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Re:懐かしい勝手台所

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としつる

通常 Re:懐かしい勝手台所

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2004/10/15 11:31
としつる  半人前 居住地: 東京  投稿数: 31
キャロットさん、としつるです。台所とかお勝手とか懐しい昔を思い浮かべ出て来ました。
引用:
私の子供の頃の家族は両親と兄弟五人の七人暮らしなので、母は毎日
一升炊きのお釜で米をといで、へっついにかけ薪をくべて炊いて居た。
  
ご飯が冷たい時はアルミのご飯蒸しで温めて呉れて居た。
今は何でも便利になってスィッチポンで済んでしまうんですよね。
 私共の家族は最低で2家族、多い時は3,4家族が一緒に生活をし、家族以外の同居人も何人か居ましたから常に最低でも12,3人が一つ屋根の下で生活をしていた時代がありました。

 板の間の広いお勝手には2箇所に流し、竈、野菜貯蔵の床下や大型の氷冷蔵庫やら薪置き場《=燃料置き場》も必要で、当然のことながら其処から立ち上る煙突も竈(へっついとも呼びました)の上から屋根を抜き出て、その煙突掃除も大変でした。

煙突掃除を忘れると火災の元ですから、勝手には何箇所かに神頼みのお札も「火の用心」とばかり貼ってありました。

多勢の家族が何度かに分けて朝昼晩と食事をし日中は工場で丸鋸《まるのこ》帯鋸《おびのこ》を使って製材をしていました。馬車による運搬も工場に出入りしましたから、それはモーターやらベルトなどの騒音と掛け声やら怒鳴り《どなり》声、それに馬糞《ばふん》の処理などもあって、それはそれは賑《にぎ》やかでした。

今考えると馬鹿げたような道具や設備が必要だった時代でしたね。

             04.10.15AM;としつる

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