広島・長崎の被爆者の声(3) (9枚目のCDの11から20まで)
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広島・長崎の被爆者の声(3) (9枚目のCD) (kousei, 2006/7/14 0:41)
- 広島・長崎の被爆者の声(3) (9枚目のCDの1から10まで) (kousei, 2006/7/14 11:37)
- 広島・長崎の被爆者の声(3) (9枚目のCDの11から20まで) (kousei, 2006/7/14 11:39)
- 広島・長崎の被爆者の声(3) (9枚目のCDの21から30まで) (kousei, 2006/7/14 11:41)
- 広島・長崎の被爆者の声(3) (9枚目のCDの31から40まで) (kousei, 2006/8/8 11:47)
- 広島・長崎の被爆者の声(3) (9枚目のCDの41から51まで) (kousei, 2006/8/8 11:49)
kousei
投稿数: 4
その11 音声を聞く
2度と戦争してはなりませんわ、絶対に日本全国民がね、戦争にはね。
立ち上がって反対にしてもろうてね、そういうように巻き込まれんように。これだけは私は、ほうじゃけえ、若い人に言うておきたいんですよね、ん。
どういう事があってもこの戦争というものは、ん、決して利益になるんじゃない。そりゃ利益なるのは産業界のああいう人、一握りの人が、ええだけのもので、あとは絶対にええ事はないんですから。
ほいじゃから泣くのは誰でもない、みな我々がね、泣いてこんにゃならんのじゃから。
どういう事があっても、戦争へ巻き込まれるようなことをしちゃな2度と…再び、戦争だけは、してもらわんように、政府がどのように言うたけんいうても政府に負けたらいけん、その時にね、負けてはいけない。
その12 音声を聞く
とにかく戦争はせん、止めてくれた方が一番いいですね。ほで、まあ人間の殺し合いこは止めてくださるように、それをお願いし、原爆は2度もね、使わん、つこうてはいけん事です。
え、まあ、戦争いうものはこれでこの世で、はあ止めたらどうでしょうかと思うんです。止めた方が一番いいじゃないかと思うんですね。
そうでもやっぱり国民がやっていかれるんじゃないんですか。
だから人間殺しあいこはね、殺したりするのはぜんぜんね、それはね、本当に止めてくださった方が。
お願いですね。
その13 音声を聞く
戦争は悲惨であるからね、そうゆうものは避けなくちゃいけないと。それは後世の人にもしっかりひとつ言い聞かせたいと。
ところがその避ける方法は何であるかと、我々はそのー自分が軍人(陸軍中将)であったから、えー言うわけじゃないけど、そうじゃなくたって我々は言う。
戦争ってものを避けにゃいかんから我々は、え、しっかりとした兵器を造るということに努力をしたんで、守りがなければですねそりゃあの、相手がつけこむんだからね、だからあのそれに対して手ごわいぞっというだけのものは持っておらにゃいかんと。そのための守りというものはぜひ必要だと。
その14 音声を聞く
もう私は二人の子供を二人とも自衛隊にいちよう(一応)いれました。あの、あのう徴兵制度とか何とかいうことも、いちよう(一応)あってもいいんじゃないかなと思いますね、え。
戦争はあっちゃならんですけどね。何の下地もなくてすぐ(に戦う)いうわけにいかないでしょう。
絶対ないとはねえ、あってはならんことですけどね。
その15 音声を聞く
平和平和いうて平和はね誰も人間もう10人が10人唱えん人は、ひとりおらんと思うね。
だけどわたしはねえ、原爆に遭っておるからこそね、あのなんだ、もう原爆は使用してはならないけど、あの用意だけはして欲しいとおもうね。
番犬のね恐ろしいのがひとつおればね、あそこの家に行きゃ大きなあの番犬がおるきゃ、あれが噛み付くかわからん言えばね、そこを通りのいて人は行くですよ。
そやけど何にも無防備でね何にもしてないとこを来ればね馬鹿にしてしまうですよ、ん。国はこまいし、私らは原爆にあっていい経験じゃないですか、もう日本にゃ原爆でも持って欲しい思う。
う、でもね、使用しては絶対ならんよね、ならんけど。
その16 音声を聞く
最初はね、そういうことは2度とあってはいけないっていう気持ちだったんですよ。
ああそう思うのが当然なのかもわかりません。でも、そんなにもその、政府だとか世間の目が冷たいのでね。自分たちがもう原爆を受けて、それでそういう悩みにならないと、みんなは分かってもらえないんだという、そういう気持ちになるほうが大っきいんです。
そういうことからして、ん原爆をもう一回落としてもらったほうがいい、みんな被爆者になればいいんだってそういう気持ちが大っきいんですね。
そうなること以外になんか解決がない、分かってもらえるあれがないいう気がするんですね。
その17 音声を聞く
まあ、あちこち戦いがありますね、そこへ原子爆弾落としたらいいような気がするんです。それとね、もひとつはね、日本自体がね原爆を持ってね、相手国に落としたらいいじゃないかって思うんですね。
そしたらね、初めてね、原爆を受けたね苦痛が分かるだろうしね。注目がねそこに行くだろうし。そしてやっぱりあの、こういうことはね小国だけがねぐずぐず言ってても取り上げられないんだろうからね。大国がね、その目に遭えばね、それだけの処置をとるだろうしね。初めてあの、世界中がね大きな目を開くんじゃないか。
なんかね、日本が持てばいいのに、っていうふうな、まあ空恐ろしいことを考えたりするんですね。
その18 音声を聞く
まあ私が専門が物理なもんですから、原子爆弾そのものに内容的には、あの普通の人に較べて比較的詳しく知っている立場でありますし、それに、まあ私の場合直接、感覚的にもそれを経験したわけなんで、両方の意味で原子爆弾というものが現れたことの意味ですね、これはまあ非常に考えさせられましたですね。
それと、もうやはり人間の社会の動きというものは必ずしも理性的には動かないものなんですね。非常に奇妙な政治の自身としての運動だったり、また兵器を作りますと兵器自身の物としてのひとつのロジックと、運動があるんですねえ。
そういうことの怖さを感じますのと、人間がああいうことをやってて、ついに自滅に至るんだと、いうことに気付く前にそういう自滅的な戦争が起こらないで間に合うだろうかどうだろうかですね。
多少楽観的に過ぎるかもしれないけども尚且つフィフティフィフティぐらいだ、生き残れるかどうかという点、楽観的に見てもフィフティフィフティぐらいしか考えられない。
その19 音声を聞く
あはっ!まあ「愚かな者よ 汝の名は人間なり」言いたくなりますね。え、はっ、はは。
ほんと人間ぐらい馬鹿はおらんね。ああやって原子爆弾だなんて、こら牛や馬がしたんじゃないすからね。人間がやったんですからね。 はっ、はっ。は、
私一寸、唄作っとるでね、へっへっへっへっ。一寸貸してごらん、へっ、
原子爆弾 水爆と よいよい、
頭痛めてえ~造るけど、地獄行~き~の~お薬とー、狐や狸が嗤って~るさのよいよい、
(炭坑節のメロディ)
はっはっはっは。私が作った。どうもあほらしくてあほらしくてことになりませんわな~。
はいや、はっは、どう、ははははは。
その20 音声を聞く
そりゃーねーげえ、只迷惑をかけだっちゅうだけじゃないけ。あの長い間にね、支那の国民を痛めつけて痛みつけてね、どれだけ荒らしまわったか分かりません。こりゃね、何ぼ詫びても詫びれるものじゃなかろうと私は思いますが。
え、私ずーとこう武漢三鎮まで行ったんですがね、それから南京なんかの状態なんかを見ますとね、もうおー、チャンコロ(中国人に対する蔑称)がということでね、もう人間のうちに入れとらんのですんのう。軍刀の試し切りをやってみたり、そからまた、作戦に行って、日本の兵隊はもう悪の限りを尽くしとるんじゃけなあ。
女の子を、こう女引っ張って来ちゃのうおもちゃにするんじゃのう。
あれで罰があたらんていうのはねえ、ないですよ。 こりゃな人間業でないですけの、無茶やるんですけ。んまあ全く支那人は別嬪が多いですのう。作戦に行っちゃもう女狩りをして、それじゃけ帰って手柄話っていうのはなにかいうたら、女の話ばっかしよるんですからなあ。いよいよありゃいけん。
いーまー(今)じゃーけ あの日中国交回復いうてね、詫びて詫びれるはずがない。私というその業の深い人間はねえ、とてもじゃないその尋常一様ではね、ええもう死なれるような問題じゃなかったと。
もう親に対してもね、ええ不孝の数々を重ねておりますし。まあ戦争中も、支那、満州方面をかけりまわってね、悪の限りをこうしとるのが今生きておられるということはね、何かそのまだが、償いとしてやり残した仕事があるんじゃなかろうかと。
ええ原爆やね、もう恐ろしい目にも沢山遭いましたが、ああ、そうゆう事が、その私の経験としてよかったと、原爆を受けてげ原爆病で苦しんでも、生活を正しさえすれば、病気というものは即座に治るもんだということをね、今頃は私は商売みたいにそれを言いよるわけですね。一心にねえやりさえしたらね、誰でもこう健康になれるということがね、分かってきたですね。はあーただただ大変な教えがあるんだと。