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句集巣鴨

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/10/9 8:02
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和二十五年・その十

 
  春の風一年生は小さくて                  山口 杏太

  雨の夜をいづくより蟲鳴くものぞ

  生大根噛めばかなしき音のしぬ

  冬木立今日も眺めて獄に暮る

  「初雪」と友指す方や男体山


  春燈や子が画きたる妻の顔                溝口 烏帽子

  水打ってゐて死刑囚と視線合ふ

  讃美歌の聞こゆる水を打ちにけり

  試し居る納涼會の拡聲器

  砂利塚のまだぬれてをり石たたき


  蜩や牢房二人居て静か                   生田 古瓢

  文化の日獄舎の図書を修理する

  鉄扉押せば夕べの落葉かな

  靴音の鉄扉に撥ねる夜寒かな


  初凪や艪さばきかろき弁髪女               鈴木 南潮

  羅にナイロンの雨看女秘書

  雪の富士傾くまでに舷に集る

  還り来て疊嬉しむ寒燈下


  獄窓に見ゆる限りの春惜しむ               太田 都塵

  梅雨の日々四面の壁を重くする

  一人出て庭に裸をなつかしむ

  夕焼の庭に叫びを殺し佇つ


  春めくや片頬の風やはらかく                田口 青葭

  視野限る屋根に花火の遠くして

  緑蔭に虚栄と知ってゐる別れ

  霙降れ降れ戦犯の名は嫌悪


  香港
  獄吏去り眼界廣き緑かな                  小畑 黙庵

  手錠の手別離惜しみつ梅雨の中

  スヰトピー摘む吾が指の荒さかな

  暑き陽や今日も黙って草毮り
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/10/10 9:00
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和二十五年・その十一

 
  久方の母の便りや草青む                   泰 一孔

  巣鴨獄中五年をかへりみて(一句)
  木の芽風かぼそき腕の皺を見る

  とらはれの身を吹く風や秋の風


  白南風の道行く人の脛白し                  石山 豪堂

  三伏の太陽に獄白く構ふ

  食饍にふるさと偲ぶ柿一つ


  東風吹いて夢なほ多きわが余生               東木 尾山

  焼けし街残りし街も春霞

  石焼けて松葉牡丹の咲きにけり


  朝の霧監視塔より晴れ初めぬ                黒氏 眉丈

  いたつきの寝顔に秋陽きびしくて

  いたつきのわれ秋の蝿追ひつかれ


  飛魚や印度洋上明けそめぬ                 森本 庵花

  血痰の今朝も少しく花木槿

  君逝きし頃の想ひや萩に佇つ


  独房裡獣のごとゆきき日短か                白井 宕樹

  囚人と呼ばれて五年落葉掃く

  掃き終へて落ちる木の実美しも


  春雨や切りつめて書くよきたより              毛利 卯生

  瘦身にあまる獄衣や秋の風

  作業場に暖冬異変のシャツを脱ぐ


  揚雲雀天文台のその上に                  平野 平

  かじかみて打つ釘頭ひん曲がり

  獄布圑出して叩いて年用意

          
  炎晝にとぎすまされし獄鍾(かね)打たる        高野 朔二郎

  黒人の蹠は白く梅雨踏めり

  悔多き過去よ熱砂を歩む蟻
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/10/12 8:08
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和二十五年・その十ニ

 
  帰還路や南十字を夜もすがら                  柴田 仙岳

  新涼や病母に膳をすすめけり

  射撃場のひっそり閑と柿たはは


  初めて妻と面会して(一句)
  振り返る廊下明るき五月晴                   河野 曉雲

  河骨を押し寄せて舟晝食(ひる)とする

  不良児の収容トラック野分衝き


  チタサネ号にて横浜に押送途中(三句)
  チタサネ號シンガポールの初日の出              小柳 八絛

  香港の夜景は涼し煙草うまし

  P紋は古りたるがよし衣更へ


  I氏出所(一句)
  八疊に一人が欫けてゐる寒夜                  塚田 静萃

  焚火から離れて凍たる煉瓦敷く


  減刑の噂まちまち焚火して                    山本 豊泉

  釈放さるる友と語りて明易し


  霜解けを踏む足嘘言じみて居り                 中庭 酔花

  春泥やよちよちちいちゃな靴が来る


  ささ蟹のものものしさよ岩清水                  徳永 蕪亭
 
  家土産(いえつど)に會心の句の二三あり


  獄に覚め春暁夢を追ひかくる                   伊藤 不宵

  藤咲きて清しき心獄に生く


  獄隅に小さく咲いてかきつばた                  山本 如柳

  新涼や茶屋の障子の白きこと


  春潮や眠りこけたる船の上                    吉田 瑞峯

  涼風をさへぎりて立つ監守かな


  僧の背に圑扇大きく動きけり                   足立 岳春

  朝顔の鉢おき替す暑さかな
      
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/10/13 7:46
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和二十五年・その十三

 
  秋燈やあの家の主(あるじ)帰還(かへ)らざる          古川 宗花

  栄辱の世に老い獄の菊つくる


  法師蝉弱き打棒の選手立つ                     寺田 夢袋

  獄房の電燈高き煤拂ふ


  死刑囚の讀経金曜日の霧に                    寺門 隔陽

  獄の庭人なき椅子に秋の風


  老囚去りし塀に日向もなくなりし                   沼野 五行

  朝の窓に雀来鳴かず牢寒し
     

  梅雨の夜の影おそろしく振り返る                   中村 思川

  蝉時雨ふりかぶさってバスのろく


  鉄窓の狭きは言はじ初御空                      結城 秀湖


  思はざる人の賀状や短歌一首                     芳尾 芳柳子


  プラタナス未だ芽ぶかずや人待つ女                  吉永 跣子


  鍵の音遠のき雨に明けし春                       大谷 三志

     
  春風に髪を委(ゆだ)ねて庭めぐる                    西山 清風


  水耕(一句)
  春光に透る温室處女群れて                       保田 志空子


  鋸屑の匂ひ春めく日の作業                        大竹 幽念


  手をあげる子に手をあげて麦の道                    平岡 徳燿


  緑蔭の土に「母」の字書いてみる                    山上 竹泉


  夜半の雨獄洞然と冷をます                        樋口 吐美


  ジャワ離島(一句)
  しんがりは見えず街道花火焔                       木原 清人


  帰還船上((一句)
  琉球は左舷に灯り風寒し                          高山 仙峯


  十一月美男大佛野に御座す                        横田 春歩


  友送る即ち雪の道拡く                            岩崎 苔郎


  獄寒夜置けば消えゆく煙草の火                      果斐 一緑


  あるだけの囚衣まとひて寒に入る                     小松 清泉


  目礼の光る涙にマスク取る                         神住 竜子

前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/10/15 14:10
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和二十六年・その一


  初明り(五句)
  手作りの暦飾りて明けの獄                  西田 東泉

  初明り折鶴飾る鉄の窓

  獄塀や望楼立ちて初日出

  初雀たちて遥拝の楽おこる

  書き初めの稿や虜囚記第五年

  人凍てて警燈冴えて獄の庭

  うろくずの銀のさ走り濃山吹

  地震止んで寒のひとやの夜半と知る

  薄氷や太きひとやの黒煙

  色のこき映画看板春の雪

  女工皆自転車通ひ草萌ゆる

  慰問団のりこむ東風のアーチ門

  大げさな物洗ひ来る春の水

  駒鳥や駒を捨てたる峠道

  囚役の遠出うれしき彼岸の日

  苗土を口突がらしてふるふ囚

  苗障子雫こぼして外しけり

  白い垣れんが坂径チューリップ

  薄氷や湖上に雲をたたむなり

  横なぐる氷雨又来て暮れの獄

  獄塀にビラ美しく花祭

  じゅんさいや金魚重ねて産卵す

  ひなげしの揺れをり人形作りをり 

  でで蟲の角さしのぼる監視塔

  暗く降る梅雨の食卓紅生姜

  みつ豆を食ふやひとやの大き匙

  蚊やりせし椽に大きな忘れもの

  よく育つ孵化の金魚や夏国の風

  水蟲の程も相似て親し友

  夏痩の眉をひそめて憂ひ来る

  鳳仙花こぼれ干物落ちてをり

  夕陽映ゆれんがの古塔鳳仙花

  朝?や朝よりむしゃうにうれしい日

  日傘あげ日傘あげつつ別れかな
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/10/16 8:44
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和二十六年・その二


  水仙やひとりの生活閑多く                    作田 草塵子

  ベコニヤの一つの蕾春の風邪

  労役の鍬に秩父の山笑ふ

  假釈放のばされてゐつ菊根分

  水耕班にて(二句)
  雲孤なりわれ草笛を野に吹けば

  兵站基地貨車陽炎を煤け来る

  惜春の白紙がちなる獄日記

  T君出獄(一句)
  春愁や嫉む言葉のうつくしく

  春闌の言葉飾りて訣れなむ

  去るものは去って獄舎に夏来たり

  金雀枝や金魚生れし池の端

  屍室いま物置がはり黴の花

  死刑囚の遺稿は紙魚にまかせあり

  獄庭の句座向日葵のよきほどに

  美女桜花紫がとくに好き

  刑場の寝棺にとどく冬日かな
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/10/17 8:00
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298
 昭和二十六年・その三


  ここはここだけの年賀やかしこまる            原 紅泛子

  スガモの庭(十二句)
  スイトピーの蔓雨雲にいどみつつ

  ぐつしよりと梅雨のベコニヤ濡れ乱る

  低き陽の虞美人草に蝶白し

  風そよぎグラヂオラスに蝶交む

  垂れ乱るグラヂオラスに豪雨去る

  向日葵に網戸開ける窓眩し

  朝日さししばしを菊に歩むなり

  カナリヤはひそと小菊の黄が咲けり

  氷浮く池のいつまで昃りをり

  石小橋古りて影置く濃紫陽花

  金魚の仔見んとつつじに跼りぬ

  つつじ咲き水をいろどり金魚かへる


  遠野火も見え妻と居し夢なりき              北 三十彦

  春水に試歩の煙草を投げて行く

  駒鳥や茶をのみさしに主留守

  陽炎に狂妄の眼うつろなる

  陽炎や試歩を扶けて刑務官

  山吹に手術室より来る斜光

  春深し奥多摩晴れてささ濁り

  時に死も妬まし松葉降りしきる

  あるものは大地を刺して松落葉

  夏めくや蒸れし香ひの蒒ひ土

  闘志尚あり夕立の窓に立つ

  掌をそれし蚊を見送りて今日も無為

前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/10/18 8:43
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和二十六年・その四

 
  夏雲は無限に湧きぬ塀ありぬ               高野 朔二郎

  皆日焼パイプと箸に性あらはれ

  幼蟲のバッタ緑のまま死せる

  菩提樹の青葉女囚はうら若く

  女囚去り見馴れし夏の花圃残る

  狂囚として帰るあり夏の海

  時雨強くなりきし時に灯を消さる

  異國の子手を振り別る合歓の街

  夏海のはてに故國の現れなんや


  春水へ石を投げては相語る                山口 光風

  美少女の琴の音ゆかし花御堂

  待つたより遂に来たらず春の行く

  蓮の浮葉緋鯉の泳ぎ見てあかず

  寝はぐれしわれによる蚊や雑居房

  夏草や壕舎に今も戦災者

  雪降ればうれしき心未だありぬ

  日々うとき思念を凍に歩を運ぶ


  夕風に野火めらめらと生き返る              市川 橘里

  ささやかに師たりし母の針祭る

  とどめなき卿愁今日も鰯雲

  PTAニユース送られて(二句)
  夏獄窓の瞳ランドセルの後を後を

  親らしう生きたく耐へん炎熱下

  後絶えぬ蚊に術もなく身を晒す

  朝顔に施肥内還を知りてより

  蜂の穴幾夜夢みし故國たり
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編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和二十六年・その五


  而して日かな春立つ埃風                 小林 逸路

  水の音鶯のうた目をつむる
        
  Z機迅し鶯は鳴き終(しま)ひし貌

  初夏の薔薇真紅に女らの笑ひ

  埼玉県朝霞町キャンプドレークの作業(一句)
  銀輪は陽炎へる野を来て農婦

  相抱く冬木昏れどきの影濃ゆく

  冬木の秀ふり仰ぎ夢を信ずべし


  ものの芽を五たび巣鴨の獄に見る             鈴木 紫鳳

  車前草の花ぱさぱさといかり消ゆ

  千葉県三里塚芝採作業(二句)
  藁屋朽ちて御料牧場の花曇り

  習志野の野木瓜(のぼけ)手折りてかへり来し

  風邪の耳にスプン検査の音がする

  手に受けし雪を別なるものおもひ

  足音は土に吸はれて凍てゆるむ


  いのち生きて大き初日に眞向ふも              伊勢 一風

  亡母の忌や記憶は古りて春寒し

  獄六歳不惑の春の花終んぬ

  弟の訃報や獄の花吹雪

  星今宵望楼に影のぼりゆく

  汗ふけば腋下をぬけて風のあり

  独房にチャルメラの音の身にしむ夜
 
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編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 昭和二十六年・その六

 
  夏痩せと言ふには餘り痩せすぎて              宮本 仁平

  じっと見る斗魚が泳ぐ唯それだけ

  夏痩せの鬚の虜囚の煤け面

  夏痩と人に言はれてゐてわびし

  風鈴や寡黙に生きることに馴れ

  何もかももう何もかも晩夏なる


  シンガポールより帰還(六句)
  草刈るやマラッカ海を眺めつつ                  横田 春歩

  サロンの妓埠頭に残し帰還船

  浪頭越え落ちなんとして飛魚光る

  颱風のうねりに遅々と虜囚船

  焼跡の未だ整はず糸瓜咲く

  南國の悪夢今無し蒲團着て


  椎の木に駒鳥の朝誕生日                     彌生 五葉

  割込みて揃はぬままの盆踊

  嫂の愚痴を聞きつつ西瓜喰う

  一群の托鉢僧や萩の風

  老囚の監衣あせたり冬菜畑

  獄に想ふ筑後河畔の寒造り


  チューリップ赤し水薬飲み忘れ                  森本 庵花
  
  幾つにも区切りし池や夏柳

  炎天や囚衣の色のさめ果てて

  死囚房寂たりカンナ燃えてをり

  朝顔に白し老囚ひげ太く 
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