大正の部屋  ー温故知新ー 

大正・昭和初期の実体験を 話す・語り合う・聞く・訊く
その時代の伝聞(親・親戚・知人より)を披露し合う
主役は上記時代お生まれの世代ですが、参加は老若広く
詳細は「開設の趣旨」を参照 質問は「問い合わせ」からどうぞ

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  • [No.688] 大正浪漫時代。 投稿者:   投稿日:2008/07/15(Tue) 15:50
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    先ずはこちらから。

    >http://www.kasho.org/kasho.html

                  変蝠林(1917-)


    [No.687] Re: 蚊帳 と 蝿帳 投稿者:   投稿日:2008/07/13(Sun) 19:49
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    不虻さん、こんばんは

    > 私は小学生時代(昭和7年3月まで)には、夜「部屋に吊す蚊帳」というものを知りませんでした。というのは、それまで育った草津温泉には蚊がいなかったからです。
    >
    > 真夏でも最高気温25℃という気温の低さと街の空を覆っている湯煙りで蚊も棲息出来なかったのでしょう。

     あれっ。草津温泉には蚊がいないのですか。いいですね。

     フィンランドの北極圏には、蚊柱が立つほど蚊がいました。
     カナダやアラスカにも蚊は多いそうです。 

    > 蚊の代わりに悩まされたのは、日中の蚋(ブヨ)や虻(アブ)でした。これに刺されると物凄く痛いのです。これらが多かったのは、街中を通る馬がかなり多かったからだと思います。大人でも日中、昼寝する時など「折りたたみ式の蚊帳」は必需品でした。

     ブヨに刺されると、近所のオバアチャンが、ツバを擦り付けて「おまじない」を唱えてくれました。あんまり衛生的ではないですが。

     


    [No.686] Re: 蚊帳 と 蝿帳 投稿者:不虻  投稿日:2008/07/12(Sat) 14:12
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    みなさん、今日は。

    東京は朝から青空、もうそろそろ梅雨明け間近を思わせます。

    私は小学生時代(昭和7年3月まで)には、夜「部屋に吊す蚊帳」というものを知りませんでした。というのは、それまで育った草津温泉には蚊がいなかったからです。

    真夏でも最高気温25℃という気温の低さと街の空を覆っている湯煙りで蚊も棲息出来なかったのでしょう。

    蚊の代わりに悩まされたのは、日中の蚋(ブヨ)や虻(アブ)でした。これに刺されると物凄く痛いのです。これらが多かったのは、街中を通る馬がかなり多かったからだと思います。大人でも日中、昼寝する時など「折りたたみ式の蚊帳」は必需品でした。

    私のハンドル「不虻」も元は父の俳号からですが、父も虻に悩まされた結果の俳号だったのかも知れませんね。


    [No.685] Re: 蚊帳 と 蝿帳 投稿者:BUP  投稿日:2008/07/12(Sat) 11:26
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    画像サイズ: 298×308 (20kB)
    マーチャンさん、変蝠林さん、キャロットさん、瀬里恵さん コンニチハ。
    瀬里恵さん ご無沙汰でした。
    俺、一応、大正生まれに付き、蚊帳は勿論 グリーン、(白も在ったらしいけれど)。
    昭和17年(1942)夏頃、セレベス島の航空基地に放り込まれました。
    ベッドに白い一人用の蚊帳、王子様になったような気分でした。
    にも関らず、蚊に刺されてデング熱に(七日熱とも言われました)高熱でウンウン言わされましたが名前の通り一週間で平熱に。
    そのほか、蚊に刺されたあとを掻き毟り、熱帯潰瘍(フランペシア)に、未だに手足に傷跡が残ってます。
    一応、熱帯の洗礼を受けたあとはボクの戦争が始まりました。 (追ってネ・・・)
    添付の写真(1942)は、俺らしい?、マンゴ収穫中(本当に戦争をヤッテイタノカ疑わしいですね)       


    [No.684] Re: 蚊帳 と 蝿帳 投稿者:瀬里恵  投稿日:2008/07/12(Sat) 07:53
    [関連記事URL:http://homepage2.nifty.com/Avenue-Serie/

    マーチャンさん、変蝠林さん、キャロットさん、お早う御座います。

    我が家では雷がゴロゴロと鳴り始めるときも蚊帳を吊りました。
    子供心に、これが嬉しかったデス。

    我が家の蚊帳は 緑色でしたが、瀬里恵メ白い蚊帳にアコガレを
    持っていました。何故か? と言うとお金持ちの家庭の蚊帳…、
    と言う高級感があったのです。(他愛ないデスガ…)


         http://fine.ap.teacup.com/serie-brog/

                 瀬里恵


    [No.683] Re: 恩給欠格者 投稿者:   投稿日:2008/07/07(Mon) 00:05
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    BUP さま

    > ご立派な御軍歴を拝見させて頂きました。

     戦歴の無いのが御恥ずかしき次第です。

    > ところで大兄のご希望は?    

     平地泉で別れ南海藻屑になった戦友達が果して
     靖国神社の尊に納まって居るのか未確認が残念。

                        変蝠林(1917-)


    [No.682] Re: 恩給欠格者 投稿者:BUP  投稿日:2008/07/06(Sun) 13:05
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    画像サイズ: 320×240 (7kB)
    拝復
    変蝠林(1917-)大兄
    ご立派な御軍歴を拝見させて頂きました。
    ところで大兄のご希望は?    十年位(?)前に、同じような記念品贈呈とかが御座いまして、金の懐中時計とやらを家内に無断で希望してしまい、タイヘン怒られました、矢張り旅行券が欲しかったらしいですよ。
    その懐中時計はその後、何処かに仕舞い忘れて、一度も懐中にしたことは御座いません、家内の選択が正しかったようであります。
    大正会も、大兄が大陸、長崎さんが馬来半島、小生が爪哇島、大東亜共栄圏がほぼ揃った感じですが、シベリアが足りませんなぁ〜・・・。
    生きているうちにお悔やみの手紙を頂いたような気がして、仏壇の奥からネットに参加している気分でアリマス。  これから近所のスポーツクラブのプールへ、お風呂に入りに行きます。   今日もヒマ。
       


    [No.681] Re: 恩給欠格者 投稿者:   投稿日:2008/07/06(Sun) 06:59
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    BUPさん

    > 此処、寂しいのでチョット無駄話を。
    > 此の間は「後期高齢者」と言われて、今回は「欠格者」だそうです。
    > 生き残って、良かったのか、悪かったのか、複雑な心境であります。 

    同感であります。小生は所謂ポツダム上等兵。当然乍ら恩給など無し。
    当時、復員局にて入手の記録を御参考までに。 
    =================================================
            『 軍  歴  記  録 』          
                                        
       ●厚生省 援護局 四階 調査課 (昭和51年2月調)       
          2O:9:1作成「在隊者留守名簿」に拠る。         
         (註)戦時名簿・・・静岡県 援護課 恩給係。         
                                        
        第5316部隊  泉 部隊         第七中隊。     
        第 403大隊  恵 部隊(第118師団) 第三中隊。                        
        
                                        
       (A)中支十三軍   独歩403大隊 恵15641部隊 七中隊。 
                  118師団   独歩13聨隊        
       (B)永 定 荘(礦泉鎮) 野田中尉(三中隊) 竹中軍曹(沼商) 
          暗 号 班      太田班長  田中軍曹         
       (C)至誠部隊高橋部隊長は終戦まで大同に残留。      
       (D)討   伐 清水河、渾 源、 朔 縣、 應 縣、      
       (E)駐   留 東光火地(涼 城) 平地泉、 豊 鎭、大同、  
                昆 山、 大 倉、 天津兵舎          
       (備)      茶原少尉 竹中軍曹 坪内(沼商校長−静商校長) 
                大同特別訓練隊編入(S/19:07:20-19:08:15?)  
                                        
                 記     録              
      昭和19年 6月11日 静岡歩兵第三十四聨隊に応召入営。
                 (中部第三部隊)               
      昭和19年 6月13日 二十二時静岡駅より乗車出征。        
      昭和19年 6月 ?日 下関港出航朝鮮満州北京経由内蒙古呼和豪特着。
      昭和19年 6月21日 独立歩兵第十三聨隊(泉第5316部隊)入隊。
      昭和19年 7月15日 厚和、独立混成第二旅団独立歩兵第一大隊編入。
                  第七中隊配属。             
    昭和19年 7月16日 豊鎮経由東光火地警備隊勤務。        
    昭和19年 7月20日 大同特別訓練隊に配属。           
      昭和19年 8月15日 平地泉集合編成替。本隊南方移動。残留組編入。
      昭和19年 8月15日 大同、独立歩兵第403大隊に編入,第三中隊。
                  永定荘にて将校当番勤務。          
      昭和19年 9月10日 大同大隊本部暗号班配属。          
        此  の  間   討伐隊参加4回。 渾源、朔縣、應県。清水河。
      昭和20年 4月 ?日 抗州湾に米軍迎撃の為に、大同を出発。    
      昭和20年 4月25日 大倉到着。                 
      昭和20年 6月25日 同庭湖南岸での松材伐採に出動。(約三週間)。
      昭和20年 8月13日 大倉出発。昆山より乗車。ソ連満州侵攻迎撃に。
      昭和20年 8月15日 於南京、終戦詔勅。北上継続。        
      昭和20年 8月22日 天津到着。前進不能下車。郊外各所警備に勤務。
      昭和20年10月 2日〜昭和21年3月23日。米軍使役(天津兵舎)。
      昭和20年11月22日 天津日本中学校にて武装解除。        
      昭和21年 3月 7日 太沽出帆(LST)。            
      昭和21年 3月13日 佐世保上陸。南風崎 (ハエガサキ)兵舎。      
      昭和21年 3月14日 召集解除。                 
     昭和21年 3月24日 南風崎駅発車。               
     昭和21年 3月27日 静岡駅 到着。               
     昭和21年 3月27日 内地召集解除。 
      =====================================================
     上記相違無之候。
                                   変蝠林(1917-)               
       


    [No.680] 恩給欠格者 投稿者:   投稿日:2008/07/05(Sat) 18:24
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    此処、寂しいのでチョット無駄話を。
    先日、「独立行政法人 平和祈念事業特別基金」と言うところから「特別慰労品贈呈事業のお知らせ」と言う文書が郵送されて来ました。
    平成22年9月までに解散することになったそうです。
    付いては生き残っている「欠格者」に特別慰労品を贈呈するから、生きている証拠に「住民票を添えて同封の請求書を来年の3月31日までに返信ください」とのことです。
    旅行券(五万円)、置時計、万年筆、文箱、盾、のうちから、どれか一つを選ぶそうです。
    此の間は「後期高齢者」と言われて、今回は「欠格者」だそうです。
    兵隊も公務員ですので、15年やると恩給が貰えました(今の共済年金)。
    戦地(危ないところ)に居たやつは三倍加算されますので、五年で恩給が付きますが、五年未満は「欠格者」になります。
    小生は21年秋に復員船で帰国するまで四年ですので、「欠格者」です。
    それは、どうでもいいのですが、何を貰おうかとツレアイに言ったら、即「旅行券」だそうですよ、娘と温泉に行けると喜んでました。
    俺は、新しいパソコンが欲しいと言ったら、ダメって言われました。
    マーイイカ、・・・、来週になったら請求書を送るつもりです。
    (コレで俺の戦後は完全に終わるわけですね)
    注書に「万一既にお亡くなりになった方に、コレが届いたら、「ご冥福をお祈り申し上げます」って書いて在りました。
    生き残って、良かったのか、悪かったのか、複雑な心境であります。   
        (雑談 終り)


    [No.679] Re: 蚊帳 と 蝿帳 投稿者:マーチャン  投稿日:2008/07/01(Tue) 21:02
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    キャロットさん

    >  大正で無く昭和一桁ですが、蚊帳の覚えは有りました。子供時分に蚊帳に這入る
    >  時に大きく捲って這入ろうとすると、親から「蚊帳の裾をよく振って屈んで這入れ」
    >  とよく言われたものでした。

     私も、よく叱られました。
     手早くやらないと、蚊帳の中に蚊が入ってくるのですね。

    >  当時我が家は、赤ん坊の寝てる所へ蝿帳の親分見たいな奴を、パラソル様に広げて
    >  掛けて居ましたっけ。
    >  今は、余り見ません、

     ありましたね。
     風通しのよい場所に置いて、赤ちゃんがそのなかで昼寝をするのですね。
     どこかで風鈴がチリチリと鳴って。

     懐かしい夏の風物詩ですね。

                   


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