私の好きな舞台・映画 
(期間:2013.9.1 - 2013.10.31)

みなさんは今までに観た芝居や映画に、たくさん思い出があるでしょう。
心に残る芝居、楽しかった映画
それから俳優や女優について思うことをどんどん書いてください。
もちろん最近見た芝居や映画、これから見たい舞台や映画も歓迎します。


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  • [No.289] 「バイカル湖のほとり」 投稿者:男爵  投稿日:2013/09/19(Thu) 05:37
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    昴さん、 DeBugmanさん、みなさん

    > 私もこのソ連の映画を見ました、丁度歌声運動がはやりだした頃で、
    > この映画の中で歌われた「バイカル湖のほとり」を思い出します。
    > 「石の花」もテレビで見たことがありました。昴

    若いうたごえで歌われたロシア民謡の数々
    こういうサイトもあります。
    http://blogs.yahoo.co.jp/utaroo65323/8752579.html

    このサイトの内容について
    以下私が独断的にまとめてみました。

    ☆中央合唱団からうたごえ喫茶「灯」まで

     中央合唱団の創立当時、取り上げたレバートリーは、世界の革命歌プロテスト・ソングが主だった。
     中央合唱団の演奏スタイルは、これらの歌に振りや演出をつけたものだった。
      
     革命歌は腕を組んだり行進をしながら歌い、フォスターの「おおスザンナ」やドイツ民謡「村祭り」などは芝居仕立てで演奏し、「木曾節」などは樽の太鼓をたたき、鉢巻をして踊りながら歌う。

     衣装も白のワイシャツとブラウス・黒のパンツとスカートに、女性は赤いネッカチーフを頭にまくという誰でも真似できるスタイルで、魅力あるものを考えだした。

     1948年夏から秋にかけて、中央合唱団関西・東京公演がおこなわれた。
     この公演での普及曲として、ソ連の作曲家ブランテルの「われらの仲間」が、土方与平粗訳・関鑑子訳でとりあげられ、歌唱指導したところ、大きな共感をよび、職場や学園・地域にひろがっていった。

     この頃とりあげられた歌には、ロシア(ソ連)の「カチューシャ」「バルカンの星の下に」「仕事の歌」「青年よ団結せよ」「全世界民主青年歌」や、関忠亮曲の「若者よ」「晴れた五月の」箕作秋吉曲「嵐よ吹け」などがある。

     また、関鑑子がピアノを弾き、歌を指導した「うたう会」もひらかれた。
     そして「うたう会」で取り上げる歌の紹介として、中央合唱団機関紙「うたごえ」が発行され、それらの歌をまとめた「青年歌集」が関鑑子編集で出版されるようになった。
     機関紙「うたごえ」の表紙絵や挿絵の多くを、いわさきちひろが書いている。 

     このような「うたう会」に大きな影響を与えるソ連映画「シベリヤ物語」が一般公開され、この映画で歌われた「バイカル湖のほとり」が爆発的に歌われるようになり、うたごえ喫茶のスタイルが生まれ、うたごえ喫茶「灯」などにひきつがれていった。


    [No.288] 美空ひばり「悲しき口笛」 投稿者:男爵  投稿日:2013/09/19(Thu) 05:12
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    悲しき口笛  1949年公開

    戦後の横浜で
    少女の美空ひばりは、探していた兄と再会することができた。

    http://movie.walkerplus.com/mv27012/


    この映画はテレビで見たのですが
    ちょうど全国大会(横浜オフ)のとき
    泊まったホテルで見たような記憶が...


    [No.287] Re: 「カビリアの夜」 投稿者:男爵  投稿日:2013/09/19(Thu) 05:06
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    唐辛子紋次郎さん、みなさん、

    > > 「道」に続き、フェリーニ夫人であるジュリエッタ・マシーナ主演で描くヒューマン悲喜劇で、1960年代にはブロードウェイミュージカルとなり、「スイート・チャリティー」としてシャーリー・マクレーンでハリウッド・リメイクされる

    >  あっしの思うには、もしマシーナなかりせば、ひょっとすると、フェリーニも世界のフェリーニにはならずに、無名のまま終わっていたかも。それほどにマシーナ「内助の功」は大きい。(^_-)

    どうもありがとうございます。


    [No.286] Re: 映画の中の酒 投稿者:唐辛子紋次郎  投稿日:2013/09/19(Thu) 00:09
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    > 映画のストーリーの中で酒が重要な役割をしているのが多くあります。酒好きの身としては本筋よりも酒の出てくるシーンを鮮明に覚えていたりしてザッと思い出しただけで10本やそこらは浮かんで来ます

    > 他にも「ローマの休日」「旅情」「旅愁」「アパートの鍵貸します」「お熱いのがお好き」「凱旋門」「タワーリング・インフェルノ」「失楽園」etcetc、、酒好きの映画好きにはこたえられない名作がイッパイです。昔の映画はよかった(^_-)/

      きょう「ローマの休日」をまた観ました。サンタンジェロでの大立ち回りのあと、ぺックもオードリーもふたりとも、水に飛び込んだり、落ちたりして冷えたせいか、ペックの下宿で飲むワインが、例の藁づとに入った、トスカーナ地方の「キアンティ」ワイン。

     オードリーもよっぽど冷えたのか、自分からお代わりを頼んで飲むシーンあり。

     この映画を見ていたら、アメリカという国はイタリアの観光に今までずいぶん貢献しているなあ、という気持ちになりました。

     アメリカでは、他にも、イタリアが舞台の映画が多いいし、この映画の最後のほうでも、方々の国を回って、どこが一番気に入りましたかという問いに、王女の口からはっきりと「ローマです」と云わせていました。

     たしかに、ローマには、見るものも、多いようですね。


    [No.285] Re: モンゴメリイ・クリフト 投稿者:安房守  投稿日:2013/09/18(Wed) 22:25
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    とんぼさん

    思いだしました。
    あれはハリー・ジェームスの吹き替えです。
    マウスピースで何か吹いてましたね。
    局は忘れましたが、忘れられないシーンです。

    安房守

    > 「地上より永遠に」は懐かしい!
    > 白黒映画でしたね。
    >
    > 就寝前の兵舎で兵隊が消灯ラッパに聴き入るシーンが浮かんできます。
    > あの映画を観た頃、トランペット青年でしたのであの音色は今でも覚えています。
    >
    > ハリー・ジェームスが実際には吹いていたとか。
    > またラッパが欲しくなりました。
    >
    > とんぼ (*^_^*)


    [No.284] Re: モンゴメリイ・クリフト 投稿者:とんぼ  投稿日:2013/09/18(Wed) 20:49
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    安房守さん、

    「地上より永遠に」は懐かしい!
    白黒映画でしたね。

    就寝前の兵舎で兵隊が消灯ラッパに聴き入るシーンが浮かんできます。
    あの映画を観た頃、トランペット青年でしたのであの音色は今でも覚えています。

    ハリー・ジェームスが実際には吹いていたとか。
    またラッパが欲しくなりました。

    とんぼ (*^_^*)


    [No.283] モンゴメリイ・クリフト 投稿者:安房守  投稿日:2013/09/18(Wed) 20:31
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    私が一番好きだった男優です。
    「地上より永遠に」「陽のあたる場所」「終着駅」、夢中で観ました。 
    あの渋さ、内に籠る情熱の凄さにのめり込まされました。
    晩年は不遇だったのですね。
    共演者もみんな素晴らしかった。
    デボラ・カー、エリザベス・テーラー、ジェニファー・ジョーンズ、
    みんな奇麗で素敵だったですね。
    特にデボラ・カーの波打ち際のキスシーンには悩まされたものです。

    安房守


    [No.282] Re: アメリカ交響楽 投稿者:  投稿日:2013/09/18(Wed) 20:22
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    DeBugmanさん、RES、有り難うございます。
    私もこのソ連の映画を見ました、丁度歌声運動がはやりだした頃で、
    この映画の中で歌われた「バイカル湖のほとり」を思い出します。
    「石の花」もテレビで見たことがありました。昴


    [No.281] Re: アメリカ交響楽 投稿者:DeBugman  投稿日:2013/09/18(Wed) 19:26
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    こんばんは

    > 私が生まれて初めて見たカラー映画は「アメリカ交響楽」(45)、
    > たしか昭和22年頃だったか、ともかくビックリでした。

    私の場合は、村の小学校の講堂で観た「シベリア物語」です。
    昭和24年頃のことで、私はたぶん小学4年生か5年生。
    ソ連のプロパガンダは分かるはずもなく、総天然色と音楽に
    ショックを受けました。ナトコ映写機が使われていたことを
    憶えています。

    ご参考
    http://byeryoza.com/topic/log2005/sibirist.htm


    [No.280] Re: 「カビリアの夜」 投稿者:唐辛子紋次郎  投稿日:2013/09/18(Wed) 19:21
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       男爵さん、みなさん、

    > 「道」に続き、フェリーニ夫人であるジュリエッタ・マシーナ主演で描くヒューマン悲喜劇で、1960年代にはブロードウェイミュージカルとなり、「スイート・チャリティー」としてシャーリー・マクレーンでハリウッド・リメイクされる

    > この映画も見たのですが
    > さっぱりわからない映画でした。

     あっしの思うには、もしマシーナなかりせば、ひょっとすると、フェリーニも世界のフェリーニにはならずに、無名のまま終わっていたかも。それほどにマシーナ「内助の功」は大きい。(^_-)

    > 善人が不幸になるなんて.....


    それがフェリーニが、ネオリアリズムの作家と云われる所以ではないでしょうか。水戸黄門でない映画だってあってもいいのでは

    > カビリアの夜
    > http://movie.walkerplus.com/mv12681/

     気心のわかった女房は使いやすかったのでしょう。(^_-)


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