Re: 教会の廃墟と国民総泥棒ぶり ― 共産国家で見てきたこと ―
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教会の廃墟と国民総泥棒ぶり ― 共産国家で見てきたこと ― (kousei2, 2008/2/6 18:22)
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Re: 教会の廃墟と国民総泥棒ぶり ― 共産国家で見てきたこと ― (kousei2, 2008/2/6 18:24)
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Re: 教会の廃墟と国民総泥棒ぶり ― 共産国家で見てきたこと ― (kousei2, 2008/2/6 18:24)
kousei2
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壮絶な盗みの横行ぶり
新聞などはあまり報じようとしないが、われわれ外国人を唖然とさせるのは、ロシア全土をおおう壮絶としかいいようのない盗みの横行ぶりである。それは社会の紊乱が手に負えなくなっている昨日今日の話ではなく、私が初めて足を踏み入れた三十年近くも前から既にそうであった。
日本では盗みといえば、分別の足りない青少年とか、倫理・道徳観に乏しい連中のすることで、教養のある者、社会的地位の高い者、そこそこの年齢に達した者はするはずがない、と思いがちであるが、あの国ではその常識は通用しない。
教養も社会的地位も関係ない。盗み得る状態に置かれれば誰でもが盗むと極言してさしつかえない。国民総泥棒なのである。盗まざる者は人に非ず、なのだ。まさか、と思われるかもしれぬが、決して誇張ではない。
ある時、某輸出案件でロシア(ソ連)側の三、四の関係機関から担当官を全部で二十名ほど呼んでモスクワ支店で会議を開いたことがあった。昼食時間になったので来客にはサンドイッチとコーヒーを出し、日本人は支店の食堂に立ち去った。書類や筆入れは会議室に残して置いたのだが、休憩時間が終わって席に戻って驚いた。筆入れにはボールペン、サインペンが十二、三本あったのが、二本だけ残して消えている。
日本製の高級ペンをほしいのはわかるが、それにしても相手は日本でいえば通産省や一流企業の部長、課長クラスで、その中の数人の仕業である。たかがペンだから気易くとったのだと思われるかもしれぬが、それは違う。モノが腕時計でも電卓でも同じである。欲しいとなったら抑制がきかないのだ。
文具といえば、こんな事もあった。モスクワでは手に入らないから一年に一度、東京本社から文具をまとめて送って来る。とりあえず必要な量を日本人スタッフと、当時十数人いたロシア人秘書に分配し、残りを予備室のロッカーに入れておいた。鍵はない。
一週間ほどして開けて見たらペン類、ホチキス、セロテープなどなど一年分がすべて消えていた。秘書たち、おそらく全員の仕業だった。彼女たちはそれぞれ有名大学を卒業した教養のある有能な人間で、家庭の主婦でもあり、仕事の上では頼りになる忠実な助手なのだが、盗めるものあらばすべて盗むべし、というロシアの掟にもまた忠実なのである。
この国でも最近車が増えたが、どの車を見てもワイパーがついていない。つけておくと盗まれるから外して車の中に置いてある。急に雨が降ってきた時などは走っている車が一斉に停まって、中からワイパーを持ち出して取りつける風景が見られる。車から出る時うっかり外すのを忘れると、持ち去られるのに五分とはかからない。
商店の一階の窓には動物園の檻のような頑丈な鉄格子がついているか、または窓ガラスの内側にコードのついた不細工な警報装置が貼りつけてある。全国どこに行っても、これがある。ガラスを破ると警察署の警報器が鳴って、どこの窓が破られたか分かるようになっており、警官がかけつけるのだという。
うっかり窓を開けただけでも作動するから、窓を開ける必要がある時は予め警察に電話して、泥棒の侵入ではないことを通知してから開けるらしい。何とも御苦労な話だ。
その商店に入っても買物は容易ではない。商品はガラスのケースの中か、売り子の立っている後ろの棚にあって、買物客はじかに触れることができない。万引されるからだ。売り子に見たい物を頼むとボンと投げ出してにらみつけられる。万引はさせないぞ、という目だ。
他の客が頼んでも、待ってと言われる。一度に何人にも見せると誰かに持ち去られるからだ。買うと決めたら、それを売り子に告げ、別の場所にある会計係(カッサ)に行って金を払い、その金額を打ち込んだ紙片をもらって売場に戻り、紙片と引き換えに商品を受け取る。店が混んでいる時は売場、カッサ、売場と三回並ばねばならず、手間のかかる事おびただしい。売り子に直接金を渡すとネコババされるから、その防止策なのだ。
すなわち通行人も、店に入ってくる客も、売り子も、みな泥棒であることを前提としたシステムなのだが、それで万全か、というと、店長自身がよく商品の横流しをして私腹を肥やしたりしているから、どこまで行ってもキリがない。日本のスーパーのようなセルフの店も数は少ないが、あるにはある。ただしそこに入るためには手提袋など所持品はすべて入口脇の預り所に置いて引換札をもらい、手ぶらでカゴだけ持って入らねばならない。
出口で支払いをするのは同じだが、もし外套の襟もとがふくらんでいたりすると、押し広げてのぞきこまれたり、ポケットを上からさぐられたり、ボディチェックをされる。される方も、何もとってませんよ、というような薄ら笑いをうかべて平気なものだ。ここでも客は泥棒扱いだが、それも仕方ない。そうしなければ商品の大半は万引で消えるのだ。
仕事の上で遭遇した盗難は枚挙にいとまもないが、これは地方での話。ナホトカから一カ月以上かけてシベリアの奥地まで大型ブルドーザーを運び込んだ時のこと。これにはリンゴ箱大のバッテリーが内蔵されているが、輸送中に盗まれた。鍵は無残に引きちぎられている。
これがなければエンジンもかけられないから、運んで来たトレーラーからおろすこともできない。唖然としていたら、やって来たロシア側の責任者はヒョイとのぞき込んで、あっ、やられたか、というような顔をしただけで驚きもせず、部下に命じて似たようなソ連製のものを持ってこさせて取りつけた。性能はだいぶ劣るものの何とか間に合った。
これも大きな鉱山用掘削機械を黒海経由コーカサスの山中に運び込んだときのこと。組み立てを終わって坑道に入れ、翌日行って見てビックリ仰天した。暗闇の坑道で使う機械だから強力なサーチライトが二基ついていたのだが、これが二つともコードもろとも外されて消えている。何十万ドルの機械もパーである。
困り果てていたらロシア側の担当官がきて一瞥しただけで立ち去り、自分たちの倉庫からソ連製のやや小型のものを一つだけ持ってきて取りつけた。別に怒っているでもなく、犯人を詮索しようともしない。
あんなものを何のために盗むのか、聞いてみたら、倉庫やガレージの照明とか、何にでも使えるさ、と涼しい顔をしている。他にも例があるが、何か盗まれても何かしら代替品がどこからか出てきて、何とか最低間に合うことが多い。
おそらく盗みがあまりにも恒常化して防ぎようがないから、盗まれた場合に備えて予めいろいろなものを入手(おそらく盗んで)備蓄しておく、というのが常態になっているに違いない。だから役に立ちそうなものは何でござれ、即座に消えるのだ。かくて盗みつ、盗まれつの職烈な総泥棒合戦が全国津々浦々で日夜くりひろげられていることになる。
(つづく)
新聞などはあまり報じようとしないが、われわれ外国人を唖然とさせるのは、ロシア全土をおおう壮絶としかいいようのない盗みの横行ぶりである。それは社会の紊乱が手に負えなくなっている昨日今日の話ではなく、私が初めて足を踏み入れた三十年近くも前から既にそうであった。
日本では盗みといえば、分別の足りない青少年とか、倫理・道徳観に乏しい連中のすることで、教養のある者、社会的地位の高い者、そこそこの年齢に達した者はするはずがない、と思いがちであるが、あの国ではその常識は通用しない。
教養も社会的地位も関係ない。盗み得る状態に置かれれば誰でもが盗むと極言してさしつかえない。国民総泥棒なのである。盗まざる者は人に非ず、なのだ。まさか、と思われるかもしれぬが、決して誇張ではない。
ある時、某輸出案件でロシア(ソ連)側の三、四の関係機関から担当官を全部で二十名ほど呼んでモスクワ支店で会議を開いたことがあった。昼食時間になったので来客にはサンドイッチとコーヒーを出し、日本人は支店の食堂に立ち去った。書類や筆入れは会議室に残して置いたのだが、休憩時間が終わって席に戻って驚いた。筆入れにはボールペン、サインペンが十二、三本あったのが、二本だけ残して消えている。
日本製の高級ペンをほしいのはわかるが、それにしても相手は日本でいえば通産省や一流企業の部長、課長クラスで、その中の数人の仕業である。たかがペンだから気易くとったのだと思われるかもしれぬが、それは違う。モノが腕時計でも電卓でも同じである。欲しいとなったら抑制がきかないのだ。
文具といえば、こんな事もあった。モスクワでは手に入らないから一年に一度、東京本社から文具をまとめて送って来る。とりあえず必要な量を日本人スタッフと、当時十数人いたロシア人秘書に分配し、残りを予備室のロッカーに入れておいた。鍵はない。
一週間ほどして開けて見たらペン類、ホチキス、セロテープなどなど一年分がすべて消えていた。秘書たち、おそらく全員の仕業だった。彼女たちはそれぞれ有名大学を卒業した教養のある有能な人間で、家庭の主婦でもあり、仕事の上では頼りになる忠実な助手なのだが、盗めるものあらばすべて盗むべし、というロシアの掟にもまた忠実なのである。
この国でも最近車が増えたが、どの車を見てもワイパーがついていない。つけておくと盗まれるから外して車の中に置いてある。急に雨が降ってきた時などは走っている車が一斉に停まって、中からワイパーを持ち出して取りつける風景が見られる。車から出る時うっかり外すのを忘れると、持ち去られるのに五分とはかからない。
商店の一階の窓には動物園の檻のような頑丈な鉄格子がついているか、または窓ガラスの内側にコードのついた不細工な警報装置が貼りつけてある。全国どこに行っても、これがある。ガラスを破ると警察署の警報器が鳴って、どこの窓が破られたか分かるようになっており、警官がかけつけるのだという。
うっかり窓を開けただけでも作動するから、窓を開ける必要がある時は予め警察に電話して、泥棒の侵入ではないことを通知してから開けるらしい。何とも御苦労な話だ。
その商店に入っても買物は容易ではない。商品はガラスのケースの中か、売り子の立っている後ろの棚にあって、買物客はじかに触れることができない。万引されるからだ。売り子に見たい物を頼むとボンと投げ出してにらみつけられる。万引はさせないぞ、という目だ。
他の客が頼んでも、待ってと言われる。一度に何人にも見せると誰かに持ち去られるからだ。買うと決めたら、それを売り子に告げ、別の場所にある会計係(カッサ)に行って金を払い、その金額を打ち込んだ紙片をもらって売場に戻り、紙片と引き換えに商品を受け取る。店が混んでいる時は売場、カッサ、売場と三回並ばねばならず、手間のかかる事おびただしい。売り子に直接金を渡すとネコババされるから、その防止策なのだ。
すなわち通行人も、店に入ってくる客も、売り子も、みな泥棒であることを前提としたシステムなのだが、それで万全か、というと、店長自身がよく商品の横流しをして私腹を肥やしたりしているから、どこまで行ってもキリがない。日本のスーパーのようなセルフの店も数は少ないが、あるにはある。ただしそこに入るためには手提袋など所持品はすべて入口脇の預り所に置いて引換札をもらい、手ぶらでカゴだけ持って入らねばならない。
出口で支払いをするのは同じだが、もし外套の襟もとがふくらんでいたりすると、押し広げてのぞきこまれたり、ポケットを上からさぐられたり、ボディチェックをされる。される方も、何もとってませんよ、というような薄ら笑いをうかべて平気なものだ。ここでも客は泥棒扱いだが、それも仕方ない。そうしなければ商品の大半は万引で消えるのだ。
仕事の上で遭遇した盗難は枚挙にいとまもないが、これは地方での話。ナホトカから一カ月以上かけてシベリアの奥地まで大型ブルドーザーを運び込んだ時のこと。これにはリンゴ箱大のバッテリーが内蔵されているが、輸送中に盗まれた。鍵は無残に引きちぎられている。
これがなければエンジンもかけられないから、運んで来たトレーラーからおろすこともできない。唖然としていたら、やって来たロシア側の責任者はヒョイとのぞき込んで、あっ、やられたか、というような顔をしただけで驚きもせず、部下に命じて似たようなソ連製のものを持ってこさせて取りつけた。性能はだいぶ劣るものの何とか間に合った。
これも大きな鉱山用掘削機械を黒海経由コーカサスの山中に運び込んだときのこと。組み立てを終わって坑道に入れ、翌日行って見てビックリ仰天した。暗闇の坑道で使う機械だから強力なサーチライトが二基ついていたのだが、これが二つともコードもろとも外されて消えている。何十万ドルの機械もパーである。
困り果てていたらロシア側の担当官がきて一瞥しただけで立ち去り、自分たちの倉庫からソ連製のやや小型のものを一つだけ持ってきて取りつけた。別に怒っているでもなく、犯人を詮索しようともしない。
あんなものを何のために盗むのか、聞いてみたら、倉庫やガレージの照明とか、何にでも使えるさ、と涼しい顔をしている。他にも例があるが、何か盗まれても何かしら代替品がどこからか出てきて、何とか最低間に合うことが多い。
おそらく盗みがあまりにも恒常化して防ぎようがないから、盗まれた場合に備えて予めいろいろなものを入手(おそらく盗んで)備蓄しておく、というのが常態になっているに違いない。だから役に立ちそうなものは何でござれ、即座に消えるのだ。かくて盗みつ、盗まれつの職烈な総泥棒合戦が全国津々浦々で日夜くりひろげられていることになる。
(つづく)