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紅葉の影に--ある牧師の戦時下の軌跡--妻は・3

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通常 紅葉の影に--ある牧師の戦時下の軌跡--妻は・3

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/1/17 8:16
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298
 しばらくして警察は、教会の講壇、六三鍵の足踏みオルガンをはじめ、備品、什器《=日常使う器具》などを全部競売に付すように言ってきた。びっくりしたむつみは、「やめてほしい」 と泣いて懇願した。主人は了解しているのかと聞いても、返事はなかった。信徒たちには、残された家族の生活費のために、と説得された。生活費は要ったが、こんな形で捻出《ねんしゆつ》される金銭は受け取れなかった。教会は、牧師個人の所有物ではない。教会の建物と付属品は、それまでの信者たちからの賜物としてそこにあるのだ。しかしやめてほしいとあまりしつこく言うと、今度は私物化しているようにも取られそうで、むつみは悩んだ。教会の備品を使い回して、生活費をきりつめ日常生活を保ってきたことは、誰もが知っていた。教会のちゃぶ台も、牧師館と教会堂を日常的に行ったりきたりしていたのだった。
 古物商人が呼ばれ値が付けられ、競売会は開かれた。買いに集まったのは主に、もうそのころは教会に来なくなっていた信徒たちだった。
 むつみが、そこで行われていることを見る覚悟を決めて、やっと牧師館から会堂に出てきたときは、すでにどんぶりも茶椀も五〇枚の座布団も家族が使っていたちゃぶ台も、引取り手が決まっていた。

 その夜、三歳の祐子が夜中に目をさまし、布団の上に座ったまま泣いた。
 「どうしたの。こわい夢見たの」
 「おかあちゃん、あのオルガン、どこいったの」
 昼間、物が運び去られていくのを見ていた。オルガンは100円だった。
 「預けてあるの。戦争が終わったら、信者の家から持って来てくれるのよ」
 となだめた。事実、信徒たちはそのように話していた。その後祐子は、オルガンを買い取った信徒の家のそばを通るとき、とりわけオルガンの音が響くとき、強い悲しみとうらめしさを感じるようになった。
 それはむつみとて同じであった。ちゃぶ台を買ったのは桂川だった。重たいから息子にリヤカーで取りにこさせるといって、教会堂の縁側に置いて帰った。初産で祐子が生まれるときは心細いむつみを励まし、つわりのときは、食べられそうな惣菜(そうざい)を持ってきてくれるほど親しかったのに。

 桂川にもまた言い分があった。しかし、それが語られたのは戦後になってからだった。
 備品の処分で牧師家族の生活費を捻出する考えも、むつみは警察の指示だと信じ込んでいたが、戦後落ち着いてから政一が調べた結果、そうではないことがわかった。拘留者の救済費用捻出に日本基督教団財務部は消極的だった。幹部を第一次検挙で根こそぎやられた第六部は、やむなく在京の幹部夫人や検挙を免れた者たちが、教会堂の備品売却などの財産処分で拘留者家族を救済しようと動いたのだった。警察はその動きを組織つぶしに利用したといえた。

 むつみは、備品の売却代金は受け取ったが、生活費にはできなかった。教会の借地代に当てた。借地代が払えなければ、教会堂の維持は不可能だった。

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編集者 (代理投稿)

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