Re: 牡丹江予備士官学校での日記から(2)
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牡丹江予備士官学校での日記から(1) (あんみつ姫, 2007/11/29 8:15)
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Re: 牡丹江予備士官学校での日記から(2) (あんみつ姫, 2007/11/29 8:24)
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Re: 牡丹江予備士官学校での日記から(3) (あんみつ姫, 2007/11/29 8:29)
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Re: 牡丹江予備士官学校での日記から(4) (あんみつ姫, 2007/11/29 8:32)
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Re: 牡丹江予備士官学校での日記から(4) (あんみつ姫, 2007/11/29 8:32)
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Re: 牡丹江予備士官学校での日記から(3) (あんみつ姫, 2007/11/29 8:29)
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Re: 牡丹江予備士官学校での日記から(2) (あんみつ姫, 2007/11/29 8:24)
あんみつ姫
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 485
9月14日
日本橋のたもと、角の白露人《はくろじん=ロシヤがソビエト共和国になった時これを嫌って他国に移住したロシヤ人》のレストラン。狭いボックス、背の高い椅子、厚い壁、小さな花を置いた窓。仄暗くて、静かな雰囲気。紅茶茶碗の中で湯気がゆるやかに渦を巻き、音もなくゆらめく。通りも薄暗くなったようだ。家路を急ぐ人の足も絶えた。
橋の下を列車が白い煙を噴きあげて走りすぎる。あれは新京に行くのだらうか……。僕も急ごう。もう少しで君に逢える。もう少しなんだが‥…・。夢現の中で厠に行きたくなったのが残念だ。仕様がない、後で続きを見ようと起きる。まだ深夜二時だ。不寝番が忙しそうに走り廻っている。訊くと、馬糞捨場が発火したとのこと。急いで床に潜る。
9月15日
朝、非常呼集《ひじょうこしゅう=突然の集合呼び出し》、異様な緊張感。暗闇の中で眼だけが光る。防空壕《ぼうくうごう=空からの攻撃から身を護る壕》に銃剣をつきつける。前線を身近かに患う。西公園(福岡市)のような丘。其処を駆け降りる演習。おや! 流れる傍に母さんと弘ちゃんが居る。営庭の区隊長や教官が屯している所に面会に来てくれたようだ。鈴木が「馬場!お母さんが面会だぞ!」と呼ぶ。
暫くたつと鈴木のお母さんが面会に来る。「鈴木!お母さんが面会だぞー!」と僕が叫ぶ。
福永より来信。お前も逢いたいと云ふのか、ぶっきら棒なお前の文字の後ろに、何かやるせない悶えがみえる。「お前の知っている程のことは俺も承知だ……」と。一体お前はこの満洲《中国東北部でかつての満州国》の何処に居るのだらう。やはり苦しんでいるのか、逞しい友よ。
9月16日
弱い心が頭を接げる。盗汗《とうかん=冷や汗》が出ようが、辛からうが、我一人のみ悪きにあらず。もっと頑張れ、ただの風邪なのだ。だが何故斯んな嫌な患いをせねばならぬのだ。診断を受けたいと言ほう。そう云ふんだ。
9月19日
誰からでもいい、手紙を貴いたい。どんなに待ち遠しいことか。さて出そうと思っても、何にも書く訳にはまいらぬ。戦術も計画も、やることは山とあるが、折角の休日。この千金の時間を何と無聊《ぶりょう=退屈》に過ごさねばならぬことよ。外は激しい雷光がきらめく。
雨だ。
もう毎日卒業のことばかり考える。あと一月だ、とか、いや矢張り十二月迄だとか。兵長達は明日楽しい卒業式で原隊《げんたい=出身元の隊》に帰る。ひょっとすると、明日は我々にも卒業式の御馳走があるかも知れないぞ……。
鳴呼、あの出陣の夜、果たして誰がこんな低級なことを考えたであろうか。申し訳ない。
9月22日
麻縄のほころびを繕いつつ、ふっと大阪郊外の伯父の家で、従妹のお下げを編まさせられたことを思い出した。それで、麻縄をお下げのように編んだ。伯父も死んだ。
冬服に襟章をつける。もうそんなに月日が経ったのである。毛のものの懐かしい感触を味わふ。
9月23日
秋季皇霊祭《しゅうきこうれいさい=皇室の祖先の秋のお祀り》。ぼかぼかと、こよない小春日和だ。ウクライナの秋がどんなか、でもそんな風に思える休日。軍隊に居ることが嘘のような。何もせず、唯眠くなる。散髪をして、ひげを剃り入浴をすると、もう休養は終わる。こんな日は、ぶらりと外出した
いものだ。哈爾濱の秋も深まったことだらう。
9月24日
祭日だとまんじゅうがでる。だから祭日は楽しい。日曜日だと甘味品が出る。今日はあてが外れたが、どうしたんだらう。待ち遠しいのに……。兵隊はそんなことしか考へない。自分たちもそんな事しか考えてゐない。
9月26日
敵機が又もや満州を襲った。新京や哈爾浜も空襲警報が発令された。そんな訳で、我等の愛馬の掩壕《えんごう=弾や砲弾から身を護る壕》構築作業にも拍車がかかる。今日は遂に昼夜ぶっ通しの強行作業。又ニエ・プリヤートノーの声。薯が出るのは満足であつた。
日本橋のたもと、角の白露人《はくろじん=ロシヤがソビエト共和国になった時これを嫌って他国に移住したロシヤ人》のレストラン。狭いボックス、背の高い椅子、厚い壁、小さな花を置いた窓。仄暗くて、静かな雰囲気。紅茶茶碗の中で湯気がゆるやかに渦を巻き、音もなくゆらめく。通りも薄暗くなったようだ。家路を急ぐ人の足も絶えた。
橋の下を列車が白い煙を噴きあげて走りすぎる。あれは新京に行くのだらうか……。僕も急ごう。もう少しで君に逢える。もう少しなんだが‥…・。夢現の中で厠に行きたくなったのが残念だ。仕様がない、後で続きを見ようと起きる。まだ深夜二時だ。不寝番が忙しそうに走り廻っている。訊くと、馬糞捨場が発火したとのこと。急いで床に潜る。
9月15日
朝、非常呼集《ひじょうこしゅう=突然の集合呼び出し》、異様な緊張感。暗闇の中で眼だけが光る。防空壕《ぼうくうごう=空からの攻撃から身を護る壕》に銃剣をつきつける。前線を身近かに患う。西公園(福岡市)のような丘。其処を駆け降りる演習。おや! 流れる傍に母さんと弘ちゃんが居る。営庭の区隊長や教官が屯している所に面会に来てくれたようだ。鈴木が「馬場!お母さんが面会だぞ!」と呼ぶ。
暫くたつと鈴木のお母さんが面会に来る。「鈴木!お母さんが面会だぞー!」と僕が叫ぶ。
福永より来信。お前も逢いたいと云ふのか、ぶっきら棒なお前の文字の後ろに、何かやるせない悶えがみえる。「お前の知っている程のことは俺も承知だ……」と。一体お前はこの満洲《中国東北部でかつての満州国》の何処に居るのだらう。やはり苦しんでいるのか、逞しい友よ。
9月16日
弱い心が頭を接げる。盗汗《とうかん=冷や汗》が出ようが、辛からうが、我一人のみ悪きにあらず。もっと頑張れ、ただの風邪なのだ。だが何故斯んな嫌な患いをせねばならぬのだ。診断を受けたいと言ほう。そう云ふんだ。
9月19日
誰からでもいい、手紙を貴いたい。どんなに待ち遠しいことか。さて出そうと思っても、何にも書く訳にはまいらぬ。戦術も計画も、やることは山とあるが、折角の休日。この千金の時間を何と無聊《ぶりょう=退屈》に過ごさねばならぬことよ。外は激しい雷光がきらめく。
雨だ。
もう毎日卒業のことばかり考える。あと一月だ、とか、いや矢張り十二月迄だとか。兵長達は明日楽しい卒業式で原隊《げんたい=出身元の隊》に帰る。ひょっとすると、明日は我々にも卒業式の御馳走があるかも知れないぞ……。
鳴呼、あの出陣の夜、果たして誰がこんな低級なことを考えたであろうか。申し訳ない。
9月22日
麻縄のほころびを繕いつつ、ふっと大阪郊外の伯父の家で、従妹のお下げを編まさせられたことを思い出した。それで、麻縄をお下げのように編んだ。伯父も死んだ。
冬服に襟章をつける。もうそんなに月日が経ったのである。毛のものの懐かしい感触を味わふ。
9月23日
秋季皇霊祭《しゅうきこうれいさい=皇室の祖先の秋のお祀り》。ぼかぼかと、こよない小春日和だ。ウクライナの秋がどんなか、でもそんな風に思える休日。軍隊に居ることが嘘のような。何もせず、唯眠くなる。散髪をして、ひげを剃り入浴をすると、もう休養は終わる。こんな日は、ぶらりと外出した
いものだ。哈爾濱の秋も深まったことだらう。
9月24日
祭日だとまんじゅうがでる。だから祭日は楽しい。日曜日だと甘味品が出る。今日はあてが外れたが、どうしたんだらう。待ち遠しいのに……。兵隊はそんなことしか考へない。自分たちもそんな事しか考えてゐない。
9月26日
敵機が又もや満州を襲った。新京や哈爾浜も空襲警報が発令された。そんな訳で、我等の愛馬の掩壕《えんごう=弾や砲弾から身を護る壕》構築作業にも拍車がかかる。今日は遂に昼夜ぶっ通しの強行作業。又ニエ・プリヤートノーの声。薯が出るのは満足であつた。
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あんみつ姫