『ジャゴン』 (LIPTONE)
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戦争の思い出をのこす (LIPTONE) <一部英訳あり> (編集者, 2007/3/4 20:50)
- 『奇遇』 (LIPTONE) (編集者, 2007/3/16 15:26)
- 『ジャゴン』 (LIPTONE) (編集者, 2007/3/17 8:12)
- 敗戦の技師(1) (LIPTONE) (編集者, 2007/3/18 9:29)
- 敗戦の技師(2) (LIPTONE) (編集者, 2007/3/19 8:35)
- 敗戦の技師(3) (LIPTONE) (編集者, 2007/3/20 9:53)
- 敗戦の技師(4) (LIPTONE) (編集者, 2007/3/21 8:31)
- 敗戦の技師(5) (LIPTONE) (編集者, 2007/3/22 8:11)
- 引き上げ(1) (LIPTONE) (編集者, 2007/3/23 8:31)
- 引き上げ(2) (LIPTONE) (編集者, 2007/3/24 8:01)
- ただ今帰りました! (LIPTONE) (編集者, 2007/3/25 8:42)
編集者
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投稿数: 4298
『ジャゴン』 93/08/11 13:15
「ジャゴン」とはインドネシア語で「唐もろこし」のことであり、米や麦と同じく大切な主食の一つである。
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この物語りは昭和19年8月初旬の出来事である。
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警戒警報が発令されて約1時間たつ。 在マカッサル民政府通信課長の本間司政官(軍属)から電話で桟橋《さんばし》に横着けの巡洋艦「多摩」と102根拠地の海軍司令部間の連絡電話線がどこかで切断されているので至急修復せよ・・・本間課長の車が破損したので、出来たら民政府へ来て課長を私の車で桟橋迄つれていってほしい・・・との要請がはいった。
トラックと自転車とリャカーの修理班が桟橋へ出て行くのを見定めてから、真木総務部長の乗用車(ビュゥイック)を借りて民政府へ出かけた。
真木部長は我々「国際電気通信株式会社」の社員で、戦時中の戦地では「一般邦人」と呼ばれていた。
「軍人」、「軍属」、「軍馬」、「軍犬」、「軍鳩《ぐんきゅう=伝書ばと》」の次ぎに「一般邦人」と言うのが当時の「えらい順」であった。
軍属の課長を乗せるので、私のトラックでは失礼に当たるとの理由で真木部長の車で迎えに行った訳である。
ちなみに真木部長は引き揚げ一番船で日本へ帰り、後に羽村の 「国際電気株式会社」の社長となられた方である。
ついでに・・・本間司政官は現地から引き揚げて、熊本の電波管理局長を拝命された方。
警戒警報下の街は人通りが幾分少ないが、防空壕《ぼうくうごう=空襲の被害を避ける穴や構築物》付近は人が集まっている。
人溜り《ひとだまり》を横目で見ながら街中を抜けて波止場の通りに出た。
この時「空襲警報」が発令され、高角砲や高射機銃の発射音も聞こえた。
大きい立樹の葉陰にビュゥイックを置いて、波止場の倉庫街を桟橋方向へ駆け足で・・・
二人とも、まっ白な防暑服に白ヘルメット。3~4百メート走って土嚢《どのう=土を入れた袋》で築いた防空壕へたどり着いた。
壕の入口まで溢《あふ》れるほどの満員で、とても我々が這い入る透き間もない。
50~60メートル先には折から入港していた巡洋艦多摩が接岸したままで、猛烈な対空射撃を続けている。
大きい砲が発射されると、地上の我々のヘルメットがブルブル振動する。
ラッパが鳴った。
巡洋艦から聞こえてくる。
砲撃音の中で号令が(拡声器で)する。
砲煙の方向、高い高い空中に敵機が20機ほどチラチラ見える。
進行方向は肉眼では掴《つか》めない。
オヤッ! 砲撃音が急に散漫になった。
スピーカーの声がやや明瞭になった。鉢巻の水兵が2~3名チラホラみえた。
『○○番砲命中! 全艦撃方止メ! 万歳三唱!』
本当だ。遥かに高い青空に一本の煙りが弧を描いている。
煙は垂直に下がり始めている。
『撃方始め!』の号令が終わらぬうちにドン・バリバリッと物凄い《ものすごい》対空砲火が再開された。
腹の底から伝わってくる砲音を聞きながら「死ぬか生きるか」の戦いのマッ最中に、全砲を停止して万歳三唱なんて出来るものではない。余程自信があるか、肝っ玉が大きいのか、或は馬鹿なのか・・兎に角《とにかく》、あきれてしまった。
同時に帝国海軍の力強さを感じブルブルっと身振るいした。
本間課長と私が次の命中を願いながら真夏の高い空を見つめていると、頭上からレンガの破片と火薬の臭いがする白粉がバラバラ落ちてきた。
ヘルメットや肩に当たって地面に落下した。白粉から煙りがでている。 今度はビーンと言う音がして10メートル先のレンガ壁に弾が当たって壁を壊した。
続いてもう一発至近弾着!
『オイ君、危ない! 逃げよう!・・・』本間課長が私の腕を掴んで砲音の中で叫んだ。
赤レンガの壁に沿って、来た道を急いで「歩いて」戻りはじめた。心の中では、全力疾走したいのだがプライド(?)が無理に歩かせた。
「課長殿、走って下さい!」と言いたかった。
ところが、これが命拾いになったのだ!
道路の右前方に閃光《せんこう=きらめく光》が見え、爆風にふっ飛ばされて息が止まっている自分に気がついた。
死ぬのか・・? と思いながら静かに呼吸をしてみた。
おぉ息ができる。
死んでいないのだ。助かった!
傍らを見たが本間課長が居ない。
少し遠くを見ると課長が居て立ち上がろうとしている。
よく見ると腰の刀が無い様だ。
無理をして大声で課長に呼びかけて見た。『お怪我は・・・?』と。
自分の声が分からない・・・何も聞こえない。
課長も同じか?
1分も経ったろうか、次第に聴覚を取り戻して居る事が分かった。人の声がする。走る足音も聞こえる。
艦砲射撃のすさまじい音も聞こえる。
人のうなる声も混じっている。
「おーい!」と私を呼ぶ本間課長の大きい声で「耳鳴り」が直った。
波止場の穀物倉庫に爆弾が落ちたのだ。
たぶん軍艦を狙《ねら》ったのが反《はず》れたのだろう。
赤レンガ二階建ての大きくて頑丈な此の建物に一発当たったのだ。
後で行った調査で判明したが、この直撃で屋根と外壁の一部がふっ飛び、この倉庫に避難していた原住民の労務者(苦力)の一群が倉庫の穀物と一緒に弾き飛ばされてしまったのだ。
倉庫内では20名の原住民が爆死したのだ。
軍刀を腰に着けながら近寄った本間課長は『(電話線の)修復は(空襲)警報解除後に行う』、『すぐ(民政府へ)引き返す!』と私に向かって「もったい振って」命令した。
もうもうたる塵挨《じんあい=ちり、ほこり》と悲鳴と砲音と「敵機の爆音」のなかで了解の気持ちを示す敬礼をした。
今度は二人とも走った。乗り捨てたビュゥイックの処まで・・
ガッと何かゞ足に纏《まと》い付いて、半長靴《はんちょうか》が脱げそうになり、私は倒れそうになって手をついた。
「うぅん・・・」うなり声だ。
手に触れたものは未だ温かい人間の上半身の肉塊で、血と挨《ほこり》と黄色のブツブツした物が付着している。
上半身には首や頭が付いているが片方の目玉が無い。
顔面一杯にブツブツだ!
オ化けの顔だ!
顔一面に「ジャゴン」が血に染まって付着しているではないか!
あぁ、誰がこんな酷い事をさせるのか ??!!
「ジャゴン」とはインドネシア語で「唐もろこし」のことであり、米や麦と同じく大切な主食の一つである。
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この物語りは昭和19年8月初旬の出来事である。
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警戒警報が発令されて約1時間たつ。 在マカッサル民政府通信課長の本間司政官(軍属)から電話で桟橋《さんばし》に横着けの巡洋艦「多摩」と102根拠地の海軍司令部間の連絡電話線がどこかで切断されているので至急修復せよ・・・本間課長の車が破損したので、出来たら民政府へ来て課長を私の車で桟橋迄つれていってほしい・・・との要請がはいった。
トラックと自転車とリャカーの修理班が桟橋へ出て行くのを見定めてから、真木総務部長の乗用車(ビュゥイック)を借りて民政府へ出かけた。
真木部長は我々「国際電気通信株式会社」の社員で、戦時中の戦地では「一般邦人」と呼ばれていた。
「軍人」、「軍属」、「軍馬」、「軍犬」、「軍鳩《ぐんきゅう=伝書ばと》」の次ぎに「一般邦人」と言うのが当時の「えらい順」であった。
軍属の課長を乗せるので、私のトラックでは失礼に当たるとの理由で真木部長の車で迎えに行った訳である。
ちなみに真木部長は引き揚げ一番船で日本へ帰り、後に羽村の 「国際電気株式会社」の社長となられた方である。
ついでに・・・本間司政官は現地から引き揚げて、熊本の電波管理局長を拝命された方。
警戒警報下の街は人通りが幾分少ないが、防空壕《ぼうくうごう=空襲の被害を避ける穴や構築物》付近は人が集まっている。
人溜り《ひとだまり》を横目で見ながら街中を抜けて波止場の通りに出た。
この時「空襲警報」が発令され、高角砲や高射機銃の発射音も聞こえた。
大きい立樹の葉陰にビュゥイックを置いて、波止場の倉庫街を桟橋方向へ駆け足で・・・
二人とも、まっ白な防暑服に白ヘルメット。3~4百メート走って土嚢《どのう=土を入れた袋》で築いた防空壕へたどり着いた。
壕の入口まで溢《あふ》れるほどの満員で、とても我々が這い入る透き間もない。
50~60メートル先には折から入港していた巡洋艦多摩が接岸したままで、猛烈な対空射撃を続けている。
大きい砲が発射されると、地上の我々のヘルメットがブルブル振動する。
ラッパが鳴った。
巡洋艦から聞こえてくる。
砲撃音の中で号令が(拡声器で)する。
砲煙の方向、高い高い空中に敵機が20機ほどチラチラ見える。
進行方向は肉眼では掴《つか》めない。
オヤッ! 砲撃音が急に散漫になった。
スピーカーの声がやや明瞭になった。鉢巻の水兵が2~3名チラホラみえた。
『○○番砲命中! 全艦撃方止メ! 万歳三唱!』
本当だ。遥かに高い青空に一本の煙りが弧を描いている。
煙は垂直に下がり始めている。
『撃方始め!』の号令が終わらぬうちにドン・バリバリッと物凄い《ものすごい》対空砲火が再開された。
腹の底から伝わってくる砲音を聞きながら「死ぬか生きるか」の戦いのマッ最中に、全砲を停止して万歳三唱なんて出来るものではない。余程自信があるか、肝っ玉が大きいのか、或は馬鹿なのか・・兎に角《とにかく》、あきれてしまった。
同時に帝国海軍の力強さを感じブルブルっと身振るいした。
本間課長と私が次の命中を願いながら真夏の高い空を見つめていると、頭上からレンガの破片と火薬の臭いがする白粉がバラバラ落ちてきた。
ヘルメットや肩に当たって地面に落下した。白粉から煙りがでている。 今度はビーンと言う音がして10メートル先のレンガ壁に弾が当たって壁を壊した。
続いてもう一発至近弾着!
『オイ君、危ない! 逃げよう!・・・』本間課長が私の腕を掴んで砲音の中で叫んだ。
赤レンガの壁に沿って、来た道を急いで「歩いて」戻りはじめた。心の中では、全力疾走したいのだがプライド(?)が無理に歩かせた。
「課長殿、走って下さい!」と言いたかった。
ところが、これが命拾いになったのだ!
道路の右前方に閃光《せんこう=きらめく光》が見え、爆風にふっ飛ばされて息が止まっている自分に気がついた。
死ぬのか・・? と思いながら静かに呼吸をしてみた。
おぉ息ができる。
死んでいないのだ。助かった!
傍らを見たが本間課長が居ない。
少し遠くを見ると課長が居て立ち上がろうとしている。
よく見ると腰の刀が無い様だ。
無理をして大声で課長に呼びかけて見た。『お怪我は・・・?』と。
自分の声が分からない・・・何も聞こえない。
課長も同じか?
1分も経ったろうか、次第に聴覚を取り戻して居る事が分かった。人の声がする。走る足音も聞こえる。
艦砲射撃のすさまじい音も聞こえる。
人のうなる声も混じっている。
「おーい!」と私を呼ぶ本間課長の大きい声で「耳鳴り」が直った。
波止場の穀物倉庫に爆弾が落ちたのだ。
たぶん軍艦を狙《ねら》ったのが反《はず》れたのだろう。
赤レンガ二階建ての大きくて頑丈な此の建物に一発当たったのだ。
後で行った調査で判明したが、この直撃で屋根と外壁の一部がふっ飛び、この倉庫に避難していた原住民の労務者(苦力)の一群が倉庫の穀物と一緒に弾き飛ばされてしまったのだ。
倉庫内では20名の原住民が爆死したのだ。
軍刀を腰に着けながら近寄った本間課長は『(電話線の)修復は(空襲)警報解除後に行う』、『すぐ(民政府へ)引き返す!』と私に向かって「もったい振って」命令した。
もうもうたる塵挨《じんあい=ちり、ほこり》と悲鳴と砲音と「敵機の爆音」のなかで了解の気持ちを示す敬礼をした。
今度は二人とも走った。乗り捨てたビュゥイックの処まで・・
ガッと何かゞ足に纏《まと》い付いて、半長靴《はんちょうか》が脱げそうになり、私は倒れそうになって手をついた。
「うぅん・・・」うなり声だ。
手に触れたものは未だ温かい人間の上半身の肉塊で、血と挨《ほこり》と黄色のブツブツした物が付着している。
上半身には首や頭が付いているが片方の目玉が無い。
顔面一杯にブツブツだ!
オ化けの顔だ!
顔一面に「ジャゴン」が血に染まって付着しているではないか!
あぁ、誰がこんな酷い事をさせるのか ??!!