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Re: あの戦争の御話(5) (変蝙林(1917-))

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変蝠林

通常 Re: あの戦争の御話(5) (変蝙林(1917-))

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2004/2/22 0:51
変蝠林  半人前 居住地: 横浜市 オオクラヤマ  投稿数: 22
一歩前に出なかった為に水漬く屍《みずくかばね=水に漬かったなきがら》を免《まぬが》れた弱兵達は編成替えの上各地に転属 私は大同に駐在の独立歩兵第四〇三大隊第三中隊に編入され無煙炭《むえんたん=硬度が高く煙の出ない上質の石炭》で有名な大同炭鉱警備として永定荘駐在の小隊に廻された。小高い丘に在る支那家屋風の兵舎だったが着任同時に将校当番として二等兵二人の当番室勤務となる。

 訓練も無く少尉殿の御呼びが無い限りゴロリの楽々勤務、将校宿舎との間の小庭に咲く尺余《しゃくよ=30センチほど》の大輪向日葵《ひまわり》から黒い大粒の実を摘んで初賞味は未だに銘記。訓練と称して三里余《約12キロメートルあまり》の大同石佛に行軍が数回、子供の頃観《み》た映画バグダッドの盗賊でダグラス・フェアバンスク扮《ふん》する盗賊が石仏の眼から大宝石を抜く場面が彷彿《ほうふつ=思い浮かぶさま》として、河原の柳と共に記憶に残る日々だったが或る日に新命令。

 大同の大隊本部に赴《おもむ》くと思いも掛けぬ暗号班勤務を命じられた。班長を含め拾《10》名程が小部屋に閉じ込められ扉には”将校と雖《いえど》も無断入室を禁ず”の貼札《はりふだ》。怖い内務班には寝に帰るだけの毎日。作業は複写紙《=カーボン紙》を挟《はさ》んだ乱数表に数字を列記する事と、暗号書独特の+-計算練習のみ。正に軍隊内の別天地である。

 戦闘訓練など無いので生意気にも髀肉の嘆《ひにくのたん=実力を発揮する機会が無いことを嘆く》。一と月置き位に有る討伐行《とうばつこう》には率先して参加を申し出た。六甲山ハイクを想起《そうき=思い起こす》したのだが流石《さすが》に問屋の卸《おろし》は相当外れた《=思い通りにならなかった》。一般歩兵同様の重装備、背嚢《はいのう=背に負う四角のかばん》鉄帽《てつぼう=鉄かぶと》に弾倉《だんそう=補充用の弾を詰めたもの》前後弐百四拾《240》発と弐《2》個の手榴弾《しゅりゅうだん=手で投げる爆弾》で約弐拾瓩《20キログラム》、其《そ》の上に暗号書鞄《かばん》に入れた用紙の重い事。首に掛けた鞄がバランスを安定させない。最初の討伐行では先ず渾源まで二日の行程で足の裏は総革めくり。二日程城内の支那古式官庁屋舎《おくしゃ》で休養の後、討伐行の始まり。谷の河原を進むと左右に迫る高い崖《がけ》の中程に寺の建物が懸《か》かったりして異風景に目を楽しますが、樹の無い黄土の山に入ると異境感は予想の外。

                     変蝠林(1917-)。 

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変蝠林

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