歌集巣鴨
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編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
異 国(その二)
明けやらぬ南の空にこだまして萬歳叫び友逝きにけり 鈴木 亀
(西貢)
乏しかる線香供へ在りし日の戦友(とも)偲ぶ夜を雨降りしきる 倉林 幸三郎
(プロコンドール島)
血達磨となるも語らずあくまでも友を護リて死にし秦君 山本 二郎
(バンジエルマシン三首)
MPにせきたてられて別れしが吾が手に残る君のぬくもり 同
ありし日の君を偲びて監房に遺稿読みつつ涙せきあへず 同
銃刑の跡にたまりし血の中にゆくりなく見し軍服のボタン 渡辺 正司
(ポンチャナク四首)
血ににほふひつぎの前に老将か頭をたれて合掌し居り 同
ねもごろに納棺し居れば執行を終えし彼等が乾杯し居り 同
亡骸(なきがら)は運び去られてMPが血染の手錠洗ひて居たり 同
マタハリを胸にかざしてわが戦友(とも)はつねの如くに死に就きにけり 鈴木 武夫
(バタビヤ四首)
暁の死房に聞こゆる「海行かば」悲しきいのち今日も逝くらし 浜田 貞
この朝(あした)友死に就くと「海行かば」唄ふ囚屋に嗚咽高まる 小林 宗平
君が逝く永遠(とは)の旅路を浄めむとかくも降りしく時雨なるらむ 鳥井 衛
死刑独房への道
悲しみに通ふこの道ゆきゆけば夕去りがてに山鳩ぞ啼く 酒井 光
元憲兵少佐長幸之助氏を悼む 三首
山峽の時雨るる街にあひ逢ひし君がゆかりのかりそめならず 同
絶対の運命(さだめ)と覚悟(きめ)てひたすらに生命守れる君にし哭かゆ 同
多々良浜に祖國(くに)を護りし武士(もののふ)の若き血潮の君が荒魂 同
キリストも釈迦も頼まず遺書も書かず刑死したりし勝村少佐 富田 善雄
(ジャカルタ)
死に就くとひと足ごとに遠ざかる君が返り見し最後の笑顔 水元 年男
(バタビヤ五首)
北の國小樽の町に神かけて君待つ人に如何告げなむ 伊藤 金七郎
せめても君が御霊をなぐさむと愛でて植ゑゐし太陽花(マタハカ)を供ふ 武 勉
亡き数に入るかと見えしわれながら御霊祭りに会(あ)へる今日かも 鳥井 衛
インドネシヤ独立す
亡き戦友(とも)のみたま籠れる椰子の島に今たからかに雄叫び聞ゆ 水元 年男
次々に死の判決を下されし雨季のメダンを憶ひ出でをり 神住 善治
(巣鴨)
極刑の友におよぶをおそるれば自己を証(あか)さず君は逝きけり 安達 孝
(スマトラ二首)
安らかに眠れとなどか祈るべき御魂をのこし逝きし君故 関 一衛
頸動脉を切りて死にたる友の顔或ひは云はむ静かなる死と 森重 義雄
(サバン島)
土民らの怒声ききつつ墓を掘るただひたすらに頭を伏して 武 勉
(メナド)
音に哭きて山に対へば雲立ちぬ君があたりか雨いそぐらし 谷口 武次
(オンルスト島二首)
いく度かかの島ぬちの君が眠る土に散りけむ火焔樹の花 同
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巣 鴨(その一)
いつまでをかくは歩りかむ命ぞと無慙なるまでに貌は見てゐき 梨岡 寿男
手錠されてひとは歩める日蔭路にヒマラヤ杉の花こぼれゐつ 小林 逸路
降るごとき朝のひかりに一團のつながれしままの死刑囚歩める 内田 五郎
やがては殺されてゆく人達よあれあのやうに片手を振って 谷本 俊一
両の手に食ひ入る如き君が枷解かむすべなし吾が手届くに 下田 千代士
(於三六一病院)
手枷して面会してゐる極刑の友の手頸の細りしことよ 佐々木 勇
死刑囚の減刑嘆願
天つ神に願とどけと端坐して字劃正しく我が名したたむ 東木 誠治
弦を合はす音にまぎらし覓め得たる影に短き言はおくりぬ 田代 友禧
(慰問演奏)
比島死刑囚佐々木春夫君の便り
絶筆と或はならむか二度よみて丁寧に綴りおく俘虜通信紙 小林 逸路
このメモを使ひし君は既になしボアキンといふはいかなる土地ぞ 大谷 房吉
異国より還る友等に幸あれと畳に差しあり死刑囚の文 中村 安蔵
かなしみの極みにあれば死囚らが詠へる歌はかくもきびしき 栗原 吉生
鉛筆の芯なめつぎて灯の暗き夕を寫す君が死の歌 穐田 弘志
死の棟に移されゆきし友の品形見と分けつ底冷ゆる夜を 同
刑執行の噂しきりなり小夜更けて滲み入るごとく雨降りつづく 毎田 一郎
執行の噂流るる秋雨の夕べを独り房にこもれり 村井 正明
群鴉棟をはなれず啼きしきる處刑の噂傳はりし日を 最上 善一郎
逝かれたる八人の中に気づかはれし菅沢老の名をも聞きけり 片山 謙五
見て来たと云ふ人に會ひて棺桶の数執拗にたしかめむとす 大島 紀正
心あるもののごとくに散る公孫樹刑死の友と語りしもここ 藤井 正市
讃美歌と誦経の声のこもらへる朝の五棟は去りがてぬかも 額田 坦
死にゆける友の幾人かくらしける房としもへば安寝しなさぬ 中村 安蔵
刑死せし友も倚りけむ房壁の汚染(しみ)に射しゐる夕日の光 浜本 次郎
昨夜(よべ)逝きし囚友(とも)の妻子が泣きぬれてグリーンゲートを去りがてにをり 浅利 英二
いつまでをかくは歩りかむ命ぞと無慙なるまでに貌は見てゐき 梨岡 寿男
手錠されてひとは歩める日蔭路にヒマラヤ杉の花こぼれゐつ 小林 逸路
降るごとき朝のひかりに一團のつながれしままの死刑囚歩める 内田 五郎
やがては殺されてゆく人達よあれあのやうに片手を振って 谷本 俊一
両の手に食ひ入る如き君が枷解かむすべなし吾が手届くに 下田 千代士
(於三六一病院)
手枷して面会してゐる極刑の友の手頸の細りしことよ 佐々木 勇
死刑囚の減刑嘆願
天つ神に願とどけと端坐して字劃正しく我が名したたむ 東木 誠治
弦を合はす音にまぎらし覓め得たる影に短き言はおくりぬ 田代 友禧
(慰問演奏)
比島死刑囚佐々木春夫君の便り
絶筆と或はならむか二度よみて丁寧に綴りおく俘虜通信紙 小林 逸路
このメモを使ひし君は既になしボアキンといふはいかなる土地ぞ 大谷 房吉
異国より還る友等に幸あれと畳に差しあり死刑囚の文 中村 安蔵
かなしみの極みにあれば死囚らが詠へる歌はかくもきびしき 栗原 吉生
鉛筆の芯なめつぎて灯の暗き夕を寫す君が死の歌 穐田 弘志
死の棟に移されゆきし友の品形見と分けつ底冷ゆる夜を 同
刑執行の噂しきりなり小夜更けて滲み入るごとく雨降りつづく 毎田 一郎
執行の噂流るる秋雨の夕べを独り房にこもれり 村井 正明
群鴉棟をはなれず啼きしきる處刑の噂傳はりし日を 最上 善一郎
逝かれたる八人の中に気づかはれし菅沢老の名をも聞きけり 片山 謙五
見て来たと云ふ人に會ひて棺桶の数執拗にたしかめむとす 大島 紀正
心あるもののごとくに散る公孫樹刑死の友と語りしもここ 藤井 正市
讃美歌と誦経の声のこもらへる朝の五棟は去りがてぬかも 額田 坦
死にゆける友の幾人かくらしける房としもへば安寝しなさぬ 中村 安蔵
刑死せし友も倚りけむ房壁の汚染(しみ)に射しゐる夕日の光 浜本 次郎
昨夜(よべ)逝きし囚友(とも)の妻子が泣きぬれてグリーンゲートを去りがてにをり 浅利 英二
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巣 鴨(その二)
高塀の彼方の監に人一人今夜(こよひ)を死ぬとしづもれるはや 伴 健雄
(岡田資氏)
梧桐(あおぎり)の稚葉(わかば)は風に躍れるに七たりの友逝かねばならず 谷本 俊一
あの窓の明り消えなば我が友の去り逝きますと夜な夜なに見る 橋本 欣五郎
花祭る今日を七人死に就くと老師のみ声杜絶えがちなる 中村 安蔵
佐渡おけさうたひ終りて新潟の四人の友ら死につきしとふ 鈴木 義輔
「皆さんさようなら」と闇に叫びてゆきしとふあたりに佇ちて友偲びをり 大島 紀正
照る月も血に染めとばかりにも絞首台辺絶叫聞ゆ 橋本 欣五郎
縛られて鉄扉に消えし幻影がしばらくあり刑場をつつむ夜霧に 大槻 隆
メフイストの哄笑奥に聞くごとし灰色の壁に耳を当つれば 井上 彦次郎
(刑場の門)
瞑(めつむ)れば時空のはてにこの廊を辿りし足音(あのと)聞ゆる如し 下田 千代士
刑場の道に窪める足跡をふかめて朝の雨は降りつぐ 佐々木 勇
今日もまたたそがれてゆく刑場の空を仰ぎて喪(な)き友思ふ 瀬山 忠幸
鎖されたる十三号の門近く露もしとどに茶の花咲けり 中川 泰治
刑場の扉の前にこぼれ種の水菜は伸びて花つけにけり 野口 悦司
こともなき金曜日かと思ほへば刑場の傍に咲く菊の花 布施田 金次郎
寂かに雪は降りつつ空重きたそがれ時を黒し絞首場 伴 健雄
昨夜の間を変りなきごと刑場のそばの菜の花黄に咲きゐつつ 長谷川 義男
刑場のかたへに咲ける鶏頭の妖しきまでに紅ゐは濃き 内田 五郎
心々とものをこそ思へ刑場の鉄扉にしみいる冬の夕光 山田 太一
刑場の草むしりやめたたずめば逝きし友らの声がきこゆる 山上 均
おづおづと鉄扉くぐりて立ちならぶ絞首台を見つつ息吞みゐたり 大城戸 三治
焼香の焚きがら淡く匂ひゐて囚友(とも)逝きし刑場今朝ひそかなり 岩沼 次男
心堪へて登りしならむ絞首台の十三段を拭き清めをり 同
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辞 世
野山わけ集めし兵士十余萬かへりてなれよ國の柱と 故山下 奉文
(マニラ)
限りなき彌陀の大慈の船なれば苦海の旅も安らかに行く 故森 國造
(マカッサル二首)
愚かなる吾にはあれど次の世に残し置かまし誠心の道 同
新世(あらたよ)を固めなすべき吾も今戦友(とも)を慕ひて亡き数に入る 故中山 伊作
(ビルマ八首)
身はたとへ南の果に朽つるとも七度生れて御國守らむ 故鼻野 忠雄
断頭の台に進みて君が世のいやさか祷れば心澄むめり 故松岡 憲郎
我が魂は永久に消えまじはらからと共に勵みて平和来むまで 故鈴木 喜代司
みすずかる信濃の春に咲く櫻花(はな)は散りてぞ清く思はるるなり 故柳沢 泉
澄みのぼる今宵の月を名残にて明日は散りゆく我身なりけり 故管野 保孝
新しき國のかためと散りてゆく我が道こそはけはしくもたのし 故東 登
我も亦なき数に入る名をとめて南の果に散るぞうれしき 故緑川 壽
甲斐男児われ沼南に朽つるとも魂永久(とこしえ)に祖國守らむ 故清水 辰夫
(シンガポール)
武夫の踏むべき道は多けれどこの犠牲と散るも道なり 故黒澤 次男
(上海)
殉國の血もてかざらむすめ國の今し新たにひらけゆく時 故平手 嘉一
(巣鴨二十三首)
かねてより待ちつつありし母上のみ許にまいる今日のうれしさ 同
朝風になびくを見たし彼の土より平和日本の日の丸の旗 故福原 勲
髪と爪切りて法名頂きて我はゆくなり彌陀となへつつ 故菅原 亥重
先立ちしいとし妻子に語らなむ変りはてたる御國の姿 同
いざさらば今宵限りの命ぞと名残を惜む窓の月影 故土肥原 賢二
さすらひの身の浮雲も散りはてて眞如の月を仰ぐうれしさ 故板垣 征四郎
とこしへにわが國護る神々の御あとしたひてわれは逝くなり 同
うつし世はあとひとときのわれながら生死を越えし法のみ光 故木村 兵太郎
南(みんなみ)の島に死すべき我なりき今さらなどか命惜しまむ 故武藤 章
天地(あめつち)も人もうらまず一すぢに無畏を念じて安らけく逝く 故松井 石根
さらばいざ苔の下にてわれ待たむ大和島根に花かほるとき 故東條 英機
散る花も落つる木の實も心なしさそふはただに嵐のみかは 同
わが妹よ力落すなよろこびてゆきし夫の光をあゆめ 故穂積 正克
ひとやにて子のながらへを祈りつつ浪にただよふ妻子をぞ思う 故牟田 松吉
おのづから名号となへ道を往くああありがたや南無阿彌陀佛 故木村 保
こひしくばまことの道を辿り来よ我はまことのうちにこそ生く 故尾家 刢
極重罪悪凡夫の身が明日は佛となれる嬉しさよ 故川手 晴美
おんしうを大悲の風に吹き流し築け眞の楽土の世界 故高木 芳市
ふみ昇る絞首の台をゑがきみてたじろがぬわれ心うれしき 故頴川 幸生
御栄えをたたへて逝かむいざさらば天かける御靈のもとにまた会う日 故末松 一幹
御めぐみの深き御山をかきわけて神の御末に我列坐せむ 故都子野 順三
事しあらば静かに祈れ我がたまは祈りのうちに常にあるなり 故中島 祐雄
み民みな畏れつつしみ今の世の天の岩戸のその岩開け 故高橋 雷二
(北京)
編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
委員
企画 高橋丹作 小林逸路 冬至堅太郎
各棟委員 鳥巣太郎 西田二夫 楢崎正彦 栗原吉生 横山公男 安達孝 寺田清蔵
(印刷兼務) 芳尾哲郎 冬至堅太郎 鈴木義輔 福岡千代吉 小林逸路 長谷川義男
今野逸郎 加藤三之輔 中村安蔵 谷本俊一 毎田一郎
各棟委員 大城戸三治 佐々木勇 田中徹 大神善次郎
刻 字 田中徹 木田達彦 田中勘五郎
扉 挿絵 小川義高 飛田時雄 星川森次郎 灘波門十男
あ と が き
本歌集は巣鴨在所者二一七名、外地服務者二名、出所者二三名及刑死者四五名、計二八七名の作品四三三一首中選者梨岡壽男、平尾健一、谷口武次三氏に依って一〇九八首を選定編輯之に辞世三七首を加へたものであります。当初刑死者の遺族、外地服務者及出所者の分をも廣く収載する企画でありましたが凡有る点に於いて自由を束縛された環境にありますためその範囲が限られることになりました。また紙面の都合上應募歌数も遺詠以外は各人二〇首に限定せざるを得なくなりました。従って多数の貴重な作品がこの集から漏れてゐることをお詫び致します。
選歌の方針として本歌集は成可く戦犯記録として價値あるものを採り他方短歌として秀作であってもそれとの関係薄きものは割愛するに余儀なきに至ってをります。更にこの歌集が完成するまでの企画、編輯、刻字、印刷等は労役以外の寸暇を盗んでなされ、剰へ資材の不足、印刷の困難等によって不十分な点が多く大方の御期待に沿ふことが出来なかったことは遺憾でありますが、幾多の困難に遇ひ乍らも漸く生れ出たものでありますから、却って私達の歌集としては相應しいものではないかと思はれます。
本歌集が六年間の忍苦の記録として大方の机上に永久に残り併せて戦犯となるものの実相の幾分なりとも世の人々に認識して頂くよすがともなれば、幸ひ之に過ぎるものはありません。
終りにこの企画に御賛同の方々より用紙及印刷材料を恵贈して頂いたことを厚く御礼申し上げます。
昭和二十六年十月
歌集編輯委員
高橋 丹作
小林 逸路
冬至 堅太郎