句集巣鴨
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編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
昭和二十三年・その七
梟めく女を闇にやり過ごす 中庭 酔花
秋立つ日姉再婚をうべなひぬ
ながき日や凝視許さず「死」といふ字 吉永 跣子
天の川たれ?る街の灯が暗い
獄をうつ雷雨のはげしかれとさえ 樽本 事耒
獄の秋母のたよりは待つとのみ
死刑囚房にて(二句)
讀経の小暗き牢や冬の雨 上新原 子鳴子
牡丹雪降る地面のみ見てをりぬ
マンゴーの花散る下の首実験 白井 宏樹
短夜や壁を隔てし話し聲 寺田 夢袋
大扉いでて世の人春めきぬ 渡辺 風士春
香港(一句)
春霞あの島もまた古戦場 小畑 照庵
初夏や風とほりぬく青疊 高橋 丹
陽炎を立ててクルーは溯りゆく 野田 日進
石床の四つ折毛布雨季寒く 松山 翠巒
憂き朝や妻と別離の瞳に薔薇 三上 木草子
編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
昭和二十四年・その一
詩にすがるたのしさのみに春を待つ 三上 木草子
憂きわれに花圃の愉しく朝曇
野鼠のわなに花散る園の萩
雑魚寝して思念それぞれ今日の月
雨はれて鶏頭淡き影うめり
詩にすがるたのしさ菊の咲きにけり
囚愁にたえゐる老いの木葉髪
断崖のしぶき虹うむ冬紅葉
傷心の瞳に曇天の花八ツ手
大寒のゆるむ日天に光なし
大寒のゆるみて更かす夜の讀書
雨雲のたれてきほへる奴凧
獄門の凍てを踏み風とだえたり
獄囚の縄なふ庭の桃の花
金髪の獄史門守る桃の花
菜園の隅に眞白き藤の花
測量機のぞけば柳芽ぶきけり 中村 桐青
寝ころべば草かぐはしく頬にふる
春灯の下合掌の影一つ
梅雨の雲わが焦燥の顔圧すか
差入れの書籍に匂ふ家の黴
緑蔭に閑かな時を得て独り
蜘蛛一つ壁の灯影をほしいまま
雲の峯崩れて青き窓まぶし
陽はいよよ死の秋蝉にいたく照る
讀経の唱和へ秋の空晴るる
母慕ふ窓冷んやりと日は暗し
ふるさとを恋へば秋天果しなし
かたくなに言言ひ庭の秋深し
感情の渦巻菊にしづもりぬ
顔白き死囚に今し菊さかん
編集者
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昭和二十四年・その二
賀詞交はす而も新たな蜚語を足し 小林 逸路
髪ぬれて耒し君故に春を言ふ
春愁を或る夜星座に投げつける
東風吹くや漠々の雲井照月に
黙然と附會ききたり別れ霜
逝く春を婦(つま)は手枷の夫(せ)に見(まみ)ゆ
童話めく少女の聲よ花柘榴
短か夜の稿白きままただ離愁
梧桐や塀越して耒る街の霧
蜚語ききて秋めく地衣の庭を来ぬ
颱風の街ただ天にひれ伏して
淡々(あはあは)と暮天に霙吸はれたる
罵りに堪え来て朔風(きた)に瞳(め)を吹かる
鍵音の鋭く獄の明け易き 田中 稲波
梅雨ぐもり「矛盾」の二字をなぐり書き
反目の黙しに梅雨の房昏れぬ
出獄の意識夕焼濃き窓に
萩に風ふれゐる鉄扉ただ白し
秋陽背に今行く人の亡母(はは)に似し
晩秋のひかり煉瓦を運ぶ手に
裸女の寫眞(え)が開かれしまま房寒し
青木氏処刑(一句)
佛像の光り獄廊朝寒く
アトリエの中もすなはち冬の獄
編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
昭和二十四年・その三
手のひらに饗(う)けて獄舎の初日影 田中 雀村
柵一つ隔てて春立つ街ありぬ
春雪にカーブほどよきタイヤ跡
落椿碧潭に渦あるところ
菊提げて女看守は出勤す
洋菊にライター小さき炎あぐ
霜百里鉄路は北に走りけり
温知院碑は鉄に似て寒に入る
寒雀寄りそってゐる黙ってる
黙祷のまぶたに壁の初明り 最上 鳴々子
お降りや壁に凭る身は常のごと
刑場に梅天昏し壁も濡れ
日日空の蒼さかかはり百日紅
百日紅白き巨雲に抱かれぬ
萬象の秋めきぢつと石に腰
獄すでに秋めき自省の身を壁に
頑に閉されありし時雨門
行く年や囚衣着替へることもなく
春灯と言へどあまりに黄色な灯 正木 鶴人
樹の尖の落暉の紅に囀れり
春暁の灯の黄にまた眠る
白日の女体眩しき初夏となる
百日紅見えて明るい雨の午後
????く呼吸が荒くなる
秋の蚊に紫煙吹きかけゐる孤独
岡田氏の訃に(一句)
露降って死出の旅路を荘厳す
面会の友去る(一句)
秋風や取残されて膝を抱く
編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
昭和二十四年・その四
風鈴の白き短冊舞ひそめぬ 東木 尾山
獄壁に今日蟻一匹の友があり
鶏鳴きて鳳仙花ほろとこぼれけり
行く秋を寂しむ友の手の温さ
街の灯を冬木すかして眺めけり
とがり芽の凍に堪えてある生命
鉄柵の凍れるままに日の昏るる
榾の火に翳す手首に獄の痩
獄庭に肥るパパイヤ雨季最中 小柳 八條
チピナン獄よりオンロス島(六句)
鉄門を出づればネムの並木風
手を振る子バナナ頭にのせたまま
マンデーの流れに女群手を振れる
草刈器音はずませて方向(むき)かへて
美女跣足サロン短かにかけよれる
囀りの止みてトッケイ鳴く獄舎
チタサネ號にて横浜に向ふ(一句)
雲の峯チタサネ號は進路北
春雨や帰房の襟にあるしめり 高橋 丹
春雨に濡れ来し囚徒火を恋ふる
刑場の壁しらじらし秋の風
試歩の目のまづ注がるる葉鶏頭
碁に更けてぼそりとあすの霜を言う
生活苦告ぐるたよりや霜固く
北風におのづと塀に添ひ行けり
小春日や絆たちたる塀なれど
編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
昭和二十四年・その五
春暁の夢断つ鍵の音きびし 斉藤 一疊
蔑みの獄衣になれて春うつろ
夏めける陽射しの房に移り棲む
一疊の秋灯頓生菩提心
朝露を踏み聾囚に歩を更へず
就業の一笛焚火もえさかる
獄窓に芽柳近し友を呼ぶ 山口 老風
間引菜の露たっぷりとある重み
獄二秋今年は菊を観るゆとり
静まりて寒夜の牢に鍵の音
落魄の身に秋風を堪へんとす
行く年を妻子に會ひて落付けり
巨き蜘蛛灯影どこやら小昏くて 山口 杏太
爽やかにコーラス響く午后の校庭
落葉して遠山今朝を日のあたり
見返れど来る人もなき落葉道
想念の途切れに暖房の音還る
春灯下肉落つ手首まざまざと 本間 静水
よき月夜ものの芽立ちを覚ゆほど
排球試合(一句)
對峙する選手の顔にふる秋陽
凍て空に義姉の訃報握りしむ
摩訶般若心経ホールの寒ゆする
編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
昭和二十四年・その六
死刑房にて(一句)
火蛾舞ふやわが魂ここに追ひつめられ 白井 宏樹
帰還船上(一句)
昭南と呼ばれし港星月夜
堪えて来し喜び雪の富士指しぬ
祖国上陸(二句)
歓迎を泣く瞳に祖國霞みたり
十一年振り祖國の雪
降る雪は爪哇を遠くはなれけり
春潮のひたと離宮の沈舟 岩崎 苔郎
逝く人のありて囚舎の朧月
亡き父の咳に似たるに振り向きぬ
廃苑の大樹に猛し百舌鳥の聲
年玉は友が手製の牢日記 保田 志空子
牢三年われまだ若し初鏡
蝿打ってつのる怒をまぎらしぬ
秋雨の庭に大きな足の跡
わが想ひ亡き人にありちちろ鳴く 市橋 想子
囚列は皆黙然としてしぐれ
逆巻きて興安吹雪視界断つ
凍てる夜を背に感じつつ待つ點呼
於 サバン島 (二句)
トーチカをおほふパパイヤ熟れしまま 木原 清人
メラピーの地鳴りにゆるる花火焔
(註 メラピーとは火山)
於 スマトラ島(二句)
水牛の宴掠奪結婚なりと言ふ
蟲放つ庭木の枝を選びけり
編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
昭和二十四年・その七
於 星港(四句)
獄塔の彼方ジョホール風薫る 樋口 吐美
朝涼やジョホール水道指呼の間に
石廊に跼みて小さき吾が裸身
鉄窓の僅かな空も星月夜
颱風禍まざまざとして街日照 北 三十彦
日時計の截然として秋の午后
雨多き菊なり赤の冴え切らず
念佛の友の背中に初日影 伊勢 一風
命ありて今日も庭ゆく若葉風
湯上りを文書き居れば帰る雁
マンゴーの堅き光や風の中 樽本 事耒
帰りたき瞳マンゴーは熟れゆくに
絞首塔見あれば湧きぬ夕立雲
灯の消えし窓にかかれる寒の月 山本 翠渓
凍てつきし大地あまねき月の光
寒の月おろかしき身に透く思ひ
初明り生きて来し日をかへりみる 西山 清風
夏の蝶手にふるるより飛び立ちぬ
中天に月冴え樹々のただ黙し
小さきは小さきながら花椿 能美 青苗
忍び寄る新涼園の花揺する
足ざはりすでに秋めく獄の壁
猫柳つぶらつぶらに日をふくみ 平光 同塵
日時計に蜘蛛の子がをり正午(ひる)近し
死刑執行の朝(一句)
死のうらみ聞かずや夏の月のこる
編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
昭和二十四年・その8
襟立てて行くそびらより春の雷 谷山 言人
書に倦みて凭れば冷たき梅雨の壁
菊白く天主は金にかがやけり
死刑より減刑されて(二句)
身に浴びて獄庭に春めく陽のまぶし 上新原 子鳴子
春めくや放馬のごときわが心
常のごと静かな獄のクリスマス
鉄塔を掃く兵見えて秋立ちぬ 鈴木 紫鳳
兵走る獄廊闇の颱風裡
夏服の子の目なじまぬ網戸越し 結城 秀湖
爽かに立つ楼上に富士白し
涼風を見やりて鉄の房に入る 荒木 二葉
頂に凧ひそみゐる冬木かな
樹々芽ぐみ帰心はるかに子を語る 宮城 南燈
水温む流るる雲を手に掬ひ
敗戦回顧(一句)
飢え飢えし兵土間に臥し蝿の群 宝田 蝶風
裏屋根に夜も雫して春近し
月白に獄壁の落書浮かび出づ 横田 春歩
爪で書く今年の獄の壁暦
町盡きてクロトンの垣盡きにけり 山本 豊泉
(註 クロトンとは植物の名)
ふれし手に実ははじけたり鳳仙花
石の床落葉もたたけ蟲も泣け 野田 日進
南海や朧をたたむ鱶の波
蜩に鳴かれすべなし鉄格子 太田 都塵
生命得し友は秋光たのしみて
雨季明けて石床づれの癒え近し 渡辺 木舟
船遲れ船遲れつつナンカ熟る
(註 ナンカとは南方の果物)
いざさらばインドネシャよ太陽花(マタハリ)よ 神住 童子
ジャワ富士に告ぐる離別の魂祭
蟲の夜を哀し苦闘のにじむふみ 鈴木 南潮
コスモスにふれつつ担架運びけり
編集者
居住地: メロウ倶楽部
投稿数: 4298
昭和二十四年・その九
面会(一句)
網戸へだて春衣のわが娘呼んでみる 伊藤 濤岳
夜半の梅雨獄舎は固く閉ざされし
監房を出てあたたかき芝に坐す 土井 一昌
水鏡われ恙なし暮の獄
日ざかりをのびきったるナンカかな 柴田 仙岳
(註ナンカとは南方の果実)
春の風塀に巷の音遠く 横山 紀美夫
木は芽立ち友は憎悪の世をそしる 吉永 跣子
投げ出した足の白さや春の燭 寺田 夢袋
葉柳の頬にふれつつ立話 山上 竹泉
五月雨や獄にひびかふ笛の音 小林 涯山
暗き牢に再び梅雨のめぐり来し 額田 桂山
爪哇オンドロス島にて
夏潮に浮べる癩の島あかり 作田 草塵子
荒彫りの裸婦像立てりカンナ燃ゆ 生田 古瓢
朝顔や垣根をのぞく蔓の先 大島 御神火
灼け土にとかれし鉄鎖ほふり出す 高木 風花
炎天や罵聲の底に骨ひろふ 溝口 烏帽子
スコールは舗道叩きて過ぎゆきし 田中 高夫
夏の日の立てこむ屋根のしらじらと 松田 一木
寝返りに手のふれ合へる獄暑し 戸田 碧浦
消燈ふと涼風の這ひ入りぬ 茅野 清舟
海青く落日燦と椰子の実に 田中 菱風
戦犯護送船上(一句)
星月夜恩怨波濤に捨てかへる 古川 余花
出て見たや病寝の窓の秋の空 村井 諌水
獄塀の線に落ち入る四十雀 田崎 銀波
獄庭や身に迫り来る蟲の聲 小谷 かずさ
「ゲームセット」おや蜩がないてゐる 船引 瓦全坊
枯蓮の中に家鴨の水輪かな 亀田 素宏
コスモスの花の中なる幼稚園 平野 極粒子
刑場に轍跡あり朝曇り 渡辺 風士春
秋晴れを獄友は格子によりて言ふ 橋本 たけし