私はちょっとがっかりした。後から、季語が多すぎるからだめなのかな、などと反省したものである。

とき移り、今私の住んでいる我孫子《あびこ》市の団地では殆《ほとん》どトンボを見かけることはなくなってしまった。ヤゴの育つ沼沢地が減り、餌になる蚊も少なくなったからであろうか。蚊帳《かや》を吊る家なども見たことがない。俳句の題材も代ってしまったであろう。そんな環境で育った我が家の子供たちは、私の子供時代の懐かしい経験を知らずに大きくなった。それでなのか、どうも情緒を解さず、親を大切にしようという気持ちも薄いようだ。
息子は、今はやりの携帯電話会社に就職した。世の中皆が、ところかまわず「もしもし」とやっている。時に聞こえ方がよくないと一様に空を仰ぐ。そこにはトンボならぬ目に見えぬ無機質の電波が飛んでいるだけである。

関田 歡一



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