特攻インタビュー(第6回)・その13
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編集者
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陸軍航空特攻 堀山久生氏
◆特攻訓練マニュアル(4)
--------館林時代は基地の外で生活をされていたそうですね。
堀山‥特殊任務の戦力保全の意味もあり、隊員が空襲などで部隊とともに被害を受けることを考え、営外に分散させたのでしょう。振武隊は140番台から、12機編成の特攻隊を6機に分割し、兄弟隊とし2隊そろって同じ空いた旅館に泊まりました。これから3カ月で死ぬのだから自由な生活を配慮したのでしょう。それでバスが巡回して隊員を迎え、飛行場に往復してくれました。戦後、他の同期生に聞いても大体同様でした。館林は特に良くしてもらったかもしれません。必死必殺、肉弾体当たりの任務の部隊など、今までの陸軍にありませんでしたからね。
--------航空士官学校出の将校と転科組の将校では、やはり違いがあったのですか?
堀山‥予科は一緒ですが、航士の豊岡は多少スマート。地上の座間は垢抜けしない。でも、それほどの差は陸軍では出ません。海軍はずっとスマートと妹が言っていました。しかし、将校としての「基本的な志」は陸海軍とも同じです。ちっとも違わない。
私など師団砲兵で、しかも輓馬野砲で、まあ「馬方さん」が「パイロット」に大昇格したのだから野暮ったいのは免れない。飛行時間で遅れた分、多数は特攻になりました。飛行時間150時間の中尉では特攻でも難しかったはずです。豊岡の者も「転科は気の毒だ」と言いました。
--------転科組が優先的に特攻に回されたというところがあったのでしょうか?
堀山‥それは空中戦の戦技能力で分けたでしょうね。当然です。文句などありません。
--------実力でそうなったと。
堀山‥そうです。遅く航空になって、飛行時間が少なければダメなのです。でも、特攻は命中すれば効果は同じ。将校も下士官も戦果は一緒です。うまく当たれたら、もうそれで満足でした。
--------戦記ものを読むと、例えば海軍なら、特攻隊員は海兵出よりも予科練出の方が多かったとか、予備学生の方が多かったなどと書かれていますが。
堀山‥組織は三角形で、上は少なく中より下が多いのです。軍隊も社会も同じ。特攻隊もそうです。軍艦の海軍は陸軍と違い、海兵は少なく、陸士は53期から大陸作戦の関係上、たくさん将校を準備しました。大東亜戦争で戦場が拡大した海軍は、初級将校を大量の予備学生を採用して穴を埋めたのです。同じ少尉で3年かけた者と1年の者では、どちらを残しますか?海兵の特攻採用は世間の常識の範囲のやり方だったと思います。でも当時は海軍の予備学生の方が、陸軍の特別操縦見習士官よりスマートで評判が良かったんですよ。