句集巣鴨
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編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
遺作・その五
故青木?一郎
湯豆腐は美しうまし楽しかり
雪掻きや山三つ出来てお茶となり
その癖の指鳴らし兄爐に座る
炭出しや霜の山坂踏み馴れて
紅ジヤケツ着る幼子犬張子と日向ぼこ
復興の歩み綴らん日記買ふ
子の背に帰へる辨慶の大凧が
羽根上げて彼の女の瞳更に美くし
独楽笑ひ崩れる様に止りけり
独樂操る子構へつ眉宇の輝ける
羽子追ふ子赤い手袋赤りぼん
お隣家は寒鮒賣る*貼れり *マス 正方形に対角線1本の枡形
面脱れば湯気の微笑や寒稽古
節分やにらむ達磨に豆降りぬ
豆まきやありたけの声噛つく目
福は内眞似るや吾子のちゃんちゃんこ
目と口と手をつけて見るつくしん坊
ごまよごしおひたし汁の実芥づくし
猫ぐつくい大きく伸びて下もえる
獄窓に唯白雲や年ぞ逝く
高塀に雲湧く獄の年は暮る
日々の身に重刑の年ぞ逝く
クリスマス獄裡嘗胆三週年
独房や運命の鞭の年ぞ明く
元日や獄裡の壁に忍と彫り
初日の出獄の日壁光りそむ
パパイヤの太りて新春の白雲一片
母と會はんせめて初夢に獄裡吾れ
屠蘇なくも茶立ち目出度し獄の午
獄の新春死囚残命を尚淡々
鉄窓に見よ初御空の蒼さかな
獄衣洗ひ済ましてふと見る凧一つ
腕振る頭振る春風に死囚(とも)旺ん
飼はるとも斗魚は断呼斗魚なり
絶句
捕はれて突かるも斗魚は斗魚なり
明日共に散る戦友の寝息や春の雨
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遺作・その六
故庄司 章樹
かるた取る第一聲や妹が聲
寒鮒の巣を見當てたり日は落ちぬ
軒並高く雪積む長岡もぐら街
佐渡吹雪沖に北鮮航海船
霜屋根に尾を振る鶺鴒鬼瓦
焼鳥通り句をすさむ人臓腑を賞で
ちぢみゆれ又ゆれ流る浜かげろふ
佐渡茜さかる野ひばり黒炊煙
かげらふやそぞろそぞろの黒牛の群
猫柳うつる堰水落しけり
猫柳のぞく古井戸哲学堂
独り待つ利根の渡船場春寒し
松島や汐汲む神の花祭り
夕立や濡れて軒端に家鴨鳴く
旭光や露に吾が身もかがやける
暮れやらぬ空高々と鬼蹁蝠
柴刈りや焚火に背炙り腹炙り
霜焼けの姉妹お手玉交し居り
年末賞與(ボーナス)や愛児に電車妻に塗下駄
歳越しの酒買ひに子は歌ひ行く
支那(二句)
黄甫江激戦遠し猫柳
春雨や車夫走るなり掦樹甫
巌かどに獅子尾逆立て鬼莿棒
獄窓に減刑の噂春の風
くるくる目ちょんちょん子雀鉄窓近く
藻屑散る捨身の斗魚に凱歌あり
鉄塀越しのマンゴーの落葉車馬の音
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遺作・その七
故服部 友也
蝙蝠の舞ひをり上り瀑の面
燈台の施廻燈や銀河垂る
噴煙の半ばに折れて銀河懸く
銀河淡し肩並の帰路を古妻と
峠展らく富士紫に草紅葉
海に入る大河提櫨紅葉
岩清水掬まんとすれば草苺
匍匐して西瓜に逼る夜盗かな
きらきらと金魚幼し藻に眠る
悠揚と緋鯉寄りそふ眞鯉かな
鵙鳴いて富士全貌の山中湖
多摩川の鉄塔高し稲雀
矢開や濁酒打ちこむ地場猟師
熱燗に白菜漬の冷しなど
蠟引の障子の灯りおでん酒
猪狩や濁酒手に入る山の里
焼酒や冷素麺冷奴
鉢巻の裸形唄ふや寒作り
カクテールグラスの露の乾ぬうちに
空眞蒼そぎたつ峯の雪けむり
雪しまき業火に鬼畜焼かるる日
迯亡の土侯邸なる王子椰子
椰子殻を日ねもす叩く徒刑囚
囚はれの今は椰子油を甘しとす
スコールのしぶきも牢の風情とし
先駆よ雹の礫やスコール来
スコールや歇んでただ満月と虫の声
青タイルマンデーの水たたへたる
客帰り守宮も去って夜は更けぬ
黒壁や黒き守宮の眼の光り
独房や尾なし守宮を友として
紅カンナ鸚鵡の眼閉ぢてゐる
蝲蜴の尾鋼鉄(まがね)の光り紅カンナ
囚屋なるオランダ屋敷カンナ燃ゆ
秋高し曾遊の思ひ牢に新
大塔の悲憤の崖蔦紅葉
獄痩せの腹しまん祭り酒
その魁その臭王果ドリアンを妨げず
ドリアンの王位全く異臭に與かる
煙草の火の火縄のめぐる夜長かな
ドリアンの熟るる馬来を縦断す
差入れの椰子糖があり茶も熱し
大形にらんちゅう映し躱(かつ)しつつ
アチエ路や老婆の籠もる鳴子小屋
ありし日の賜杯の屠蘇をたたへかし
シボワンの古酒に絶えけんわれ牢に
かそかなる雪解の音や獄一日
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遺作・その八
故川口 一念
麦踏みはすげ笠女男の横歩き
股覗き緑の古城や陽炎に
東風吹いてああ笛かすか利根小舟
鉢の蝌蚪だんだん?子の波泳
蝌蚪かえりオンボロ案山子波にゆれ
水音にさっと構へる斗魚かな
斗魚の子斜陽に雑魚と別れをり
奥多摩の若葉に賑ふ雹祭
とど鳴ればどどひるがへる目高群
スコールの青く晴れゆく彼方かな
守宮鳴く蚊帳に光陰矢の如し
日焼けして土人に混り治安維持
寒昡野銃聲痛し歩哨(もりびと)に
もの皆は春蒼落たり杜鶻なく
萌ゆる気象丘(おか)現れ昇る白色旗
陽炎や無縁墓の文字もゆらぎあい
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遺作・その九
故谷萩 那華雄
落葉焚くその火の中へ落葉かな
一茶忌や句を仕る榾明かり
炬燵の火行灰に移し寝んねとよ
温突はぬくし?????かりし
炉話の銘々傳に終ひかな
交番へ蕎麦の出前や大晦日
煤拂ひ済みて射し込む夕日かな
のけぞって羽子つく妹か髪容(かたち)
馬子酔っばらってのらりくらりの初荷かな
初鶏や仰け見れば十字星
屠蘇注ぐや恩賜の御盃此処にあり
故久川 広重
絶句
絶叫の消ゆる彼方や雲の峯
椰子葉かげ一つふえたる新佛
故西村 琢磨
年老いて早出の身なり朝寒し
雪崩れ哉番犬吃と身構へぬ
故佐々 誠
スコールに心きよめて死出の旅
故河野 毅
春暁や巨杉かそけくつゆみたり
(註 巨杉は山下奉文大将の雅号にしてその刑死を追悼した句ときく)
故武藤 章
菊の香やみ佛われを見そなはす
佛前の心安さよ供花の菊
残菊のみあかしにこそ輝ける
冬もみぢゆり落とされて掃かれけり
嘆異鈔をいただいてよむ (一句)
冬の陽はおりおりかげり心かな
冬の窓洞然として澄みてをり
我が娘に (二句)
ショールを買ふてやりたいと思ひけり
窓越しに遺髪を渡す寒さかな
松井石根氏と散歩し
死刑囚冬のこぼれ陽顔に拾ふ
老囚に冬の手錠の重味かな
くろがねの手錠に指のかじかめる
木枯の地に荒ぶ日も天澄める
十二月八日執行きまると思ひ
臘八の暁またで別れかな
臘八の星を頼りに門出かな
われも今日は独りにあらず冬の蝿
独房に見付けし冬の蝿一つ
冬の蝿見えなくなりし淋しさよ
二つ三つ黄葉輝やきて冬晴るる
木枯にゐ向ふハギのやせにけり
俗諦を離れし我に冬晴るる
霜の夜を思ひ切ったる門出かな
下駄はいて登る霜夜の絞首台
散る紅葉吹かるるままの行方かな
故東條 英機
われながらすごし霜夜の影ぼうし
父の命日や呼ぶ聲近し暮るる秋
寒月や幾夜てらして今ここに
故青井 眞光
逝く秋を共に逝く身を磨くべく
此の秋を越さぬ刑の身いたはりつ
来る日まで肥えばやと心おほらかに
死刑宣(う)くこの日故郷(ふるさと)秋祭り
故河村 伍郎
鉄窓の間間に夏の星
竽頭に蟻ひとつあり夏の雲
故福田 永助
戦やみ兵なき習志野揚雲雀
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あとがき
巣鴨拘置所に或は外地の収容所に於て續けられて来た俳句同好者の集ひが六年間に残した作品の数は実に夥しいものであるがその中の何人かは既に故人となり或は出所し漸く散迭しょうとしてゐる。此の度講和調印の日を前にして之らを蒐録する綜合句集編慕の聲が起ったのも當然の事と言へよう。
本句集はその故に企劃せられ取不敢巣鴨在所者一二九名出所者一六名が自選五十句を限って應募した中から選者矢野蓬矢、河野一淡、小峯濤萃三氏に依り一二一一句を選び之に死没者十八名の遺作三六二句を特輯したものである。
編募にあたっては歩み来った道を省るため各年次別とし更に一作者毎に季の移りに従ひ整理したものであるが外地の作は或は制作の順によった。
すべてが制限の中にあって、而も俄かに成されたものであるため不備の点が多く、殊に外地に於ける貴重なる作品の多くが既に失われてゐることを惜しむ。
また刑死者・出所者並に未だ比島・マヌス島・ソ聯等に在る人々の作品が加へられなければならぬのであるが、それらは後日に於て完成を期したい。ただこの小やかな第一集がその日の資料として役立つと共に苦難に耐え来った生活の記録として、永く大方の机上に残ることとなれば幸である。
終りにこの企劃に御賛同の各方面より寄せられた好意と御協力に対し謹んで謝意を表する。
昭和二十六年 十一月三日
企劃・編集委員 小林 逸路
鈴木 紫鳳
田中 稲波
顧問 高橋丹作
句集委員 村井諌水 栗原夢岳 松山翠巒
芳尾芳柳子 作田草塵子 正木鶴人
鈴木紫鳳 鞠山風三子 岩崎苔郎
中村桐青 秦 一孔 平光同塵
最上鳴々子
題字 荒木貞夫 (仕切)田中稲波
挿絵 小川青村
刻字 田中稲波 (仕切)星川 洸
校正・印刷 小林逸路 鈴木紫鳳
小峯濤萃 栗原夢岳
村井諌水 原口 要
並に各句集委員
--完ーー