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広島の被爆者の声(3) (3枚目のCD)

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投稿ツリー


前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - | 投稿日時 2006/7/14 0:13
kousei  管理人   投稿数: 2
 
このCDは9枚組の3枚目で、広島の被爆者の声(3)が記録されています。これには43の音声記録が収められていて、それらのテキスト化されたものがここにはアップされています(便宜上10記録毎に分割されてアップされています)。どのような内容の記録かを示すために途中に以下のような伊藤明彦氏の短いコメントが入っています。参考にされると便利です。各記録の音声は「音声を聞く」をクリックすれば聞けるようになっています。もしテキストに脱落や誤りを発見された場合は、「感想の部屋」からお知らせいただくと幸甚です。
  


8月7日 暁 広島 (その1)

同じ7日午後、同盟通信長崎支局にて (その13)

8月8日から一週間の広島 (その15)



なお、テキスト化された記録を読むには、

1)CD1枚分の全てを一望するには、「フラット表示」で読むことをお奨めします。見ている画面の左上の「フラット表示」をクリックすると「スレッド表示」から「フラット表示」に変わります。

2)記録のスレッド(コメントツリー)は時間的に降順になっています(下から上です)。これを昇順(上から下)にして読みたい場合は、「ヒロシマ ナガサキ 私たちは忘れない」のメインメニューの下部の「ソート順」で「降順」を「昇順」に変更して送信を押してください。
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2006/7/14 0:14
kousei  管理人   投稿数: 2
  
その1  音声を聞く

8月7日 暁 広島


その2 音声を聞く

 わしが一番最後の船で帰ったんですね。帰る時には潮が引いてねぇ、向こうから来る時には潮が満ちるんだそうですよぉ。

 船の船方さんはねぇ、非常にまぁ苦労したっちゅう。中央はあまりねぇ、死体がないようでした。しかしそれでもねぇ、流れてくる死体が、こう櫓にあたるわけですね。

 そのぅ、天神町からずっーと大芝まで来る間、川岸で「お~~い、お~~い、」ちゅうんですなぁ。「助けてくれぇ~」「もうその船に乗せてつれて帰ってくれぇ~」って悲痛な叫び声を、おぅ、そのぅねぇ、死ぬる一歩手前でしょうかねぇ。

 しかしそれはもうあの、我々としては満載でですね、どうやら船が傾くとですね、もう船自身が沈む、転覆しかねないので、乗せることが出来んわけですよ。岸壁に近寄れんのです、あの、こう、(櫓に)死体が当ってですねぇ。

 だからまそれもしょうがない、見殺しにするという形でですねぇ、まぁその、なんというか鬼も哭くというかねぇ、もう寂しさというか、悲惨さというかですねぇ、もう泣くに泣けない、まぁ・・


その3 音声を聞く

 夜が明けるまでにね、その二人の子供が死んだん・・砂場で。「ゆきえもとし子も、この二人が死んだんじゃがどうしょうか、みやまえさん?」「可愛いが連れちゃ逃げられんよねぇ」言うたから言うたけん。考えて、「帰る言うてもな 乗りもんも無いしするけぇどうするかねぇ」言うて。

 「まぁほいじゃまたな、ここへ掘りに来るにして、ここへ今晩な、あの、砂ぁ掘って埋けよう」いうてお母ぁさんが言うけ、「うん、ほいじゃ、そうするかね仕方がない、可哀相でも」言うて、そこで二人がえっと《たくさん》泣いて、そいで二つ並べて埋けたんよ、埋けたん。

 そしたらあくる日もね、そこ逃げられんのよね、可哀相で、置いて逃げれんがぁ。「ね、お母ちゃん後から直ぐ行くけんね、ゆきえちゃんとし子ちゃんな、すまんのぅ」言うてから、そこでな手を合わせて拝んで二人が埋けて、えっと泣いて。

 ほいたら、こんだね、朝んなったん。 ほいたらね、またバリバリやるじゃぁないね、機銃掃射しに来た。そしたらあんたぁ、他所から応援に来とるもんが、「逃げぇ!」言うてやかましぃ言うんじゃが、歩けんじゃぁないねぇ・・


その4 音声を聞く

 うちの所へ行ってみますとね、もう家がなんにも無いでしょ、え~、木だけ残ってると、うん。
 
 ほいで、そこで暫く、あの、ぼんやりして立っておりますと、え~、女の人が一人出てきましてね、「お気の毒でした」と、こう言うんですね。「うーん、どういう風に気の毒だ?」と、「いやぁ、小さい坊ちゃんが、ダメでした」と。「そいじゃぁ~、他の者はどうした?」って、「その上の坊ちゃんもダメでした」。「そいじゃ娘は?」ったら、「お嬢さんもダメだ」って。
「そいじゃ家内は?」ったら、「奥さんもダメでした」って・・・。
 結局、気の毒がってね、いっぺんに言わねえんだ、四人ダメでしたって言えないんですね。

 それから、そいじゃもっと詳しく話して下さいって言ったら、えー、ちょうど私の家が二階建てだったんでねぇ、二階であったために風当たりがほどいもんだから、それがもうすっかりひっくり返っちゃった。

 そして、ひっくり返ってちょうど家の家族がその下敷きになったんですね。そいで下敷きになって、まだその時は死んでやしないもんですから、「助けてくれ~、助けてくれ~」って、まぁ頻りに中で合図をしよったと。それからあの~、鍋の底を叩いたりなんかして、「ここに居る、ここに居る」と、言うと。

 その声が聞こえたもんだから、何とかしてこれ助けてあげたいと思って、するけども、女の手にはどうにもならん、と。それで、あの、近所の男の人を探し回ってですね、「助けてあげてくれ~」って言って頼んで回るけども、一人も来てくれないっちゅうんですよね。

 ほいで来てくれないもんだからね、みすみすその、え~、下敷きになったまま放ったらかしておったら、火がずーっと回って来ましてね、火事になってしまって、皆下敷きになったまま、焼け死んでしまったと。


その5 音声を聞く

 子供を探しにね、すぐ焼け跡に行ったわけです。そしたらねぇ、いろんな骨があるし、隣の材木屋のおじさんはあたしの方の前まで、防空壕の中から這い出して、みんなその人たちは、こ~うして、もう、死んでしもうちょりました《死んでしまってました》

 もう材木屋はもう、みんな下敷きになって全滅でした。
 佐々木さんちゅぅ所は、お母さんと子供と、朝、新聞ばこうして見よるところをやられて、3人とも・・・もう焼きよってでしたよ。
 それから裏のそのたまちゃんちゅう、その子供もおっ母さんもみんなコンクリで作った流しの上で、みんな焼けよってでした。
 もうちょっと先のパン屋のところ行ったら、パン屋の奥さんは妊娠してお腹だけ残っとるし、あの~、酒屋のおじさんもお尻だけ残った。

 みん~な、そがんしてね《そのようにしてね》。・・・・死んでしもうちょりましたよ。


その6 音声を聞く

 で、はっ!と思ってねぇ、すぐ傘のけて、「西田さん、妹が死んだかわからん《死んだかもしれない》」って言ったらね、あのぅ、「鏡持っとるか?」って言われたんです。で、「鏡持ってる」って、あの救急道具の中から出したら、妹のこの鼻息のところに当ててね、「鏡が曇らない」と、「危い」、あの、「叩き起こせ」って言うんでね、あのぅ叩いた訳ですね。妹に。

 叩いたらね、「お姉ちゃん お姉ちゃん」ってね、三言いってね、それっきりで。もう後は・・全然もうだめでね。それから・・・それでこと切れてね。もう、それが、10時15分でしたかねぇ。

 あとは、「それぐらいのことしてやったんだからね・・もう・・・諦める、諦めるんだ」いって、西田さんにね、言われてね。「会えなかったら、もし会えずにね、何処かで死んでたらね・・そういう場合もあるんだから、それ以上くよくよしたらいけん」って言われてね・・


その7 音声を聞く

 え~、自分の親父の、あの、頭骸骨をね、手に持ったけどねぇ、「あぁ、これが親父の骨だなぁ~」っていうようなねぇ、まあ、それだけですよ。

 で、もう、悲しいっていうのはねぇ、要するにそのぅ、随分日にちが経って初めて悲しい、泣きたくなるっていう、そういうもんであってね。その瞬間っていうのはね、そういうもんを一つも感じないです。で、自分の親父~、その頭骸骨ずいぶん大きかったけどねぇ、うん、弟の方は、頭骸骨なんて特に大きかったですよ。

 これが要するに、泣き叫んで火に焼かれていった時の瞬間っていうのはどんなに熱かったろうなぁ~っていう、そういう気持ちっていうのはねぇ、後になって感じるもんですよ。

 だからその骨などを掘り出してる時の瞬間ってのは、ただ焼け跡の熱い土をね、赤土みたいなんで、それで、まぁ、水道の蛇口がピューッと水噴き出てねぇ、足が、もう靴履いててもほんとにこう地熱でね、もう熱くてね、足を片足上げながらこう土を掘ってってね、ほいで、ゴロッと白いヤツが出てくる、ゴロッと白いヤツが出てくる、お袋が言ったような間取りのところへ出てくる。それだけですよね。

 感情、そういうゆとりってのは無い訳ですよ、もう。人間ってのはゆとりとかそういうものがあって初めて感情(が)動くものであってね。ああいう、もうほんとに周り中が一遍に破壊されて何~も無くなって、ほで、死体を山ほど見て、死んでくヤツ山ほど見て、まぁ、慣れちゃうっていうんですか、死体を踏んづけたって何ともないんですから・・・


その8 音声を聞く

 しばらく探しとるうちに、あぁ、まこと《ほんとに》ここが自分の家だったかなぁ、と思うて、近寄ってみると、ちょうど、きれ~いに この焼けた瓦の上へもってってね、白骨がありましたね。あら~ここ白骨があるが、と。

 そいから、よう見るというと、ちょうど歯がありました、歯がこう・・・金歯を二本入れとりましたから。はぁ、これはもう、これこそ家内のに違いないと、こう思うて、家内の骨をちょうど隣に居った兵隊さんから、あの、白い布を貰いましてね。それへ家内の骨をこう包んで、そうしてそれを除けて、こうやって除けてみるというと、その下にね、きれいーな小さい骨がバラバラッっていとったんですよ。あぁ~、これがもう子供の骨に違いないと


その9 音声を聞く

 相生橋に出たんですがね、道路の上にね、それはたくさーん人が死んじょったです。もうその、みんな仰向けになってから、火ぶくれしたんじゃろう、あれ、もう腫れ上がったようになってね。そして、もうこれは道路一杯言うてもええぐらい死んどったですな。

 そん中には小さい子供もいましたがね。わしゃぁ、あの、小さい子供が母親に手を引かれて、ここを通りよったんじゃろうよ、それ、パカーンとやられて、そこで死んでもうたし思ってね、私は思ってねぇ、全くなんとも言えん腹立たしい気分がいたしましたよ。

 それから相生橋がね、通れんのですよ、みな橋げたがこう跳ね上がったようになってね、ほいで欄干があれが、だいぶ落っとったと思いますが、とにかくヒヤヒヤする、するあすこ《あそこ》通ったんですがね。


その10 音声を聞く

 徒歩で、広島を縦断して帰ったわけですが、えー、その道すがら、見るこの惨状というものは、まぁ地獄図絵と申しますかですねぇ、もう目を覆うものでありました。

 焼け爛れた、あの市電ですか、もう鉄骨だけが辛うじて残っている中に、もう、体は焼かれて、女性であるか男性であるか、見極めもつかない、と。もう骨のような、あの、骸骨のような、ミイラのようなものがですね、その鉄骨のこのスノコのような上に引っ掛かっているとか。

 それから、あの、陸軍病院の跡などは、鉄の寝台がずらっと並んだ上に、これまた人間であるか、何であるかという、その死骸がですね、そのままになって、誰も手を付ける余裕も、気持ちの余裕も、また何も無かった。

 それで、米軍の兵士であることはもうハッキリしてるんですが、これが鎖で繋がれて、太い針金で、あの、体を縛られて、そのまた針金を傍の電柱にがんじがらめに結びつけて逃げられないような状態にしてあるんですが、これはもう、あの原爆の下で火傷も何もしてなかったんですが。
 もう呆然自失として、もう気力も無ければ生きるものも無い、もう本当に魂の抜け殻のような人間がふらふらと生き残ったものが、辛うじてその辺りを歩いておりますが、この戦争に対する人間の心が、ここまで鬼畜にまでなるのか、自分達の同胞を失ったという怒りか、報復か、もう、道行く者がそれを足蹴にする。(そこに)あるモノでその米兵を叩きつけるという。

 またこれも地獄図絵で、これが人間のすることであるかという恐ろしいものをその中の光景で自分は見たわけですが・・・
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2006/7/14 0:17
kousei  管理人   投稿数: 2
  
その11 音声を聞く

 うーん、徒歩行軍で行ったんですけども、うーん、広島市内はもう見渡す限り、よくもこれまで焼けたものだっていう風にですねぇ、本当の焼け野が原ですねぇ。ず~~っと死体がですねぇ、その死体がそのみーんなこの裸になってるわけねぇ。

 こう行軍していったらもうあの~、もう一番最初に目についたのがですねぇ、あのー、もうこう焼け太りになって女の人が、こう倒れてるでしょう、その子供がですねぇ、まだ歩けないんですよ、それが、こう這ってからですねぇ、その死体の間からこう這い出てきて、で、その自分の母親でしょうね、その乳房に口をつけてすすっている。それを見たらですね、もう軍歌がみな声にならないです。

 もうそれでやっと比治山に着いたら、松ノ木に人が成ってるわけですね、てのは、爆風で吹き上げられて、こうっやって逆さまにこうぶら下がって、枝に下がってる訳ですよ。そんでぇ

その12 音声を聞く

 そしたら、子供がその死んどる母親に、乳房へ一生懸命に、しゃぶりついとるんですよね。ほいで、まぁ可哀想なねぇ、どうしてあげることも出来んじゃが、お母ちゃんが死んどるのに知らずに赤ん坊は、お母ちゃんの乳房に触っとるが、いうようなのもありますしね。

 そうか思うと、気が変になってね。子供を抱いとったんじゃろう思うんですよね。あの巻き布団に包んで子供を抱いとったんでしょうが、その子はおらんのですよ。 それなのに巻き布団だけを抱いて「よしよしよしよし」いうてね、歩きよるんですよ。見ちゃぁおられません。

 そうか思うと、そこんとこに水がチョロチョロチョロチョロ出よります。そこへもう、みんな人が行っちゃぁね、その水を飲みぃ行くんです。水飲みぃ行っちゃぁパタんと倒れ、ほいでまた水飲みぃ行っちゃぁパタんと倒れ、その周り一杯倒れとるんですよ。

 そこの周りまるで あの、私がああいうんです《私に言わせれば》、まぁ魚が網ぃ掛った、(その)網ぃ寄せるみたいようなのお、そこへ皆、こうして倒れては、水一口飲んじゃぁ倒れて死に、死ぬ、一杯死んどりました。

 で、そういうようなのを、まあ、死んだのを端から兵隊さんが、薪をたくさん積んでね、まるで、まあ、ゴミを焼くようにねぇ・・


その13 音声を聞く

同じ7日午後、同盟通信長崎支局にて


その14 音声を聞く

 午後3時半にですね、ちょっと変わった発表があったと。ちょっと私読んでみます。えー、大本営発表、

「8月7日15時30分、一つ、昨6日広島市はB29少数機の攻撃により相当の被害を生じたり、 二つ、敵は右攻撃に新型爆弾を使用せるもののごときも詳細目下調査中なり」。

 まぁ、いとも簡単な発表ですが、当時大本営なり軍管区発表というものは、ものを隠してですね、えー、明らかにこの島は取られたんだということを、目下激戦中とか、あ~、無くなってしまって、転進というように、嘘の発表を、国民を欺瞞する発表をやっていた大本営がですね、広島の場合ではですね、「B29少数機、わずかな飛行機のB29の攻撃によって、相当の被害を生じたり」。これは大変なね、えー、発表だと。

 まぁ、それだけならいいんですけれども、「敵は右攻撃に新型爆弾を使用せるものの如し」という言葉に、新型爆弾ってこりゃなんだろうと。これはまぁ、我々の、僕らの常識では考えられないね、とんでもない兵器が広島で使われたに違いない。僅かな言葉だけど、相当な被害を生じたりというからにはね、殆どこれは、広島はもう全滅に近いものじゃぁなかろうかと。

 
その15 音声を聞く

8月8日から一週間の広島


その16 音声を聞く

 ええ、爆心地のとこに行ったんです。そのかわっぷち《川淵》にねぇ、あの、ちょうど私たちと同じくらいのあの、生徒、男の子の生徒が、建物のあの疎開にね、作業に出てたらしくて、そういう人たちが、いっぱいあの、固まって、死んでました。

 そういう、死んでる中をね、跨いで跨いでこう歩いてね、私達は来たんですけどもね。肉親らしい人がやっぱりこう探して歩いてましたけどね。トタンをこうめくってみたらね、やっぱり自分の子だったらしいんですよ。で、その死体にねぇ、「ここに居た居た」っていってねぇ、それね、抱きかかえて泣いてましたけどね。
 
 それでね、あの私の家の焼け跡へ着いた時にねぇ、私が弟をおんぶしてねぇ、レンガがこうあの転がってたんですよね。そこへ私が何の気なしひゅっと上がったんです。たらそのレンガがねぇ、ぺしゃんと崩れちゃったんですよね。「レンガが崩れるくらいだから酷い爆弾だね」って、母親が言いましたけどねぇ。


その17 音声を聞く

 先ず第一に驚いたことは、もうそのう、市内の悲惨なことですね。地獄の様相は全くこれだなぁ思いましたねぇ。

 赤く焼け爛れてそしてもうここらずーっとその真っ赤になっとるんですよ、出たところは、えぇ。顔といわず手といわず、足も、赤剥けになって血がにじんでおりましてねぇ。それがずーっともう、その動けない人たちを収容してですねぇ。それで、ずーっと並べておるんです。その下に倒れておる人がもう動かれず、そして血まみれになって、「水ぅくれぇ、水くれぇ」て言うて叫ぶんですね。

 それから、一つはこの広島市内へ一歩足を踏み入れたら、もうなんとも言えん異様な臭いですねぇ。 腐っていく臭さですかねぇ。毒ガスの中におるんと一緒です。そして、もう、至る所で死体を焼いておる。

 呉のあの大空襲の悲惨な状態を知っておりますが、広島のあれを見た時には、あぁ、呉は良かったなぁと思いました。原爆でのかって《なくて》良かった。えー、それほど悲惨な状態でした。これはもう筆にも口にも表せません。現地を見たもんでないと分からん。地獄の有様とはこのことだと。
                     

その18 音声を聞く

 中へ巡察で入っていきますとねぇ、「兵隊さ~ん、水をくださいよぅ、暑いですよぉ、水を下さいよぉ」って、一斉に言うんですよ。靴の音が聞こえるとねぇ、みんなもう苦しいもんだから、とにかく「水~、水~」ってことはねぇ、みんな叫ぶんですよ。
 
 で、ねぇ、水をやりたくても、もう、「水を、あの~、飲むとねぇ、もう死んじゃうんだからねぇ、水は絶対やらないよぅ」って言うんですよね。だけどもうその焼け爛れてる人たちやなんかは、もうたまらなく喉が渇いちゃうわけですよ。
 
 だからもう、「水をくれ~、水をくれ~」、ただ「水 水くれ、水くれ」だけでもう亡くなっていきましたね。今になって考えてみりゃぁ、あの時水をうんとたらふくね、思う存分にねぇ、汲んでいって飲ませてやれば良かったなぁっていうようなことをねぇ。
 
 
その19 音声を聞く

 えー、わけても女子学徒ですね。この貯水槽、大きなやつが町にこうありましたが、その中へ折り重なって、体がもうほんとに膨れ上がって、この、死んでおりましたですね。
 
 だから、水を求めて貯水槽に集まったもんでございましょうが、もう二重三重にその中に折り重なって死んでおると。で、あの、日赤とか県病院に、まだ、あぁ、生命のある命のまぁある、辛うじてある生徒を運んでやりましたが、このぅ、収容しきれないので、日赤辺りでもですね、門のところにずーっとこの置いてあるわけですね。

 そいで、この無欲顔貌と言いますか、これのそのぅ非常に程度の、極度ですね、ですから声を掛けても反応がない、まぁこの世の人とは思えないという。

 あくる日行ってみると何人かがその内死んで、場所を変えて脇へ移してあると。中に、元気な人は、自分はこうして建物疎開で動員をされて連れてこられた、そしてこういう事になったんだが、何処何処に自分の家族がおる筈だから伝えて欲しいと。

 はい承知しましたという風に返事する以外にしょうがないわけで、そこらあたりもう焼け野が原で、誰こそおりゃせんので《居ないんだから》、で、連絡のしようがないことは分かっておるんですけれども。


その20 音声を聞く

 これかのう思うて、こう、えぇ、死骸をいらう《いじる》とねぇ、ピシーッと飛ぶんですなぁ、あの、はぁ、暑いですけんねぇ、膨れて。もう形はハッキリ分からんようになっとるし、ほんとにまぁあの、海老を湯がいてね、バーっとこう移したようなんですわ、多いので死んどるのがねぇ。

 早う、1分でも早う、まぁ一目見てやろう思うのが一念ですが、もうはぁ、あの姿を親に見せんほうが親孝行じゃ思う気がしましたなぁ、えぇ。

 ありゃぁ、いよいよ確認できません、えぇ。見た人がおらんのじゃから。もう、二中の生徒は全滅ですけんねぇ、あそこへ行っとったものは、先生からはじめて、えぇ。あすこへ、朝出て行ったいうことは、まぁ分かっておるんですがね。   

前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2006/7/14 0:20
kousei  管理人   投稿数: 2
その21 音声を聞く

 で、その橋のそばにちょっと、広場がある。そこんとこへ、5~60人か、6~70人ぐらい、ざぁ~と、殆ど女の人だぁ。みんなぁ、もうそりゃ、皮は剥けたようになってるわぁ、形相もなにもわからないよねぇ。黒く焦げてるようなのもあれば、それがずらーっと並べてある、ね。

 それがですねぇ、その、炎天下に、晒されてるでしょう。そりゃ、人間あんた発酵するから、みんなぶっ~とこう膨れたようになって、ほいで皮膚の皮の弱いとこから内部のガスが、ブツブツブツ、ブツブツブツブツいうような、プチュプチュプチュいうような音を立てて、(ガスを)出してる。ほんまに、誰~れもいない、僕一人ですよ、そこ立って見てるのは、うん。

 そいで、家内が居やぁしないかなぁとこう見てる。で、これじゃぁないかなぁと思ったって確認でけないわけなんだ、まるで変わってるから分からない、うん。で、衣類があれだったら、あぁ、これだと思うんだけど、衣類いうものは殆ど焼けとるんだから。これがねぇ、実に人間の奇妙な心理ですねぇ。探すべく周っておりながらぁ、実際はそういうその他の死骸のような状態のものを、見るに忍びないと。
         
                    
その22 音声を聞く

 たくさんあの~、死体があるからって途中で聞きましたから、歩いて行ったんです。その道ながらだってもう~、死体いちいち、いちいちこう見ながら行ったんですけど。ほしたら、己斐《こい・地名》の小学校には、もうほんとにもう廊下から、あの、お手洗いの、とこまでもう、死体と、その~、怪我人でもう一杯なんですよねぇ。

 で、そのなかを、一人ひとりこうして見てあるいてもう、でも、二日か三日目になるともう腐ってきましてもう臭いんですねぇ。あの、子供が背中でゲッゲッってこう戻すんですよぉ。でも、お父ちゃん探すんだからねって言って一生懸命でもって探したんです。

 そしたらね、あの~、そんなに、そんなになる人の、あのこの困ってる中でねぇ、あのもう、死体からねぇ、あの~金歯をね、あの~、ペンチでもってこう抜く人が居るんですよ。抜いて、こう抜いてるんですよ。 だから、もうそんな惨いことやめてって、あたし言ったんだけど、その人も自分も血だらけになってるんですよねぇ。そのあの~、抜いた歯から出る血だのね、何と、けが人なんかの中歩いてますでしょう。で、あたしのこと、恐ろしい人相でもう、睨みつけるんですよねぇ 


その23 音声を聞く

 あたしたちがあの~、こういうように筵(ムシロ)に寝ていますねぇ。それが十~十五円?、十五円やったか十五銭やったか、あたしわからないんですけど、がしかしそれ幾らかのお金を出さにゃぁ、その筵を買われないなんですね。

 ほいで、やっとその筵を買いましてね、夜寝てますと、上へこう被ってますんですねぇ、夜露が掛るもんですから二枚買って。そうすとその上をこう、何処から来てこう剥いで、行ってそいで、それをまた余所の人に売っていく人があるんです。着て寝てるんのにね、まお布団みたいなもんです。
 
 今考えると それをこう剥いでしもうて、他所に売りに行くっちゅう人が、私はあの時、いやぁ~、戦争して、ま、あれほど、ま、人の心の浅ましいっちゅうことを、はじめて思いましたですよねぇ。  


その24 音声を聞く

 8月10日から県繊(?)に出社して被災者に被服を配給を始めました。もう7時頃から三百人ぐらいの人が並んでおられます。

 それも現在では見ようと言っても見られん、半裸体に等しい人が並んでおられるんでございます。「どうして早くきて配布してくれんのか」って責められるんです。

 中に、今に私の胸について離れんのは、60歳ぐらいの紳士が破れた軍服を着て、十円札を1枚持って、「つり銭がない、これがたった一枚で、6人家内がこの白島まで逃げてきて、今、トタンで屋根をして、後の5人は早う帰ってやらんと何時死ぬるやら分からん、哀れな状態にあるんじゃから、どうか、このつり銭がどうじゃこうじゃ言わずに、配給してくれ」よと、かように申されます、ので、「はい宜しゅうございます」って、皆さんに内緒で・・


その25 音声を聞く
    
 毎日毎日負ぶっちゃぁそのねぇ、あの、もう「お父ちゃんお父ちゃんお父ちゃん」って、もう、あたしも声を限りに「お父ちゃん、居たら返事して~~! お父ちゃん~~!」って言って、あの~、「お父ちゃんお父ちゃん」ってあの~、言っていましたからねぇ。

 ほしたらやっぱり背中の子が同じようにねぇ、「お父ちゃ~ん!」と呼ぶんですよねぇ。でもう、ほんとにあの~、あたし、恥ずかしかったけどもう。去年ねぇ、あの~ドームを見ましたらねぇ、もうほんとうにもうねぇ、その当時のことがもう蘇ってしまってねぇ、立ってられないんですよぉ。でもうね、泣けてしまってねぇもう、ほんとにあたしあの辺からね、家のお父さんね出てきやしないかしらんと思ってねぇ。 

  
その26 音声を聞く

 行方不明者がいっぱい居るでしょう、何処で死んだか分からないような人がね。だから昼も夜もねぇ、もう夜、夜中でももうね、一晩中ですよ、「何々や~」って、自分の家の居ない人の名前を呼んでねぇ、「何々や~~何々や~~」。
 
 そのまた あの哀れなねぇ、まぁこの広島のアクセントだから、「何々や~~、何々や~~い」ってもうねぇ、それが一晩中、もうほんとそれを聞くだけでもね、もう、身が締まるような泣きたいような、変な気持ちになりますですよ。  


その27 音声を聞く

 地域によって違いますけど、広島の方では不幸がありますと、忌中という張り紙を、おー、表に表札の付近に出すものなんですが、え~、その忌中という紙の、忌中という墨の文字が、あ~、焼けておるんです。そして白いところはどうもない《なんともない》という。

 え~、これは、我々が、あぁ、小学校時代に太陽の光を利用しまして、レンズで、その、墨の字を辿って焼いた覚えがありますが、それとおんなじ姿が、忌中という文字を焼け切って、白いところだけが残っておるという、表示を見たわけです。ということは・・・


その28 音声を聞く

 完全な遺体か生きてるかハッキリ分かるわけですよ。それらをとにかく処理しろと、次の日は我々はもう、直にその方たちを、もう衣類は殆ど焼けておりますからね、肌を結局持って、え~、運ぶわけですが、50人ぐらいの山にしては、あの、「よし、ここは宜し」と言われたらそこに重油を置いてそれに火を付けると。

 死体ふんぷんする中で、我々は、握り飯を食ってまた死体を運ぶと、もう二日目辺りからはもう遺体もほら手が付けられんで、握ったらツルッと一皮剥けるんですね。で、そのぉ、ツルッと剥けた一皮がこちらの手に移るわけですわ。中には髪の毛が残ってみたりねぇ、腐った汁と一緒に付着して取れないんですね。
 
 連日、私は100名以上の遺体を、その処理した。その中には知った近所の、その時には綺麗だったお嬢さん方もいらっしゃったし、そういったものを機械的に運んだ、何の感動もなく運んだということですねぇ。そして、それを平気で焼き、三日目にはもうこれ運べないから、あの火事の時の鳶口ってありますねぇ、あれで目のところをグッと刺して、そしてそれを持って、あの、うーん、引きずりながらですね。 


その29 音声を聞く

 えー、もうそのぉ、火葬場に持って行っても焼き切れないんです、方々から運ばれるもんですからね。で、焼き切れないもんだから、で、似島検疫所の向こうにこう横穴がありましてね、横穴に遺体を運びましてね、一つの横穴へ50体、あの詰めて、そうして横穴を塞いだと。
 
 ま、よそからも送ってきます。そういうな事で海岸にずーっとこう死体を並べましてね。そして、遺髪、それから遺爪、それからまぁ、少しでもまぁ着物を、模様で特色のあるような部分を切り取るとか、そして、まぁ大体、推定年齢と男女の別と書いて、そしてみんなを一つの状袋に入れましてね。


その30 音声を聞く

 死体の整理はねぇ、もう3日目、4日目になったらねぇ、人間の手こうやって持てないんだから。なんぼやってもここに引っ掛るところあるんだよ。ドンゴロス《麻袋又は麻布》で持ってもね、持てないんですよ。スルッと抜けちゃう、皮ごと取れちゃうんです。

 ほいで足もそうでしょ?足でもこんなに太うなっちゃてるんで、下のほうが。そうすると山口の連隊がねぇ、手鉤を使い始めたんだ、手鉤を。魚なんかこうやっちゃやるもの、米俵こうやってやる。ほんでねぇ、人間がこうねぇ、なってるでしょう。そうって足のほうを、すーと刺すんです。
 
 これがあの~、頭ここをねぇ、ちゃ~んと、こうやってねぇ、ホイッと持ってって、ほんで積むんじゃなぁ。それをねぇ、消防団の本部へねぇ、わしらの署長んところへねぇ、「みな、なんぼうにも《いくらなんでも》ねぇ、なんぼぅ死んでるからいうてもむごいからねぇ。これはどうかひとつ止めさしてくれんか」いうて、やっぱり近辺のものからねぇ、え~、あの、あのですの、「そりゃあんたの仰る通りじゃ、ほいじゃまぁ止めます」。ほいで止めるんじゃ。ほいでね、見えなくなったらのう、またもうやりよる《続けている》、そりゃ持てんのじゃからしょうないんで。

 それから今じゃぁハッキリな場所はいえませんけど、焼くものが無くなっちゃってのぉ、わしらんところにその近辺の消防団の者が頼みにきてね、「土葬させてくれ」言うて。

                   
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2006/7/14 0:22
kousei  管理人   投稿数: 2
 
その31 音声を聞く

 陸軍の兵隊がたくさん来ましてね、死体の処理をやっとったんです、で、その死体をねぇ、本川橋の根元へたくさん積み上げておったですよ。積み上げてねぇ、そして石油をかけて焼くんですよぉ。ところがまさにその石油をかけて焼こうか言う時に、一人の兵隊がな、「あぁちょっと待て、こりゃ、この人まだ生きとるわい」言うてね。「ちょっとこれだけは除けとけ」っちゅうような、「こっちの人」。そういう状態で、死体の処理やっとったちゅうことなんです。

 仏教のあの地獄極楽の絵っていうのがありますよね。地獄の絵っていうのは子供心に見ても、まぁ~、大変なもんだなぁ、恐ろしいなぁという気がしておったんですが。まそのねぇ、地獄の絵なんちゅうものは、まだまだ生易し、易しいもんだなぁと思いましたよ。


その32 音声を聞く

 遺体が完全に焼けないんですねぇ、やっぱり。頭が残ったり、胴体が残ったりねぇ、えぇ。それを今度はねぇ、鳶口一丁持ってねぇ、このぉ、死体をこう焼けるようにこう、歩くんですね。

 死体のねぇ、この金の入れ歯があるんですね、それをあの~、プライヤーかヤットコってっいってこう持つようなのあるね。あれを持ってねぇ、死体から金歯を抜きに来るんですね。
 
 それから、死体に掛けてある毛布ですね。その毛布も無くなっちゃうんですね。夜陰に乗じて盗りに来るんですね。ところが向こうも盗りに来るのも必死だからねぇ。その連中が捨て身になって来るんですからねぇ、彼らは。死んだ人よりもね、生きてる人が怖いんですよ。
 
 死んだ人はなにも暴れもしないしねぇ、別に何でもないの。ふっふっ、生きてる人が怖いんですね。その毛布もねぇ、もう腐乱した死体だもんだから毛布に付いてるね、肉片とかなにかってダラダラ付いてるんですね。それをそのまま構わずに持ってくっのね。

 「捕まえてねぇ」見るとおじいさんでしょ。で、「おじいさん、この毛布、あんた持ってってどうする」って言ったらねぇ、「まぁ、これねぇ、実はもう生まれたばかりの子供がね、何も何も無いから」。
 

その33 音声を聞く

 最初はですねぇ、手袋を大体2枚から3枚軍手をしてですね、そしてまぁ手鉤のようなヤツを作ってですね、水死者の、その、バンドならバンドをですね、その手鉤に引っ掛けてこう、隅寄せて上げよった訳ですね。

 ところがそれがもう2日目になるとですね、もう手袋するのもせからしい《めんどうくさい》というとこで、もう素手ですよね。素手で、そのぉ、こう抱きかかえるごとして上げたり、ちょっと手が届かんからと思うて女の方なんか、髪の毛がこう乱れとるでしょう。髪の毛を持ってからこう引きずる訳ですねぇ。そうすりゃもう髪の毛がズロッとこう抜けるしですね。手を持てば手の皮がブリッと剥けるしですしね。ちょうど手袋外すごとですね。

 ちょっと手鉤なんかがもうちょっと深く入るでしょぅ、するとちょうど人間の肉が、その、今で言うたら、ま一番分かり易いのが明太子ですねぇ、明太子の実を見よるとあのブツブツが一杯こう重なったごとなってですね。そうけん、あんまり私も明太子は今でもあんまり食べようごとないです。

 大体何歳くらいの、まぁ、女なら女と言うことだけ書いてですね、何処何処地区で収容と、その、もう焼けてしもうた後やからですねぇ、その、町の名前もハッキリせん訳ですよねぇ。あぁ、こりゃ何町ぐらいやったなぁぐらいのことでですなぁ。それで結局、もう大体報告しておいて、それでいいや。
                 
  
その34 音声を聞く

 「お母ちゃ、んお母ちゃん、ねぇ、ちょっと来てごら~ん」言うて、「また死体が流れてきたよ、人が流れて来たよ」って言うからね。
 
 満ち潮になったら向こう、川の方から、もう、人間の死体だけじゃないんですよ、馬やらね、豚やら鶏やらいっぱい、で、こう行って、こんど向こうからね、今度、引き潮になるでしょ。そしたら今度帰る時はまたそれが帰って来る訳なんです。
 
 それをね、みんな、まだ、あの~、死体処理もできないわけなんですよね。もう陸の上の方がねぇ、死体処理でもぅ大変だもんだから、川の中の流れた分まで、まだ揚げんわけなんです。だからもう満ち潮引き潮になったら両方からこうね、流れてくるわけなんです。それを見てもう子供たちがね、数えて遊んでるわけなんです。

          
その35 音声を聞く

 その地下室全体がこう火の海になるようにして、そして、そこへ死体の片付けにきた人たちがね、戸板に死体を乗せてきてから、いちにのさんでね、投げ込んで行くんですよ。
 
 で、空を切ってその硬直した死体がねぇ、次から次へ、そのう、火の海の中に、こう投げ込まれていく。しかもその死体は黒焦げのもの、ピンク色のもの、黒焦げを通り越してねぇ、骨だけに近いような状態になっておるもの、いろんな死体が、しかもいろんなスタイルでねぇ、硬直しておる死体がありました。 終わりには、まるで死体で死体を焼いてゆくような事じゃなかったか思うんですけどもねぇ、うーん。

 僕は、あの~、今の福屋《デパート》の西側の入り口へ座っておりましてねぇ。しばらく見てたもんですよ。それって言うのもやっぱり姉がおりゃぁせんか、そん中おりゃぁせんだろうかっていうことを思いましてね。でも居ったところで判りっこないなぁと思って。

  
その36 音声を聞く

 そしてそのぉ、全身の火傷でしょ。ですからあの、自分の体だか自分の手足の感覚がなくって、急ごしらえのその、診療所っていうか、救護所へ、藁(わら)ぞうりを履いて竹の棒にすがって、その、蟻(あり)の歩みのような格好で、まぁあのぉ、そこへ診療を受けに行くわけなんですけども。
  
 そのいく道の両側に、戸板だの、あの、筵《むしろ》に寝かされている、あの、診療を待つ人の群れですねぇ。それがずっ~っと炎天下に並んでる訳です。 生きてるか死んでるか判らないような、あの、グレーの物体ですねぇ。あの、丸坊主で目も開いてもちろんないし、グレーの小さい子供のような形の人たちがぁ、板の上に直《じか》に寝てぇたり、筵《むしろ》の上にあの~横になっていて目も勿論塞《ふさ》がっているし、順番を待つ人が両側にずら~っと並んでる。

 それを見たときあたしは、あたしのこんなのは怪我の内にはもう入らない、到底あたしはそんな診療なんか受けることは出来ないと思って、もう、あの、折角もう、蟻の歩みでトボトボトボトボもう杖に縋って歩いて来たんですけれども、その道を引き返してきて、そしてあの
 

その37 音声を聞く

 医療班がね、来ちゃったですよ、1週間ぐらいして。ほいで、それへね、診て貰おう思うて行ったらね。まぁ、何と皆ひどいでしょ、私の皮が下がっとるぐらいは、ほーんまもう、傷じゃぁないんでさぁ。酷い人はほんと背中、こんとにねぇ《こんなにねぇ》、ウジ虫が湧いてねぇ、ウジが湧いてもう、唸ってんですよぉ。
 
 ほいでそれ、薬いうんだけども、あんたつい、赤チン、チクチクとこう塗っての程度でしょう。それをあんた、して貰うのにずら~っと暑いのに、みな並んで待ちよってじゃ。私の皮がぶら下がっとるぐらい、これぐらいこまい《些細な》ことじゃけんに、ほんま診て下さい言うの恥ずかしいような思うた。で、私ぁ戻ったよ、診てもらわんと。
     
  
その38 音声を聞く

 みなその頃は、時間がねぁ経っておりますもんですからね、もう火傷が全部崩れちゃってベチャベチャなんですよね。ボロ布(ぎれ)みたいになってんですよ。ヌタヌタのボロ布みたいなんですよ、人間が。そういうよな人が、その、公民館に、もう、次々次々担(かつ)ぎ込まれるんですからねぇ。
 
 とにかくもう、ボロボロ布団、布団がこうつくねた《積み上げた》ようになってるんですよ、人間が。おんぼろ布団が濡れてね、油をぶちまけたようになってね、そこの縁こうつくねてあるような感じだったですねぇ。人間そのものが。それだから、あたしたちの傷ぐらいこまい《些細な》ことですよねぇ。えぇ、こりゃ気の毒なけん、帰ろ帰ろ言うて帰ったですがねぇ。


その39 音声を聞く

 あれは、もうすごいもんでしたなぁ。これはほんまに地獄やなと思いました。

ゾロゾロ、ゾロゾロ、何百人じゃぁないよ、次々来るんじゃから。それがみな、口々に「エエーッ!エーッ!いたい、エー」っと言っとるんですよ。唸っとるんです。みんなが、みんな。

 みんな半死半生や、ヨボヨボ。あの時分には粗末な着物であり 夏じゃった。そこへ放射能浴びとるんじゃから、どうにもならん。ボロボロの着物着ちょ、着てる。それにじぇんぶ焼けとるでしょ。中には乳母車の砕けたような乗してもらってくるんですねぇ。押しとる人そのものがもうヨボヨボやから、大八車に二人ぐらい乗せて、治療班とこに来るんですがな。それでももう引っ張とる人そのものがもうヨボヨボなんや 。

 口々にみんな同じ、言う、みんなみんながじゃ。「エーッ! エーーッ!」、心からの苦しい叫び声ですなぁ。直ぐ死んだ人は幸せなほうや。

    
その40 音声を聞く

 全部の人を私はもう手を握ってですね、決別をしております。「その時が、最後の一兵まででしょうね」っち、「貴方たちも一緒でしょうね」っちいうことを言い切ってですね。そして「勝つまで頑張ってください」いうのが、まあ、死んでいく人の願いでしたね。

 それから、子供がですね、軍歌を歌うて死にました。もうこれはもう涙流れ、流れて、私はそのまぁ、手を握りましたがねぇ。もうその子供たちがもう、いじらしいけども、お母さんと呼ぶ子もおりますけどねぇ。矢張り勝つためのその死に方をしましたねぇ。
 
 これはもう本当に私はもう、今思い出せますしねぇ、たまりません。中学のですね、3年生のね、子供です。それが軍歌を歌うたり校歌を歌うたりして死んで行くんですよね。それが路傍においてもそうじゃったそうです。 

 本当にもう子供がいじらしい死に方をしましたねぇ
  

前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2006/7/14 0:23
kousei  管理人   投稿数: 2
  
その41 音声を聞く


 原子爆弾症の第一期症状っちゅうのは、とにかく出血ですね。一番最初に出血するのが、あの、腸から出血した下血です。だから、その~、軍の方ではまず第一番に今までの医学の常識として赤痢を疑って、赤痢だから直ぐ江波分院へ送れ、江波は伝染病棟だから江波へ送れというて、江波へ送ってきました。

 だけどねぇ、疑問に思ったのは、その~、そういう患者が来て、肝臓も腫れてますが脾臓(ひぞう)が腫れてきておりますね、みんな。そして黄疸を起こしてくるんです。今までの経過と違うわけで、赤痢の経過とは違うわけですね。 脾臓が腫れたり肝臓が腫れたり黄疸が出て、そしてバタバタ死んでいくでしょ。どんな処置をしても死んでいくわけ。

 だから、これ疑問に思って白血球調べてみようっちゅうて、ま、調べたわけですよね。で、白血球調べたところが、その白血球が殆どゼロに近いんですね。

 その時にたまたまその、京大の放射線科におった柳っちゅう軍医、軍医少尉がおりました。「ひょっとしたらなぁ。こりゃ放射能かも分からんよ。レントゲンのね、障害によって白血球が減るけれども」。そこで初めて、特殊爆弾、しかも放射能性の爆弾じゃぁないかということが、我々薄々感じました。 
           
            
その42 音声を聞く

 もうそれこそもう何千何百何万でしょぅ。もう見渡す限り死体の中をずーっと歩き回って、探し回る時になったら、あの、恐怖心なんて全然ないですね。死体を見て怖いとか思いませんよ。
 
 探して回って、色々の、それこそもう無残な姿を見て回りましたけどねぇ。もう中には、その、明らかにこう母親がね、あの、赤ちゃんを腹の下に抱きかかえるような形、そのままの形で焼けてるんですよね。
 
 その当時、あの、怖いとか恐ろしいとか、死体見たから夜寝られないとか、そんなあれはなくてねぇ。家の中に一人居って、こう夜になったらもう、市内がもう、毎晩こう赤々としてるんですよね。で、あれは、死体を焼く火の明かりだって。そんなの見とってもなんかぁ、良くまぁあたしだけ助かったもんだっていう、そういうこう、自分が生き残ったことに不思議を感じるって言うんですかねぇ。不思議さと何とも言えない物悲しさとかねぇ、人の命の儚い(はかない)とか、そういう感情がせきあげて、一人よく泣きましたねぇ。

   
その43 音声を聞く

まろべるは 屍ならずや 息ありて かそかに蠢く 命転がる 
紫の 煙たなびき 畑隅に 夜も日もすがら 屍燃え継ぐ 
焼け爛れ 赤ヨウチンの 効もなく 恨み狂いつつ 息を絶ちたり
まがうなき この石踏みて 思いなく 軍病酒保の ありし跡なり 
永らえて 我がしみじみと 生きて踏む この石のみが 定め知るのみ 
たむろする 浮浪児によりて 今宵寝む ねぐらを聞かば にやりと笑う
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