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紅葉の影に--ある牧師の戦時下の軌跡--4

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通常 紅葉の影に--ある牧師の戦時下の軌跡--4

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1
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/1/6 8:25
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298

 四月下旬になってやっと取り調べが始まった。

 県警察から松沢刑事がやってきて、取調室で机をはさんで向かいあって座った。
 ゆっくりと、一枚の大きな紙を広げた。幅四〇センチ長さー二〇センチほどの巻物だった。政一には一目で、それが押収されたものであることがわかった。第六部の部会長をしている車田秋次がずっと前に外国の書物から訳出した、『永遠から永遠への時間進行図』(筆者注・正確には『旧新約聖書預言的図解』)と呼んでいる絵図面だった。
 「池田さん、これは、どういうことか、説明してください」
 と、事務的に言った。

 それは、キリスト教における「時間観念」を図示したものだった。神が天地を創造された。その「神」とは天地万物の唯一の創造主である。その神が時間を司(つかさど)る、つまり歴史を支配する。そして天地万物には終わりがある、つまりこの世には終わりがある、ということを、絵巻物のかたちで展開しているものだった。
 その図面には、「千年王国」という文字はなかったが、「偽基督」や「千年時代」など、触れたら破裂する文字があった。松沢氏はそこを踏ませたがっていると思えた。
 「こういうものは、教えの細かい点の説明においてひとりひとり微妙に違いますし、教派によっても違いますが」
としぶったら、即座に、大柄なからだを揺すりながら、
 「僕にはよくわからないからね、君に説明してもらいたいんだ」
と言った。政一は覚悟を決め、説明を始めた。

 神による天地の創造、アダムとイブのエデン期、ノアの洪水期などの話から始め、キリストの十字架上の死と復活を語り、そのあと教会時代、キリストの再臨、千年時代と話をつづけた。松沢は腕を組んで静かに聞いていた。ところが、キリスト教徒が待ち望むのは「新天新地」であるが、その出現の前には神の審判がある、と政-が言うと、目が光った。「すべての人は、神の裁きの前に立たなければならないのです」と言った途端、ハタと政一をにらみつけ腕をほどき、バッと椅子から立ち上がった。
 「なにい。すべてのものは裁かれるだと。それでは、天皇陛下は罪人かぁ、えッ」
 といきなり、部屋が割れるような大声を出した。
 「いえ、そういうことではなく」
 言い終わらぬうちに、
 「黙って聞いてりや、何言ってるんだッ。ええ、神は唯一だと。それじゃあ、伊勢の天照大神は偶像かぁ。それで日本は罰せられるのかぁ」 のしかかるように身をのりだした。
 「こんな、不逞《ふてい=かってな》な教義を、宣布《=ひろく知れわたらせる》活動する、非国民ッ」 と叫んで、『時間進行図』 を広げた机をどんどんと叩いた。
 「そこに座れッ。土下座して謝れッ」
 政一は、その豹変(ひょうへん)ぶりにど肝を抜かれた。その断罪の姿は、閣魔大王(えんまだいおう)のようだった。
 (わたしが、非国民だなんて……)

 世界が一変したというか、信じがたい次元に突然引きずり込まれたというか、政一は言葉も出ないのだった。

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編集者 (代理投稿)

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