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広島・長崎の被爆者の声(1) (7枚目のCDの21から30まで)

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kousei

通常 広島・長崎の被爆者の声(1) (7枚目のCDの21から30まで)

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2006/7/14 11:22
kousei  管理人   投稿数: 2
その21 音声を聞く

 ねぇ、こうタオルであのう暑いもんですからタオルでこうして頭、汗をこう拭いたんですよ。そうしたらそのう、こう髪の毛がこういっぱいついとうでしょう、ほんなん吃驚してですね、こう摘まんでこうして抜いたら痛いことも無い、ズブズブこう抜くる訳ですねぇ。ほれからもう吃驚してですねぇ、家に帰ったんですよ。

 それから、もう日増しにこう髪の毛がドンドン抜けていくですもんね。そして、もう身体がだるくなるわけですねぇ。そして顔色をこう鏡で見るともうどす黒くなってさ、もうなんかこう生気の無いとですね、もう。でえ、こういうところですな、ちょっとこう擦って、擦ってもですねぇ赤い斑点がポツポツ、こう出る訳ですよ。

 白血球が1100って言われたもんですね。それから10日間くらいずーと熱に浮かされてですね、肺炎とか何とかの熱やったら40度越したらもう、うわごと言うですけどね、熱があっても意識がはっきりしとる訳ですねぇ。

 歯茎から血がドンドンドンドンこんだあ出だしたですねぇ。拭いても拭いてもその、こう出るわけですよ。こんだあ、歯茎がもう化膿しだしてですねぇ、上顎なんかですね、親指のとくっと入るぐらい肉が腐れてこう取れるわけですねぇ。で、もう歯ももうグラグラになっしまうでしょう。ほんでもう、拭いても拭いても血はドンドン出るし、熱はもう40度6分はずっと続いてですなあもう・・・。


その22 音声を聞く

 8月の19日になって、すごい熱が出たんですねぇ、そいで喉痛くってですねぇ、あのう水も喉を通らなくなった。熱は40度を越したんですねぇ。

 ある病院に着きましたところがね、「長崎は何処におりましたか?」ってんで、銭座町におりました。「光はどうでしたか?」。玄関で。「あれば受けた人は大抵死ぬとさねぇ」、「はぁ?」って。私の髪の毛を引っ張るんですよ。「あれっ、おかしかねぇ、40度の熱があって銭座町で受けたとならあ、こらまあ死ぬ筈ばってねぇ」っていうんです。死ぬ筈無いじゃろうがもう、患者の前で死ぬ筈とはねぇ。そいで「2、3日のところが勝負でしょう。ひょっとしたら、2、3日の間にね、死ぬかもしれん」って言われましてね。


その23 音声を聞く

 これはおかしいな、と分ってきたのは、例えばね注射するとドンドンそこが腐っていっちゃうというようなこと、白血病をおこしちゃいますとねぇ、その注射したとこが腐ってきちゃうんですよ。

 それから、女子挺身隊の娘さん達なんかやっぱりいくら、酷い怪我してても髪の毛なんか気にする訳だからねぇ。こう、くしけずるでしょ、そうすとバラバラバラっとおっこっちゃうわけね、根元から。これは変だぞって言う事だから、だんだんこのう原爆症らしい症状ってのが分ってきたんですね。若い娘さん達が看護婦さんから「櫛貸して頂戴!」ちゅうて借りてね。髪くしけずった途端にバラバラッ、と毛が落ちた時の気持なんてのはこりゃあ、もう説明の要は無いと思いますがねぇ。

 中には、自分はあんまりその怪我もなんにもしてないからっつって、応援に駆けつけてくれたそういう女子学生なんかもいるわけですよ。ところがその当人が、ひょっとある朝顔を洗って、毛に触った途端にバラッとおっこっちゃう。そういうような事がまあ至る所で起きててねぇ。


その24 音声を聞く

 身体に全然あのう火傷(かしょう)も無い、ところが開けてみると脾臓はほんとにクニャーとなっとる。まあ要するに萎縮しておりますねぇ、肝臓でも萎縮しとる。

 それから骨髄でも、ドロッとした泥のような泥状のねぇ。えー当時始めは黄色髄の泥、黄色髄と言うよりもドロドロですよね。
そういう風な造血臓器に非常な変化がきとると。まあそういうことから考えるとねぇ、放射能に依るもんにもう間違いないと。

 顕微鏡的にはねぇ、えー毛は有るんですよ、まあ肉眼でも毛が有るんですよ。ところがねぇ毛根がやられとんです、もうすでに。毛根がやられておる事と汗腺、汗の出るね、あれもうみんなやられておるんですよ。表面から見たらわからないですよ、火傷(やけど)が無くっても。

 それから、まああのう睾丸の、ですねぇ睾丸の、あのう、ほんとならこう引っ張れば糸のようにひく、ですがねぇ、粘着性があって、そういうものも無い。要するに萎縮してしもうとんですよねぇ。

 したがってあの当時熱が出て、そして下痢をするというのがその後すぐおこりましたがね。汗が出ない、普通熱が高く出ると汗をかいて熱がちいとでも下がると。汗を出そうにも汗腺がやられとるですよね。

 それが、中間期になってくる、それから、だんだん脾臓がむしろ逆に大きくなってくると。赤くねぇ、それから骨髄でもドロドロのようなんがむしろ、あのう大人になると普通黄色髄になるんですが。黄色髄がドロドロのようになっとる。

 それが、中間期以降になると今度赤色髄と。要するにそこまで生きた人はなんとか、あのう造血機能発揮しようとする。それより逆に今度は白血病的に白血球がどんどん増えるというような、まあ時期に依ってうーんと・・・。


その25 音声を聞く

 今までなんとも無かった人が、髪の毛が抜けてくると。それから、皮膚に出血斑ですねぇ、あのう、紫色のはっきりした斑点が出てきますね。

 ま、そういう状態が始まってくるとねぇ、口の中に潰瘍が出来たり、歯茎なんかから血が出たり、という、いわゆる出血性素因て言いますけども。

 まあそういった状態であって、だんだんとこう熱が高くなってくると。平時の状態で言えば、顆粒細胞減少症という病気が有るんですけども、骨髄がやられて、血液が極度に冒されるっていう形の、病気ですねぇ。それで高熱が出て、まあ数日経てば亡くなると。ま、そういうような状態の患者さんが非常に多かったですね。

 ですから外傷と、いわゆる原子爆弾症ですか?原子病ですね。両方、雑居してた格好ですけども。やっぱり、原子病の方が圧倒的に多かったですねぇ。傍らから亡くなっていくんで本当にもう、憂鬱でしたねぇ。

 全くそのう原爆でのその治療の壁の難(かた)さって言いますかねぇ。痛感しましたねぇ。


その26 音声を聞く

 救護活動と、治療をしようというのも、にもう治療材料が無いもんだから。とにかく収容して、新興善小学校の1階、2階に、患者さんを寝せとっただけですね。なーんの治療材料も何も無い訳なんですから。

 で、完全に服を着てる人なんか殆ど無い。さあとにかく、覆ってるガーゼとかシャツとかそんなものを取るともう皮が、それに付いてベロッと剥げてくるようなもんですからねぇ。で、顔に布(きれ)を当てておるでしょう、その布をこう剥ぐと鼻がピィッと取れてくるし、耳がポロッと取れてくるんですからね。目を押さえておるガーゼを取ると目が出てくるんですからね、目の玉が。で、しばらくすると全部死亡ですね。

 で、一番もう私が残念に思ったのはもう鼻血を止めきらないわけなんですね。出血が止まらないわけなんです。というのは、もうそん時には未だ分らなかったんですけど。骨髄の破壊に依っての、止血機能そのものがもう壊れてしまっておるわけですから止まる筈が無いんですよ。だから、もうそれまでに軍医学校で、止血にはどうしたらいいこうしたらいいということを、習ってきとったけど、それをしとっても、もう殆ど役に立たないわけなんですね。

 どうしても鼻血が出だしたらもう、その翌々日ぐらいには必ず死亡してましたですね。もう情けないな、と思いました。そのう、今まで習ってきた医学が、これには全然、太刀打ちが出来なくなっている事をつくづく思いましたですね。

 受け付けた時に住所とか、名前とかそんなもん全然分らないし、遺族の方々が受け取りに来るという可能性も無いもんですから。うー、新興善小学校の運動場の隅に、井桁に死体を重ねてですねぇ、そしてガソリンをぶっ掛けて焼いたわけなんです。

 ほんとに申し訳ないと、思うんですけどねぇ、どうにもこうにもその時点において仕方が無かったわけなんですねぇ。新興善小学校の中に、そのまま遺体を置いておいても、こんだあ後から後から入ってくる人が、あー、収容がされない。

 
その27 音声を聞く
 
 あのう、講堂みたいな広い所にねぇ、居るわけなんですよ。もう、筵(ムシロ)ひいて夏の暑い事ですから、もうなんにも着ちゃあおりませんね、裸のまんま寝せられて。あっちもこっちも焼けたり怪我したりしてますもんですから。もう治療するのに大変ですよねぇ。

 ほいでなかなか火傷でも治りませんからね、とにかく、蝿はいますし不潔ですし、夏ですからね。そりゃねぇもうその広い患者の居る部屋にも蝿がブンブンたかりますんで、この痛い痛い言って寝てる患者さんのこの方からどんどんどんどん蛆がねぇ、もう湧いて出ますんですよ。そいで中へ入り込んどると物凄くあのう、うずくって痛いんですね。だから「痛い!痛い!」言われるからピンセットでもう、出せばもう出るわ出るわね切りが無いね、蛆虫が出ましたりしました。

 それからまあ火傷がこの、なんかお薬でも当てますのに、こう黄色な膿、爛れたこの汁みたいな一緒になりましてね、何とも言えない臭いがねぇ物凄かったですねぇ。

 そして不潔なそういう風な状態ですのであのう破傷風とか言うて、最も恐ろしいあのう病気がありますんですよ。そういう風な患者さんもいましてからね。

 まあ、とにかく、ほんと何ていうて言いから分りませんようでしたですねぇ。


その28 音声を聞く

 そこで40日おります、その40日間の辛いこと、もうどんどんどんどんもう何百人いう人が死んでいくんです。

 もうそれあのう付いとる人無かったんです、無かったもんですからね、火傷へみなもうね蛆がねぇ、もう、これぐらいぐらいの蛆が。まあ、見よう言うても見られやしません、あんな大きい。いっぱい湧くんです、それが。除(の)けても除けても。

 それをね、あのう、みんなであのう、落とすんです、あのう塵取りと箒で。で、イガッてんです、痛いから、火傷へ。もうここからここから、もう、みんな、もう、この方から、蛆がダラダラしとるんですもの、もう。ほんっと、もう。

 ほいで、それ、箒で、あのう、それを運動場へ持って出ましてその蛆を焼くんです。そうしてやれやれ蛆をみな落とした思うてもまたその夕方にまた湧いとるんです、次が湧いとるんです、また。

 そして、お産の人が2、3人ねぇ、こんな赤ちゃんが、生まれました、こんなんが。六月(むつき)とかいうんでしたがねぇ。このぐらいぐらいの赤ちゃんが出てきたんです、あたしゃ吃驚しましてねぇ。

 そして、それはねえ息の、「あら、まだねぇ、置いといてあげてください、未だ息があるんじゃから」言うてもねぇ、息があるのみな、はあ、連れて出るんです、焼き場へ連れて行くんです。ほいでそのまあ、赤ん坊は勿論、まあ死にます、そりゃあねぇ。酷(むご)いことです、ほーんとに。


その29 音声を聞く

 同じ病舎の中に、入れておきながら親娘が入っていると言うことは、どっちも知らない。で、私達も知らなかった。それで、それが偶然、えー同じ私共の8病棟におるということが分りまして。それじゃあ、これは親娘じゃないかと言うことでまあ2人とも非常に重症でしたが、もんですからねぇ、直ぐにあのう、ベッドを入れ換えさせましてねぇ、隣同士に、えー、ベッドを換えてあげたんですよ。

 ところが、ベッドが隣同士に来ましてもねぇ、もうとにかくそりゃあ酷(ひど)い状態で、えーもう手はもう殆ど火傷(やけど)でねぇ。その、娘さんと隣同士に寝て休んでおっても手も握れない。娘さんが、先に亡くなったと、私は記憶しとるんですが。

 えー、「お母さん!」「ひでこー」って両方から、それこそ微かな声で、呼び合いながら亡くなっていくんですよ。あーもうー...、あの姿を思い出すとねぇ。今でももう、胸いっぱいになってくる、ような感じですねぇ。

 そしてその夜だったでしょうかね、あのうお母さんも亡くなりましたけども。えー、間もなくその後を追うようにしてお母さんも亡くなるんですよ、ええ。


その30 音声を聞く

 「お水ちょうだーい、助けてちょうだーい、お水ちょうだーい、痛いようー、痛いようー」言うってねぇ。毎日毎晩、その呻き声ばっかりなんですわ。

 でも、酷(ひど)い人なんかどうしようもない、お医者さんも手のくだしようが無いような人も沢山ありましたねぇ。で、ボツボツボツボツ亡くなっていきました。

 その時には「お母さーん!、お母さーん!」いってね、言う人もあるし。みんなが「先生、先生」いうとったもんですから「先生、ありがとう、先生ありがとう、先生ありがとう」いってね、亡くなっていった子もおります。

 それからあのう、「お水が欲しいのよー、お水が欲しいのー、死んでもいいからお水くれー」いう人ね。その人なんかも間無しに死ぬる人なんです。考えてみれば死にましたけどね。そういう人にあのう、綿に付けてちょっと含ましてあげたりね。

 それからね、きまってあのう、誰か亡くなるとね、「アッ!アレがもう死んじゃったあ」言うってね、その周りの人が言うんですわ、そうすときまって、あのうまた近いうち亡くなるの。
 人が死んでいくと、周りの人、ものすごく寂しいんだろうなあーー言うような感じ抱いたですねぇ。

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