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Re: イレギュラー虜囚記(その3)

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あんみつ姫

通常 Re: イレギュラー虜囚記(その3)

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - | 投稿日時 2007/12/16 13:33
あんみつ姫  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 485
   四人の脱走兵

 八月九日早朝、左隣りの幕舎からレムバーザ組の山森軍曹以下四人が脱走したらしいと報告がきた。有馬兵長の話では、二、三日前ロシヤ語の地図を拡げて地名を尋ねられたという。

地図はすぐ焼却させた。残った装具を調べると雑嚢と飯食、水筒、それに塩を持って出たらしい。脱走の素振りは全然なかったと幕舎の連中は口を揃えるが、ひっかかりを恐れているらしい。
急ぎクニヤーゼフを起す。

衛兵長も色を失った。彼はすぐ馬で国境守備隊へ飛んだ。クニヤーゼフはコージン大佐宅へ。歩哨の態度がガラリと変る。ソ連領に入ってまで脱走があるとは我々本部の将校もソ側も考えていなかった。

脱走兵があると残された者は大迷惑。警戒が厳重になる、ソ側の当りが強くなるで散々だ。間もなく軍用犬二頭が来た。
それによると、厩の後ろから小川を越え、柵を抜けてバンプーロボ街道に出たらしい。

ゲペ中尉も来た。歩哨の原隊の「英雄勲章」を持つ精悍な美男大尉も来た。「お前らが幾ら逃げても国境守備隊に必ず捕まるよ」と守備隊の優秀性を一席弁ずる。とにかく諷爽として若い豹のようだ。

 「俺は挺身隊指揮官で、もう少し日ソ戦が長引けば鉄橋爆破で関東軍をやっつけてやったのだが」となかなかの自信家。もう少し長引けばお前さんの首は日本刀でコロリだと言い返したくてウズウズした。

食糧も充分支給しているのに何故逃げたのかと不思議そう。人間は充分食えさえすれば文句はないという考え方は、多かれ少なかれソ連人の頭にはあるようだ。

師団糧秣担当のシグレイコ大尉は極端で、食糧支給の度に、日本ではこんなうまい物は食えぬぞ、充分食えるだけでも君らは幸福だとソ連の温情の押しつけだ。

ダモイまでのどのラーゲリでも、検閲官がくると“充分食わせてもらっているか”(ハラショーコールミヤット?)と問うので、最初は犬猫じゃあるまいし良い餌を貰っているかとは何事だ、馬鹿にするなと腹をたてたが、どうもそうではないらしく、上官は兵隊に向って必ず聞くことになっているとか。
帝政ロシヤ時代からのしきたりと思える。腹が減っては戦は出来ぬが軍隊のホンネだ。

 三日後、脱走兵はバンプーロボ駅西方で発見され、即時一人射殺、首謀者の山森軍曹は軍用犬を殺して立ち向い、これも射殺されたというニユースが伝わった。

 その一月半後、司令部に呼び出されて行ってみると、独房に頭髪も髭も蓬々の日本兵がうずくまっている。「福岡少尉殿!」と叫んで頭を下げる。よく見ると脱走した佐藤某であった。
追跡兵から逃れて横田と二人満州領に入ったが朝鮮人に捕まり、クラスキノでソ軍に引き渡されたという。
ラーゲリから食事を届けてやったが、横田も続いて連行されてきた。本人たちを確認したら直ぐ何処かへ移された。

ゲペ中尉は彼ら二人はもう永久に祖国を見ることはないと言うので、一生重労働で終わるのかと一同憤然としたが、それからニケ月後、バンプーロボ駅の石炭下ろしに出た連中がダモイ列車で横田が手を振っているのを見て、逃亡した方が得だとカンカンに怒って帰ってきた。

ソ連のいい加減さに呆れたが、病人と年寄りと問題を起す連中を送り返すのが彼らの理に適っているワケだ。

 脱走兵のおかげで毎夕点呼が始まり、夜間の厠行きは禁止、天幕の入口でジャー。これは何とか交渉して「小便だ(パッサーチ)」と叫んで歩哨のオウとかダワイの返事をもらって厠へ行くことは許された。

 脱走者が出た当日、自分とクニヤーゼフは司令部の少佐にコツテリ絞られた。逃亡兵の家庭の事情や在満者だったかどうかなども掌握していないようでは将校の資格はないというワケ。
元の部隊をバラバラに壊して捕虜部隊を作らせながら何を言うかと思ったが、ボンクラ将校の多いソ軍には珍しい気持の良い男だった。

山森軍曹射殺のニュースが伝わると同時に同じ幕舎だった佐藤カッちゃんと呼ばれていた若い兵隊が、毎晩山森の夢を見てうなされるようになった。逃亡の誘いを断ったのが気になるらしい。

我々は、脱走の原因はレムバーザの扱いの悪さ、横田殴打事件にありと責任を全てコブ大尉になすりつけた。
それ以来、待遇は掌を返す如く好転し、逃亡騒ぎで街の人々の人気もやや落ちたが、間もなく気安く作業ができるようになり、将校の外出も元通り自由になった。

                          (つづく)

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あんみつ姫

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