画像サイズ: 506×640 (95kB) | 内子座
「じゃあ、内子座で、タクシー待っていますよ。そうすれば、ゆっくり見物していても、列車の時間に間に合います」といってくださったのです。タクシー代は、待ち料も入れて1500円くらいでした。 切符は400円です。(なぜか、愛媛県の見学できる施設の入場料は、ほぼ400円なのです) 受付の女性の方は「なかは自由にご覧になっていいですよ。奈落も、二階も自由に見学していただいて結構です。ただ、暗いし、階段が急ですから気をつけて」といってくださいました。 「受付の方」とか「見張り役」の人が、こんなことをおっしゃるのは珍しい。こういう仕事の方から発せられる言葉は、たいてい「ナニナニをしてはいけません」「ここは立ち入り禁止」「ここは触ってはダメ」というような「禁止・制限事項」ばかりです。それがこの方は違うのですね。 「ご自由に着てください」と書かれた札の下にあった「法被」を来てみました。なぜか私にピッタリです。ぜひ写真にとっておみやげにしようと思ったのですが、自撮り棒は持参していません。 ここでも、様子を見に来られた受け受けの女性の方がシャッターを押してくださいました。「へんなポーズ」で大得意です。81歳になっても「オッチョコチョイ」はなおりませんね。 受付の方は、内子座の歴史なども話してくださいました。 大正天皇の即位を祝して木蝋などで栄えた地元の有志の方が出資してこの芝居小屋作ることになった。農閑期に歌舞伎や文楽を楽しむためです。大正五年、百年前の話です。 わかります。母の郷里が、兵庫県の北部なのですが、やっぱり文楽ファンが多かったのですね。芝居小屋はないので自宅で地元の旦那衆が演じたわけです。 私も、母の姉から何度も聞かされ、覚えてしまいました。なかでも何度も聞かされたのか「傾城阿波の鳴門」、「巡礼にごほうしゃ・・・と巡礼姿の「おつる」が現れる。・・・して、カカ様の名は?・・・お弓と申しまするぅ。・・・ と、伯母は、自ら語り、涙をぽとりと落としていました。当時の人の大切な娯楽であり、一種のカタルシスでもあったのではないでしょうか。 本物の歌舞伎も好きですが、こういう田舎芝居もいいですね。 受付の女性は、歴史を語るだけでなく、みずからキュレーターとなって建物についての解説をして下ったのです。もっとも、他に見学の方はいなかったのですが。 |