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東京の小学生が見た「ニ、ニ六事件」・その5 大正生まれの Y

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通常 東京の小学生が見た「ニ、ニ六事件」・その5 大正生まれの Y

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2008/5/31 9:19
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

2.事件の翌日(2月27日)

 (1)父はいつものように出勤し、私も吉祥寺にある学校へ向かって家を出た。

 (2)ラジオは朝6時のラジオ体操から勢いよく始まった。

 (3)私は荻窪駅のホームに鉄棒でなく軍帽の上からフードを被り外套を着用して、剣付き小銃を左脇に真横に構えた動哨(注)2名が反対側の上り東京行きホームを客を避けながらゆっくり歩いている姿を窓越しに見ていた。子供だったので正規軍なのか決起軍なのかわからない。

 (4)学校に着いてからは、渡辺大将の家がT君の家の前であることはクラス全員が知っていることなので「どうだった?」と口々に云う。彼は「朝4時から5時か覚えて居ないが『キーイ』と車の急停車する音がして、どたどたどたと沢山の人達が飛び降りる音がしてーーー、その中『キャーア!!』という女性の叫びと将校か兵隊かは分からぬが『自分達は閣下お一人のお命を頂きに参上したものであり、ご家族及び邸内(ていない)におられる方々には全く手出しいたしません』、『閣下のそばにおられる方は直ちに離れて下さい』『自分の云う事を聞かず近くにおられる場合お怪我をされることになります』『すぐに離れて下さい』『決起部隊隊長の命により失礼いたします』『閣下に対し射撃開始』『パーン、パーン、パーン』『パーン』と銃の音と家族の悲鳴、兵隊の声が聞こえてきたが兵隊の声は甲高く、よく通る声なのでよく分かった」
 通常、小学校5年位の年齢では家族が話題にした事も自分で直接聞いた事も全部自分が見聞きした様に話すものなのだ。又尋ねている側も、それで充分なのだ。

 (5)「今朝、家を出る時兵隊さんに会えたの?」「お母さんと一緒に門から出たら兵隊が5人位、渡辺さんの門に立っていてーーー。」「お母さんが『子供が学校に行く時間なのですが出掛けてもようでしょうか』と大きな声で尋ねると一番偉そうな人が『どうぞ、お出かけ下さい。お騒がせしていて申し訳ありませんが、自分等はこのお屋敷の守備のみ命ぜられておりますので、お宅の方はご自由にお出かけください』『それでは行かせて頂きます』とお母さんが云って僕を駅まで送ってくれた。「送ってもらったのは今日だけだよ!」「そしたら偉そうな人が『ご苦労様です、いっていらっしゃい』と云ってお母さんが頭を下げると敬礼してくれたよ!」「決起部隊と云うけど色々理由があってやったので、いい兵隊さん達なんだ」と話題になって満州がどうのこうのという話に移っていった。

 Y氏による(注)
 動哨(ドウショウ)ゆっくり歩きながら警戒に当たる兵士を云う。決められた場所に直立して警戒に当たる兵士を歩哨と呼び、満州事変以降毎月ニュース映画を見る習慣とクーデター的事件が2-3年に一度発生するので当時は大人から子供まで特に男子の会話では普通の言葉。

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