平成も四半世紀を過ごしました、懐かしきは昭和の時代です
輝かしい青春時代 バリバリの仕事人間だった時。
国の内外を問わず企業出向の経験もおありですか?
お話し下さい・・・貴方の昭和
※ ご投稿は「メロウ伝承館」へ転載させていただくことがあります
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[No.3021]
Re: 豆腐屋のラッパ
投稿者:ザックス
投稿日:2016/08/23(Tue) 15:11
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Panさん、男爵さん こんにちは。
> いま、家の前で豆腐屋のラッパの音が聞こえました。(^-^)
> https://www.youtube.com/watch?v=o6T0qGFG2Ss
> https://www.youtube.com/watch?v=-H1AemaJi9I
> こちらはラッパの写真もあります。
> https://www.youtube.com/watch?v=Z5je3ao3q5E
お二人さん
懐かしい音を有難うございました。
[No.3020]
Re: 豆腐屋のラッパ
投稿者:男爵
投稿日:2016/08/23(Tue) 14:14
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Panさん、みなさん こんにちは。
> いま、家の前で豆腐屋のラッパの音が聞こえました。(^-^)
> 最近のは幌の付いた軽自動車で、殆ど毎日買う家の近くで車
> を停めます。
それは良いですね。
https://www.youtube.com/watch?v=o6T0qGFG2Ss
https://www.youtube.com/watch?v=-H1AemaJi9I
こちらはラッパの写真もあります。
https://www.youtube.com/watch?v=Z5je3ao3q5E
町の豆腐屋さんも健在ですが
スーパーで買う時もあれば、道の駅で特別仕様の豆腐を買って食べることもあります。
[No.3019]
豆腐屋のラッパ
投稿者:Pan
投稿日:2016/08/23(Tue) 12:31
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みなさん こんにちは。
いま、家の前で豆腐屋のラッパの音が聞こえました。(^-^)
最近のは幌の付いた軽自動車で、殆ど毎日買う家の近くで車
を停めます。
みんなそれを知っているので、欲しいときは出て行きます。
子供の頃、小さな車を牽いて、豆腐屋さんがやってきました。
毎日だったかどうかははっきりしませんが、遠くからあのラ
ッパの音が聞こえると周辺の家からお母さん達が鍋を抱えて出
て来たものです。
近くで遊んでいた子供達も駆け寄りました。
水の中に泳ぐように沈んだ豆腐を掌に載せて、あの金色に光っ
た大きな包丁で、豆腐を切る手捌きを見るためです。
よく掌が切れなものと感心しましたが、あの包丁は薄い真鍮の
板で、刃も付いていなので手が切れる程の心配はないそうです。
***** Pan *****
[No.3018]
Re: 4コマ漫画 サザエさん
投稿者:男爵
投稿日:2016/08/21(Sun) 14:01
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Panさん こんにちは!
> 満24歳のままで歳は取らないそうですが、大正生まれですね。
「サザエさん」の漫画は、昭和の時勢を反映していてよかったですね。
テレビのアニメになると、放映しているその時代に反応していて
それはそれでいいのですが、原作の戦後の日本人のひたむきな生活は過去のものという印象になってしまいました。 残念と思うのは私だけでしょうか。
「サザエさん」の時代設定
「サザエさん」の時代設定は70年代だと聞いたことがあるのですが....
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1310938068
「サザエさん」と「ちびまる子ちゃん」
時代が違う、家族関係が違うなど比較している研究者もいます。
[No.3017]
4コマ漫画 サザエさん
投稿者:Pan
投稿日:2016/08/19(Fri) 19:42
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みなさん こんばんは。
放送が昭和21年から始まって、今も続いているのは知らなかった。
満24歳のままで歳は取らないそうですが、大正生まれですね。
http://ur0.biz/xQ0T
***** Pan *****
[No.3016]
Re: 経木と竹の皮など
投稿者:まや
投稿日:2016/08/17(Wed) 12:10
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Panさん、男爵さん & みなさん、お早うございます。
経木のこと:
> > 経木(木を薄く削ったもの。だんご等を包む)
> > 竹の皮(いまでも、ばってら鮨は竹の皮で包む)
>
> 昔の牛肉は竹の皮に包んで買ってきましたね。
>
> 幅の足りない竹の皮はミシンで2枚が縫ってありました。
> 遠足の握り飯も竹の皮で包んでありました。
よく覚えています。牛肉を大きく広げた竹の皮に包んでもらって、
夜のすき焼きを想像しながら意気揚々と帰宅したのを思い出します(#^.^#)
遠足は・・・戦時色が濃くなって、「梅干し弁当」だと指示され、おむすび
の中に味を濃く煮込んだお肉などを包んで握ったものを持参したのを思い
出します。教師が弁当の検査に回るのですが、おむすびの中身までは見な
かったので、検査が済むのを待って食べていたものです。
経木は今でもときどき見かけますね。ことに赤飯などを頂くとき経木の箱が
使われていたりします。
> ほうろく
> > ごまを炒る。
&
> > 片口と上戸(漏斗)
> > 一升瓶から徳利に注ぐとき便利。
「ほうろく」や「片口と漏斗」は台所の必需品でした。
漏斗は今でも私のケアハウスのミニキチンに持ってきています。
> > 団扇
> > 夏祭りの時期、外でいっぱいもらうことになる。
>
> 蚊を追うのにも役立ちました。
昔は団扇には普通の紙を貼ったもの以外に「渋団扇」というのがあり
ました。普通の団扇より大型で、紙に柿渋を塗ったものです。主として
台所で使われましたが、祭の時にも何か用途があったたようです。
> > すり鉢
> > 見かけても,使う場面にはめったにお目にかかりません。
>
> そう言えば最近は使いませんね。胡麻を摺るのに使いました。
>
> 昔は味噌を摺るのやトロロ芋にも使いましたね。
> 今はどこかの薄暗がりで眠っています。
これもいろいろに使いました。今でも小型のものを持っています。昔は
味噌をを擂ったり振りかけを作るのに使いましたが、今は・・・? でも
今も何かに使うつもりで持っています(^_-)
まや
[No.3015]
Re: 経木と竹の皮など
投稿者:Pan
投稿日:2016/08/16(Tue) 22:14
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男爵さん みなさん こんばんは。
> 経木(木を薄く削ったもの。だんご等を包む)
> 竹の皮(いまでも、ばってら鮨は竹の皮で包む)
昔の牛肉は竹の皮に包んで買ってきましたね。
幅の足りない竹の皮はミシンで2枚が縫ってありました。
遠足の握り飯も竹の皮で包んでありました。
ほうろく
> ごまを炒る。
胡麻炒りは片手で持つ小型で、あれでもホウロクと言ったかな?
大きな竈用には鋳物製のホウロク鍋も据え付けてありました。
豆を大量に炒る時に使いましたね。
> 片口と上戸(漏斗)
> 一升瓶から徳利に注ぐとき便利。
「片口」は片手で持てる程度の陶器の器で、これで醤油などを樽
から汲んできて片口の尖った注ぎ口(片口の意味)から小さな器に
入れ替えました。
一升瓶に注ぐには片口だけでは無理で、漏斗も必要でした。
しかし手元に漏斗の無い時は一升瓶の口に箸を1本添えるだけで
も安全に注げました。
> 団扇
> 夏祭りの時期、外でいっぱいもらうことになる。
蚊を追うのにも役立ちました。
> すり鉢
> 見かけても,使う場面にはめったにお目にかかりません。
そう言えば最近は使いませんね。胡麻を摺るのに使いました。
昔は味噌を摺るのやトロロ芋にも使いましたね。
今はどこかの薄暗がりで眠っています。
***** Pan *****
[No.3014]
経木と竹の皮など
投稿者:男爵
投稿日:2016/08/16(Tue) 08:27
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前にも書かれていたことですが
経木(木を薄く削ったもの。だんご等を包む)
竹の皮(いまでも、ばってら鮨は竹の皮で包む)
ほうろく
ごまを炒る。
しかし、私は見たことがありません。
片口と上戸(漏斗)
一升瓶から徳利に注ぐとき便利。
団扇
夏祭りの時期、外でいっぱいもらうことになる。
すり鉢
見かけても,使う場面にはめったにお目にかかりません。
[No.3013]
Re: 謄写版(ガリ版)
投稿者:まや
投稿日:2016/08/15(Mon) 07:13
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Panさん & みなさん、お早うございます。
> ガリ版と云うのがありましたね。
>
> あれはエジソンが原型を作り、日本人が実用化に成功したようです。
>
> 大正時代の発明だそうですが、必要不可欠の道具として大々的に普及し
> たのは昭和時代だと思います。
ガリ版は小学校低学年のときからすぐ身近にあったのを記憶しています。
よく紙をめくるのを手伝った低学年のころから、自分で鉄筆を握って、原
紙を切ったことまで・・・。
大学を卒業するころはまだあったかな? 札幌に赴任した最初の年に、デ
パートで売り出された「スズランの花」を原紙に包んで茶筒に入れて、航空
便で九州の両親に送ったのを記憶しています。まだ、もののない時代でした
し、ちゃんと包装を頼んで送れるほどのお金にも余裕のないころでした。そ
れに昨今のようなちゃんとした包装用品もないころのことです。
そのころガリ版を使っていたかどうか記憶にありませんが、教会の週報な
どはまだガリ版のものだったような?
いずれにしても懐かしいです。
まや
[No.3012]
文化住宅
投稿者:Pan
投稿日:2016/08/14(Sun) 01:10
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みなさん こんばんは。
就職一年目に結婚した当初、会社の独身寮を出て入居したのは3部屋の小さな住宅の
6畳一室の間借りでした。
家具と云えば近くの八百屋で貰って来たリンゴ箱を数個、部屋の隅に数個積み上げた
物と、学生時代に使っていた勉強机と組み立て式の本棚だけでした。
残りの2室は6畳と4,5畳で、私達よりも1年ほど前から入居していた小さな子供
連れの夫婦が使っていました。
トイレは共通で、浴室はありませんでしたから銭湯へ通いました。
電気洗濯機を奮発して、その夫婦と共用したのが家電時代の幕開けです。
銭湯がまた楽しいですね。(^-^)
新婚夫婦で行った時、出る時間が判らないので、その境目の仕切りの上にタオルを掛
けると、もう出られるという合図です。
もう一人はそれを見付けて自分も出られるようになるとその横へタオルを掛け、先に
掛けた方が先にそのタオルを取って揃って出るという手段です。(^-^)
大きな声で呼んでいる人もありましたが、それは若い夫婦には出来ませんでした。(^^)
その後、某有名電器会社の独身者社員寮に舎監として入居しました。
部屋代が無償の代わりに給料も無しです。
2階建てで一/二階共中央の廊下の両側に6畳の部屋が並んでいました。
1・2階の廊下と共同トイレは、会社が契約した掃除夫が2日に一回来てくれました。
もう子供もいたので2室があてがわれ、少し余裕のある間取りとなっていました。
各部屋には狭い洗面台とガス台がありました。
その頃に出来はじめたのが関西で言う所の所謂「文化住宅」と云うものでした。
(やっと表題の「文化住宅」に辿り着きました。)
一応各戸別の鍵付きの入り口ドアがあり、狭い台所と各2部屋程度の2階建て木造長屋
ですかね。
関東では文化住宅とは云わなかったのですか?
***** Pan *****
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