陸軍登戸研究所:原爆に気付いた日
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陸軍登戸研究所:殺人光線? (かんぶりあ, 2007/2/6 0:30)
- 陸軍登戸研究所:消えた新宿駅 (かんぶりあ, 2007/2/6 0:32)
- 陸軍登戸研究所:新型電子信管暴発! (かんぶりあ, 2007/2/6 7:35)
- 陸軍登戸研究所:着想一閃身を扶く (かんぶりあ, 2007/2/6 7:37)
- 陸軍登戸研究所:瞬発通信に人生を悟る (かんぶりあ, 2007/2/6 7:40)
- 陸軍登戸研究所:闇夜の光 (かんぶりあ, 2007/2/6 7:42)
- 陸軍登戸研究所:東京駅にただ一人! (かんぶりあ, 2007/2/6 7:43)
- 陸軍登戸研究所:墜ちた宝物 (かんぶりあ, 2007/2/6 7:46)
- 陸軍登戸研究所:列車、銃撃さる (かんぶりあ, 2007/2/6 7:48)
- 陸軍登戸研究所:原爆に気付いた日 (かんぶりあ, 2007/2/6 7:49)
- 陸軍登戸研究所:そして終戦 (かんぶりあ, 2007/2/6 7:51)
かんぶりあ
投稿数: 11
【登戸研究所の思い出(10)】
京都に戻って参りました。さすがに焼けて居りません。今のところは …
実に、長い、長い、旅でした。
学務課で早速手続き。籍を文部省に戻します。
これを済まさないと、お給料が頂けないのでありますな。
学務課のお姐えちゃん … もとい! お嬢様が、辞令を持って来ました。
お! 一号俸上がってる! 有難い。陸軍帰りだからな、箔が付いてる。
「東京は大変でした?」
「まあね。陸軍科学研究所って聞いたけど、登戸研究所でしたよ」
「中の地図に、登戸って書いてありませんでした?」
「中は登戸科学研究所となってたな。着いてマゴマゴしたんだから」
「私、上から言われた通りにしたんですけど。あこ秘密研究所でしょ?」
「秘密? まあ、そうだろうな … 人目に付かない丘の上だったし」
ここでウダウダ言っててもしょうがない。そりゃまあ、秘密だろう。
細菌兵器に敵国紙幣の偽札作りに殺人光線だ。大っぴらには出来まいよ。
うわべだけ聞いてりゃ、どんな怪しい所かと思うもんね。
殺人光線なんて、殺人光線の可能性を研究してただけなのに …
大学の研究室に戻って先ず始めたのは、性能のいい短波受信機を作ることでした。高周波増幅1段、中間周波増幅2段のスーパーヘテロダイン、って言う上等なやつでやって見ましょう。
ある特定の局だけでいいのだから、波長切換スイッチなんか要りません。
なにしろ急ぐし、格好なんかどうでも良いからバラックで組みましょう。
バーニアダイアル用のアルミ板だけを前面に立てることにして。
(知ってる人は、うん、なるほど、と思うでしょうね …)
ハワイと日本の間が双方とも夜になると、電離層が電波を反射し易くなるため良く聞こえます。
ダブレットアンテナをハワイに向けて直角になるように張りましょう。
午後の9時から10時が、ハワイの午前2時から3時に当たります。
当直を代ります。代って貰った人は大喜び。かぼちゃを半分持って来て、工学研究所の地階に備蓄の米があるから夜中にこっそり取りに行くといい、と教えて呉れました。
当直の者は皆そうしてる由。変な習慣が出来たものだ。
(因みにこの工学研究所は、現在原子核研究所になって居ります)
早速教わった通り実行し、かぼちゃを切って電熱器で焼いたものを副食にあまりおいしくない夜食。この米、プンと油くさい変な匂いが致します。
ま、今夜は米を盗むのが目的ではありません。早速ダイアルを回します。
おお! 実に良く聞こえます。そして … 紛れもなく原子兵器の存在が!
やっぱりそうか … 心配は本当だった! しばし放心状態が続きます。
ニュース解説が終って、米国国歌が流れます。続いて中国語の放送が …
それにしても暑い!加えて艦載機なみの蚊の大襲撃。当直を嫌がる筈だ。
蒸し暑く、風の無い、暗くて広い大学の構内を、空しい心で歩きます。
無数の魂がざわめいて居るような、空いっぱいの星の瞬きの中に、スーッと一条の流れ星 … 天頂から大文字山に弧を描いて、フッと消えます。
… 一体、何を願えばいいと言うのだ …
この空の下で、何も知らない人々が、安らかな寝息を立てている。
たくさんの星々 … だがこの無数の瞬きも、所詮は原子の核融合。
星の一つの太陽が、我々に生命を与えたけれど「太陽の子孫」と称する人々は燃え盛る原子エネルギーの真っ只中で、ただ消え去ってしまうのか。
何れ来るかも知れぬ、そのさだめの空しさを、人々は未だに知らない …
大きな大きな蝎座が、南の空に浮んで居ました。
うん? 待てよ!この放送は参謀本部にも大本営にも報告が行ってる筈!
そうか!… これで戦争終結派の完全勝利だ。
原子兵器が出来ているのが判っていながら「焦土作戦」をやる筈がない。
これで戦争は終わるのか? … なら、いいんだけどねえ。
翌日、研究室の皆に知らせたら、核分裂や核融合の学術面の議論だけに話題が集中。 … もう、完全に意識の断絶 …!
てめえら! 一度東京へ出向いて、爆弾の雨でも浴びて来い!
こんなのが将来教授になるかと思うと、俺らあ情ねえよ、まったく!
これでクーデターでも起って見ろ!
応仁の乱のお公家さんみたいに、ただオロオロするだけじゃねえのか?
知識ばかりで心がないから、学者は易者や芸者の仲間、と言われるんだ。
そがいなことじゃ、あきまへんで、べらぼうめ! 一人で怒っとります。
最近朝起きた瞬間、ここが東京だか広島だか京都だか分らんことがある。
それは兎も角、その原子兵器らしきものが頭上に破裂する前に、何とか休戦に持ち込めるかどうかだが …
もし間に合わないとすると、どこに落ちるのだろう?
恐らく、未だ空襲に遭っていない所に違いない。
周囲を山に囲まれた盆地のような地形が効果的だろう。山が一斉に焼ければ、効果がよく判って降伏を早める、とアメリカは考えるかも知れない。
そして世界的に名の知れた、大きな都会を狙うかも … それは …
きょ、京都!? … いや、その前に、きっときっと休戦に持ち込める筈!
信じよう! そう信ずるより方法がないではないか …
京都以外に未だ空襲を受けてなくて、名が知られている所と言えば、先ず長崎がある。それに奈良。でも、京都がいちばん可能性が大きいような …
広島もこの際、候補に入れてもよさそうだ。軍都だし、周囲は山だ。
あまり考えたくないことではあるけれど … 考えるのは向うだからねえ。
つい先日眺めた美しい産業奨励館の佇まい … ま、余計な心配は止そう。
まだそうと決まったわけじゃあるまいし。取越苦労と言うものだ。
そして、この原子エネルギー解放兵器の恐怖が、単なる戦争秘話として、誰にも語られるようなこともないまま、歴史の狭間に埋もれるような結果になれば、これに勝る幸運はないのだが … 果たして …
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故郷の空に巨大なキノコ雲が立ち上る1週間前のことでした。
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=== ELSE-Networks 新多(Shinta)昭二 ===
京都に戻って参りました。さすがに焼けて居りません。今のところは …
実に、長い、長い、旅でした。
学務課で早速手続き。籍を文部省に戻します。
これを済まさないと、お給料が頂けないのでありますな。
学務課のお姐えちゃん … もとい! お嬢様が、辞令を持って来ました。
お! 一号俸上がってる! 有難い。陸軍帰りだからな、箔が付いてる。
「東京は大変でした?」
「まあね。陸軍科学研究所って聞いたけど、登戸研究所でしたよ」
「中の地図に、登戸って書いてありませんでした?」
「中は登戸科学研究所となってたな。着いてマゴマゴしたんだから」
「私、上から言われた通りにしたんですけど。あこ秘密研究所でしょ?」
「秘密? まあ、そうだろうな … 人目に付かない丘の上だったし」
ここでウダウダ言っててもしょうがない。そりゃまあ、秘密だろう。
細菌兵器に敵国紙幣の偽札作りに殺人光線だ。大っぴらには出来まいよ。
うわべだけ聞いてりゃ、どんな怪しい所かと思うもんね。
殺人光線なんて、殺人光線の可能性を研究してただけなのに …
大学の研究室に戻って先ず始めたのは、性能のいい短波受信機を作ることでした。高周波増幅1段、中間周波増幅2段のスーパーヘテロダイン、って言う上等なやつでやって見ましょう。
ある特定の局だけでいいのだから、波長切換スイッチなんか要りません。
なにしろ急ぐし、格好なんかどうでも良いからバラックで組みましょう。
バーニアダイアル用のアルミ板だけを前面に立てることにして。
(知ってる人は、うん、なるほど、と思うでしょうね …)
ハワイと日本の間が双方とも夜になると、電離層が電波を反射し易くなるため良く聞こえます。
ダブレットアンテナをハワイに向けて直角になるように張りましょう。
午後の9時から10時が、ハワイの午前2時から3時に当たります。
当直を代ります。代って貰った人は大喜び。かぼちゃを半分持って来て、工学研究所の地階に備蓄の米があるから夜中にこっそり取りに行くといい、と教えて呉れました。
当直の者は皆そうしてる由。変な習慣が出来たものだ。
(因みにこの工学研究所は、現在原子核研究所になって居ります)
早速教わった通り実行し、かぼちゃを切って電熱器で焼いたものを副食にあまりおいしくない夜食。この米、プンと油くさい変な匂いが致します。
ま、今夜は米を盗むのが目的ではありません。早速ダイアルを回します。
おお! 実に良く聞こえます。そして … 紛れもなく原子兵器の存在が!
やっぱりそうか … 心配は本当だった! しばし放心状態が続きます。
ニュース解説が終って、米国国歌が流れます。続いて中国語の放送が …
それにしても暑い!加えて艦載機なみの蚊の大襲撃。当直を嫌がる筈だ。
蒸し暑く、風の無い、暗くて広い大学の構内を、空しい心で歩きます。
無数の魂がざわめいて居るような、空いっぱいの星の瞬きの中に、スーッと一条の流れ星 … 天頂から大文字山に弧を描いて、フッと消えます。
… 一体、何を願えばいいと言うのだ …
この空の下で、何も知らない人々が、安らかな寝息を立てている。
たくさんの星々 … だがこの無数の瞬きも、所詮は原子の核融合。
星の一つの太陽が、我々に生命を与えたけれど「太陽の子孫」と称する人々は燃え盛る原子エネルギーの真っ只中で、ただ消え去ってしまうのか。
何れ来るかも知れぬ、そのさだめの空しさを、人々は未だに知らない …
大きな大きな蝎座が、南の空に浮んで居ました。
うん? 待てよ!この放送は参謀本部にも大本営にも報告が行ってる筈!
そうか!… これで戦争終結派の完全勝利だ。
原子兵器が出来ているのが判っていながら「焦土作戦」をやる筈がない。
これで戦争は終わるのか? … なら、いいんだけどねえ。
翌日、研究室の皆に知らせたら、核分裂や核融合の学術面の議論だけに話題が集中。 … もう、完全に意識の断絶 …!
てめえら! 一度東京へ出向いて、爆弾の雨でも浴びて来い!
こんなのが将来教授になるかと思うと、俺らあ情ねえよ、まったく!
これでクーデターでも起って見ろ!
応仁の乱のお公家さんみたいに、ただオロオロするだけじゃねえのか?
知識ばかりで心がないから、学者は易者や芸者の仲間、と言われるんだ。
そがいなことじゃ、あきまへんで、べらぼうめ! 一人で怒っとります。
最近朝起きた瞬間、ここが東京だか広島だか京都だか分らんことがある。
それは兎も角、その原子兵器らしきものが頭上に破裂する前に、何とか休戦に持ち込めるかどうかだが …
もし間に合わないとすると、どこに落ちるのだろう?
恐らく、未だ空襲に遭っていない所に違いない。
周囲を山に囲まれた盆地のような地形が効果的だろう。山が一斉に焼ければ、効果がよく判って降伏を早める、とアメリカは考えるかも知れない。
そして世界的に名の知れた、大きな都会を狙うかも … それは …
きょ、京都!? … いや、その前に、きっときっと休戦に持ち込める筈!
信じよう! そう信ずるより方法がないではないか …
京都以外に未だ空襲を受けてなくて、名が知られている所と言えば、先ず長崎がある。それに奈良。でも、京都がいちばん可能性が大きいような …
広島もこの際、候補に入れてもよさそうだ。軍都だし、周囲は山だ。
あまり考えたくないことではあるけれど … 考えるのは向うだからねえ。
つい先日眺めた美しい産業奨励館の佇まい … ま、余計な心配は止そう。
まだそうと決まったわけじゃあるまいし。取越苦労と言うものだ。
そして、この原子エネルギー解放兵器の恐怖が、単なる戦争秘話として、誰にも語られるようなこともないまま、歴史の狭間に埋もれるような結果になれば、これに勝る幸運はないのだが … 果たして …
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故郷の空に巨大なキノコ雲が立ち上る1週間前のことでした。
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