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団塊の世代が語る高度成長期―記憶をたどって:No.16再び高校時代に戻り!

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sumidagawa60

通常 団塊の世代が語る高度成長期―記憶をたどって:No.16再び高校時代に戻り!

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2013/4/18 23:56
sumidagawa60  常連 居住地: 埼玉県羽生市  投稿数: 57
昭和39年(1964年)私は、愛知県は、一宮高校に無事、入学できたのだった。中学では二、三番の成績が、なんと高校では、真ん中よりも後ろ、ショックだった。このままでは、みんなに着いてゆけないのではと心配をした。



歌謡界では、ザ・ピーナッツが、西郷輝彦、園マリが「何も言わないで」を唄った年だ。ライシャワー大使が少年に刺されたり、ビートルズNo.が日本に上陸、柴田翔が「されど我らが日々」を発表、「愛と死をみつめて・・・マコ、ごめんね・・・」が流行った年だった。



なんとなく1年が過ぎ、高校の2年生では、いまでも時々夢の中に出てくるS先生(英語の)が、担任だった。よく先生のご自宅に伺って、昼食をごちっそうになったりしながら同級生と議論をした。
僕より、頭のいいS君が何か、哲学的な事を話出すと、どうしてか、僕は、反発して、意地悪な質問をしたりして彼を困らせたものだ。



高校2年生の時が、私にとっては、青春時代の真ん中だった。恋もした。サッカー部がなくて、止むなく水泳部に、昨年入って、夏の間は、よく合宿をして、鍛えられた。倫理の何先生だったかは忘れたけど、彼女と授業中にふざけ合っていたら、チョークが飛んできた。



その彼女とは、デートをする約束をしたある日のことだった。朝、電報が届いた。僕の家には、未だ電話がなくて、彼女はやっとのことで、電報を使って、急用ができ、会えないと言ってきたのだ。
そんな彼女の気持ちがわからなくて、僕は、腹を立てて、もう彼女なんか付き合えないんだと決めてしまった。なんと残念なことをしたのかと今でも後悔している。ms.k.n.さん、今頃どうしてる?ずっと音信不通・・・。



2年から3年になっても、クラス替えがなく、担任は、変わったけど、クラス仲間は同じ。彼女と何とかよりをもどそうと、焦ったけど。もうどうにもならない。講堂で何かのイベントがあった時、舞台のの袖で、彼女が手を振っているのを、僕に向かって振っているものと勘違いして、彼女に近づいたところ、なんと彼女は、僕の後方にいた、S君に手を振っていたのだ。全くバツが悪かった。



昭和39年(1964年)は、とにかく色々あった年だった。ソニーの家庭用テープレコーダーが発売されたり、横須賀に米原潜が寄港したのでおおきな
デモがあった。何よりのトピックは、東京オリンピックが開催されたことだった。この年にテレビのカラー放送が始まり、高度成長は順風満帆に船出したのである。




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