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Re: 学徒出陣から復員まで

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あんみつ姫

通常 Re: 学徒出陣から復員まで

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - | 投稿日時 2007/12/4 12:01
あんみつ姫  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 485
                   工 藤 精一郎(1990年 記)

 復員列車で未知の中山省三郎さんと出会う  

 「よかったですね、座れて」と向い席の窓際の男が言った。ぼくはさっきから気になっていたのだが、軍人ではなかった。国民服姿で、髪は油気のない蓬髪《ほうはつ=蓬の様にぼうぼうと延びた髪》 で、額が禿で、顎がとがり、鼻筋がとおり、目が澄んでいた。ばくはその目に強くひきつけられた。

理知《りち 注》とやさしさと愁いをおびて、キラキラ光っている。このような目を、このような髪を、ぼくはもうたえて久しく見ていなかった。年のころは四十の半ばか、知識人であることはまちがいない。詩人か。ぼくは興味をもったが、訊き出しかねていると、男の方から話しかけてきた。

 「わたくしはこの兵隊さんたちと一緒に博多から乗ったのですが、あなたも福岡の隊のようですね」
 「ええ、小月に派遣されていて、埴生から乗ったんですが、それが広島止まりで、どうしようかと困ってると、ちょうど目の前の窓にこの兵隊たちがいたものですから」
 「運がよかったですね。わたしも、始発駅でしたけど、ヒノ君たちに助けられてやっと乗りこんだんですよ」
 暑いので、男は扇を開いた。その扇にはカッパの画が描いてあり、葦平というサインがあった。ばくはそれを見て、男にますます興味をつのらせた。

 「ヒノさんて、火野葦平さんですか?」 
 「そう、西部軍報道部で仲間だったので」男は、そんなことをきいたぼくに興味をもったらしく、じつとぼくを見つめた。
 「あなたは学徒出陣ですか?」
 「はい、昭和十八年十二月一日入隊の組です」
 「で、学校はどちらですか?」
 「ハルビン学院です」
 「ほう、ではロシア語をやったんですね」
 「はい、四年間やりました」
 「そうでしたか、奇縁ですね。ぼくは中山ですよ」
 「中山さんというと、あの省三郎先生ですか?」
 「そうです」

 ばくは驚いて、どきどきしてしまった。中山省三郎訳のプーシキンのオネーギン、ツルゲネーフの散文詩、メレジコフスキーの『永遠の伴侶』などを、ぼくは学院時代に読んでいた。ぼくにとっては雲の上のような人だったのである。

中山さんは、重苦しい戦争がやっと終り、これでまた文筆生活にもどれるという解放感もあり、ぼくという若い聞き手を得たことも嬉しかったらしく、ロシア文学のこと、友人たちのことなどをぽつりぽつりと語った。ぼくはぼうっとして、上の空で、何を聞いたのかよくおぼえていない。

注 感情や本能に左右されず 論理的に道理を判断する能力

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あんみつ姫

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