Re: 成瀬孫仁日記(四)昭和十六年十月~十一月
投稿ツリー
-
成瀬孫仁日記(四)昭和十六年十月~十一月 (kousei2, 2008/11/4 10:22)
-
Re: 成瀬孫仁日記(四)昭和十六年十月~十一月 (kousei2, 2008/11/4 10:30)
-
Re: 成瀬孫仁日記(四)昭和十六年十月~十一月 (kousei2, 2008/11/4 10:34)
-
Re: 成瀬孫仁日記(四)昭和十六年十月~十一月 (kousei2, 2008/11/4 10:39)
-
Re: 成瀬孫仁日記(四)昭和十六年十月~十一月 (kousei2, 2008/11/4 10:42)
- Re: 成瀬孫仁日記(四)昭和十六年十月~十一月 (kousei2, 2008/11/4 10:44)
-
Re: 成瀬孫仁日記(四)昭和十六年十月~十一月 (kousei2, 2008/11/4 10:42)
-
Re: 成瀬孫仁日記(四)昭和十六年十月~十一月 (kousei2, 2008/11/4 10:39)
-
Re: 成瀬孫仁日記(四)昭和十六年十月~十一月 (kousei2, 2008/11/4 10:34)
-
Re: 成瀬孫仁日記(四)昭和十六年十月~十一月 (kousei2, 2008/11/4 10:30)
kousei2
投稿数: 250
十月二十二日(水) 晴 暖
白井先生授業中に脱線をしてオダをあげる。学院も学校だけでなく科学院の様なものを併設して、卒業生を始め広く人材を世に求めて、ロシヤのみならず北方亜細亜、中央亜細亜に関する実践的学問の研究をなし、その人傑を養成する必要があると。「ジンケツ」って何ですかと問うと読んで字の如し「人傑」だと返事が返って来た。
十月二十三日(木) 晴時々曇 暖
朝とてもひどい霧が立ち込める。大きく口を開き呼吸すると冷たい霧が肺の中へ入る。少しして晴れ、雪に変わった。
先輩で、外交部、満鉄に勤めていた人達が学校へ帰り、教練をしている。卒業への時間が不足しているのか。
十月二十四日(金) 晴 暖
胡麻本先生が神経痛で困っておいでの御様子。まだそんな年でもないのに寒いと何かと持病が出る。
川辺と二人で街へ出て米内先生を探す。居ない。没法子《メイファーズ=注1》。松美屋へ白餡のまんじゅうを喰べに入る。一年生、好漢今川、最近必ずしも元気がない。聞くと顔を上げ天の一点を見つめて悲し気な顔をした。
十月二十五日(土) 晴 暖
目覚めると外は白雪一面に散り銀世界を現出。外に出るともう冷たくて思わず身震いした。
学校はスチームが通り暖かである。米内先生と一緒に教堂街のロシヤ料理に寄る。
点呼に帰寮していない者多し。
十月二十六日(日) 晴 暖
頭が痛くて午前中スパーチ。
午後福永、伊藤鎮と哈爾浜会館へ。映画「維新前夜」。櫻町葉子、美しい。
十月二十七日(月) 晴 暖
朝寒いったら言語に絶する。併し夕方には結構暖かくなった。
帰寮の途中藤原と馬家溝、池田へ。寮は寒くてやり切れない。早くスチーム何とかならないか。
十月二十八日(火) 晴 暖
午前四時半、関東軍隷下一帯に防空令下令。六時三十分、吾が学寮にも下令、直ちに全寮学生登校す。寒い中、皆本当に御苦労さん。
十月二十九日(水) 晴 寒
昨夜の夜ふかしがたたり朝の点呼さぼる。大急ぎで起床、登校。
試験は昨日から始まったが、本日のポ氏の試験なし。
十月三十一日(金) 晴 暖 零下一度
毎朝登校時、寮の玄関前の寒暖計を見て記録することにした。
無事十月平穏に終わる。
注1:中国語で 仕方が無い(あきらめの言葉)
白井先生授業中に脱線をしてオダをあげる。学院も学校だけでなく科学院の様なものを併設して、卒業生を始め広く人材を世に求めて、ロシヤのみならず北方亜細亜、中央亜細亜に関する実践的学問の研究をなし、その人傑を養成する必要があると。「ジンケツ」って何ですかと問うと読んで字の如し「人傑」だと返事が返って来た。
十月二十三日(木) 晴時々曇 暖
朝とてもひどい霧が立ち込める。大きく口を開き呼吸すると冷たい霧が肺の中へ入る。少しして晴れ、雪に変わった。
先輩で、外交部、満鉄に勤めていた人達が学校へ帰り、教練をしている。卒業への時間が不足しているのか。
十月二十四日(金) 晴 暖
胡麻本先生が神経痛で困っておいでの御様子。まだそんな年でもないのに寒いと何かと持病が出る。
川辺と二人で街へ出て米内先生を探す。居ない。没法子《メイファーズ=注1》。松美屋へ白餡のまんじゅうを喰べに入る。一年生、好漢今川、最近必ずしも元気がない。聞くと顔を上げ天の一点を見つめて悲し気な顔をした。
十月二十五日(土) 晴 暖
目覚めると外は白雪一面に散り銀世界を現出。外に出るともう冷たくて思わず身震いした。
学校はスチームが通り暖かである。米内先生と一緒に教堂街のロシヤ料理に寄る。
点呼に帰寮していない者多し。
十月二十六日(日) 晴 暖
頭が痛くて午前中スパーチ。
午後福永、伊藤鎮と哈爾浜会館へ。映画「維新前夜」。櫻町葉子、美しい。
十月二十七日(月) 晴 暖
朝寒いったら言語に絶する。併し夕方には結構暖かくなった。
帰寮の途中藤原と馬家溝、池田へ。寮は寒くてやり切れない。早くスチーム何とかならないか。
十月二十八日(火) 晴 暖
午前四時半、関東軍隷下一帯に防空令下令。六時三十分、吾が学寮にも下令、直ちに全寮学生登校す。寒い中、皆本当に御苦労さん。
十月二十九日(水) 晴 寒
昨夜の夜ふかしがたたり朝の点呼さぼる。大急ぎで起床、登校。
試験は昨日から始まったが、本日のポ氏の試験なし。
十月三十一日(金) 晴 暖 零下一度
毎朝登校時、寮の玄関前の寒暖計を見て記録することにした。
無事十月平穏に終わる。
注1:中国語で 仕方が無い(あきらめの言葉)