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紅葉の影に--ある牧師の戦時下の軌跡--妻は・4

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通常 紅葉の影に--ある牧師の戦時下の軌跡--妻は・4

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2009/1/18 8:39
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298
 全国的に食糧が乏しくなり、商店の廃業がつづいた。角の魚屋も店を閉じた。売る配給の魚が回ってこないのだった。あとで聞けば店主は闇屋をやって捕まり、政一の隣の房に留置されていた。家族を食べさせるためだった。そんな状況のなか、辰野の信徒がスルメや数の子などの食料品を手土産に、むつみを見舞ってくれた。目立たないように、代わるがわるやってきた。検挙前の政一は下諏訪、上諏訪、岡谷、辰野の四個所で牧会をしていたが、辰野だけは行政の管轄がちがい、諏訪警察に呼び出されなかったのだ。留置場への差し入れに栄養のある品を加えられたのは、その手土産のお陰だった。

 辰野の信徒たちはがらんとした教会を見て、驚き、悲しみ、売却品をなんとか買い戻そうと言ってくれたが、むつみは「どうぞ、このままに」とたのんだ。天からの使いのように彼らが訪ねてくれるこの生活に、どんな変化も起きないことを強く望んだのだった。

 むつみが牧師に嫁ぐことになったとき、牧師生活の貧しさを知る長兄の土屋誠一は、「貧乏クジだな」とむつみの覚悟のほどを問いただすように言ったが、備品売却の一部始終を知らせたときは、クリスチャンではないその兄が、
 「牧師の妻として、そのようなことは覚悟して然るべきだ。キリストを十字架につけた兵卒等は、その着物をくじ引きにして分けたじゃないか。キリストは、つばを吐きかけられたじゃないか。しかしむつみたちにそれほどの事は起こらないと思う。政一さんは悪いことをして連行されていったのではないのだから、泰然自若(たいぜんじじゃく)として居れ。生活費はわたしが送る」
 と手紙をくれた。むつみは大いに励まされた。いくら要るかと訊《き》かれ、むつみは二〇円と書いた。
 東京で薬局を営む兄からは毎月二〇円が送られてきた。東京では、普通の勤め人の初任給が約一〇〇円だったが、むつみの生活は極度につましく、それで安定した生活を営んだ。牧師の生活がどれだけつましいか、長兄はつくづく知ったのだった。

 七月に入ってすぐ、上諏訪署に差し入れを届けに行ったとき、むつみは特高主任の高見沢から、思いがけない話を聞かされた。ある信徒が、「奥さんはわたしたちを頼って困る。注意してください」と言いにきたというのだ。高見沢は「『奥さんは自分で働いている』と、むしろ弁護してあげたのですよ」と付け加えた。むつみは高見沢の前で言葉を失った。

 政一の検挙後、教会は解散させられていたが、解散前の教団の新聞の代金その他の請求書が来ていたので、教会の会計に、できるだけ早く集めて本部に送ってくれるよう依頼したのだ。それがこんな所で、こんな話になって語られているとは……。神をともに礼拝した人たちが、内輪の問題をこともあろうに夫を留置している警察に言うとは……。


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編集者 (代理投稿)

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