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陸軍登戸研究所:闇夜の光

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かんぶりあ

通常 陸軍登戸研究所:闇夜の光

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2007/2/6 7:42
かんぶりあ  新米   投稿数: 11
【登戸研究所の思い出(6)】

 さあ、困ました! 変圧器が挺でも動かないのです。

 午後には梱包作業に来るので、入口まで出して置かねばなりません。
 でないと、自分たちで梱包しなければならなくなります。

 もっとも、挺があれば動くのでしょうけれど、それらしきものがどこにも見当たりません。

 少しでもどこか浮かせることが出来れば、下にコロを差し込めるのに …

 大林曹長が谷の向かうの材木置場に行けば手頃なものがある筈だ、と教えてくれました。

 鍵は正門の横の物置の中にあるとのこと。同僚3名で取りに行きます。
 正門まで行くと、所長閣下が馬に乗って入って来ました。

 なるほど、ベタ金! ベタ金とは将官の襟章です。

 車じゃないんですねえ … いつも街の中を馬で通って来るのでしょうか。
 皆が並んで敬礼する中を、馬上で答礼しながら徐ろに前を通過します。
 
 同時にタイミング良く、馬がしっぽの根元をぐっと上に持ち上げました。
 へえ … 流石は閣下の馬だ! ちゃんと挨拶するように仕込んであるよ。

 突然、ドバドバッ、と、大量の落下物! 蓄生!馬の答礼はクソなのか!
 しかも人間様の目の前で。こちらは万物の霊長と言って上等の部類だぞ。

 「糞ったれめ!」と、誰かが小声で呟きます。
 「蓄生、だなあ」とまた誰か。

 こう言う局面であんまり面白いこと言うんじゃないよ!
 ぐっと笑いを堪らえます。

 葬式と盲腸の見舞は面白いことを差し控えるべき。今の場合も同じです。
 お!所長閣下も薄笑いを浮かべて御座る。矢張り堪らえて居られる様子。

 皆で思いっきりワッハッハと笑えば良さそうなものですが、そこは威厳の塊りの閣下の立場、なかなかそう言うわけにも参りません。

 やがて馬も去り、忌々しい馬糞の山を横目に見ながら、鍵を持って材木を取りに行きました。

 材木を3人で抱えて進軍するさまは、さながら肉弾三勇士。
 谷を越え丘に差し掛かった所で、流石に者共、やや草臥れて参りました。

 小休止! と自らに命令を下して一休み。

 「この辺、来たことないね」

 「向うに海軍の技術研究所があるらしいよ」

 「上に行ったら見えるだろう」

 材木をその場にほっぽり出した3名は、草を掻き分けガサガサ登る。

 突然、甲高い声で「誰かっ!」と一喝。
 続いてもう一度「誰かっ!」と怒鳴る。

 誰何(すいか)だ!
 3度言われて黙ってると、鉄砲玉が飛んで来ることになって居ります。

 「だ、第4科の …」 咄嗟のことに声が出ない!

 「何だ、貴様らか!」 当番の下士官らしい。

 「ああ、びっくりした! 何やってるんですか …」

 「昨夜誰か丘の上で懐中電灯で敵機に合図してたらしい。警戒警報の時」
 
 「いつ頃から?」

 「最近だ。朝鮮人のスパイらしいと言う噂だ … それで巡回してるんだ」

 やがて回覧が廻ってきて、光線電話の実験が間違われたらしいと判明。
 皆、夫々に秘密でやってるから所内の風通しが甚だ悪くなって居ります。

 もっとも機密事項を「やるぞ、やるぞ」と宣伝してからやる奴は居ない。
 隣の科が何をやってるのか分らんことも、往々にしてあるのです。

 戦後、色々言う人が居るが、重要なものは担当以外に、そう滅多やたらに知れる筈がありません。

 所内でさえ分らんものを! 分ったら「機密」になりません。

 それにしても、もし間違われて朝鮮人が捕ったら、まさに残酷物語り。
 そう言う誤認事件が良くあった、と聞き及びます。

 光線電話のテストをしていた人達は、非常に僅かな光なのに、見えたこと自体がどうも不思議だ、と言って居りました。

 主光は赤外光、誘導が微可視光とのことですが、どこまで暗い光で実用になるかを試していたとのこと。それは到達距離を意味します。

 確かにこればかりは、真っ昼間じゃ出来ません。
 なるほど、灯下官制下の暗闇では、そんな僅かな光も見えるのか …

 と言うことは、世の中が暗い程、少しの明りでも存在は大きいのですね。

 一寸とした心遣い、ほんの少しの思いやり、僅かな手助け、優しい言葉。
 そんなことが、大きく大きく、響くのか … お互いにつらいときこそ …

 それなのに我々は、時として、それが必要な時に逆のことをしがちです。


【今日の格言】 人生は 蛍のようだ … 暗いからこそ 光るのだから


          === 新多 昭二(Shinta Shoji)記 ===

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