東京っ子の戦中・戦後 その1 (けんすけ)
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東京っ子の戦中・戦後 その1 (けんすけ) (編集者, 2007/7/5 7:40)
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東京っ子の戦中・戦後 その2 (けんすけ) (編集者, 2007/7/6 8:01)
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東京っ子の戦中・戦後 その3 (けんすけ) (編集者, 2007/7/7 10:28)
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東京っ子の戦中・戦後 その4 (けんすけ) (編集者, 2007/7/8 7:44)
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東京っ子の戦中・戦後 その5 (けんすけ) (編集者, 2007/7/9 6:44)
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東京っ子の戦中・戦後 その6 (けんすけ) (編集者, 2007/7/10 7:29)
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東京っ子の戦中・戦後 その7 (けんすけ) (編集者, 2007/7/11 7:03)
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東京っ子の戦中・戦後 その8 (けんすけ) (編集者, 2007/7/12 10:57)
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東京っ子の戦中・戦後 その9 (けんすけ) (編集者, 2007/7/13 8:23)
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東京っ子の戦中・戦後 その10 (けんすけ) (編集者, 2007/7/14 8:09)
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東京っ子の戦中・戦後 その1 1 (けんすけ) (編集者, 2007/7/15 7:30)
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投稿日時 2007/7/5 7:40
編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298

はじめに
このシリーズは、けんすけさんが、mixi に書かれたものを、ご本人のご了解をいただいて転載するものです。
なお、(返信)とありますのは、元発言に対する他の方の質問などに対する、けんすけさんの返信です。
鉛筆
みなさんがまだ生まれていなかった、昭和30年ごろのお話です。(えっ、生まれてた?)
横浜線沿線、矢部と相模原の間に広大な米軍の基地がありました。
この基地の中に米軍と契約して土木機械などを修理する相模工業(SAGAMI ENGINEERING WORKS)という会社があり、わたしはそこのPROPERTY DIVISION(資産課とでもいうのでしょうか)に勤めていました。
広い事務所の中に、資材を管理するカードやファイルを扱う事務員やタイピストの机が並び、全員同じほうを向いて仕事をしていました。
ある日、鉛筆を1本拾いました。軍支給の黄色の鉛筆で、3分の2ぐらい使ってあり、ナイフで丁寧に削ってありました。
6角の軸の一部、塗装を削って女性の名前が書いてありました。
この女性の席はわたしのところとは大分離れており、仕事上直接関係していないため、口を利いたことはありませんでしたが、名前が書いてあるので彼女の席まで持っていって渡しました。彼女は大変喜んで、お礼にと云って新しい鉛筆をくれました。
ここでわたしのいたずら心がおき、自分の席に戻ると、先ほど拾ったものよりもっと短い自分の鉛筆に、同じようにして彼女の名前を入れ、「またあったよ」と彼女の席に行って見せました。
唖然《あぜん》とした彼女は「さっきは心から感謝のつもりでお礼に上げたのに」とたしなめられてしまいました。
新しい鉛筆か、爆笑を期待したわたしは悄気《しょげ》て、自分の席に戻りました。
(返信1)
わたしの頃は小刀でしたね。うちが木工関係だったから、親父が研《と》いでくれた。
アルミの延長サックは今目の前の鉛筆にも使ってるけど、錆《さ》びちゃってるね。
彼女、年上ってことは無いでしょう。そんなに怒ってるようでもなかった。ただはじめに本当に感謝して新品の鉛筆をお礼にあげたのに、と茶化されたのが意表をついてたんでしょうね。
(返信2)
ボールペンはコピーをとる時に使われていて、一般には鉛筆でした。これを持って歩くと必ず失くすのですね。わたしなんか鉛筆に横に溝をつけて、細い紐でベルトに縛っていました。これが急に立ち上がったりするとぶら下がりましてね。
ズボンのポケットに入れても、胸のポケットに入れても、結構邪魔になりました。
このシリーズは、けんすけさんが、mixi に書かれたものを、ご本人のご了解をいただいて転載するものです。
なお、(返信)とありますのは、元発言に対する他の方の質問などに対する、けんすけさんの返信です。
鉛筆
みなさんがまだ生まれていなかった、昭和30年ごろのお話です。(えっ、生まれてた?)
横浜線沿線、矢部と相模原の間に広大な米軍の基地がありました。
この基地の中に米軍と契約して土木機械などを修理する相模工業(SAGAMI ENGINEERING WORKS)という会社があり、わたしはそこのPROPERTY DIVISION(資産課とでもいうのでしょうか)に勤めていました。
広い事務所の中に、資材を管理するカードやファイルを扱う事務員やタイピストの机が並び、全員同じほうを向いて仕事をしていました。
ある日、鉛筆を1本拾いました。軍支給の黄色の鉛筆で、3分の2ぐらい使ってあり、ナイフで丁寧に削ってありました。
6角の軸の一部、塗装を削って女性の名前が書いてありました。
この女性の席はわたしのところとは大分離れており、仕事上直接関係していないため、口を利いたことはありませんでしたが、名前が書いてあるので彼女の席まで持っていって渡しました。彼女は大変喜んで、お礼にと云って新しい鉛筆をくれました。
ここでわたしのいたずら心がおき、自分の席に戻ると、先ほど拾ったものよりもっと短い自分の鉛筆に、同じようにして彼女の名前を入れ、「またあったよ」と彼女の席に行って見せました。
唖然《あぜん》とした彼女は「さっきは心から感謝のつもりでお礼に上げたのに」とたしなめられてしまいました。
新しい鉛筆か、爆笑を期待したわたしは悄気《しょげ》て、自分の席に戻りました。
(返信1)
わたしの頃は小刀でしたね。うちが木工関係だったから、親父が研《と》いでくれた。
アルミの延長サックは今目の前の鉛筆にも使ってるけど、錆《さ》びちゃってるね。
彼女、年上ってことは無いでしょう。そんなに怒ってるようでもなかった。ただはじめに本当に感謝して新品の鉛筆をお礼にあげたのに、と茶化されたのが意表をついてたんでしょうね。
(返信2)
ボールペンはコピーをとる時に使われていて、一般には鉛筆でした。これを持って歩くと必ず失くすのですね。わたしなんか鉛筆に横に溝をつけて、細い紐でベルトに縛っていました。これが急に立ち上がったりするとぶら下がりましてね。
ズボンのポケットに入れても、胸のポケットに入れても、結構邪魔になりました。
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編集者 (代理投稿)