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長崎の被爆者の声(3) (6枚目のCDの11から20まで)

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kousei

通常 長崎の被爆者の声(3) (6枚目のCDの11から20まで)

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2006/7/14 11:02
kousei  管理人   投稿数: 2
その11 音声を聞く

 小さいときから浦上の方はよく知っているんですよ。医科大学でよく出入りしていたこともありますしね。見渡す限り焼け野原になって、第一、道路が、道がどうなっているのか分からなくなっちゃてんだから。

 あぁゆう死んだ姿なんかを私、見てほんとうに残酷きわまる無残な死に方だなぁということを、しみじみ思いましたね。全身よごれたようなからだで、そのままアカチンキなんかを振り掛けたような、なんとも言いようのない姿でね。

 で、そのなかで見たものはね。いろいろな浦上天主堂のあれが私は非常に印象に残った。天主堂の破壊され炎上している姿ですね。そしてマリアの像、見たときに半身お顔からなんからこう、どすぐろぉい油をかぶったように焼け爛れているのがね。

 ほんとうにおなじ信仰をもつ、カトリツクの宗教をもつ者が400年来から弾圧に耐えながら、かくれキリシタンで守ってきたとゆう子孫のおる、熱心なカトリック信者が1万人近くも、そのやられておるとゆうようなことを後で聞いて、なんともいえない広島と違った憤りっていうか、この感じ方をもちましたね。

 
その12 音声を聞く

 私たちの防空壕に入ってきた人がいるの、あかちゃんを産んですぐの人が。お母さんも、お父さんも。あかちゃんも亡くなるし、おばあちゃんも亡くなるしね。みんな亡くなんなさったですもん。そのときの哀れがですね、本当、もうそんときの哀れがですね。ま、ほんとあんなとば、見た人でないとわからんですね。

 着物は着たまま、焼けたまま、着たまま焼けて、こんなとこもやけてしまってな。いきとる間皮膚の焼けたあとからこんな血のぴゅぅーぴゅぅーぴゅぅーぴゅぅーでるものですとね。それが出るとはもう…。

 生きとるときはもう水が欲しいでしょ。「水くれ みずくれ」とゆうてな。 

 そして、ひとが亡くなって、それば小か車、なぁ、二つ車。あれに乗せて寝たままのせて、つれていってトタンば敷いて、その上に薪ば積んで焼くとやもん、そばで、ほんとみちゃおられんかったです。
 そのおばあちゃんも、そんなして焼きなさったんでしょ。 

 あぁ私は怪我をしたばってん、私は死なんかって良かったと思いましたけど、終いには、まぁ死んだほうがよかったと思った時もあったとです。
 あぁ、見ちゃおられんかったですよ。ほぉんと。


その13 音声を聞く

 家屋は全部焼失しましてね、 生きた人影は見えませんでした。死体が累々としまして、おかあさんの胎内から臍の緒が続いたまま、あかごが母から1メーターぐらいはなれて死んどったのを見ましたときには、ほんとうに悲惨なもんだなぁって思いました。

 それと大橋の鉄橋の下の川にとびこんで、全身こうみずぶくれと豚の皮を剥いだような格好になりまして、あすこにもここにも水の中に死んどるのを見ましたときに、生きながらの地獄っちゅうのは、こういう風なもんかってやっぱり思いましたですね。

 電車のやけたのが3台ぐらいみえましたですかね、それに死骸が折り重なってどれをみても、爆風で着物が飛んでしまったのか、こう、裸のようでございましたですね。


その14 音声を聞く

 まあ、それまで、松山が、その~中心地とかそんなことはぜんぜん知らんやったです。ほとんど焼け落ちて、医大はそのコンクリビルであったところだけはゲタが割れたようにして残っておる。

 だからもう死人ですね、もう死人がいたるところにかたまって死んどるところもあるし、山坂になつたところには登りかけて、そこに倒れている人、そりゃぁ相当の数だったですょ。
 
 もうその惨状は口では言い表せんです。ちょうどウサギの皮を剥いだとおりですょ。ま、ウサギも人間も同じですけどがな、かわを一皮ペロンとはいで、こっちからあったら、こっちから剥いで、いっとんですよ。も、渋皮がはげた、そんなものじゃないですょ。


その15 音声を聞く

 その午前中は「やけど」の酷いのをですね、アネステジンとかあるいはそうゆうものを、体に振り掛けるのに、もう2、3人に追われて。
 そしたら午後から近所の人が私を連れに来たんですね、診てくれと。そしてその日の翌日の午後に初めて往診してみてですね。周囲の人たちのことが、わかったのですが、いってみると、まったく表に出ると本原町一帯無人ですね。 

 木はもう枯れ枝みたいになってるし、電線はたれさがっているし、電柱は燃えかって、家はたおれている、燃えている、もう、けぶっている。

 なにかもう無人の..あれ、そのあれだけの人はどこにいったのかと思って、下のうちに行くと「先生、診みてくれっ」と。

 それで防空壕にいくとその狭い防空壕のなかに20人くらい入っている。酷いのはもう頭を割られるとか腹から腸がでるとか、それはもう死んでるわけですから。しかしあとはもう「やけど」です。それからその軽いのはガラスのきずから血がでる。その「やけど」が顔と背中、足のふくらはぎとかね、あるいは胸と腹。

 どうして顔と背中にやけどしたかというと「ブーッ」となったときに田におった人とか、畑に居った人ね、後ろをみているんですね。後ろを見たときにピカリとしたもんだから顔と背中に焼けどした人がおるんですね。


その16 音声を聞く

 わが家(うち)の焼け跡のところに来ますと、弟の友人が杖を持って、その、弟の死ぬ時の状況を教えてくれたんです。

 やっぱり、生きたまま家の倒壊した下敷きになって、「助けてくれぇ、助けてくれ」って言うけれども、自分も負傷しているし、小さい子どもですからですねぇ、その材木をよける《とり除く》とかなんとかなどできないし、もう、その、焼けるの、死ぬのをそのまま見たそうです。も、ほんと、これが生き地獄っというんでしょうかね。

 それや、あと、すぐ下の妹がですね、頭は縮れ、顔、皮膚の露出部分はもう皮膚は焼けただれてひっくりかえって、顔もぜんぜん変形して、もうぜんぜんぜんわからん。で、すれ違うて行こうとしたら、「お母さん」という言葉でお袋は自分の娘ということが分かったと。

 そいで、お袋は妹をかるうて《背負って》、そこの方に避難するつもりで、で、畑の上に寝かせて一時様子をみたら、「お腹が痛い、痛い」と言いながら、もうすぐに息を引き取ってしまった。

 それや、あと二人の子どもは家の中でやっぱ即死をしたようです。


その17 音声を聞く

 そして、(姉に)「そして、子どもたちは?」って聞いたら、「知らない」っていうです。「どうしたの?」っていうたら、そのつぶされた時にね、「お母ちゃん、僕はここだよ、助けて。」っていったんですって。そしたら女の子も、「お母ちゃん、私もお兄ちゃんのところよ、助けて。」っていったんですって。でも、自分自身もつぶされているんですね。

 そしたら、「熱くなったよう」っていったんだって。火がずーっときているのね。でもどうしようもなくってね。「あの子達も焼けて死んだでしょう」っていってました。

 そして、父がそれを聞いて、そして、灰をずーっとね掻き分けてあれしたら、ちいさな骨をもってきてました。そして、(姉は)15日に亡くなったんです。もうだからそればっかり言ってね。「お母さん、熱くなったよ、熱いよ、熱いよ」と。その声が耳にぬかって《つきささって》いるから、母親としては耐えられないですよね。それで、「ごめんなさい、ごめんなさい」っていいながらね、亡くなりました。

 わたしはね、ほんとに自分が子どもを産んでみて、ああ、あの時の姉の心の中が解るような気がしてね。ほんとに、「ごめんなさい、ごめんなさい」、それだけをいいつづけて亡くなりましたよ。


その18 音声を聞く

 ずーっといきますとね、防空壕の中には5人10人もね もう死骸ばっかり生きとる人は一人もおらんです。それでもう学校にいったって息子はもう生きておらんだろうと、せめて死骸でもと思うて行きましたらね 学校は爆心地から谷ひとつ超えた高台なんですね。 きれいに吹き飛んでしまって箒ではいたみたいですね。

 大きな声で「あきら あきらぁ」ってよびましたら「はーい」って返事しましたょ。 それからいってみましたらちょうど基礎の角のところにしゃがんでいました。熱かったでしょう全部裸になってしまって。 もう、おとうさん来たから大丈夫よって、しとったゲートルをはずしてつないで、おんぶして帰ってきたです。
 まだ生きておりましたですけどね、今かんがえますとそこで息引き取りましたね。

 いっときそこで休みましてそして帰ってきました、戦闘帽かぶってましたんで、そこから下がやけてしまって顔なんかもうこう腫れてしまって、手なんかもう雑巾のようになってましたですね。そこへ材木を集めてきて、それで自分で焼いて。どんぶり茶碗を拾ってきて骨をこういれて。


その19 音声を聞く

 焼け爛れた校舎のなかでなんだか生きてるような気持ちがするんですよ。あの重たい材木の下で、もう生きとるんじぁなかろうかと、黒く焦げたような姿が目にちらついてね。
 とうとう私も一晩中泣いとったんですけどね、主人も「泣いたって駄目じゃぁないか」と怒っとったけど、そういいながら主人も泣いとったしね。水をいっぱいもって金比羅(山)を超えてむこうにおりましたけど。

 坂本町の上の方、大学の上の方にずぅっとお墓があるんですね。 墓石がひっくり返ってそこら辺で、みんな人が倒れていて、膨れて倒れていたのを見たときに、まあこれ以上進まれんと。
 そして人相もなにも判らんようになっとるから、とうてい、わが子か人の子かわからんよって、わが子を探すとゆう気持ちよりも、その悲惨さむごたらしさに打たれてもう自分の子どもだけじゃない これはもう全滅だとゆうふな感じで どなたかのお骨を少しいただいて、現在までお祀りしているとゆう格好ですね。

 まぁでも本当に死骸をみないとゆうことはあきらめきれないですね。


その20 音声を聞く

 ところがですね、ぜんぜーん判りませんでした。なぁーんにも無いんですから。瓦も灰になってですね。そして、私の母も、お骨もですね、もう全然なぁーんにもないんですよ。

 それであの妹のですね、金歯があったんですよ。それで、これが妹かなぁーっちてですね、それ拾ったんですけどね。それもはっきりは判らないんですよ。だから、あのぅ、もうこれだろうーっていうのをですね、屋敷内で拾ってですね。

 そして、親戚のもですね、ここが炊事場だったからね、この辺だから、あのここいらがそうやろやねーっちゅうて拾って。その、お骨を拾わないと死亡証明書がとれないんですよ。それで、多分これだろうーっていうのをですね、あのぅ、拾ってきましたんです。

 駒場町はですね、全然あの姿も何もないは、もう、白骨はですね、白骨なんですよ。で、白骨もですね、こうあせらなきゃ《掘り返さなきゃ》なかった訳ですよ。そして、あのあせってですね、はぁ、一生懸命もうこの辺じゃろうといって、叔父と二人ですねぇ、行って、『この辺になんしたから、この辺じゃろう』ちゅうてですね。

 そして、私の母は、なんか下大橋のにき《あたり》で会ったという人がいるんですよね。だから、その判らないんですよ、いまだに。お骨がですね。

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