画像サイズ: 590×426 (35kB) | 機内での反省
定刻に離陸した255便は新緑の林に囲まれたシェレメチエボ垂港をたちまち箱庭にしてしまった。まもなく配られた機内食はとてもローカルカラーにあふれたものだった。縦に4つ切りにした大きくてややふやけたキュウリひときれ、まっくろな黒パン、レモン一片、バター、ワイン、そして親指の半分ほどのキャビア。少なくともアエロフロートでなければ味わえない献立である。なかなかおいしい。
食べながら、いままでモスクワの悪口を言い過ぎたことを反省した。この一日、「待たされた」という点を除いてはなんの不都合もなかったのである。「待たせる」という不満も、悠久の大地に生きる大国民はせかせかしないからであって、極めて気ぜわしい国民性を持つ日本の、効率を最大の使命とするビジネス社会の、お客さまをお待たせしないことが最高のサービスと考えている銀行に長年勤めている人間が起こしたカルチュアショックに過ぎないのであろう。だいたい、空港ホテルに一泊するというのは、ソ連との付き合い方としてはもっとも不味い方法で、これでこの国を評価しては的はずれもはなはだしいはず。改めてゆっくりこの国のいいところを見に来ることにしょうとおもった。こんなことを考えているうちに255便は着陸態勢に入っていた。
ガイガ一計数器の待つフランクフルト
ところが、我らが搭乗機は、フランクフルトと上空を旋回していてなかなか着陸態勢に入らない。 結局、空港から離れた草原のような所へ、着陸したようだった。 やがて、タラップが取り付けられ、ドアがあき、乗客が降りはじめた。ところがいっこうに行列が先に進まない。私はいらいらしていた。一日一本しかない東ドイツ行きの列車は11時57分フランクフルト中央駅を発車する。乗り遅れたときは空港にとってかえし、パンナムで空路西ベルリンヘ行き、東ベルリン経由でエルフルトヘ行かねばならない。こうなるとエルフルトに着くのは夜8時を過ぎてしまう。 2〜3人ずつ降りては2〜3分待つというようなテンポで行列はいっこうにはかどらない。それでも15分ほどでやっとタラップに出られた。ここでやっと待たせられた理由がわかった。アイロンのような器具を持った空港係員が乗客ひとりひとりのからだを調べている。我々は汚染地域のモスクワから到着したので放射能のチェックを受けなければ入国できないのだそうだ。私の順番がくると、にこにこしながら入念に体じゅうをガイガー計数管と思しき機器で検査し「オーライト」と言って空港バスのほうをさした。 無事、無罪放免となった人は、空港行きのバスに乗せてもらえる。 まあ、あまり緊張感はなくお客も係員もふざけたりしていた。結局、全員異常がなかったらしくその場に残され人はいなかった。 そうだったのだ。我々は原発事故の汚染区域から飛来してきた人間だったのである。 |