歌集巣鴨
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編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
調布水耕農場
春浅き枯芝原に揚げひばり声はききつつしづかにあらな 大石 鉄夫
春の野に耕す乙女遠見つつ浄らに吾れはもの思ひする 浜田 貞
雲雀の声高くあがりて麦畑に黒穂ぬきをり母に似し人 中村 安蔵
見張られて水耕場に働けばうらら春日を雲雀なくなり 神川 秀博
うす霞む富士に眞向ひ畑うちて一日は了へぬ悔いなかりけり 酒井 正司
早苗田の水はぬるみて杜の上の白雲散らず夕焼けにつつ 同
眼くらむ照りに堪へつつ一籠の紅大根を抜きて背のびす 長田 邦彦
時折に雷遠くどよもせる眞晝の畑に草引きてをり 星 良三
芝生みな耕されたる飛行場跡に滑走路のみ白くのこれる 伏見 鎮
俘虜帽子顔に載せ皆まどろみぬ銹しレールの續く草原 森 良雄
秋の日のあまねく照らす農園に背はぬくもりて菜虫取りをり 井野 雅治
この國に生れしものは皆かなし紫の尾の光るとかげも 寺田 清蔵
釈放の日遠し
この年も作立ちの野にまにあはず麦は下葉ゆいろづきにけり 清水 利行
還る日の望みしあれば見張られて黄塵の野に堪へて耕す 神川 秀博
コンベアーに運ばれてゆく瓶の如く吾も無表情の列のなかにゐる 大島 紀正
暮れなづむ野面の風をしみじみと味はひにけり護送車待ちつつ 布施田 金次郎
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三 里 塚 その他
府中なる欅大樹のみどり葉のもゆるがごとき朝のひかり 田中 徹
なきわたる小鳥もみえず多摩川の川原とほく石光るのみ 松井 正治
(砂利採取)
山々は遠くかすみて右手に見ゆる佐倉歩兵第五十七聯隊の跡 田中 徹
放牛の動くともなき牧の奥冬の終りの光透れり 森重 義雄
(三里塚御料牧場 二首)
禽のこゑみちてしづけき大杉の林に入りぬ弁当終へて 鳥巣 太郎
暗がりを若き二人がほのぼのと觸れながらゆく肩の高低 谷本 俊一
(神奈川)
茫洋と春の光は野に満つるこの一劃に材積む虜囚 平尾 健一
(朝霞キャンプドレーク)
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晦 冥
敗 戦
台湾統治五十年の歴史今滅びむとす総督府魔天の塔は燃えつつ 牧沢 義夫
(台湾)
紺碧の大わだつみに影曳きてわが機は東へ東へ翔くる 同
灯のかげに信國の太刀抜きもちてみだれ見つめしときもありにき 大城戸三冶
(内地二首)
自刃せる杉山夫人のこと言ひし或る夜の妻の涙おもほゆ 同
をみな子は自決ときめて白妙の布(きぬ)うち振れる夕づく丘に 渡辺 斂
(比島七首)
海岸の真砂(まさご)に僅か書きとめてマラリヤの友また自決せり 出口 太一
空せまきレオンの谿の水のべに三日堪へたり蜷をはみつつ 渡辺 斂
夕まけてオトンの街の古寺ゆ響く鐘の音谿にこもらふ 同
品ふりし天幕張って岩かげにスコールさけつ戦友(とも)と二人して 中村 安藏
終日の銃声やみて昏れなづむ山峯(ね)はるかに野犬の声す 渡辺 斂
最後(いやはて)の野宴に集ふ二千名軍と稱(なづ)くるも今宵一夜を 同
天地は今忽ちに裂くべしと我がむらぎものたかぶりやまず 酒井 光
(爪哇二首)
敗戦後自決せしインドネシヤ憲兵補ラデン・アブドルカリ君を憶ひて
心根のいぢらしければしかすがにねのみし泣かゆ遺書をくりつつ 富田 善雄
しぶく雨のなかを頻りにゆく車輛武装とかれし軍集結のために 森重 義雄
(スマトラ)
昨日までわが兵哨ちしペラ河の橋のたもとに英兵誰何す 谷口 武次
(馬来)
死してなほ足らざる罪は背負ひつつ生き難き世に生きんと誓ひき 餅田 実
(支那四首)
死すべきか生き抜くべきか思ふこと惑ふことなく子は生れけり 加藤 三之輔
四明山の奥所にこもり國民の寄托に副へといひし戦友はも 梨岡 寿男
細予千足國と遺されて戦ひ敗れし罪はのがれず 同
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逮 捕
われひとり深き怖れを抱きつつ白晝(まひる)の道の片側を行く 谷本 俊一
(内地)
いま幾夜此のグワム島の草にねて銀河のはてをひとりたどらむ 古木 秀策
(グワム)
敗戦の残務作業を終へし今日戦犯指定の通報を受く 永田 二生
(チピーン)
幾とせの思い秘めたる軍服を戦友(とも)に托せり妻へ形見と 寺田 清蔵
(支那)
青春よ事業の夢よ護送(おく)らるる夜汽車にたのむ一瓶の酒 大島 宗彦
(内地八首)
獄にゆく父とは知らじ若き娘は汽車に別れの白布振りをり 吉田 喜一
曳かれゆく我とは知らず家土産(いえづと)をねだりし昌代思はゆるかも 中馬 礫
言ひ残す言葉も絶えぬたらちねと酒くみ交はす夜はくだちつつ 大島 宗彦
今生の最后(つい)の別れと思ほえて人知れず母の御手に觸れにき 中馬 礫
再びは逢へじと思ふ我が母の皺多き頬を傳ふ涙よ 同
おびえつつ生くるいのちもしかすがに地下百尺のつかれに眠る 毎田 一郎
腹空きて寒さ身に沁む留置場にぬすびとと共に十日過しぬ 山上 均
護送されて上海に至る
プロペラの音弱まりて街の灯のながるるなかに飛行場ありぬ 松井 正治
夏の夜のざわめく街を車曳きて関はりのなき我等が群ぞ 富高 増木
(厦門)
こころなき敵吏の手もて剝がれたる襟章は土間に落ちて光れる 寺田 清蔵
(支那二首)
髯もおとし髪もつみたるわが顔は尿桶の中に若やぎで見ゆ 加藤 三之輔
吾は獄に汝(いまし)は家に帰るべし焼けし都に日の入らぬ間に 桂 定治郎
(妻へー内地)
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裁 判
明日の裁き思ひ悩みて寝つかれぬ夜床に友の寝息きこゆる 河村 秀夫
(バタヴィヤ)
法廷の往復(ゆきき)の道に石礫痰を浴びつつ黙(もだ)に歩みぬ 小野 糺
(広東)
幾たりが血を吐くおもひにすがりけむ手垢に光るこの被告台 梨岡 寿男
(上海)
神の御名によりて裁くと云ひつつ復讐の眼(まなこ)吾は見にけり 森重 義雄
(メダン)
たたかひのかちのすさびに血にくもる刃かざして裁くといふか 荒木 貞夫
(東京)
風邪のまま通ふ法廷の重々しき空気にひびき咳(しわぶ)きやまず 平尾 健一
(横浜)
八紘を一宇にせむと法廷をとよもすばかり讀みきかせたり 荒木 貞夫
(東京)
生き甲斐は此の一時にありといふ妻の面輪は輝きて見ゆ 射手園 達夫
(横浜三首)
「福ちゃんの漫画」証據に出でし時暫し和みぬ夏の暑き日を 鈴木 薫二
小春日の裁きの廷(には)のつれづれに繪をかき眠り歌つくるあり 山上 均
リンチの果結核の重患に喘(あへ)ぐわれを木椅子に横たへて裁きつぐ日々 吉田 朋信
(香港二首)
今日もまた侮蔑のまなこ身に浴びて裁きの庭に出で立つわれは 山崎 太喜男
あきらめは虚無にあらずとみづからをいたわりてみる求刑の夜 早川 暢夫
(チモール・クーパン)
やうやくに心静けくなりし今宵マキリン山の月にたたずむ 田中 徹
(マニラ)
銃殺と聞きたるときに背向(そがひ)より涌きあがり来し土民の歓声 鍵山 鉄樹
(蘭印)
四十一人次々に絞首刑を受けければ遂に泣き伏す女辯護士 吉原 剛
(横浜)
口惜しくば戦に勝てとうそぶきし検事の言葉またも憶ひぬ 横山 公男
(比島)
帰るさの護送車の影ながくして心に沁みる秋の日の色 門屋 博
(上海)
キリストも釈迦も架空のものなりとあざけりし彼は無罪となりぬ 早川 暢夫
(チモール・クーパン)
あかしたちて帰る身羨し吾が友の心の中や清しかるべし 小林 仁
(グワム)
師を思ふ教へ子たちの眞心にとつくに人も心うごきぬ 沼尻 茂
(横浜)
敢然と一人無罪主張せしパールと云ふ印度の判事 高橋 丹作
(東京)
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海 外
蘭 印
生活の日々
オリオンの窓より低く落ちゆけば暁にして嘆くものなし 大神 善次郎
(バタビヤ・チピナン四首)
季節風(モンスーン)の空凪ぎはてて晝ふかし獄庭(には)にひとむら立てり玉蜀黍 同
獄庭(には)隅のしどろが中に見出でける日本種茄子の紫の花 橋本 寿男
椰子の実の稚きつぶらがこごもりて眞陽には青き光放てり 佐藤 武雄
汗あへて木陰にいこへば砂丘越しの潮風は吹く光る海より 武 勉
(メナド)
常夏の島の獄(ひとや)にマンゴウの黄いろく熟れて空は夕映 林 鉄夫
(バタビヤ・チピナン)
嬉々としてマンゴを盗む猿の群に寄りゆくときに見張猿啼く 鈴木 一郎
(セレベス・ラマシ)
鉄戸開(あ)けば水罐提げていち早く厠の長き列に連る 橋本 寿雄
(バタビヤ・チビナン)
獄卒がなぐる革鞭の肉(しし)の音晝の獄舎は声一つなし 渡辺 正司
(ボルネオ・ポンチャック)
泥酔せる兵の闖入に更けし夜を逃げ廻りたる房の百余名 関 一衛
(シンガポール・チャンギー二首)
乳垂るるパパヤの若実うち食らひ今日のひとときの胃の腑は足れり 大神 善次郎
棚の内にパン投げ呉れし印度兵ターバン白く闇に去りゆく 鈴木 一郎
(マカッサル・マンダイ)
ターバンを巻きたる兵に空腹の堪へがたき夜は水を貰へり 大神 善次郎
(バタビヤ・グロドック)
空腹は耐へがたくして黒人兵の残したる飯(いい)に心ひかるる 木下 武
(アンボン)
金義歯(いれば)抜きて換へたるシガレットの封切らぬまましばしたのしむ 渡辺 正司
(ボルネオ・ポンチャック)
守宮(やもり)鳴く壁に刻みし亡き友の悲憤の絶句ひそかに寫しぬ 鈴木 一郎
(マカッサル)
初孫の寫真挟みしバイブルを枕辺に置く中島中将 神住 善治
(バタビヤ・チピナン二首)
牢屋なる石床に伏せば冷え冷えと雨季の湿りの背に迫り来も 坪川 豊久
椰子の葉の獄舎(ひとや)の屋根の破れより雨漏る床に病み臥す吾は 鈴木 一郎
(マカッサル・テロ)
体力の衰へかなしチーク材動かし終へて吾が息あへぐ 鳥井 衛
(バタビヤ・チピナン二首)
投げ棄ててしまひたき思ひに作業止めの間際に来たる鉄材おろす 溝口 登
弱き人たふるるときが時間にてこの頃作業はやめに終る 安達 孝
(シンガポール・チャンギー)
編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
思 郷 惑 懐
贈られし慰問の品に只泣きぬ故國をしのぶかほり豊かに 鈴木 庄八
(マカッサル)
内地より慰問品来たりて
梅干の味はなつかし稚き日の母が手になる辦當思ほゆ 溝口 登
(バタビヤ・チピナン二首)
鉄窓(まど)の外(と)の鈴虫の音にはてしなく郷愁つのるチピナンの夕 林 鉄夫
チピナンより移されて
移り来し孤島の浜に吾佇ちて祖國に續く海を見てをり 白井 宏道
(バタビヤ港外オンルスト島)
月蒼きランパールの夜を鳴く虫の戦(いくさ)やぶれし心に沁むも 福山 勝好
(セレベス・ランパール二首)
みんなみの月蒼く冴えつはものの声なく惨と地に落す影 同
トッケイの高声(ね)しきりに鳴き透る獄舎の夜は更けにけるかも 安藤 周二
(バタビヤ・チピナン)
獄に来て素朴なるネシヤの心情に微笑交すゆとり甦る 関 一衛
(スマトラ・メダン)
理由なくわれらを蹴とばす監視兵を馬と名付けて怖がりしかも 南部 一十四
(アンポン)
石壁の独房(へや)に一つの一尺の窓より仰ぐ一尺の空 中込 正義
(バタビヤ・チピナン)
ポンチャナク獄舎の壁に釘書の捬仰不愧天地の文字あり 渡辺 正司
(ボルネオ・ポンチャナク)
夏の日に燃ゆるカンナのこの墓に三十二人目の獄友鎭もりぬ 鈴木 一郎
(マカッサル・テロ)
さらばひし君と向ひゐて悲しかりかげる蔭なき白日の下 武 勉
(メナド)
石の床に日々衰ふを老いらくの生きのむくろといたはりにけり 坪川 豊久
(バタビヤ・チピナン二首)
常の如く空にまたたく十字星父の訃報をけふ受け取りぬ 小林 宗平
マラッカの海に月照る夜を航きて敗残のわれ心さびしも 安達 孝
(護送船中)
激しかりし戦(いくさ)のことをおもひ居り沈没船にさせる入つ陽 森重 義雄
(バタビヤ)
かへる日はつひに無けむと思ふ日を咲きゆるるなり太陽(マタハリ)の花 同
(バタビヤ・チピナン四首)
バンヂャルマシンの兵舎の裏に埋め置きし吾が愛刀は如何なり居む 溝口 登
再びを祖国(くに)建つまではかばかりの悲しきことに泣かず耐ふべし 佐藤 武雄
民族のまことの力うたぐはず行くべき時代(とき)に牢に生き抜く 同
煉獄に耐へて故國の土踏まむ望みを捨てず今日も生きたり 安藤 周二
(チモール・クーパン)
再びは来ることなけむこの街の目にふるるものなべてなつかし 武 勉
(メナドを去る日)
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居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
帰 国
待ちまちし帰還のよき日迎ふると虜囚は移るオンロスの島 森脇 時夫
(バタビヤ・チピナン)
護送車の幌より覗く並木路は火焔樹燃えて風に散り居り 鈴木 一郎
(バタビヤ二首)
連ねたる五十余台の護送車に手振る人ありバタビヤの街 南部一十四
故國への船待ちながらオンルスト島の火焔樹の花散り初めにけり 安藤 周二
(バタビヤ港外オンルスト島六首)
明け暮れを渚に立ちて船を待つオンロス島に燕飛び交ふ 田中 高夫
國に還る喜びの声充ちみちて火焔樹燃えたつ孤島の夕べ 白井 宏道
夕まけてダマル樹の樹脂(やに)のたるる下明日の帰還を語らふ吾等 田中 謙太郎
夾竹桃の咲けるを見つつこの島もわが悲しみの消ゆる時なし 谷口 武次
残しおく病戦友の一人もへば今日の船出の痛ましきかな 森脇 時夫
幾百の戦友(とも)ら眠れる南のこの島影を忘られめやも 酒井 充
オンドルス島いま発たむとす夕まけてチクラン鳴けば島かぎろひぬ 早川 暢夫
再びを来りて御骨拾はむと心に決めて島を去るなり 谷口 武次
朝凪を艪さばきかろく弁髪の女物賣り近寄りて来ぬ 鈴木 一郎
(シンガポール寄港)
おほいくさきびしかりけるこの海の高涛の上に宮古島見ゆ 安達 孝
大島も富士も見えつつ十年へし吾が故郷の山河(さんが)近づきぬ 酒井 光
生き死にのはげしき道をかへり来て焦土に立てる暗き冬の日 谷口 武次
母國はなべて美はしおし照るや陽にかぎろへる相州の山 同
編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
佛 印
人の云ふ行きて帰れぬ魔の島も花下蔭に牛のねむれる 鈴木 亀
(プロコンドル島)
早や五日手かせ足かせ水も飲まず眠れるままに明けの鐘きく 同
(サイゴン)
垂乳根の母の名呼びて逝きませし友の寫真が枕辺にあり 石原 一男
(サイゴン・グラル陸軍病院)
反古紙に走り書きせし日記にも裁かれし日の整へる文字 渡辺 哲男
(プロコンドル島四首)
夕焼くるプロコンドルの砂浜に立ちて歌ひぬ「異国の丘」を 吉田 三省
闇のしじま遠流(をんる)の島にせまれれば夜鷹の声も遠く消えけり 小貫 金造
病み臥る夜の石床の冷ゆるころブロコンド^ルの海どりのこゑ 渡辺 哲男
人の云ふ行きて帰れぬ魔の島も花下蔭に牛のねむれる 鈴木 亀
(プロコンドル島)
早や五日手かせ足かせ水も飲まず眠れるままに明けの鐘きく 同
(サイゴン)
垂乳根の母の名呼びて逝きませし友の寫真が枕辺にあり 石原 一男
(サイゴン・グラル陸軍病院)
反古紙に走り書きせし日記にも裁かれし日の整へる文字 渡辺 哲男
(プロコンドル島四首)
夕焼くるプロコンドルの砂浜に立ちて歌ひぬ「異国の丘」を 吉田 三省
闇のしじま遠流(をんる)の島にせまれれば夜鷹の声も遠く消えけり 小貫 金造
病み臥る夜の石床の冷ゆるころブロコンド^ルの海どりのこゑ 渡辺 哲男
編集者
居住地: メロウ倶楽部
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比 島
見の限りバターンの沖を染めにつつ郷愁に似し紅き陽は落つ 渡辺 斂
(マニラ十二首)
凶と出でし占やめて夕づきし獄庭(には)に佇てれば海静かなり 中馬 礫
懐しき「木曾」の艦體横たはるマニラの港夕焼赫し 同
我一人死刑になれば済むといふ小郷(をごう)といへる若き下士官 同
法廷の弾痕しるき白壁にマニラ湾の夕陽あかあかと照る 田中 徹
オリオンの星座はひくくきらめけり椰子聳ち並ぶ闇の深きに 最上 善一郎
人みなの默せる中に檻房今し寂日輪の光こもらふ 同
年の瀬を獄舎にあれば米軍の舞踏会の花火しきりに聞ゆ 横山 公男
明日帰還る友は柵の外に忍び来て吾が言傳を逃さじとをり 野崎 敏雄
虜はれの身を喞つなよこの姉が汝を待つといふ文にし泣くも 横山 公男
露こむる深山路にして友の名を墓標に彫ると泣きし思ひ出 小林 逸路
収容所にサンパギータの花咲きて内地帰還の噂たかまる 渡辺 斂
同胞が訪ふこともなき墓標千基興亡の世に眞白く静か 小林 逸路
日の丸の波に送られて往きし港に獄衣の我の今帰り来ぬ 禾 晴道
(横浜埠頭)