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句集巣鴨

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/9/28 9:03
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和24年・その10


  面会(一句)
  鉄窓を越す脂粉の香秋凉し                  金広 朱雀

  秋燈下うつろに指をならしけり                 塚田 静萃

  朝霧をどよもし街の列車發つ                 小川 青村

  糸杉を渡る朝風秋立ちぬ                    田中 熊太郎

  捨ててより眺むる菊の蕾かな                  内藤 芭里  

  たたずめば雪くるくると吾れに舞ふ               布施田 風志

  山の昏れ木の実の日向子等集ふ                安田 天橋

  盗み柿貰ふてもどる牢の月                   加藤 三之輔

  見送りの人寒々と汽車動く                   谷 南風

  家郷なし窓に時雨の音を聞く                  酒瀬川 気涼

  外套を膝に残る日数へ見ぬ                   内田 丘夫

  獄窓に立ち見る冬の星凄し                   小笠原 盧山               

  独房(ひとや)灯の次ぎ次ぎ消えて寒の月           栗原 夢岳

  梧桐の落葉だまりや陽のぬくき                 西田 紅櫨
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/9/29 8:34
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和二十五年・その一


  内地帰還(三句)
  寒濤に白雲に富士浮かびけり                    原 紅泛子

  懐しき山川冬を構えたる

  身に痛き寒気と獄の友情と

  巣鴨の日日(マヌス島へ行く人ありて)
  行く人に還れる我に春浅し

  絞首台の塀にもたれて日向ぼこ

  初の面会
  感涙を外套にふせ母に逢ふ

  手枕に紙鯉仰ぎラジオ聴く

  髯のびて心貧しや梅雨故に

  かにかくに思い知らされ梅雨ごもり

  父母にいつの望みか星祭り

  GIの悲しきまでに水凍てる

  水耕(三句)
  七夕の竹おちこちに田のながめ

  汗に倦く流れ作業のトマト選る

  貨車蔭に離れ憩ふや雲雀の野

  アメリカンラグビー見物(二句)
  タッチダウンなりて外套にこごもりぬ

  足先の冷たきハーフ・タイムの閑

  颱風の近づく朝の廊を拭く

  気笛灯にきびし颱風去りたるや

  書くことの少なき便り師走入る

  老いの身に幸あれ初日やはらかく


  冱天に塔組む丸太突っ立てる                   北 三十彦

  強東風や狂暴に駆られたき意慾

  アパートは古り春泥に子ら育つ

  護国寺の甍の秀や青嵐

  彌撒終えてサルビヤ炎ゆる園に出づ

  芝刈るや五月晴なる庭廣く

  蝕める枇杷の堅葉や暑さ日日

  嫋々の尺八尚も晝寝ざめ

  打水や蜘蛛下りくる花柘榴

  ユッカの芽踏まれて土俵開かな

  烈日や狂囚房の鉄格子

  鶏頭や噴水跡のロータリー

  高檜葉に糸瓜揺れをり鰯雲

  月渡る小羊雲の高さかな

  菊今宵月金星と相寄りぬ

  木槲のひそと紅さす秋芽かな
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/9/30 8:12
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和二十五年・その二

 
  心安く暾光をあびつ杜若                   三上 木草子

  春雷やひとやの句會終るとき

  朝靄のしるく紫陽花ほのかなる

  紫陽花の暾得しより地靄消ゆ

  卯の花のこぼるる朝の月しづか

  憂きことのたえず散りつぐ卯木かな

  不自由に耐へ且なれて単衣

  秋耕や暾にむらさきをよそふ富士

  穂薄の夕日にそよぐ園の隅

  朝焼のしるくて壇の菊咲けり

  秋風に日日萎えまさる花圃のもの

  刑場の茶の花小径掃くしじま

  囚役にいそしむ畑の霜柱

  掃き納めたる夜聖書をかたはらに

  石蕗の葉にたばしる庭の夕あられ

  草の芽やクルス眞白き異人墓地


  桐一葉大きく落つる幼稚園                 西田 東泉

  秋晴や赤くてひとやのアーチ門

  ガソリンのスタンド赤く葉鶏頭

  紅雀籠にとなりて紅小菊

  ある日ひとやしるしばかりの茸汁

  白萩や老囚多き獄の庭

  虜囚千皆萩咲くと便り書く

  秋風やのっぽの外人道よぎる

  石橋の動けばうれし紅葉狩

  かまきりや顔の尖んがる娘来る

  老歌人召され都へ文化祭

  老囚の土方仕事や霰打つ

  枯れて尚夕焼花の紅きかな

  気の合わぬ二人の房に夜寒かな

  人ちぢかみインコくさみす暮の獄

  一聯の警燈煌く除夜の獄
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/10/1 8:01
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和二十五年・その三
 

  春灯の街に浮くとき廊しづか              鈴木 紫鳳

  追想(一句)
  音無しの瀧吹きおろす青嵐

  面会(一句)
  妹を送りて梅雨の廊暗し

  八月二十日(一句)
  刑場に轍残りぬ夏の雨

  夏痩せを吹かれ放談聲高し

  玉石が塀に積まれてゐる暑さ

  秋風をジープに孕み退院す

  空あらば秋の己を其處に観る

  敷煉瓦渡る人あり秋の聲

  秋の風牢に老いゆく髪を透く

  秋風に死にし毛蟲の激しき色

  幾人か獄塀に倚る秋の暮

  白菊の鉢に向ひて想ひなし

  外套を奴のごとくかぶり来る

  思鄕去って唯白々ともちの花


  放心を襲ふ春塵街より来                小林 逸路

  風花や晝を灯せる監視塔

  汗拭くや今植えし樹が風呼んで

  空を揺る糸杉の秀や晝寝癖

  盂蘭盆の北空春に似てほのか

  呼べば寄る鯉の尾弾く秋の光

  夢もたぬ汽車寒月に吠え抗む

  冴ゆる夜の悲泣わたくしごとならず

  夜の冱や体温を吸う壁の白

  民族の卑屈の性よ雪の唾

  冴え切れば荒壁?る宵の心理

  狂へる友よ泣くな師走の八日来ぬ

  汽車哭けば苦きパイプを吹きて寒

  寒波来空に鉄骨截る火花
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/10/2 8:07
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和二十五年・その四

 
  佛印サイゴン寄港(三句)
  座礁船に夏の雲浮く河口かな                作田 草塵子

  土民らの目はうつろなりみな跣足

  雲の峯廻るが如く河曲がる

  巣鴨到着身廻品発送(一句)
  春泥の庭に落ちたる荷札かな

  ものの芽のみな浅みどり生きて還り

  食すことの苦もなく今日を暑しとす

  総入歯して又夏に向ひけり
        
  梅雨だより達者と生活(くらし)にはふれず

  留守宅を偲ぶ(一句)
  つつましく生きて小さき門火かな

  水耕途上(一句)
  山茶花や焼残りたる門構

  枯菊に風あり囚衣乾きあり

  獄の塀高くめぐれる雪霏々と


  秋に入る闘病すでに五十日                  本間 静水

  一切の夢忘るべし病みて秋

  秋苔のみどり泌む庭生命慾し

  血を喀ける呻き秋夜のいよよ冱ゆ

  深む秋幻想なべてふり捨てむ

  狂人の叫び秋夜の闇ゆする

  今朝よりの黒服看守よくうつる

  汽車の笛寒し野分の街昏れて

  顔(かんばせ)の青き疲れや秋灯

  老ゆる秋望郷の胸かきむしる

  百舌の聲するどし肺にひびくほど

  冬晴れのビル街明暗を整ふる
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/10/3 7:40
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和二十五年・その五


  なりわひの春寒うしてたつ路傍             高橋 丹

  木場の道舞ひたちてゆく春埃

  春光を集めし注射器を怖る

  注射熱出でて春夜の時違ふ

  飢えしものありて金魚に佇たしめる

  請願のおよそとどかず梅雨に入る

  夕立のまづ一滴が地に吸はる

  片蔭によりどころ得て老い讀書

  灯蛾もなきこの明るさやるせなし

  秋めくや憩ひ別れたる石の冷

  頑な菊の手入れに連れ添はず
      

  その白裳眩しく神父暑を来る               仲井 芝男

  風光る椰子の街見え獄扉閉づ

  蚊の音の拂ひ切れずに疲れ眠る

  芝刈器からからと鳴り夏の蝶

  春眠に似て鍵音の近づき来

  菩提樹の光よ希ゐありやなし

  入院(二句)
  幾年の衰へ月に射すくめらる

  十字星の座移り遅々と熱の瞳に

  松崎氏奇禍(二句)
  絶望の汗滂沱たり死屍を前

  椰子籟の啾々とし夕昏れぬ


  金魚草ほろりと落ちし遺書の上              伊勢 一風

  かへるなき命想ふや夜の蝉

  刈る髪に白きが増えて梅雨に入る

  蜩の聲よし友は笑みて逝きぬ

  菊の香にしんしんとして思卿沸く

  菊活けてささやかな手記遺すべく

  自らの歯ぎしりに覚め夜寒かな

  減刑(三句)
  いのち生きて今冬晴れの庭に立つ

  霜凪や鎖なき手を振りて歩す

  再生の歩々踏みしめて霜柱
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/10/4 8:22
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和二十五年・その六

 
  元沼田南方総軍参謀長踊る(一句)
  新春演藝舞に武将のかげはなし              田中 稲波

  下駄の向き乱れ陽射しは春めきぬ

  春愁に市電レールを軋む音

  獄の運動会(一句)
  薫風の空の日章旗に對ふ

  晝寝覚め窓に看守の碧い眼

  風秋を現に暮色の吾が囚衣

  水耕作業(一句)
  草紅葉夕陽さへぎるものもなし

  桐落葉ここは屍の出でし門

  責任迯避の上司の死刑を偲びて(一句)
  人を憎むこともうすらぎ冬木の芽


  帰還船にて(一句)
  航荒く月もマストに砕け狂ふ               土井 一昌

  横浜着(四句)
  冬霧の闇深く寝る日本の灯

  冬ざれのタラップ踏まへ今帰還

  感涙の車上まともに北の風

  還り来て熱き冬湯に浸りけり

  鉄扉拭く手にはやひびの生じけり

  凍とけの獄庭にきびしき夜の検査

  大根汁すでに帰還の日を重ね

  ふと消えし獄燈外は雪ふれり


  わが指のいつしか華奢に凍て易き            最上 鳴々子

  街霞いくさの記憶遠のく日

  面会(一句)
  春隣うつくしき挙措瞳にあふれ
  
  刑重き身に立春の雲うごく

  赤き屋根黒き屋根残る雪斑ら

  残雪は杉に朝風呂温泉宿めき

  所詮孤坐あるのみ時雨する夜は

  武蔵野の果てなり時雨草を去る
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/10/5 8:53
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和二十五年・その七
 

  若葉風常に見え居て常に遠し               樽本 事来

  人に見せまじき便りを片蔭に

  火焔樹の今朝は減りたる花数ふ

  夕立晴れ獄舎俄かに乾きゆく

  マンデーや脱ぎ捨てし衣の小さかり

  牢暑し今日も裁きのこと綴る

  今日秋や出船の音をのみ遠く

  獄友の急死(一句)
  検屍台冷たし君をおきまつる


  獄窓の木の芽明りに立ち呆け               松山 翠巒

  父の訃 (一句)
  父の訃を悼まれ菊に歩み去る

  短日の獄塀洗ひをる囚虜

  亡き人の名を書き連ね寒灯下

  母へ子へ手紙書き分け寒灯下

  桐一葉何時まで待つ身待たるる身

  過去言はず未来語らず春を待つ


  難航す行手に遅き月を得し                 高木 風花

  獄の門開きをり春の街見ゆる

  颱風の遠くそれたる花圃を掃く

  白萩や療舎の上の晝の月

  焚火囲む中に一人の口巧者

  年末石井漠舞踊団来たりて(一句)
  スフィンクス踊る妖気に月すみて

 
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/10/6 8:45
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和二十五年・その八

 
  老僧の衣の垢や春寒し                  市川 橘里

  青芝に童心湧きて逆上す

  還房に追はれ振り返る夏の海

  獄死者松崎さんの屍を見送り(一句)
  夏の蝶担架の道を慕ひ追ふ

  暑に耐ゆるこの身のやつれ破鏡置く

  吾が影の濃く又淡く秋の雲


  梅雨寒や壁にするどき爪の跡               斉藤 千葉子

  唄へるは若き無期囚花木槿

  鉄柵へ汗の獄衣を竝べ干す

  稲妻や二疊の房に床二つ

  秋灯や同房六人親しかり

  小さき部屋小さく飾りて年用意


  病監(一句)
  どの部屋も芒活けある新病舎               斉藤 一畳

  面会(三句)
  旅づかれ匿すマスクもうっちゃりて

  霙降る網越しの顔優しかり

  暖房の廊下に名残り振り向ける

  クリスマス頃大量釈放の噂ありて(一句)
  空頼み師走の風は用捨なく
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/10/8 9:04
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和二十五年・その九
 

  秋光のとどかぬ窓に眞向へり               中村 桐青

  霜晴の大鏡光りはねかへす

  空白のひととき枯木見て居たり

  死刑囚小股に歩む枯木越し

  友の出所を祝して(一句)
  喜びを書きつつ寂し春隣り


  囀りや動くともなく大笩                    田中 雀村

  菊晴れや明治の子等は幸ありき

  こほろぎやこの草庵に音のあまる

  囚衣着て夜寒の壁に心飢ゆ

  芝枯れて丘の墓みな海に向く


  春泥に隊伍なかなか整はず                 山口 光風

  アイロンのほてり身につき春立ちぬ

  朝顔の垣や鉄線ありし跡

  枯芝に暫しの憩ひ釈放談

  寒の雨凝視めて暫し休らへり


  紫陽花や窓談笑の灯をこぼす                正木 鶴人

  水耕農場(一句)
  月見草明治の汽車が笛鳴らす

  コスモスへ痩躯吹かれしごとく来る

  木枯や飴屋生くべき鼔を鳴らす

  地をけづる鶴嘴閃々と冬日の中

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