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特殊潜航艇「海龍」・第二章 その3

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通常 特殊潜航艇「海龍」・第二章 その3

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2007/4/9 7:52
編集者  長老 居住地: メロウ倶楽部  投稿数: 4298
 (6) 大学教育と海軍教育―――――――――――――――――

  私の場合、大学2年を終わった段階で海軍に行ったのであるから、批判精神が旺盛で、海軍のやり方というか教え方に、いちいち頭の中で批判したり、感心したりしていた。
 予備学生になって間もない頃、洗濯の仕方を教わった。洗濯物を持って屋外の洗濯場に集合。教えてくれるのは下士官の教員である。日焼けした実直そうなオジサン。鬼でもなんでもない。
 開口一番、「洗濯は、水と石鹸と空気である」と、のたもうた。石鹸の成分や、なぜ汚れが落ちるのか、などの講義があるものと期待していたのが、完全に外れた。
 「洗濯物を水につける。石鹸をこすりつける。これだけではダメである。次に空気を混ぜる。これで汚れが落ちる」 当然、泡立ってくるが、泡を立てろとは言わない。空気を混ぜろという。
 大学生としては科学的な説明が一切無いので、物足りないが、水兵に教えるには、これで充分なのである。むつかしい理屈は抜きにして、とにかく洗濯物が奇麗になりさえすればそれで良いのである。
 大学ではこうはいかない。石鹸の歴史、成分、製法、民族間の比較などなどに言及しなければ、ゼミの先生から叱られる。
 大学では、あらゆるものに疑いを持ち、批判することを学んできた。それが「空気を混ぜろ」という世界に放りこまれたのである。余計な理屈は要らない、目的を達するための動作が出来ればよい。
 こうと分かれば、海軍生活も楽なものである。


 (7) 技術で勝つより精神で勝て?―――――――――――――

 5期一般兵科予備学生は、昭和19年10月入隊なのであるが、私はこれより先、第15期飛行科予備学生を志願して、8月に土浦航空隊で試験を受けた。聴力検査で落とされて、家へ帰されるのかと思ったら、連れていかれたのが、武山海兵団。同類が100人くらい居たと思う。読売巨人軍投手の、吉江英四郎もいた。
 ある日、体育にバレーボールをすることになった。私は中学、高校、大学とバレー部のレギュラーであったから、プロ並みである。吉江のほかにも背が高くて、バレーをやっていたらしいのが、2、3人いた。
 9人制のバレーであるが、4人もプロ級がいれば、素人の集団相手に負ける訳が無い。21対2、21対3で完勝である。終わっての教官の講評で、当然褒められるものと思って、ニコニコ顔を用意して待っていたら、これが違うのである。
 「諸君が勝ったのは技術で勝ったので、本当に勝ったのではない」 エーッ、うそー。本当に勝つとはなんだい。
 「小手先の技術が優れていただけで、敢闘精神がみられない」
 そりゃそうでしょう。やっている間は、大学生に戻って遊んでいたんだもの。敢闘精神だなんて必要ない。だが、これだけの技術を身につけるには、8年間のトレーニングがあるのだ、口惜しければ「敢闘精神」とかやらで、ぶつかってこいよ、いつでも相手になってやるぜ、とは心に思っただけ。
 この教官のことは50余年経った今でも、軽蔑している。ただ、彼のために弁護すれば、予備学生の基礎教育期間というのは、精神教育に重点をおいていたのだから、こういう発言もしょうがないか、と思う。


 (8) 一番奇麗なところを見てもらう――――――――――――

 昭和19年8月に、土浦崩れで武山海兵団に連れてこられたのは、今更国へ帰れないだろうという親心ではなく、10月に入ってくる1200名の予備学生の中核となる班長を準備するためであった。1班12名ないし13名の編成であるから、1200名に対しては約100名の班長を必要とする。
 9月の終り近く、間もなく入隊してくる者のために、宿舎の掃除をさせられた。空き家になっていて、ほこりだらけの部屋の、床磨き、窓ガラス磨きに草臥れて、「もう、やめましょうよ」という意味で、教官に「こんなことしても、たいして奇麗になりませんね」と言った。
 これに対する教官の返事が立派だった。 「たかだか兵舎だから、いくら磨いても金殿玉楼《きんでんぎょくろう=大変立派で美しい建物》というわけにはいかん。だが、兵舎は兵舎なりに、一番奇麗なところを見てもらうのだ」
 参った。
 初対面の相手に、わざわざ汚れた姿を見せることはない。「一番奇麗なところを見てもらう」とは、海軍で教わった「一番奇麗な」言葉である。

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