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通信士の敗戦余話 田中岩男 その2

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通常 通信士の敗戦余話 田中岩男 その2

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2013/1/1 8:51
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 それから数日後、塩崎少尉から、15日午前中に大本営発表があるらしいから、短波のラジオ放送を聴くようにとの指示があり、通信関係者一同静粛に耳を傾けたが、ノイズが大きくて聴きにくく、放送の内容は良く判らなかった。その中で誰かが言った。「日本は負けた。敗戦だ」と。玉音放送だった。

 8月17日、塩崎小隊長は命令を受けに出掛けたが、その後、飛行場視察で見えていた大佐が指揮者となり命令を発した。「18日午後5時を期して、飛行場大隊及び派遣隊は玉砕する」と。

 俄かに飛行場の内外は騒々しくなった。と言うのは、関東軍の糧棟倉庫より食料品一切を放出したからである。滅多にお目に掛かれない外国産のウイスキーや酒類、なかなか手にする事も出来ない甘味品や将校用らしい高級タバコ等が含まれていたからである。
 私の通信卓上にも日本酒の一升瓶が2本並べられ、傍に居た金栗伍長が、「大橋(私の旧姓)一等兵、好きな酒でも呑んであの世とやらに行こうが」と苦笑いを浮かべながら私に言った。
 外では敵戦車、それに関東軍が組織した満洲国軍、満警が騒ぎ出し、危険が身近に迫って来ていたようである。「いよいよ助からんわい」と死を覚悟した。時に午後5時だった。

 鞍山に展開中の本部を呼び出した。しかし、いざ通信と言うことになって大分苦慮した。と言うのは、生文電報を打つと言うことは軍法会議では死刑を意味していたからである。しかし、柏崎教官の訓話が一瞬私の脳裏を掠めた。「タイタニック号事件が起きた時に、他船の通信士がもうーつ人命救護に対する熱意と機転があれば、もっと多くの人命が助かっていただろう」と。
 本部の通信室が出た。<さあ 打つか!> 覚悟を決めて生文で打電。「塩崎隊は飛行場大隊と同じゆうして、本日午後5時を期して玉砕す」と。電報形式を採らずBC形式で打電した。遂にやってしまった。幾ばくかの悔悟の念を禁じ得なかった。

 本部局より可待符号が入ったので待つことにした。その間に金栗伍長が、「テンノウへイカ バンザイ」を2回打電する。20分ほどして本部局から暗号電文が入電して来た。4つの数字が並んだ陸海空軍の共通暗号である。後ろに居た暗号解読担当の小野田上等兵に電文を渡す。彼はそれを解読して塩崎少尉に手渡した。塩崎少尉が電文を読んでから飛行場大隊本部長に持参した。電文の内容は「塩崎隊は早急に錦州通信所に撤退すべし‥・」ということであったようだ。

 塩崎小隊長が本部から帰って来た。部下の顔を見ながら「只今より飛行場大隊よりの命令文を通達する。飛行場大隊及び派遣隊全員は、本日午後3時に当飛行場から錦州に向けて撤退すべし」と命令を下した。私達は、脱出は難しかろうと思いながらも、通信機を運び出し貨物自動車へ積載の用意をする。

 全部隊の撤収準備完了は4時頃で、直ちに赤峰駅へ向かう。途中、敵の戦車砲や小銃などの攻撃を受ける。駅前の高梁(こうりゃん)畑の溝に沿って身を縮めて伏せの姿勢を取る。敵の攻撃を受ける中、塩崎小隊長の人員点呼が終わり、各自へ拳銃と弾丸5発宛てが支給される。私は高梁畑の中に入り込んで、金栗伍長から貰って水筒に詰めておいた酒をグビリグビリと呑んでいたら、私の肩を叩くものがいた。酒好きの東北出身の2名の上等兵だった。「俺にも一杯呉れ」と言うことで、3人で水筒の酒を回し飲みである。

 その時、塩崎小隊長から、「大橋一等兵、何処に居るか」と呼ばれた。私は慌てて「只今、小用中であります」と答えた。近くで高梁がビシッと折れる音がする。弾丸が頭上を掠める。<これは危険だ>と思い、急いで匍匐(ほふく)前進で隊列まで戻る。

 当部隊も重機、軽機、小銃、迫撃砲等で応射する。その時、大隊本部から伝令があり、「各自、携帯食、水筒、携帯品等を持ち、黒水方面に撤退すべし」との命令が下る。直ちに貨物自動車のガソリンで積載物等を燃やす。大隊本部を先頭に各部隊も移動した。途中、巾30m位の河があり、10m位の高さの堤防があった。敵戦車の進攻を阻止するために橋梁2ヶ所を爆破する。
 黒水方面へ向けて山嶺を歩く。途中に民家が散在するも夜のこととて通り抜け、林も樹木もない山嶺をひたすら歩む。一昼夜歩き続けていた時、鉄路が見えてきた。「黒水は近い」と思い、塩崎小隊長に尋ねると「未だ少し先のようだ」とのこと。兎に角逃げると言うことは思いのほかシンドイことである。後から敵が追いかけて来ないが?住民達の敗戦兵に対する仕打ちがあるのではないか?何しろ気持ちが悪い。やっと黒水に到着。鉄路に残されていた機関車は動くようだ。貨車も異常なし。塩崎小隊に、以前、機関車の仕事をしていた兵がおり、列車を運行することが出来た。


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