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Re: イレギュラー虜囚記(その3)

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あんみつ姫

通常 Re: イレギュラー虜囚記(その3)

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - | 投稿日時 2007/12/16 13:25
あんみつ姫  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 485
   クーロフ大尉の没落

 六月上旬、司令部からボグノフ少佐と禿げ頭の人の良い主計大尉が来て我々の糧秣の実情調査を始めた。

琿春《こんしゅん=中国東北部吉林省南端の中朝国境の町》から運んできたコーリャン、乾燥野菜、油、塩漬け豚肉(岩塩を大量に入れたのに蛆が元気にうごめいていた。塩汁スープに浮いた蛆は食器の片方へ吹き飛ばした)などを秤にかけて田中少尉の帳簿と照合する。

各食糧は少しずつ余裕を持たせて消費しており問題はない。田中主計の苦心が察せられる。油はドラム缶一本半の余裕が出た。

検査終了後煙草をすっている時、「砂糖について面白い話があるのだが」と切り出したのがキッカケとなって琿春以来のクーロフの悪業非道が暴露されることになった。

最初は我々の言をどの程度信用してくれるのか心配だったが、ボグノフも禿げ大尉も真剣になって聞いてくれ、田中、伊藤、岩松、自分の四人と所長補佐のクニヤーゼフ少尉が連日ボグノフ少佐の官舎へ赴き、クーロフがこんな贅沢な暮らしは生まれて初めてといったほど我々の食糧、被服を売り飛ばした経緯や、毎日飲んでは我々を罵倒した様子など一切をぶちまけた。

以前から少佐はクーロフ夫婦を嫌っていたこともあり、クーロフの形勢は一挙に悪化し、間もなく所長罷免、クニヤーゼフ少尉が所長になつた。

クーロフ夫婦は琿春からのトタン板でラーゲリ外の片隅に掘立て小屋を作って移り住んだ。彼は事の成り行きを心配して、我々に愛想笑いを見せながら今日は何をやったと尋ねる。
砂糖横流しの件の時は心配して少佐に手紙をことずけた。

少佐は一目見るなり、これが赤軍大尉の字か、何と下手くそなと全然問題にしない。クーロフの不正がすっかり露見して、今後の糧秣支給要領や書式も一切ボグノフの手で形が整った。
ミコヤン《注》の弟子で、レニングラード郊外の缶詰企業長だったとか。計算能力といい、書類作成要領といい実に鮮やかだった。

ソ連はこういう飛び抜けた人材が無数の一般人を束ねて支えているらしい。少佐は単身赴任で家族はレニングラードにいる由。細面の美しい娘さんの写真をデスクに飾っていた。
君らもそうだろうが、我々を召集して軍隊に縛り付けておくのは無駄な事だねと嬉しいことを言う。

一度、ボグノフの官舎の前で声を掛けられてマーシャに出会った。赤ん坊を抱いて笑っている。軍隊をやめて、司令部の支那語の語学将校《得意分野の語学で宣撫、尋問、翻訳等を任務とする将校》と結婚したそうだ。
調査が終ったら遊びに行く積りだったが、その後直ぐ転勤したらしい。

 調査の最終日に、吉林駅《吉林駅=中国東北部吉林省の省都の駅》で知り合ったプーシキン大尉(矢張り彼はゲペか)に調書をとられて一件落着。クーロフはラーゲリへの立入り禁止となった。これで俺の軍人生活は終わりだ、一般人となって仕事を探すと淋しそうに笑った。

軍を離れると食糧の支給が打切られるらしく、リユーバが衛兵長(スタルシナー)のところへパンを貰いに来る。
ショックのためか、ある夜、リユーバが子宮から大出血を起し、大井軍医(召集前は産婦人科専門)を中心に我々も恨みを忘れて面倒をみた。

間もなく彼女は姿を消し、三週間ほどしてメッカチの男の児を連れた痩せた女が来た。これがクーロフの正妻らしい。

                           (つづく)

注 ソ連の政治化、革命家で 第一副首相も務めた アルメニヤ人  である

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あんみつ姫

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