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投稿を引き続きお願いいたします... 投稿者:システム担当 投稿日:2005/12/22(Thu) 12:27 No.929  
お待ち頂いてましたが作業は終了しました。

投稿を引き続きお願いします。投稿記事特に#886以降につ
いて何かお気づきのことがあれば、「問い合わせ」からご連絡
願います。



イタリアな午後 投稿者:唐辛子紋次郎 投稿日:2005/12/06(Tue) 11:38 No.912  
きょうも、あっしはイタリア漬け。今日のお話は,イタリアのクリスマス。内訳はお話とビデオとお菓子。プリントはクリスマスの24日と25日の料理のレシピ(ただし、文はイタリア語なので、家で字引を引くしかない)。(-_-;)

 イタリアーノのお話だけは、通訳つきなので、大体分かる仕掛けになっていた。面白かったのは、クリスマスの飾り付け。イタリアでは伝統的に、プレゼーピオが主流。昔はツリーは飾らなかったはず。このプレゼーピオというのは、キリスト誕生の場面を再現した模型で、大体の決まりは、必ず幼子イエス(ジェズ)、母マリア、父サン・ジュセッペ、それに牛,馬、ロバといった人形。それが最近は、家庭で、クリスマスツリー
(ラルベロ・ディ・ナターレ)とプレゼーピオを一緒に飾るそうだ。

 また、クリスマス用に毎年、同じカトリックの国である、スロベニアから大きなモミの木が教皇宛に送られてくるという。そこで、質問の時間になったとき、これは、つまりスロベニアが、カトリックでありながら、ツリーを送るというのは、昔、オーストリアのハプスブルク家に支配されていた名残かと聞いたところ、答えはただ単に、スロベアにはもともと、森が多くまた、モミなどが多く生い茂っているせいだという。

 あっしにはどうもチョッと違うような気もするのだが…。確かにプレゼーピオを作る職人も最近は減って、今では自分で作る人も出てきたそうだ。中には作るのに半年、一年をかけるオタクもいるという。

 きょうの講師、じつはローマの語学校の宣伝のために初来日し、日本語はほとんどマッタク駄目。それが、「ハナビ」という言葉だけは知っていた。なぜか分かりますか?それはどうやら、タケシの映画を観たせいであるらしい。

 ここで、クリスマス料理の話に戻ると、イブは肉なしデーで、25日にならないと肉は食べられない。また、クリスマスだけでなく、大晦日もセンツァ・カルネ、つまり肉なしだそうだ。「カウントダウン」はいまや、世界語になったのか、イタリア語ではなく、英語そのままの「カウントダウン」と発音していた。

 プレゼント(レガーロ)は、確か昔はクリスマスの日でなく、一月の祝日に渡すと聞いたような気がするが、ほかと同じく、クリスマスの日に渡すそうだ。ヴィデオ画像に、ローマの街が写り、そこに細長い広告塔のようなものがあった。そこに赤い逆三角形の図が沢山並んでいた。校長先生は、そのとき、「これが、何かわかりますか?」と質問をした。誰も答えられなかった。

 実はこれ、年末に赤いパンツ(ムタンデ・ロッソ)を身に着けて寝ると、翌年は幸運に恵まれるという迷信。で大いに買ってくださいという、メーカーの広告というわけ。

 「後でお菓子が出ますよ」という通訳の方の予告があったので、楽しみに待っていたら、クリスマスのとき食べるトゥッローネというお菓子が出て、みんな一口ずつ口に入れた。校長先生は、固い(ドゥ−ロ)と云っていたが、それ程でもなかった。

 なにか雷おこしのような歯ざわりだった。懐かしかったのは、ローマの語学校の紹介ビデオで、他国籍の生徒たちが、みんなで遠足をするシーンを見たときだ。なんとそれが、あっしがマーチャンと二人で訪れた、ブラッチャーノ湖(ローマの近郊)だったのだ。

 しかも、湖畔にあるオデスカルキ城までが映り、懐かしさが倍増した。確かに観光客などが行かないスポットではある。というわけで、楽しかった「ローマ週間」の行事も今日で終わっってしまった。(おわり)



Re: イタリアな午後 唐辛子紋次郎 - 2005/12/18(Sun) 12:09 No.928  

最近は、イタリアでも、クリスマスツリーが結構はやっているようですが、いまだにプレゼピオへのこだわりは強いようです。というのは、ツリーは立てても必ず、脇に昔ながらのプレゼーピオは並んで供えてあります。

 職人は減っても、自作の人も少しずつ増えているそうです。
その職人は、ほとんどが、ナポリの人のようです。



イタリアな夜 投稿者:唐辛子紋次郎 投稿日:2005/12/08(Thu) 11:45 No.915  
 またまた、きのうもイタリアにどっぷり。今度は『まっすぐ真剣』のNHKが運営する、東京青山のNHK文化センターでの「Natale con Darioダリオのクリスマス特別講座」というやつ。

もともと、題名にもあるように、ここのイタリア語講座の特別授業だったらしいのだが、紋次郎は大体、そんな細かいところは、始めっから読まない。何となくネットサーフィンをやっていたら、たまたまダリオのサイトが引っかかって、明日の夜、青山一丁目でやる、と書いてあったので早速出かけた次第。

 場所などは、着いてから聞きゃあいいやと、地下鉄の駅についてみれば、何のことはない。駅ビルの四階だという。ところが行ってみると、どうも雰囲気が学校の感じ。受付にはすでに名簿が用意されていて、係りがチェックしている。こりゃあ、
まずいかなと、思ったあっしが事情を話すと、空きが出来ればいいという話。

 ダメだったら、しょうがないや、青山、表参道あたりを適当にぶらついて、帰るより仕方がない。すでにダリオは教室の真ん中に立っていて例のトークが始まっている。椅子は殆どふさがっているし…。でもやっと、空きが出来たらしく、同じような折り畳み椅子が、あっしにもあてがわれた。周りを見回すと、何と99.9%の純度で、椅子席はシニア系の女性で満たされていた。

 ははあ、イタリア語なんたらいう紋は、だいたい女のやるものなんだなあ、とここで悟った。ダリオはいつもの調子で、といことは、ま早く云えばC調ということだが、ギャグ、くすぐりの大安売りで番組を進行させてゆく。見るからに手際がよい。悪く言えば、お笑いタレントというところだが…。

 それでも、彼なりにサプライズ(かの地の言葉では、ソルプレーザとか云うらしい)を三つほど用意していた。第一は彼が教えている、二つのカンツォーネ・クラス、青山組と、横浜組の共演である。これも、男は申し合わせたように各一、二名ずつ、女は赤いスカーフや、赤いバラを髪に挿しドレスアップして、颯爽と登場。ピアニスタも生徒なのか、ダリオによる紹介があって、歌います曲は合わせて計5曲。

 トップバッターが「帰れソレントへ」次が「コンテ・パルティロ」次は皆さんご存知の「ラ・スパニョーラ」四つ目がこれも有名な「月影のナポリ」五つ目はダリオ先生お得意の「ヴォラーレ」。これは自分がギターを弾きながら朗々と歌う。伴奏は二番、三番、五番がダリオのギター、他は、マエハラサンとか云う前記のシニョリーナ。ダリオ先生、歌うのが自分の教え子なので、手放しで褒める。「来年はスカラ座だね!」とか。聴衆に拍手を盛んに要求し、自身「ブラヴィッスィミ」の連発。

 それでも、クリスマス特集なので、イタリアのクリスマスの祝い方についての話もチョッピリだが、あるにはあった。舞台には、左に点灯されたクリスマスツリー、右側のピアノの上に
は小さなプレゼーピ、この説明ではさすが、イタリア語教室なので、ヨハネなどとは云わない。ジュゼッペと来た。イエスの生まれた家は、カパンナ(家というよか、いうなれば、小屋ですな)。馬小屋は(彼はドーブツゴヤと発音したが)スタッラ、屋根には星じゃなく、ステッラが光り輝いているといった塩梅。

 各人に一応楽譜も渡され、しかも二曲歌わせられた。「静夜」をイタリア語で歌ったのは、あっしには生まれて初めての体験(日本語、英語、ドイツ語でなら多少はあるが…)。二曲目は「ザ・ファースト・ノエル」これも皆さん、きっとご存知と思う。最後はお待ち兼ねの?オークション。

 ダリオの巧みな司会にもかかわらず。いまいち声が上がらないシーンもあり、終了予定の午後9時をかなりオーバーしてしまった。

 始めの値段が、物によって、まちまちで、一品八百円から数万円までの開きがあった。声が途切れると、彼はおどけて、突然「ええっ、二百万円ですかあ?」などとひょうきんなことを言い出したりして、そのたび会場を沸かせた。小は鉛筆、便箋の類から、大型バッグまでが飛び出し、相当額のお札がNHK歳末助け合いの箱の中に吸い込まれていった。両替係も教室の隅にチャンと待機していた。一人で三、四回もしかもかなりの値段で落札した夫人にはビックリした。チャリティーとは分かっていても、とてもマネのできないことには、やはり驚く。会場大爆笑のうちに目出度く「完売」した模様。

 なお、老婆心ながら付け加えると、来年、1月25日には青山で、トリノ出身のダリオによる冬季五輪の見所や、町の美味いものなどを紹介するイヴェント、「トリノの魅力(Il Fascino
di Torino)があるし、1月3日の、NHKニューイヤーオペラコンサート」では、ダリオのトークが予定されている。もし気が向いたらで結構でござんすが、よかったら見てやっておくんなせえ。では、御免なすって。(^_-)

 あっ、そうそう、あっしですかあ?アルファロメオ特製のマ
ウスをゲットしました。この文も、実は、それを使って…へっへっへ。以上。



Re: イタリアな夜 唐辛子紋次郎 - 2005/12/16(Fri) 12:08 No.927  

なんでだか時間が足りんようになって、
メロウも覗くことが少なくなってしもうた。

紋次郎さん、すごい紋です。万年初心者どこ
ろではあらしません。

私は、間違いの「ブラボー」しか知りましぇん。
『ブラーヴィ!』ブラーヴェ』『ブラーヴァ』
『ブラーヴォ』なんてどう、違えて発音するん
かいな。舌噛みそう。
舌噛まないうちに、私もベッドに入ろう。漢字
パズルでも、開いてみましょ。



イタリアな日々〜その2 投稿者:唐辛子紋次郎 投稿日:2005/11/28(Mon) 11:30 No.906  
 二日で4本の映画を観ることは、なかなかしんどいことだ。別にオブリゲーションという訳ではなかったが、ついにやってしまった。

第一日目は、タヴァイアーニの「サン・ロレンツォの夜」と、ヴィスコンティの「夏の嵐」だ。タヴィアーニをご存知だろうか?こういう例は世界でも珍しいと思うが、兄弟(パオロとヴィットリオ)でひとつの作品を監督している。この作品は、いわゆるレジスタンス物だが、同じテーマの他の監督による映画と違うところは、内なる敵というか、骨肉相食む内戦の凄まじさを思い切って描いた点にある。

 家族が敵味方に分かれて戦うシーンは、身震いの出るほどのインパクトがある。次の作品は、ヴィスコンティの「夏の嵐」だ。この監督も、また変り種だ。ミラノといえばヴィスコンティ家は、古い貴族の家柄として知られている。監督はその血を引いているのだ。それだからこそ、あの貴族の世界を描いた名作、「山猫」を世に送り出すことが出来たのではないのか。微妙に揺れる女心を、心憎いまでに演じきった女優、アリダ・ヴァリに魂を抜かれたある高齢の男性は、トイレで、誰も聞くものもいないのに、何時までも感に堪えたような、独り言を発し続けていた。このタイトルの「センソ」というのは女の性(サガ)とでも云う意味なのだろうか?よく分からないが。ヴェルディのオペラの上演中が上演中の冒頭場面に出るフェニーチェ劇場は、よく火事に遭う。だがいつも必ず復活する。フェニーチェ(不死鳥)とはよく言ったものだ。

 翌日の映画は、最初がタヴィアーニの「父パードレ・パドローネ」で、実はこれが一番観たかった作品だ。まず、原作者がスゴイ。無学文盲の、一介の羊飼いが、艱難辛苦の末、大学に進み、言語学を専攻し、自己の一代記を世間に発表する。文字通りのサクセス・ストーリである。しかも、厳格きわまる父の監督の下であるから、余計大変だ。

 この映画は、原作の強みもあって(イタリアの、有名な文学賞を取っている)、カンヌ映画祭のグランプリ獲得作品である。兄弟はこの一作で、世界にその名を知られるようになった、といっていい。二十歳になるまで、このくそ親父のお陰で、勉強は一切許されなかった。その彼が、一生懸命イタリア語を覚えようとする姿は、感動的ですらあった。

 あっしらのように、さまざまな参考書や辞書が揃っているわけではない。単語ひとつずつを、毎日苦労して覚えるのだ。よく途中で挫折しなかった、と思う。たとえば、stato(国家)、という言葉があれば、次はstatale(国家の)という風に。まさか、辞書一冊を丸暗記ではないにしても、カタツムリが他の選手に混じって、マラソンレースに出場するようなものだ。

 ちなみに表題のパードレは父、パドローネは主人を現す。主人である父親には、子は絶対服従というわけか。自身音楽の素養のある監督両名、映画の中で、うまく音楽を利用している(原作者のガヴィーノは、アコーディオンと出会うが、監督は兄がピアノ、弟がヴァイオリン)ことは、よく指摘されることである。前述のヴィスコンティも、チェロを嗜んだそうである。

 四つ目の「家族の肖像」あたりでは、つい眠ってしまったので、残念ながらあまりよく覚えていない。なお、この映画会は、昔のように映写機ではなく、DVDプレーヤーを使って行われた。最初にサムスンという字が現れたのは覚えている。これは劇場用だが、家庭用も売られているそうである。

 二日目は、映写がうまく行かず、何度も機材を交換したりして、試行錯誤の挙句に上映に成功したが、これなど、いかにもイタリア映画界にふさわしい出来事であった。なお、主催者側からする、映画についての解説などは一切なかった。(終)



Re: イタリアな日々〜その2 唐辛子紋次郎 - 2005/12/09(Fri) 11:54 No.916  

わいも、古い人間やなあ、この頃からのイタキチやからなあ。えっ、この頃って?映画祭のプログラムに書いてあるやろ、1964年、と(@_@;)。



Re: イタリアな日々〜その2 唐辛子紋次郎 - 2005/12/09(Fri) 11:55 No.917  

今はアリタリアもBoeing777-200ERを飛ばしているようだが、当時(1964年ころ)は、昔懐かしいDC-8だったのだ。←映画祭のプログラムも大事な宣伝メディア。



Re: イタリアな日々〜その2 唐辛子紋次郎 - 2005/12/11(Sun) 11:56 No.919  

当時の外相大平正芳、ごっつうなつかしな、そういう人が居ったの、今まですっかり忘れとったわ。



外相大平正芳 toshy - 2005/12/11(Sun) 11:58 No.920  

> えっ、この頃って?映画祭のプログラムに書いてあるやろ、1964年、と(@_@;)。

> 当時の外相大平正芳、ごっつうなつかしな、そういう人が居ったの、今まですっかり忘れとったわ。

 1963年に米国に出張しました。

 その時のパスポートには「外務大臣 大平正芳」となって居ました。

 縦書きのパスポートです。

 スキャナーでとって・・・と思ったけれど、公文書だから止めました。(^_^;)



Re: イタリアな日々〜その2 唐辛子紋次郎 - 2005/12/11(Sun) 12:01 No.921  

toshyさん、こんばんは、レスありがとうございます。でも63年とはスゴイですね(@_@;)あっしなど、初体験は85年ですからまだ、20年しか経っていません。



Re: イタリアな日々〜その2 唐辛子紋次郎 - 2005/12/11(Sun) 12:02 No.922  

 このときどんな映画を観たかよく覚えていませんが、沢山上映した中で、カルディナーレの「ブーベの恋人」は見たように思います。ロロブリジダの「パンと恋と夢」これもたしか見たような。でも、本物の女優さんたちはこなかったので、チョッとがっかり。ピエトランジェリ監督は来日したようです。



Re: イタリアな日々〜その2 あや - 2005/12/12(Mon) 12:02 No.924  

紋次郎さん、こんばんは

紋次郎さんが、書いてくれはってるわ、と目に入れながら、
時間がなくて読むこともできひんかった。やっと読ませて
もろたわ。なんてー、何語を使ってんやろなー。
イタリアーなの人に、返信する言葉ではありませんね。

それにしても優雅な毎日がうらやましい。
そして、若者と同じように地べたに座ったり、女の子の
中におすまししている、紋次郎さんを思うと、ほほえま
しく、頬がゆるんできます。

1月25日が楽しみですね。        あや



Re: イタリアな日々〜その2 唐辛子紋次郎 - 2005/12/12(Mon) 12:04 No.925  

紋次郎さん、こんばんは

紋次郎さんが、書いてくれはってるわ、と目に入れながら、
時間がなくて読むこともできひんかった。やっと読ませて
もろたわ。なんてー、何語を使ってんやろなー。
イタリアーなの人に、返信する言葉ではありませんね。

あや さん、こんばんは。レスありがとさん。いま、イタリアの人気はスゴイですね。旅行の行き先でも、アンケートをやったら、ヨーロッパではトップだとか。きょうの新聞を広げても補聴器の広告で、新製品の名前が、『ブラビシモ』だって。
ブラーヴォで思い出したけど、コンサートなんかで褒めるとき、ただ「ブラーヴォ(ブラボーはまちがい)」といえばいいって紋じゃない。大変なんすよね、こないだもダリオのクリスマスで、二組のカンツォーネチームが歌った後、ダリオが『ブラーヴィ!』っていったんですよ。

 たまたま、両チームとも男がたった一人ずつ、入っていたんです。これが全部女だと、『ブラーヴェ』、全部男だとやっぱ『ブラーヴィ』女一人の独唱だと『ブラーヴァ』男の独唱だと『ブラーヴォ』ああ、ややこし。だからあっしは万年初心者。(-_-;)

 アンタハエライというだけで、舌を噛みそう。舌を噛まないうちにもう、寝てしまおう。 では、おやすみなさい。



Re: イタリアな日々〜その2 あや - 2005/12/14(Wed) 12:04 No.926  

なんでだか時間が足りんようになって、
メロウも覗くことが少なくなってしもうた。

紋次郎さん、すごい紋です。万年初心者どこ
ろではあらしません。

私は、間違いの「ブラボー」しか知りましぇん。
『ブラーヴィ!』ブラーヴェ』『ブラーヴァ』
『ブラーヴォ』なんてどう、違えて発音するん
かいな。舌噛みそう。
舌噛まないうちに、私もベッドに入ろう。漢字
パズルでも、開いてみましょ。



イタリアな日々〜その1 投稿者:唐辛子紋次郎 投稿日:2005/11/27(Sun) 11:28 No.905  
きょうはNHkのテレビ・イタリア語講座やら、作詞作曲、振り付け演出など、マルチタレントとして、この日本で大活躍中の、ダリオ・ポニッシが千葉へ来ると聞いたので、さっそく出かけました。

トークと音楽をやる、とチラシに書いてあり、楽しみにしていたのですが、家事のせいで、出かけるのがベタ遅れ、丁度イタリアの国鉄みたくなってしまいました。着いてみると、ダリオはさすが有名人だけあって、すでに会場はぎっしり、人で埋まっていました(定員150名)。椅子も品切れで、仕方なく、高校生のように地べたに座りました。ところが、きょうの出演者は、その方では有名な、遅れの達人、イタリア人だったので、定刻が過ぎてもなかなか会場に姿を見せません。

 10分ほど遅刻してやっと、会場に現れました。家が吉祥寺なので、確かに近いとは云えませんが、ならもっと早く出ればいいのに。でも、手にギターを持っていたので、なんかやってくれそうだから勘弁するか、という気持ちになってきました。

 型どおりの紹介があって、始まりましたが、確かに話がうまいというか、勘所を心得ているように見えました。滞日十数年の割には、チョッと危なっかしいところもありましたが、まあ、ガイジンにしては、まともなニッポン語という印象を受けました。

 トリノ出身なのに、きょうのテーマが主催者側から「ミラーノ」に決められているので、ふるさとの自慢話は、殆どさせてもらえず、よその町の話なので、チョッとばかり気の毒になりました。話はカンパリニズモ(いわゆる、お国自慢)から始まりましたが、やがて、イタリアの歴史へと移ります。でもさすがダリオ、難しい話を彼流にアレンジして、聴衆を退屈させません。連れられて来た子供までが、笑い声を上げていましたと、あっしがこう云えば、会場の雰囲気を察していただけると思います。

 彼は、なかなか学のあるところも披露してくれましたが、第二部のギターの弾き語りのほうがやはり、あっしらには面白かったです。途中、かつてのイタリア語の弟子で、いまミラノでデザイナーとして活躍中の日本人を、舞台に上げて紹介し、インターヴューアーのような役もこなしました。ま、その方は、一般のツーリストの、あまり行かない、ミラノの隠れた名所を、いくつか紹介してくれましたので、大いに参考になりました。

 終わりには、ダリオは、日本人ならたいてい知っているカンツォーネ、「ヴォラーレ」を熱唱してくれました。また、ラジオやテレビの、イタリア語の先生らしく、途中何度も聴衆へ向かって、質問をしましたが、これには、イタキチとして自他共に許すあっしも、二三回手を挙げて答えました。それだけでなく、彼があちらの民謡を歌ったときには、「ブラーヴォ」と大声あげて、盛り上げました。こうでもしないと、ニッポンでは、お通夜の晩みたくなる場合が多いのです。

 公演が終わった後は,ここでも、若い女の子達が、写真を撮ったり、一緒に写したりの、お定まりの光景が延々と繰り返されました。あっしは、その間隙を縫って、彼氏のふるさと、ピエモンテ州の方言を教わりました。滅多にない機会です。イタリア語の標準語は、ご存知と思いますが、だいたいトスカーナ地方の言葉が元になっているようですが、それといかに違うかが知りたかったのです。

 ダリオは、面倒くさがらずに、幾つか教えてくれ、最後には、向こうから握手を求めてきました。あまり興味のある方があるとは思われませんが、ひとつだけ、話の種になると思いますので、ご披露しましょう。

 「わたしにはわかりません」というのを、標準イタリア語ではNon comprendo.ですが、トリノ弁では、Mi sai nen.というのだそうです。どうです、イタリア語というより、マッタク違う国の言葉のようではありませんか?こうなると、日本語と語順が一緒、といってもいいような気もしますが…。(つづく)



Re: イタリアな日々〜その1 唐辛子紋次郎 - 2005/12/07(Wed) 11:42 No.913  

後日ダリオ(Dario Ponissi)のサインをもらいましたので、ここにアップします。なかなか、シャレているでしょう。(^_-)



世田谷美術館の紅葉 投稿者:toshy 投稿日:2005/12/05(Mon) 11:35 No.911  

 昨日、世田谷美術館で開かれて居た、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館所蔵の「宮殿とモスクの至宝」展が12月4日までと言うので、急遽見に行きました。

 ルーブルや大英博物館などの所蔵品展では余り見かけなかったイスラムの美術品を纏めて見る事ができ、行って良かったと感じました。

 高さ7mを超える15世紀エジプトの精緻な木工製ミンバル(説教壇)や、高さ3mを超える18世紀のオスマントルコの色鮮やかなタイル製暖炉など、さらには中国の影響を受けた陶器など、目をみはるものばかりでした。

 世田谷美術館の有る砧公園は自宅から2km ほどで、歩いて行ける距離です。

http://www.setagayaartmuseum.or.jp/

 折しも紅葉が綺麗でした。



那須三斗小屋温泉 投稿者:白兎山人 投稿日:2005/11/10(Thu) 10:48 No.893  

10年以上前の ある夏の日、山を越えて歩かなければ行けない、秘湯中の秘湯へ・・・

「何時?」 「5時」 「雨降ってるね」 「ウン」 「何してるの?」 「(目覚まし)合わせ直し」 「フフン」

「7時!起きよう」 「ん」

「ネー、唐揚げ手伝いたい?」 「ハーイ」 「卵焼き要る?」 「うん、明日の昼は?」 「7−11に寄って何か買おうよ」

「来た来た」 「ハーイこちら」 「アッ!金子さんも、良かった」 「裕子さんは?」 「ダメだって、木太久さんに電話するって言ってたけど」 「じゃ、電話して見よう・・・出ないよ」

「とにかく荷物積み替えて」 「蓮實さんの車 ガレージに入れなよ」 「オーライオーライ」 「宮館さん、お隣さんが車停めるから もう少し寄せて」 「食糧買う人居る?」 「サンドウィッチ沢山でもないけど有るよ」 「俺オニギリ4個」 「ウチが2個」 「金子さん大丈夫だよ」 「サア出発」 「とにかく7−11に寄ろう」

「チーズパンでいい?」 「うん」 「コーヒー豆売ってないから挽いたの買っちゃった」 「お酒は共同で買う?」 「そうだね」 「でも那須に行ってからでいいんじゃない?」 「ソーダネ」 「ヤア金子さんが来てくれて良かった」 「そう、マンネリグループになりかけてるからね」

「何だか行き先が明るいよ」 「峠の茶屋で雲の上に出るかもね」

「ソロソロお酒買おうよ」 「ハーイここで」 「2リットルのタル?」 「金子さんが居るから3リットル」 「ワインも」 「缶ビール」 「おれ缶チューハイ」 「ネーこの缶詰美味しそうだから買お」 「「三斗小屋ですか?」」 「そう、良く分るね」

「流石に車少ないなあ」 「あのグループも登るらしいよ」 「三斗小屋ですかあ?」 「「そうです」」 「どちらの宿?」「「煙草屋」」 「おんなじダア!」 「「途中助けて下さい」」 「良く言ってるよ」 「適当に各自体操して」 「ヨッコラショ、この重さが快感だなあ」 「今日は何キロ?」 「3リットル タル入れて15キロ」 「ウアー!」

「オッ! 石を敷き詰めたな」 「ウーン、丸太階段よりはいいね」 「この雨降りじゃ ドロ道よりマシね」 「ヤッホー、余り響かないな」 「新緑がいいなあ」 「去年の風にはまいったね」 「こんな小石が飛んで来るのよ」 「へーえ」

「アーア、もう今日の登りは終わりか」 「35分で来ちゃったよ」 「こんにちわあ、ゆうべは三斗小屋ですか?」 「「そうです」」 「もう一日泊まれば?」 「「連れはみんなそう言うんですけどネエ」」

「今の人たち、あのマイクロバスかなあ」 「ちょっと、それにしては人数少ないね」 「リーダーは男だけど<連れ>はみんなヒマそうなオバさんだったね」

「去年 サンカヨウが沢山あったんだけど 咲いてるかなあ」 「アレ!道が変わってる」 「休憩テーブルの近所が去年崩れかけてたけど、あそこがダメになったのかナア・・・あー、やっぱりそうだ、ホラ!あそこ」 「ホントだ」 「通行禁止もランク別に表示して欲しいな」 「なんで」 「Aランクの人は通行禁止とか」 「ダッテその判断が出来ない人がいるから困るんじゃナイ」 「まあね」

「ハーイ、延命水」 「雨が混じってない?」 「岩から噴き出ているんだからダイジ(大丈夫の栃木弁)だ」 「ウーン美味しい、ハイお次」 「ウマイッ!」・・・

「マイヅルソウの群落!」 「ジュータンだね」 「アー!サンカヨウは もう実になってるウ!秋はこれがルリ色になってキレイなんだよね」 「それムラサキヤシオ?」 「ヤマツツジじゃない?」

「アレ!もう見えちゃった」 「本当だ!着いたよー」 「コンニチハ 予約してたんですが」 「「ハーイ、どうぞどうぞ」」 「6人になったんだけど」 「「1泊2食ですね、大丈夫ですよ。天気予報がヒドいこと言うもんだから、誰も来ないかと心配しちゃった」」 「少し前に何人か来たでしょう?」 「「ハイ、もう上がってますよ」」 「お願いしまあす」 「「濡れたものは そのへんに吊るして、水が切れてから部屋へ持って行って下さいね」」 「ハイハイ」 「スパッツはどこに?」 「ここに釘があるよ」

「フーン 良い部屋だ、タタミの香りがする」 「先ず風呂に入ろう」 「そうだな、露天風呂に入るかい」 「もちろん」 「雅子さんも入るけ?」 「ヤダア!!」

「ア〜ア 雨の中の露天風呂、風情があるね・・」 「星空を見ながら入りたい」 「雨が降るときは星は降らないんだよ、知らないんかい」 ジャブジャブ ガヤガヤ ・・

「ああ いい風呂だった」 「内風呂はどうだった?」 「熱かった」 「サア〜 飲も飲も」 「宮館さんは?」 「また ホカアーッと浸かってるんだろ」 「待ってらんないよ、始めちゃお!」

「牛タンの缶詰美味しいヨ」 「こっちにも」 「ハーイ、一つずつだよ」  ワイワイ ガヤガヤ ・・・

「ちょっとォ いくらなんでも長すぎるんじゃない?」 「もうじき 1時間だよ」 「ネエ 蓮實さん見て来て」 「そうだな」

「ヤア 全くあきれっちゃうなあ!、傘さして寝転んで鼻歌歌いながらお湯をチャブチャブかけてんだよ!」 「一人で?」 「誰もいないの?」 「そう、一人だけだよ」

「ハイ お待たせしました」 「心配してたんだよ、何してたの?」 「ダメだよ宮館さん、濡れた傘を持って上がっちゃあ」 「そうですね^^」 「いつも返事は良いんだけど、やめないんだもんね」 「ホラ! タルを今開けたばかりだよ」 (なあ〜んて、酒盛りは既にたけなわ)
「宮館さん、牛タン美味しいよ」 「ハイ一寸待って、今サラダをつくります」 「何するの?」 「このキウリ(スライスしてあった)にシーチキン混ぜてドレッシングかけるだけなんだけど旨いんだよ。ゆうべ おフクロさんがやってくれたのが旨かったんで、コレ持ってくわ って、持って来たんだ」・・・「本当! 美味しい!」

「サア 夕食まで昼寝 じゃなくて夕寝すっか」 「チョットそこ何してんの?」 「雅子さんをはさんで川の字ダヨ」 「マサエさんは淋しく一人か」 「宮館さん、金子さんに気をつけな」

 ☆ドン・ドン・ドン・ドン・・・・・

「ホラッ!太鼓が鳴った!! バンメシだ!」 「行こ行こ」 「飲み物は?」 「いらないよ」 「いいね」 「またあとで」

  ・・・夕食もすんで・・・

「サー、飲み直し」 「ワイン もう一本買えば良かったね」 「缶チューハイあるよ」 「焼酎買うの忘れたナア」

「ネエ7時になったよ、女性タイムでしょ?露天風呂チョット見て来て」 「ン」 ・・・ 「ドーオ?」 「ダメだ、まだ沢山男がいる」 「もーお!」・・・

「アー 8時になったから また男性が沢山行くわ」 「今夜はダメね」・・・

「オッ!? 蛍光灯が! アッ もう9時だ、消灯時間か」(電気は自家発電なので、夜間は消灯)「ようし、ヘッドランプ点けて露天風呂に行こう」 「どうする?」 「もう他の客は行かないよ、真っ暗だから平気だ」 「行こう行こう」 「マサエさん、どうする?」 「行こうかナア、でもバスタオル持って来るの忘れちゃった」 「イーラナイヨウ! うちのグループみんなで行こう」 「じゃあ男性みんなで守ってね」 「ハイハイ」

「アーア気持ちいい!」 「面白いねー」 「貸切だよ、よかったよかった」 「最高!」 「アラッ! ヤダ! 余り近くで撮らないで!」 「ヘッドランプを消しても、目が慣れると大体見えるなあ」 「そう、ランプがあると、かえって光りの当たったとこしか見えないよ」 「そっちの方が少し熱いよ」 「ネエ宮館さん、さっきの再現やって」 「そうそう写真撮ってやったら?」・・・

・・・と、まあ、にぎやかなグループ。上記は全会話の1割以下でありましょう・・・

・・・翌日は雨も上がって真っ青な空が広がり、勇躍 三本槍岳へと向かったのでありました・・・

                           白兎山人



Re: 那須三斗小屋温泉 白兎山人 - 2005/11/13(Sun) 10:49 No.894  

雨中の露天風呂風景です



Re: 那須三斗小屋温泉 甘辛城主 - 2005/11/29(Tue) 11:31 No.907  

白兎山人さん こんにちは

今頃になって、初めて読ませていただきました。 m(_ _)m
あんさんは、本当に多芸ですな〜。
一つの状況を書くのに、解説文を全て省略して会話だけを書
くなぁーんて発想は、なかなか出てきませんね。

普通は、状況が伝わらない・・と思うから、様々なト書きを
入れて分りやすくするのでしょうが、こうして連続した会話
の洪水をジックリ見ると、見る人読む人によって様々な情景
を自由に思い浮かべ、時にはそれを自分が経験した一場面に
置き換えたりして・・・、
文章は、自分が感じた事を読む人に同じ様に判ってもらえな
くても良いのですね。
とても 新鮮なものを読ませていただいた気がします。

ところでこれに続いてアップされている腰にタオルを巻いた
御仁は、まさか白兎山人さんではないでしょうな。
ハハハ 昔はこんなにあったのよ・・と言う意味かな〜と
深読みしてしまいましたよ。
思い出した頃、又読ませていただきます。
有難う御座いました。

                 甘辛城主



Re: 那須三斗小屋温泉 白兎山人 - 2005/11/29(Tue) 11:33 No.908  

お目にとまって 光栄です(^^)

菅笠風のものを被っているのが わたくしメでございます(^0^)



石鹸を食べちゃった 投稿者:マサちゃん 投稿日:2005/11/21(Mon) 11:01 No.896  
 山梨に住む従兄弟から娘が結婚するから式に参列しないかと言ってきた。
横須賀の田舎に住む僕は、ここのところ、親戚・知人でたて続きに葬儀があって気が滅入っていたこともあり喜んで承知した。
現役時代からスーツが嫌いな僕は、改まった席以外は極力スーツを着なかったが、どういう訳か当日になって式場までスーツで行って、式場でフォーマルに着替える気になった。
だが、なんと現役時代に誂えたスーツは腹回りが全く合わなくて、無理しても着用は困難であることが分かった。
退職してストレスから開放されて11年、どうやら腹囲がぶくぶくと10cm程度長くなったらしい。体重は現役時代で58kg程度だったのがいつの間にか63kgになっている。
別のスーツも同様に全く着られないので、仕方なく普段着の程度のいいので行くことにした。古いスーツは捨てることになりそうだ。もう新調する気は無い。
フォーマルは父の形見だが体形が同じらしく、体にぴったりフィットした。

 久しぶりに多くの親戚と会うので写真を撮ろうと、ここ数年使っていなかったポケットに入る小型ディジタルカメラの電池を念入りに充電した。
横須賀から八王子経由で中央線に乗った。山梨県に入ってからは富士山が見え隠れし始めた。あわててカメラを出して撮影しようとしたら昨夜充電したばかりなのに電池切れ。長期間放置していたから電池がおかしくなってしまったのか?

 式は神社で行った。雅楽の生演奏、3人の神主は内一人が女性、それに巫女さんが数人のデラックス版だったが、雅楽の演奏は下手。神社内に響く太鼓の音が心地よい。

 ホテルでの披露宴は現代風とでもいうのか、かなり派手でまるでショウーでもやっているよう。千円で参加するクイズまであったが、これは事前に渡された結婚当事者のプロフィールをよく読めばある程度回答できる内容だった。
食事はデラックスなフランス料理で、とても旨かったがナイフやフォークを使う順序がよく分からない。
神社での挙式から披露宴まで、専門のカメラマンが二人でムービーとスチールで熱心に撮影していて、披露宴では壁の大型スクリーンに撮影中のムービーを映し出していた。

 披露宴も終わり帰るときになってお土産の他に綺麗な青色の塊を手渡された。
家に帰ってそれを見るとどうやらキャンデーらしいがそれにしては大きすぎる。
女房がメガネを掛けて見たら、何とかキャンデーを書いてあるけれど私は入れ歯だから食べられないという。
それならと僕が食べたら、キャンデーにしては柔らかくてざくっと歯が入った。
変な味で砂のようなものも混ざっている。4.・5回噛んで思わず洗面所に駆け込んで吐き出した。うがいして歯に付いたのも洗ったけれど、今度は喉がひりひりしてやたらに咳き込む。喉から繊毛運動で少しづつ食べたものが出てきて、これは数時間続いた。
キャンデー様のものの包みを虫眼鏡でよく見たら、なんと「ベジタブルソープキャンデー」と書いてある。女房はこのキャンデーと書いてあるところだけ見てお菓子のキャンデーと思ってしまったようだ。
また同包装紙には太字で「本品は石鹸です、食べ物ではありません」と書いてある・
何れも僕ら年配者には虫眼鏡がないと読めない小さな字で書いてあった。
朝10時頃食べたけれど、夕食時の酒が喉にしみて痛かった・
この品は結婚祝いのお土産ではなくて、製品の宣伝用に配っただけのものだったようだ。

 かくて、今回は古いスーツが着られなくなったこと、古くなったデジカメ用の電池は要注意、見たことのないものは食べ物かどうかよく確かめて食べることの三つの教訓を受けた。



Re: 石鹸を食べちゃった 白兎山人 - 2005/11/25(Fri) 11:04 No.899  

こんにちは
 わたしもスーツ と言うより ネクタイが嫌いで、普段は殆どジャンバー、
ちょっとあらたまったところでも、出きるだけブレザーですませます。
結婚式や葬式などでは、仕方なくネクタイを(^^)



Re: 石鹸を食べちゃった あや - 2005/11/25(Fri) 11:08 No.900  

マサちゃん、お久しぶりですね。

そして、陽だまりへよくお出でくださいました。

58キロの体重時代があったなんて、さぞかしスマート
でしたでしょうね。

3つの教訓は、私にも心当たりがあることばかりです。
それにしても、細かい文字のものが多いですね。
今日だって、老眼鏡をかけて、虫眼鏡で説明書を読みま
したもの。
                    あや



Re: 石鹸を食べちゃった マサ - 2005/11/26(Sat) 11:09 No.901  

白兎山人さん コメントありがとうございます。

 いや本当は白兎山人さんが仰るとおりネクタイげ嫌いなんです。
あんなもので首を絞めて一体どうなんだ??
って感じです。
もっと気の利いた装飾品があればいいなと思います。

あやさん どうもどうもです。
 退職後に特に血圧が高くなったのは、たぶん太ったせいではないかと思っています。太ったといっても腹周りだけでしてね、腹だけがぷくっと膨れているのはあまり感心しません。
やっぱりおなかを引っ込めなくてはとは考えるのですが、実行となるとなかなかその気にならなくて・・・



Re: 石鹸を食べちゃった あや - 2005/11/26(Sat) 11:10 No.903  

マサちゃん、こんばんは

男性も腹周りが、太くなるんですか。女だけと思ってました。
若いとき、太目の時もあったけど、お腹に肉なんてなかった
のに、今は、ちょっと気になるかなというくらい、お肉がつ
いてます。

血圧が高いと困りますね。無理なさらないように減量願いま
す。「腕振り運動」も加えてみたらいかがですか。サロンか
シニアで賑わったあれです。私は忘れない限り続けているの
です。1回で5分間ですが・・



Re: 石鹸を食べちゃった 白兎山人 - 2005/11/26(Sat) 11:13 No.904  

えーさん紹介の寝禅と腕振り 続けています。


亡妻感謝の日 投稿者:白兎山人 投稿日:2005/11/24(Thu) 11:03 No.898  
 昨日 不図思い立って隣町の温泉に行った。

 関東地方の中でも栃木県は群馬県と共に温泉県であり、北西部の日光・高原・那須山地では火山性の温泉が多いし、平野部でも深く掘れば泉質・泉温ともに充分な温泉が出る。
 太古の昔 海底であったとかで、その頃の海水が地中に閉じ込められ、地熱で温泉になっているのである。

 例の竹下さんが全国に金をバラまいた時、栃木県の町村は競って温泉を掘り、温泉センターをつくった。どの町の施設もいまだに客足が途絶えず賑わっていて、日本人の温泉好きを証明している。

 我が家のある宇都宮から車で走れば、30分内外で行ける温泉施設が二、三あり、
風呂好き、温泉好きの亡妻と二人で良く通ったものである。なかでも高根沢町の「元気アップ村」は、一番近いこともあって回数多く行ったものだ。

 永年の病気が急に悪化して、三年余り前に妻は逝ったが、死を目前の病床で風呂に入りたがっていたことが思い出され、行けば辛くなると思って、温泉から足が遠のいていた。自宅の浴槽に浸かってさえ、亡妻のことが胸につかえる気持ちだった。

 それが、昨日は何となく行って見ようと言う気になった。壁の写真を見ていて、フトその気が起きた。マアちゃんが、行きなさいと笑っている。着替えの下着とタオルと、濡れたタオルを入れるレジ袋を巾着袋に押し込んだ。

 高根沢の温泉施設は周りを田んぼに囲まれた小高い丘の上にある。温泉施設の前に地元の農家が野菜などを並べている建物がある。着いたのが3時ころだったので、先にまず野菜を物色してあれこれ買い込んだ。市内のスーパーの半値くらいで、色々なものを売っている。

 内湯も立派なものだが、20坪余りの広い露天風呂が気持ち良い。客が少なくてゆっくり1時間くらい浸かったり上がったりしながら楽しんだ。寒くなく暑くなく、爽やかな風が湯面を吹き渡った。
 ああ!有り難いなあ、こんなにのんびりした時間を持てるなんて。そして世界のアチコチの戦争・紛争・飢餓を思った。今、財布にある万札を全部ユネスコに、との思いが浮かんだ。忘れずにメモしておかなきゃ。今日の温泉もそうであるが、「発想即行動」は、私が信奉する念力の先生の言葉である。

 浴室から出て広い休憩室を通る。従前は先に上がった私がここで休んでいると、やがて、上気した笑顔で亡妻が現れたのである。
大型テレビでは大相撲の中継をやっていて、十数人の浴客が見入っていた。

 さて、暗くなりかけた田んぼ道を走って我が家へと向かった。夕食前に、野菜と一緒に買った渋柿を剥いた。亡妻の実家の裏庭や裏山には数種類の柿の木があり、季節に行ったとき食べもしたし、宇都宮に来てからも、郷里から渋柿を送ってもらって、剥いて干したりしていた。柿が好きだったのである。

 わずか4個であるが大きな渋柿4個をベランダに吊るした。壁で彼女が微笑んでいる。コーヒーを淹れて彼女の写真の前にも置いた。トワルコトラジャの芳香が部屋に満ちた。



何故 山に登るの? 投稿者:白兎山人 投稿日:2005/11/03(Thu) 10:19 No.886  
楽しみは 登山口にて 靴紐を 心と共に 引き締める時

楽しみは 残雪の中 枝枝に 芽吹きの色の 目に止まる時
楽しみは 若葉の前の 木々の枝 遠近に啼く 小鳥見し時
楽しみは ムラサキヤシオ アカヤシオ ツツジにそまる山を行く時
楽しみは 青葉の光り 身に浴びて 妻の笑顔と 共にある時
楽しみは 高みを訪ね 雲を抜け 下界の暑さ 忘れ居る時
楽しみは 北の紅葉の トンネルを 心長閑に 歩み居る時
楽しみは 膝も埋もれる 雪の中 カンジキ履きて 野に遊ぶ時

楽しみは 苦しき登り 続く中 谷風頬を 撫でて行く時
楽しみは ヒルの休みに 腰降ろし 互いに菜を 回し食う時

楽しみは 下山口にて 靴紐を 汗拭いつつ 緩めたる時

楽しみは 装具を解いて 温泉に 山の疲れを 癒すひと時
楽しみは いで湯の里の 露天風呂 裸で雪に 寝転びし時
楽しみは 計画立てて 調べ上げ 登って無事に 帰り来し時
楽しみは 我ひと共に 山を愛で 次の登りを 語り合う時

楽しみは 山の思い出 文にして 時に広げて 読み返す時

                        白兎山人



Re: 何故 山に登るの? 紫竹の(小澤) - 2005/11/04(Fri) 10:28 No.887  

白兎山人さん

やっぱり、白兎山人さんって、こういうものが書けるのですね。
こうやって、このように感じて、山に登っていらっしゃるのですね。
羨ましいです。

                           紫竹の(小澤)
メロウ倶楽部は http://www.mellow-club.org/



Re: 何故 山に登るの? 白兎山人 - 2005/11/04(Fri) 10:30 No.890  

アハ お目に止まり光栄です^^

頂上を制覇して回る人を ピークハンターと言いますが、
私は山頂にこだわらず、山の自然すべてを楽しんでおります。
だんだん足が弱って高いところに登れなくなっても楽しみが残ります。
しばらく投稿がなくて、この部屋が淋しそうなので旧作をアップして見ました。

腰部脊柱管狭窄症 軽快されるよう 毎日祈っております。
斜楽斎さん、いまいちさんの奥さん(乳がん)と ともに。



Re: 何故 山に登るの? 紫竹の(小澤) - 2005/11/04(Fri) 10:31 No.891  

白兎山人さん

>しばらく投稿がなくて、この部屋が淋しそうなので旧作をアップして見ました。

有難うございます。1ヶ月以上空っぽでしたね。でも、発言番号ばかり増えてます。
つまらぬものが入ってきて、削除される方も忙しいことです。

>腰部脊柱管狭窄症 軽快されるよう 毎日祈っております。

有難うございます。なんとか、共に暮らしています。

>斜楽斎さん、いまいちさんの奥さん(乳がん)と ともに。

ほんとに。お具合はどうなんでしょうね。案じています。

                           紫竹の(小澤)
メロウ倶楽部は http://www.mellow-club.org/



Re: 何故 山に登るの? あや - 2005/11/04(Fri) 10:32 No.892  

白兎山人さん、こんばんは

そうなんです。投稿がなくて寂しかったです。
アップありがとうございます。

>楽しみは 残雪の中 枝枝に 芽吹きの色の 目に止まる時

雪山は多く上りませんでしたが、残雪の中富士山、西吾妻山な
どです。雄大でした。

>楽しみは 苦しき登り 続く中 谷風頬を 撫でて行く時
>楽しみは ヒルの休みに 腰降ろし 互いに菜を 回し食う時

まさにその通りです。飯ごうのご飯のおこげも、インスタント
ラーメンも、きゅうりのまるかじりも美味しかった。

>楽しみは 下山口にて 靴紐を 汗拭いつつ 緩めたる時
>楽しみは 装具を解いて 温泉に 山の疲れを 癒すひと時

懐かしいです。登山道へ入る時は靴紐を結びなおしましたっけ。
温泉にもよく入りました。これが1番の楽しみだったかも知れ
ません。
今でも、登っておられる白兎山人さんがうらやましい。
私は、高尾山、大山、御岳くらいがせいぜいになりました。

                    あや

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