特攻インタビュー(第1回) 前編 その5
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陸軍航空特攻 前村 弘氏(前編)その5
◆航法について(2)
--------測定は何分くらいで行え、という決め事はあったのですか?
前村‥そういう決め事はなかったですけどね。やっぱり操縦士も疲れないような、依頼するにしても状況を考えて依頼しろと言われていましたね。
--------前村さんの経験だと、大体10分か20分、天測で今の位置どのくらい、と計算できるものなんでしょうか?
前村‥10分、20分っていうけれども、ずっと長い間の一連の作業じゃないんですよ。パッと天体を捕まえたところで、それから5分間たってからまた保針をやる、そういう測定の仕方ですからね。さほど労力をかけずに天測できたと思うんです。
--------推測航法っていうのは、また違うのでしょうか?
前村‥推測航法っていうのは、爆撃照準眼鏡っていうのがいつも股のところに挟んでありまして、天板を回せばメーターが回るようになっています。
地図を見たら川の曲がり角がこうなっていて、ここを目標に捉えてスーツと並行して流れるような飛び方をして、針路が何度何分何秒って羅針盤で出るわけですよ。
それからもう一つ、対地速度測定っていうのがあって、爆撃照準眼機の天板を回すと、前方の目標をつかむことができる。それをつかんでまた前方の目標が流れてくるときに、何秒か遅れて流れて来たと。そうすると何度の方向から何キロの風が吹いているっていうのが計算で出てくるわけですよ。
大体地球の偏西風っていうのは常時吹いているもんですからね。その辺を考慮に入れて、常識的に偏西風っていうものを覚えていかなきやいかん。飛行機はまっすぐに飛んでいるつもりでも、すぐ風に流されてしまうので、どれだけ流されているのかを推測し針路を修正してゆきます。
--------やはり洋上航法、太平洋上で、海しか見えないと測定も難しくなるのでしょうか?
前村‥洋上の場合は、大抵波がザブンとなったときに、白波が、泡が出るんですね。その泡が一杯あるわけですけれど、ある泡をポッとひとつかみ、それから目標物として目を外さないようにして測定する。次の泡を追って、この泡と泡の間を何秒で通った、今何キロ走っているというようなことを計算するんですよ。
飛行機の羅針盤というのは、実にいい加減な測定器でして、磁石なんですね。だから、カメラでも持って羅針盤の側に行くと、それだけでも針が動いて誤差が出ます。それから速度計っていうのも、これも実にいい加減。これは速度計というより風圧計なんです。風圧だけで計測する。やはり航法的に正確な風向・風速・飛行機の速度・定時定点に持っていくためには、ただ単純に羅針盤と速度計だけでの計測だけは難しい現実がありましたね。
--------先程、羅針盤の話が出ましたけれど、よく軍刀を持ち込んで飛行機に乗るという映画のシーンがありますが、軍刀なんかでも反応するのでしたら、映画用に撮られた ”やらせ″ なんでしょうか?
前村‥全然だめ。ただ戦闘機に乗る場合には軍刀でもね、羅針盤が狂ったら狂ったまま行けるんでしょうけれども、重爆の場合には、とても軍刀なんか持ち込んではだめですね。
--------じゃあ、実際に軍刀を持ち込むこともなかったのですね?
前村‥なかったですね。少なくとも我々はなかったです。ピストルも持たされなかった。だからね、本当に飛行機っていうのは単純っていうかいい加減。羅針盤と速度計でよく飛んでいるなあと、我々航法士から言ったら、本当に危険だなあと思います。
--------実際にそれでよく行方不明になったっていうのは、戦記とか戦史ではあるんですが、やっぱり航法ミスもあったのでしょうか?
前村‥航法ミスっていうのは結構あったんじゃないでしょうか。特に硫黄島から日本に帰ってくるときとか、サイパンからのときは、燃料が切れて墜落するっていうことが、非常に多かった
と思います。
それから後の昭和19年10月に台湾沖航空戦というのがありまして、あれには海軍の爆撃隊も行ったけれども、陸軍飛行九八戦隊という雷撃隊も行っているんですよ。それで陸軍の場合、海軍は偵察員のような航法の専門家が乗っているから無事に帰って来られるんですが、九八戦隊の場合には、あんまり航法員を乗せてなかったんです。だから行って雷撃はするものの、帰ってくるときには、ちょうど偏西風を逆風に受けて帰ってくる状態でしたからね。あと30分で台湾の航空基地に着くはずが1時間たっても着かない、ということで、燃料切れで海の中に墜落した九八戦隊がずいぶん多かったんです。あれから陸軍が慌てて航法員を乗せようと、積極的にやりだしたのが昭和19年の冬ぐらいかな。